小十郎は政宗の上に立たない。対等にすらなろうとしない。常に下にいようとする。
家来なのだから当たり前だが、今日ほどその態度に苛ついたことはない。
「お前は、俺の何なんだよ」
「俺の、主君でしょう。それ以外のなんだというのです」
首を振った。喉がひどく渇いた。荒くなりはじめた息を抑え、また俯く。ぱたぱたと
涙が零れた。
頬が痛い。
「なんで、俺を叩いた」
「…………」
小十郎は沈黙を守る。わずかに息を飲む音を聞いた。
「俺を許せないんだろ? 俺に嫌気が差したんだろ? 誰にでも抱かれようとする女に
なんか仕えたくねぇんだろ?」
答えはない。
乱れた心がさらに乱れる。自分でも抑えられない。叫んで、なじって、目茶苦茶に暴れたい。
「なん……で、怒った? 俺を叩いた? 俺が、お前のことを考えなかったからか?
伊達のことを考えなかったからか? 今更、俺は女になろうとした。……蔑めよ。詰れよ」
小十郎が動いた。顔に手が添えられる。無理やり上を向かせられる。首が痛い。
「勝手すぎんだよ」
聞いたこともない声音だった。いや、どこかで聞いた。あれは、戦場のどこだっただろう。
「俺の主君だろ? 奥州の筆頭だろ? いつも俺の都合なんざ構やしねぇってのに、
いざ心が傾いたら俺の都合ってか? 俺はなんだ? 家来だろ?」
「こじゅ……ろ」
「それとも情夫か?」
「違う……」
唇を塞がれる。小十郎から動くのは初めてのことだ。いつも政宗が誘う。
ねっとりと這い回るような舌から逃げるが、すぐに動きを封じるように絡め取られ、
口腔を嬲られる。熱を、呼吸を奪われるようで苦しい。息ができない。
情欲を隠そうともしない小十郎が恐ろしかった。
――小十郎を、怒らせた。
そう結論づけると、納得がいった。
怒って当然だ。酷いことをしたし言った。小十郎でなければとっくに愛想を尽かすだろう。
唇をようやく解放される。何度か瞬いて溜まった涙を落とす。
手首をつかまれた。強い力に顔をしかめる。
体が傾く。天井が見えた。小十郎の顔は、鬼のように恐ろしい。戦場でもここまで
恐ろしい顔をしていない。
圧し掛かられると、いつも以上に重い。体の動きを封じられ、顔が近づいてくる。
「勝手にしてりゃいいんだ。俺はあんたに従う。そう決めた。――それの、どこが不満だ。言ってみろ」
「……だから……だ」
小十郎の動きが止まった。
いつも政宗の都合を第一に考えて、自分のことなど気遣わない。
この手が育てている野菜は、政宗の気に入るように作られる。珍しい野菜を育てたいことを
知っている。手を出さないのは、政宗が気に入らないからだ。
「お前は俺の家来だ。俺の傍にいて当たり前だ。俺の言うことを聞いて、俺の言うとおりに
動いて。……お前は、俺の、道具なのか? ……お前は、俺の、家来だろ?」
声が震える。恐れているのは小十郎ではない。
みじめな自分を恐れている。
「嫌だったら、嫌だって言えよ。お前は俺の自慢の家来だ。誰にも渡さない。触れさせない」
小十郎の目が見開かれた。
伴侶とはならない。立場が入れ替わることもない。
ならば小十郎はなんだ。
――自慢の家来。
分かりきった答えだ。
手を伸ばして引き寄せ、目を閉じて首筋に顔を埋める。
家来なのだから当たり前だが、今日ほどその態度に苛ついたことはない。
「お前は、俺の何なんだよ」
「俺の、主君でしょう。それ以外のなんだというのです」
首を振った。喉がひどく渇いた。荒くなりはじめた息を抑え、また俯く。ぱたぱたと
涙が零れた。
頬が痛い。
「なんで、俺を叩いた」
「…………」
小十郎は沈黙を守る。わずかに息を飲む音を聞いた。
「俺を許せないんだろ? 俺に嫌気が差したんだろ? 誰にでも抱かれようとする女に
なんか仕えたくねぇんだろ?」
答えはない。
乱れた心がさらに乱れる。自分でも抑えられない。叫んで、なじって、目茶苦茶に暴れたい。
「なん……で、怒った? 俺を叩いた? 俺が、お前のことを考えなかったからか?
