ここ最近、幸村は躑躅が崎を離れない。雪で動けないと言っているが、
上田から甲府までの道は整えられている。
上田に戻らない理由は、ただ一つだった。
信玄は幸村に顔を上げるように言った。幸村は複雑そうな顔を信玄に向ける。
何故、と顔に書いてある。
信玄はため息をつき、扇子で背中をかいた。
政宗を抱けば抱くほど、幸村の顔がちらついて離れない。
この男は真面目だ。本当に、一度も手を出していないに違いない。けして道を踏み誤らない。
一度、幸村に屋敷の警護を任せて鷹狩に出かけた。
どのような間違いが起こってもいいと思った。それで、政宗の気が晴れるのなら構わないと思った。
だが、幸村は具足に身を固め、前庭より一歩も出なかったという。
何故そこまで、忠義にあついのか。
「幸村よ」
「は」
「儂はの、子が伊達の胎から産まれれば、父は問わぬ」
「――お館様。それは、伊達殿が多情な女子だと言いたいのですか」
「そうではない」
「そのように聞こえまする!」
きっと顔を上げ、幸村は信玄を見た。
「お館様。政宗殿はお館様のご側室にございます。それがしは、お館様の家臣。
――何故、情を交わさねばならぬのですか」
「そなたらは、若い男と女子じゃ。何があっても、不思議ではあるまい」
「政宗殿は貞淑なお方でござる。けして、それがしをたぶらかすような真似はなさらぬ!」
強い口調に、信玄は奥歯を噛んだ。
――まるで、己に言い聞かせているようではないか。
(……それでよいのか)
一度、家臣の娘を娶らぬかと勧めたことがある。だが、幸村は拒んだ。
想う人がいると。その人に操立てをしていると。
結局縁談は流れ、娘は別の家に嫁いだ。
(誰とは、言わぬか)
ただ想うだけなのだろう。
――それがどれほど重いことなのか分かっていない。
――政宗と幸村を娶わせなかったのは、やはり誤りだったのではないか。
信玄はため息をついた。
「……幸村よ。そなた、山茶花と椿の見分けはつくか?」
話題を替えると、幸村は目をぱちぱちと瞬かせ、はあ、と間の抜けた返事をした。
信玄は幸村の胸元を見た。さりげなく六文銭と雁紋があしらってある。
どちらも真田の家紋だ。このような凝った意匠、職人でも中々つけてくれまい。
「政宗の閨の廊下に、毎日山茶花が一つ届くのじゃ」
「――キツネかタヌキにございますか?」
「阿呆、狐狸が政宗を見舞うか」
信玄はぽかりと扇子で幸村の頭を小突いた。幸村は小突いた場所をさすり、唇を尖らす。
「どうも、誰ぞ見舞っておるらしい」
「……左様に、ござるか」
「だがのう。誰であろうか。儂ではないし、三条(信玄の正室)でもない。
家中に、伊達を見舞うような者もおらぬし……」
幸村は顔を伏せる。
これ以上問い詰めるのは無粋かと、信玄は立ち上がった。
「奥州の雪解けを待って、伊達を奥州にて養生させる。何、奥州の土を踏み、
湯につかれば、たちまち健やかになろう」
「は……」
幸村は深く頭を下げた。髪が流れ、鮮やかな刺繍が信玄の目に飛び込んだ。
上田から甲府までの道は整えられている。
上田に戻らない理由は、ただ一つだった。
信玄は幸村に顔を上げるように言った。幸村は複雑そうな顔を信玄に向ける。
何故、と顔に書いてある。
信玄はため息をつき、扇子で背中をかいた。
政宗を抱けば抱くほど、幸村の顔がちらついて離れない。
この男は真面目だ。本当に、一度も手を出していないに違いない。けして道を踏み誤らない。
一度、幸村に屋敷の警護を任せて鷹狩に出かけた。
どのような間違いが起こってもいいと思った。それで、政宗の気が晴れるのなら構わないと思った。
だが、幸村は具足に身を固め、前庭より一歩も出なかったという。
何故そこまで、忠義にあついのか。
「幸村よ」
「は」
「儂はの、子が伊達の胎から産まれれば、父は問わぬ」
「――お館様。それは、伊達殿が多情な女子だと言いたいのですか」
「そうではない」
「そのように聞こえまする!」
きっと顔を上げ、幸村は信玄を見た。
「お館様。政宗殿はお館様のご側室にございます。それがしは、お館様の家臣。
――何故、情を交わさねばならぬのですか」
「そなたらは、若い男と女子じゃ。何があっても、不思議ではあるまい」
「政宗殿は貞淑なお方でござる。けして、それがしをたぶらかすような真似はなさらぬ!」
強い口調に、信玄は奥歯を噛んだ。
――まるで、己に言い聞かせているようではないか。
(……それでよいのか)
一度、家臣の娘を娶らぬかと勧めたことがある。だが、幸村は拒んだ。
想う人がいると。その人に操立てをしていると。
結局縁談は流れ、娘は別の家に嫁いだ。
(誰とは、言わぬか)
ただ想うだけなのだろう。
――それがどれほど重いことなのか分かっていない。
――政宗と幸村を娶わせなかったのは、やはり誤りだったのではないか。
信玄はため息をついた。
「……幸村よ。そなた、山茶花と椿の見分けはつくか?」
話題を替えると、幸村は目をぱちぱちと瞬かせ、はあ、と間の抜けた返事をした。
信玄は幸村の胸元を見た。さりげなく六文銭と雁紋があしらってある。
どちらも真田の家紋だ。このような凝った意匠、職人でも中々つけてくれまい。
「政宗の閨の廊下に、毎日山茶花が一つ届くのじゃ」
「――キツネかタヌキにございますか?」
「阿呆、狐狸が政宗を見舞うか」
信玄はぽかりと扇子で幸村の頭を小突いた。幸村は小突いた場所をさすり、唇を尖らす。
「どうも、誰ぞ見舞っておるらしい」
「……左様に、ござるか」
「だがのう。誰であろうか。儂ではないし、三条(信玄の正室)でもない。
家中に、伊達を見舞うような者もおらぬし……」
幸村は顔を伏せる。
これ以上問い詰めるのは無粋かと、信玄は立ち上がった。
「奥州の雪解けを待って、伊達を奥州にて養生させる。何、奥州の土を踏み、
湯につかれば、たちまち健やかになろう」
「は……」
幸村は深く頭を下げた。髪が流れ、鮮やかな刺繍が信玄の目に飛び込んだ。




