政宗に剣術を教えたのは小十郎である。隻眼となった姫君を励ますために始めたこと
だった。体を動かせば嫌なことを考えずにすむと思い、わざときつい鍛錬を積ませた。
――小十郎、今日こそそなたに勝つぞえ!
脳裏に蘇るのは、幼い頃の政宗の声。一生懸命たすきをかけて鉢巻を締める姿が
微笑ましくて、小十郎は隻眼といえど愛らしい姫君を誇らしく思ったものだ。
いつしか自分と変わらぬ腕前になり、南蛮に興味を持って言葉を次々と覚え、格好も
どんどん男らしくなっていった。
男の名を名乗るようになり、ついに家督を継いだときは眩暈を覚えたものである。
小十郎が仕えているのは、奥州の名門伊達家の息女、で、あったはずなのだが。
(もしかして、俺のせいか?)
そんなことはないと首を振る。
時は戦国乱世。混迷を極めたこの国では、女が戦場に出ることも、家督を継ぐことも
珍しいことではなくなりつつある。
けして、自分のせいではない。時代が彼女を駆り立てているのだ。
多分。
素足のまま庭に出ると木刀を構え、呼吸を整える。
剣の師から教わったことと政宗に教えたことを思い出しながら木刀を振るう。
力の込め方、足の運び方、呼吸の方法。すべてを忠実に再現する。
一心に剣を振るい、雑念を振り払う。しかしじゃれ合う二人の姿は、いつまでたっても
小十郎の頭から離れることはなかった。
だった。体を動かせば嫌なことを考えずにすむと思い、わざときつい鍛錬を積ませた。
――小十郎、今日こそそなたに勝つぞえ!
脳裏に蘇るのは、幼い頃の政宗の声。一生懸命たすきをかけて鉢巻を締める姿が
微笑ましくて、小十郎は隻眼といえど愛らしい姫君を誇らしく思ったものだ。
いつしか自分と変わらぬ腕前になり、南蛮に興味を持って言葉を次々と覚え、格好も
どんどん男らしくなっていった。
男の名を名乗るようになり、ついに家督を継いだときは眩暈を覚えたものである。
小十郎が仕えているのは、奥州の名門伊達家の息女、で、あったはずなのだが。
(もしかして、俺のせいか?)
そんなことはないと首を振る。
時は戦国乱世。混迷を極めたこの国では、女が戦場に出ることも、家督を継ぐことも
珍しいことではなくなりつつある。
けして、自分のせいではない。時代が彼女を駆り立てているのだ。
多分。
素足のまま庭に出ると木刀を構え、呼吸を整える。
剣の師から教わったことと政宗に教えたことを思い出しながら木刀を振るう。
力の込め方、足の運び方、呼吸の方法。すべてを忠実に再現する。
一心に剣を振るい、雑念を振り払う。しかしじゃれ合う二人の姿は、いつまでたっても
小十郎の頭から離れることはなかった。
冷やした酒とつまみを持って家康にあてた部屋に入る。忠勝と地図を見ていた家康は
地図をたたんで忠勝を下げた。
「いいぜ、別に。俺の大事な土地の話してたんだろ?」
「何、確認してただけだ。忠勝ならどんな岩や崖も崩せるが、崩しすぎると山が壊れるからのう」
「違いねぇ」
家康が持った杯に冷やした酒を注ぎ、家康は政宗の杯に酒を注いだ。とろんと白く濁った
酒を一口飲むと、家康の目が開かれた。
「うまいな」
「だろ? 奥州一の蔵秘蔵の酒だ。俺くらいしか飲めねぇ、specialな酒だぜ」
「さすがだな。三河にゃこんなにいい酒はねぇぞ」
「そうか? 色々あるだろ。例えば……ウナギとか」
「あれかぁ。あれはな、夏に食うとうまいぞ。白焼きにしてもいいしたれにつけてもいいし。
たれをつけて焼いたやつを飯にまぶしてな、茶漬けにしてみろ。精もつくしうまいし、
たまらねぇなぁ」
政宗は腹を抑えた。先ほど夕餉を取ったはずなのに空腹を訴えるように腹が動いたせいだ。
空腹をごまかすために酒を飲む。家康は楽しそうに笑うと、箸をとってつまみの
おひたしに手を伸ばした。
「これはなんだ」
「わさびだ。酒に合うって聞いて試してみた」
「うん、うまい。さすがだな!」
政宗は家康を見つめながら杯を取り、再び酒を飲み干す。
米やこうじの甘みに惑わされがちだが、濁り酒はかなり強い酒精を取ることになる。
飲み過ぎないようにしないとな、と思いながら政宗は目を伏せた。
思うように酒を飲んだことはあまりない。過ぎるようなことがあれば、小十郎がいつも
それとなく酒を水に変えてしまう。
今日は、どう出るだろうか。家康から酒を受けながらぼんやり考える。
(いや……)
片倉の屋敷に帰ったと聞いている。だとすれば、酒をすり替えるようなまねはできない。
いつも以上に気をつける必要がある。
地図をたたんで忠勝を下げた。
「いいぜ、別に。俺の大事な土地の話してたんだろ?」
「何、確認してただけだ。忠勝ならどんな岩や崖も崩せるが、崩しすぎると山が壊れるからのう」
「違いねぇ」
家康が持った杯に冷やした酒を注ぎ、家康は政宗の杯に酒を注いだ。とろんと白く濁った
酒を一口飲むと、家康の目が開かれた。
「うまいな」
「だろ? 奥州一の蔵秘蔵の酒だ。俺くらいしか飲めねぇ、specialな酒だぜ」
「さすがだな。三河にゃこんなにいい酒はねぇぞ」
「そうか? 色々あるだろ。例えば……ウナギとか」
「あれかぁ。あれはな、夏に食うとうまいぞ。白焼きにしてもいいしたれにつけてもいいし。
たれをつけて焼いたやつを飯にまぶしてな、茶漬けにしてみろ。精もつくしうまいし、
たまらねぇなぁ」
政宗は腹を抑えた。先ほど夕餉を取ったはずなのに空腹を訴えるように腹が動いたせいだ。
空腹をごまかすために酒を飲む。家康は楽しそうに笑うと、箸をとってつまみの
おひたしに手を伸ばした。
「これはなんだ」
「わさびだ。酒に合うって聞いて試してみた」
「うん、うまい。さすがだな!」
政宗は家康を見つめながら杯を取り、再び酒を飲み干す。
米やこうじの甘みに惑わされがちだが、濁り酒はかなり強い酒精を取ることになる。
飲み過ぎないようにしないとな、と思いながら政宗は目を伏せた。
思うように酒を飲んだことはあまりない。過ぎるようなことがあれば、小十郎がいつも
それとなく酒を水に変えてしまう。
今日は、どう出るだろうか。家康から酒を受けながらぼんやり考える。
(いや……)
片倉の屋敷に帰ったと聞いている。だとすれば、酒をすり替えるようなまねはできない。
いつも以上に気をつける必要がある。




