「……政宗様。先ほどと仰ることが、少々矛盾しているようですが」
「AH?」
かすかに震える声に、不審そうに振り返った政宗の眉が、小さく寄った。
真冬にもかかわらず、額にじっとり玉の汗を浮かべて凝視してくる小十郎を
しばし見返し、ぎこちない動作でまた杯を干す。
「……一般論だ」
「……でしょうな」
「決まってんだろ」
差し出された膾を奪い取り、すばやく目を逸らしてがつがつかきこむ主を見つめ、
小十郎はそっと額の汗をぬぐった。
「AH?」
かすかに震える声に、不審そうに振り返った政宗の眉が、小さく寄った。
真冬にもかかわらず、額にじっとり玉の汗を浮かべて凝視してくる小十郎を
しばし見返し、ぎこちない動作でまた杯を干す。
「……一般論だ」
「……でしょうな」
「決まってんだろ」
差し出された膾を奪い取り、すばやく目を逸らしてがつがつかきこむ主を見つめ、
小十郎はそっと額の汗をぬぐった。
わかっている。つらく悲しい幼少時代の経験から、政宗は女ながらちょっとだけ
『まざこん』気味で、寂しがりやなだけなのだ。
包容力のある大人の女に、憧れを抱いているだけなのだ。
また、女であることを知られぬよう、子どもの頃から人との触れ合いを
極力避けていたため、他人よりほんの少し、人肌の優しさに飢えている。
小さい頃は乳母や小十郎が、なるべく抱いたり撫でたり、たまに抱えて寝てやったりも
したのだが、今はそう気安くもできない。
かといって何も知らない侍女や小姓を、寝所に引きずり込むわけにも行かない。
誰とも触れ合うこともできず、秘密だけを抱え隠し通す。そうした日々にたまっていく
寂しさが、こういう傍目にはちょっとおかしな言動を生み出しているだけなのだ。
多分。
『まざこん』気味で、寂しがりやなだけなのだ。
包容力のある大人の女に、憧れを抱いているだけなのだ。
また、女であることを知られぬよう、子どもの頃から人との触れ合いを
極力避けていたため、他人よりほんの少し、人肌の優しさに飢えている。
小さい頃は乳母や小十郎が、なるべく抱いたり撫でたり、たまに抱えて寝てやったりも
したのだが、今はそう気安くもできない。
かといって何も知らない侍女や小姓を、寝所に引きずり込むわけにも行かない。
誰とも触れ合うこともできず、秘密だけを抱え隠し通す。そうした日々にたまっていく
寂しさが、こういう傍目にはちょっとおかしな言動を生み出しているだけなのだ。
多分。
子どもの頃、一緒に寝ていると胸を叩かれ、お前は柔らかくなくてつまらんとか、
足の間を蹴られて、俺もこんなの欲しいなあとか言われたこともあるのだが、
その辺は意図的に記憶の底に沈めておく。
足の間を蹴られて、俺もこんなの欲しいなあとか言われたこともあるのだが、
その辺は意図的に記憶の底に沈めておく。
「……真田の小娘のことはともかくとしてですな。政宗様も、そろそろ先のことを
考えなくてはいけませんな」
さりげなく逸らした話題に、ぱっと政宗の隻眼が瞬いた。
小十郎が敬愛してやまない、精気にあふれたその瞳が、妙に嬉しそうに輝く。
「嫁とりか?」
「とりません。むしろとれません」
言わなくたってわかるでしょう、と魚の身をほぐしながら、もう一つため息をつく。
吹き込む寒風に、鍋はすっかり冷えてしまったようだ。煮返してくるか。火鉢の炭は
まだ、足さなくていいだろうか。そうそう、漬物も新しいのを出して。
いや、現実逃避している場合ではないと心を決め、小十郎は魚の皿ごと主のほうを向いた。
「ですから、以前より申し上げておりますが、いっそ女性であることを
公表してしまってはいかがですか」
考えなくてはいけませんな」
さりげなく逸らした話題に、ぱっと政宗の隻眼が瞬いた。
