女が私の前から姿を消した。
いつもの様に奉仕の為に牢から出されて、そしてそのまま逃亡したらしい。
監視兵が珍しく慌てて牢に飛び込んで、彼女がいない事を確認して、また出ていった。
静かな日々に綻びが出来たのはただそれ一度きりである。
女の腕に着けられていた拘束具は今は私の自由を奪っている。
散々器具で慣らされた性器は易々と雄を呑み込み、切なく濡れさえもした。しかし、私の意志とは無関係の反応だ。
いつまで経ってもしおらしく泣かない私の態度に業を煮やした男が殴りつける事もままあるが、それもどうでもいい。
女が今どうしているのかは分からない。上手く逃げおおせたか、それとも捕まって別の牢に入れられたか、生死すら知る由もない。
……いいや、彼女は海に帰ったのだろう。
市と同じ遠くを見る瞳で語った、美しい御伽噺の国の海へ。
そこで愛する者と再会して幸せに暮らしているのだ。
永久に晴れた空と海。もしくは光こぼれる森の木陰で。
私も夢を見る。
女の笑う海と、市の待つ森の小道を。
流れに身を任せろと、そしていつかここを出て辿り着くのだ。
いつもの様に奉仕の為に牢から出されて、そしてそのまま逃亡したらしい。
監視兵が珍しく慌てて牢に飛び込んで、彼女がいない事を確認して、また出ていった。
静かな日々に綻びが出来たのはただそれ一度きりである。
女の腕に着けられていた拘束具は今は私の自由を奪っている。
散々器具で慣らされた性器は易々と雄を呑み込み、切なく濡れさえもした。しかし、私の意志とは無関係の反応だ。
いつまで経ってもしおらしく泣かない私の態度に業を煮やした男が殴りつける事もままあるが、それもどうでもいい。
女が今どうしているのかは分からない。上手く逃げおおせたか、それとも捕まって別の牢に入れられたか、生死すら知る由もない。
……いいや、彼女は海に帰ったのだろう。
市と同じ遠くを見る瞳で語った、美しい御伽噺の国の海へ。
そこで愛する者と再会して幸せに暮らしているのだ。
永久に晴れた空と海。もしくは光こぼれる森の木陰で。
私も夢を見る。
女の笑う海と、市の待つ森の小道を。
流れに身を任せろと、そしていつかここを出て辿り着くのだ。
例え、旅のよすがに目指した光が偽りだったとしても、私はそれに縋る。
扉が開いた。
兵がいつも通りに食事を運んできた。
私は知っている。先日私を陵辱した男どもが言っていたのだ。眠ったふりをした私の前で、戦があると。
そうならば兵は戦場に駆り出される。城の深部は警護が手薄になるだろう。
私は兵に声をかけた。出来るだけしおらしく、甘い女の声で。
「すまぬが、腕を切ったようで…今一度これをとってくれ」
兵が薬を取りに牢から出る間、足で皿を割り欠片を裾に隠した。
戻ってきた兵が拘束を解き、薬の瓶に気を取られた瞬間、陶器の欠片を振りかざした。
久しぶりに生きた色を見た気がした。枯れた白でも幻の青や緑でもなく、生の匂いの濃い赤を。
兵の衣服を剥ぎ取って身に着けた。簡素で質も良いとは言えなかったが、防具があると心強かった。
牢から出ると、やはり監視の影がない。自らの足で踏んだ硬い廊下の感触は心地よい。
さて、どう進む?あの女はどのような脱出経路を。そして私の市はどの方角に?
薄暗い地下を抜け、なんとか野外に出ればまず立ち込める煙に咳き込んだ。負け戦か。
それでも煙の合間を縫って差し込む陽光が嬉しかった。
あちらこちらに見慣れぬ家紋の旗が立ち、この城は完全に落ちたのだと知れる。我が城の最後の情景を思い出した。
が、今となってはこれも詮無い事。
勝利を納めた軍勢の寿ぎ歌が遠くから聞こえている。木々の隙間に紫の軍旗が誇らしげに揺れていた。
見つからないように歩を進めていると、しかし、一人の男に遭遇してしまった。
隻眼の男は焦れた顔で、女を知らないかと問うてきた。胡桃色の髪の女を。
ああ、一足遅かったようだな。彼女ならもうとっくに海に向かっている。男の顔が歪んだ。
晴れやかな海原には到底似合わない、苦渋に満ちた怒りの表情だった。
兵がいつも通りに食事を運んできた。
私は知っている。先日私を陵辱した男どもが言っていたのだ。眠ったふりをした私の前で、戦があると。
そうならば兵は戦場に駆り出される。城の深部は警護が手薄になるだろう。
私は兵に声をかけた。出来るだけしおらしく、甘い女の声で。
「すまぬが、腕を切ったようで…今一度これをとってくれ」
兵が薬を取りに牢から出る間、足で皿を割り欠片を裾に隠した。
戻ってきた兵が拘束を解き、薬の瓶に気を取られた瞬間、陶器の欠片を振りかざした。
久しぶりに生きた色を見た気がした。枯れた白でも幻の青や緑でもなく、生の匂いの濃い赤を。
兵の衣服を剥ぎ取って身に着けた。簡素で質も良いとは言えなかったが、防具があると心強かった。
牢から出ると、やはり監視の影がない。自らの足で踏んだ硬い廊下の感触は心地よい。
さて、どう進む?あの女はどのような脱出経路を。そして私の市はどの方角に?
薄暗い地下を抜け、なんとか野外に出ればまず立ち込める煙に咳き込んだ。負け戦か。
それでも煙の合間を縫って差し込む陽光が嬉しかった。
あちらこちらに見慣れぬ家紋の旗が立ち、この城は完全に落ちたのだと知れる。我が城の最後の情景を思い出した。
が、今となってはこれも詮無い事。
勝利を納めた軍勢の寿ぎ歌が遠くから聞こえている。木々の隙間に紫の軍旗が誇らしげに揺れていた。
見つからないように歩を進めていると、しかし、一人の男に遭遇してしまった。
隻眼の男は焦れた顔で、女を知らないかと問うてきた。胡桃色の髪の女を。
ああ、一足遅かったようだな。彼女ならもうとっくに海に向かっている。男の顔が歪んだ。
晴れやかな海原には到底似合わない、苦渋に満ちた怒りの表情だった。
さあ、男、貴殿はどこへ?
どの光を目指して進む?
どの光を目指して進む?
私は男に背を向け駆け出した。振り返る必要はもう何もない。
寿ぎの歌は益々遠くへ。それも間も無く転調するのだろう、禍言を喚き散らす憎しみの唄へと。
それも、私には関わりの無いことだ。
私には市が、市の待つ輝く森があるのだから。
寿ぎの歌は益々遠くへ。それも間も無く転調するのだろう、禍言を喚き散らす憎しみの唄へと。
それも、私には関わりの無いことだ。
私には市が、市の待つ輝く森があるのだから。
落ちた枝を、湿った土を踏んで私は進む。
優しい森へ、愛する彼女の笑顔へ。
優しい森へ、愛する彼女の笑顔へ。
辿り着いた場所の光あふれる景色をただただ信じて、疑う事も知らず────
私は、駆けた。