ことが済んだあとも、元親は濃姫を網に吊るしたまま放置しておいた。
理性の戻った彼女の顔からは、生々しい情欲の色がきれいに払拭されていた。毅然と
張った頬が青白い。
はるか遠くで聞こえてくるのは、長曾我部軍の勝ち鬨だった。
「俺らの勝ちだ。最初ッから分かってたことだけどな」
背後に向けていた視線を戻し、
「さて、と」
元親は濃姫を見おろした。
彼女に告げなければならないことがあった――。
理性の戻った彼女の顔からは、生々しい情欲の色がきれいに払拭されていた。毅然と
張った頬が青白い。
はるか遠くで聞こえてくるのは、長曾我部軍の勝ち鬨だった。
「俺らの勝ちだ。最初ッから分かってたことだけどな」
背後に向けていた視線を戻し、
「さて、と」
元親は濃姫を見おろした。
彼女に告げなければならないことがあった――。
最初から元親は、辱めた濃姫をこのまま尾張に帰そうと決めていた。
もともと喧嘩をしかけてきたのは織田側からだ。なのに、信長自身は尾張から出てこない。
内乱でも抱えているのか、それとも戦略的な意図があったのか。そんなことはどうでもいい。
織田は長曾我部元親を侮った。
それが元親の中の真実だ。彼の怒りはそこだけにある。
だから濃姫をこのまま尾張へと帰すのだ。
喧嘩の作法も知らぬ田舎者への鬼たちの憤懣を、怒号を、濃姫の口から存分に聞くといい。
もともと喧嘩をしかけてきたのは織田側からだ。なのに、信長自身は尾張から出てこない。
内乱でも抱えているのか、それとも戦略的な意図があったのか。そんなことはどうでもいい。
織田は長曾我部元親を侮った。
それが元親の中の真実だ。彼の怒りはそこだけにある。
だから濃姫をこのまま尾張へと帰すのだ。
喧嘩の作法も知らぬ田舎者への鬼たちの憤懣を、怒号を、濃姫の口から存分に聞くといい。
元親がそう言い終わると、濃姫はまた生意気な表情をした。
「わたしを生かしたまま帰すの? 甘いわね」
「敗軍の将を主のもとに送り返すことほど、酷なことはねぇと思うがな」
言うと、濃姫は顎を突き出して目を細めた。
「馬鹿な男。今度は、必ずお前を倒してみせるわ。わたしのこの手で」
「馬鹿はそっちだろう。やめときな、返り討ちに合うのがオチだぜ。それとも、そんなに
鬼が気に入ったのか? ハハハッ、逢引きのお誘いかい?」
濃姫は喉の奥から笑い声をこぼした。
「……ふふっ」
応とも否とも言わずに、元親の顔をまっすぐに見つめている。
「来るなら本気で来いよ。そしたら今度は優しく可愛がってやっから」
元親は彼女の体を片手で抱き寄せ、口の端を吊り上げて見せた。
少し首を動かすだけで唇同士が触れ合いそうな、ギリギリの近さで濃姫の美貌を眺めて
いると、元親の肩にオウムが舞い降りた。
「モトチカ、オタカラ!」
びくっと戦慄いた濃姫の耳に元親はそっと囁いた。
「よォ――アンタ、なかなかいい波だったぜ?」
風に混じった潮のにおいが鼻先をかすめて通り過ぎる。
濃姫の唇が、笑みのかたちに変わった。
「わたしを生かしたまま帰すの? 甘いわね」
「敗軍の将を主のもとに送り返すことほど、酷なことはねぇと思うがな」
言うと、濃姫は顎を突き出して目を細めた。
「馬鹿な男。今度は、必ずお前を倒してみせるわ。わたしのこの手で」
「馬鹿はそっちだろう。やめときな、返り討ちに合うのがオチだぜ。それとも、そんなに
鬼が気に入ったのか? ハハハッ、逢引きのお誘いかい?」
濃姫は喉の奥から笑い声をこぼした。
「……ふふっ」
応とも否とも言わずに、元親の顔をまっすぐに見つめている。
「来るなら本気で来いよ。そしたら今度は優しく可愛がってやっから」
元親は彼女の体を片手で抱き寄せ、口の端を吊り上げて見せた。
少し首を動かすだけで唇同士が触れ合いそうな、ギリギリの近さで濃姫の美貌を眺めて
いると、元親の肩にオウムが舞い降りた。
「モトチカ、オタカラ!」
びくっと戦慄いた濃姫の耳に元親はそっと囁いた。
「よォ――アンタ、なかなかいい波だったぜ?」
風に混じった潮のにおいが鼻先をかすめて通り過ぎる。
濃姫の唇が、笑みのかたちに変わった。
おわり