小十郎が敬愛してやまない、精気にあふれたその瞳が、妙に嬉しそうに輝く。
「嫁とりか?」
「とりません。むしろとれません」
言わなくたってわかるでしょう、と魚の身をほぐしながら、もう一つため息をつく。
吹き込む寒風に、鍋はすっかり冷えてしまったようだ。煮返してくるか。火鉢の炭は
まだ、足さなくていいだろうか。そうそう、漬物も新しいのを出して。
いや、現実逃避している場合ではないと心を決め、小十郎は魚の皿ごと主のほうを向いた。
「ですから、以前より申し上げておりますが、いっそ女性であることを
公表してしまってはいかがですか」
以前とは違い、乱世の混迷最高潮の今は、女武将や女大名など珍しくもなくなっている。
織田や前田の正室は武将としても名を馳せているし、真田幸村然り、西国では毛利元就、
三河の徳川なども、女城主として立派に他国と競い、領地を治めている。
越後の上杉謙信も、公表はされていないが、以前より噂がある。
ここに伊達が名を加えたとて、驚かれはするだろうが、決して侮られることはないはずだ。
だが、腹を決めた小十郎の何度目かの説得にも、主は渋い顔で杯を煽るだけだった。
織田や前田の正室は武将としても名を馳せているし、真田幸村然り、西国では毛利元就、
三河の徳川なども、女城主として立派に他国と競い、領地を治めている。
越後の上杉謙信も、公表はされていないが、以前より噂がある。
ここに伊達が名を加えたとて、驚かれはするだろうが、決して侮られることはないはずだ。
だが、腹を決めた小十郎の何度目かの説得にも、主は渋い顔で杯を煽るだけだった。
「でもなあ。どうもComing outのTimingがつかめないって言うか……領民や部下どもも
驚くだろうし。今さらtroublesomeを持ち込むこたねえだろ?」
「政宗様ならば、性別が変わったくらいで伊達の礎が揺らぐことなどありません。
いや、ぐだぐだ言うやつがいたら、小十郎がぶっ飛ばしてやります」
「AH……うん、いや、ていうか、女だって公表するとなあ」
「なにか?」
「……見合い話、男しか来なくなるし」
「……政宗様!?」
「待て!言葉のあやだ!」
驚くだろうし。今さらtroublesomeを持ち込むこたねえだろ?」
「政宗様ならば、性別が変わったくらいで伊達の礎が揺らぐことなどありません。
いや、ぐだぐだ言うやつがいたら、小十郎がぶっ飛ばしてやります」
「AH……うん、いや、ていうか、女だって公表するとなあ」
「なにか?」
「……見合い話、男しか来なくなるし」
「……政宗様!?」
「待て!言葉のあやだ!」
まだ懲りてないんですか!と蒼白になって魚の骨を放り出し、構えた箸ごと
詰め寄る忠臣を慌てて押しとどめ、政宗はその手に、空になった杯を押し付けた。
まあまあお前も飲め、と酒を注がれ、主の下賜を断ることもできず仕方なく杯を
干した小十郎を、隻眼がほっとしたように見つめる。
「ま、どっちでもいいじゃねえか。今のまんまで困るやついねえんだし」
それに正直面倒くさい、と冷えた煮物に手を伸ばす政宗に、小十郎はひっそりとため息をついた。
面倒くさい、ではすまないから、言っているというのに。
北部戦線異状なし4
詰め寄る忠臣を慌てて押しとどめ、政宗はその手に、空になった杯を押し付けた。
まあまあお前も飲め、と酒を注がれ、主の下賜を断ることもできず仕方なく杯を
干した小十郎を、隻眼がほっとしたように見つめる。
「ま、どっちでもいいじゃねえか。今のまんまで困るやついねえんだし」
それに正直面倒くさい、と冷えた煮物に手を伸ばす政宗に、小十郎はひっそりとため息をついた。
面倒くさい、ではすまないから、言っているというのに。
北部戦線異状なし4