伊達のことを考えなかったからか? 今更、俺は女になろうとした。……蔑めよ。詰れよ」
小十郎が動いた。顔に手が添えられる。無理やり上を向かせられる。首が痛い。
「勝手すぎんだよ」
聞いたこともない声音だった。いや、どこかで聞いた。あれは、戦場のどこだっただろう。
「俺の主君だろ? 奥州の筆頭だろ? いつも俺の都合なんざ構やしねぇってのに、
いざ心が傾いたら俺の都合ってか? 俺はなんだ? 家来だろ?」
「こじゅ……ろ」
「それとも情夫か?」
「違う……」
唇を塞がれる。小十郎から動くのは初めてのことだ。いつも政宗が誘う。
ねっとりと這い回るような舌から逃げるが、すぐに動きを封じるように絡め取られ、
口腔を嬲られる。熱を、呼吸を奪われるようで苦しい。息ができない。
情欲を隠そうともしない小十郎が恐ろしかった。
――小十郎を、怒らせた。
そう結論づけると、納得がいった。
怒って当然だ。酷いことをしたし言った。小十郎でなければとっくに愛想を尽かすだろう。
唇をようやく解放される。何度か瞬いて溜まった涙を落とす。
手首をつかまれた。強い力に顔をしかめる。
体が傾く。天井が見えた。小十郎の顔は、鬼のように恐ろしい。戦場でもここまで
恐ろしい顔をしていない。
圧し掛かられると、いつも以上に重い。体の動きを封じられ、顔が近づいてくる。
「勝手にしてりゃいいんだ。俺はあんたに従う。そう決めた。――それの、どこが不満だ。言ってみろ」
「……だから……だ」
小十郎の動きが止まった。
いつも政宗の都合を第一に考えて、自分のことなど気遣わない。
この手が育てている野菜は、政宗の気に入るように作られる。珍しい野菜を育てたいことを
知っている。手を出さないのは、政宗が気に入らないからだ。
「お前は俺の家来だ。俺の傍にいて当たり前だ。俺の言うことを聞いて、俺の言うとおりに
動いて。……お前は、俺の、道具なのか? ……お前は、俺の、家来だろ?」
声が震える。恐れているのは小十郎ではない。
みじめな自分を恐れている。
「嫌だったら、嫌だって言えよ。お前は俺の自慢の家来だ。誰にも渡さない。触れさせない」
小十郎の目が見開かれた。
伴侶とはならない。立場が入れ替わることもない。
ならば小十郎はなんだ。
――自慢の家来。
分かりきった答えだ。
手を伸ばして引き寄せ、目を閉じて首筋に顔を埋める。
ごめんなさい。
声にすることは躊躇われた。
小十郎は政宗を許す。そうやって、胸の中に激情を溜め込ませている。
いつも、小十郎の都合なんか考えない。どんな我がままを言っても無茶をしても、
小十郎は黙って従う。
小十郎は大切だ。けれど、自分と対等になることはありえない。
惹かれた相手は家来でしかないことを、改めて思い知らされる。
「……好きにしろ」
「政宗様?」
「今日だけ、特別だ。お前の好きに動け。やりたいようにやれ。俺の都合なんか
考えるんじゃねぇ。……なぁ、小十郎」
膝を立て、背中に手を回した。政宗をいつも守る背は広くて大きい。幼い頃からこの背に
守られてきた。厚い胸に顔を寄せた。
こんなに大切なのに。どうして放り出そうとしたのだろう。
「俺を、穢せ」
小十郎も家康も傷つけた自分を許せなかった。
小十郎は政宗を許す。そうやって、胸の中に激情を溜め込ませている。
いつも、小十郎の都合なんか考えない。どんな我がままを言っても無茶をしても、
小十郎は黙って従う。
小十郎は大切だ。けれど、自分と対等になることはありえない。
惹かれた相手は家来でしかないことを、改めて思い知らされる。
「……好きにしろ」
「政宗様?」
「今日だけ、特別だ。お前の好きに動け。やりたいようにやれ。俺の都合なんか
考えるんじゃねぇ。……なぁ、小十郎」
膝を立て、背中に手を回した。政宗をいつも守る背は広くて大きい。幼い頃からこの背に
守られてきた。厚い胸に顔を寄せた。
こんなに大切なのに。どうして放り出そうとしたのだろう。
「俺を、穢せ」
小十郎も家康も傷つけた自分を許せなかった。




