ばしゃ、と雨が跳ねた。佐助か、と幸村は目を瞑る。
「どうした、佐助」
「……残念だったな」
静かな声。幻かと思って顔を上げた。
辺りに、墨でも零したような闇が漂い始めている。その中で、薄汚れた白い夜着が眩しかった。
ふらふらと危なっかしい足取りで、政宗は一歩ずつ歩を進めた。
どうやって、城に入ったのだろう。塀を伝ったのだろうか。
幸村は駆け寄り、腕を取った。湿った上着が雨の中に落ちた。
政宗は目を閉じ、幸村に体を預けた。よくない冷え方をしている。
「よかった……会えた……」
「いつでも会えまする。何故、出奔などなされた!」
「――死にたくない、って思った。そしたら、夜中に体が動いて。気がついたら、
屋敷を出てた。……どうやって出たのかは聞くなよ。俺も覚えてない」
雨から庇うように背を抱いた。政宗の腕に力が籠る。弱々しい手の力に、幸村は首を振った。
「とにかく、軒へ。ここは冷えます」
「歩けない」
では、と政宗を横抱きにした。馬屋の中でも、綺麗な藁に政宗を下ろした。
子馬を傍に置いた。暖の代わりくらいにはなるだろう。子馬は鼻を鳴らし、
政宗に顔を寄せる。政宗は馬の顔を撫でた。
「着替えを探してまいります。あと、火と休める場所を作りますから、もうしばらく辛抱してくださいませ」
「……いいよ」
「よくありません。濡れたままでは、体に障ります」
「どうせ、もうすぐ死ぬ体だ。労わっても意味ねぇよ」
「探してまいります」
「言っただろ。もうすぐ死ぬ体なんか、労わる必要など」
幸村は政宗の肩を掴んで揺さぶった。抱きしめて、背中に手を這わせる。骨を感じた。
「生きておられる限り、労わる必要があります。最期の瞬間まで、死を願ってはなりませぬ!」
政宗はぼんやりとした目を幸村に向け、腕を持ち上げた。
「願ったのは……一つだけだ」
首に手が絡む。細く冷えた指先を取る。温かい、と政宗は笑った。久しぶりに見る政宗の笑顔だった。
「お前の腕の中で、死にたい」
幸村は首を振った。
――そんな願い、聞きたくない。
「生きて……くだされ……」
「無理だ。もう、永くない。もう歩けないだろうな。何日も食べてない。
……よくないものばっか、溜まっていく。――ああ、馬で駆けたいな」
「駆ければよい! 俺の馬を貸す! 残月は聡い馬だ。政宗殿の言うことを聞く!」
「残月……ああ、あの馬か。いい馬だな、あれ」
折れそうに細い体。昔はどうだった。意外と腕が太かった。肩幅も広かった。
骨は細かったが、肉がしっかりとしていた。
「嫌だ……嫌だ……死ぬなんて……」
「しょうがねぇだろ。……見ろよ」
政宗は自分の腕に目をやった。枯れ木のような腕だった。
「こんなに肉が落ちた。胸も尻も、もっとしっかりしてたんだぜ? 毎日、胸潰して、
腰に厚い布巻いてから着物を着て。小十郎に助けてもらわねぇとだめでさ。
……夏は大変だったな。冬は、結構温かくてよかったけど」
腕を袖に隠す。政宗は気持ちよさそうに目を閉じる。
嫌だ。まだ早い。
「どうした、佐助」
「……残念だったな」
静かな声。幻かと思って顔を上げた。
辺りに、墨でも零したような闇が漂い始めている。その中で、薄汚れた白い夜着が眩しかった。
ふらふらと危なっかしい足取りで、政宗は一歩ずつ歩を進めた。
どうやって、城に入ったのだろう。塀を伝ったのだろうか。
幸村は駆け寄り、腕を取った。湿った上着が雨の中に落ちた。
政宗は目を閉じ、幸村に体を預けた。よくない冷え方をしている。
「よかった……会えた……」
「いつでも会えまする。何故、出奔などなされた!」
「――死にたくない、って思った。そしたら、夜中に体が動いて。気がついたら、
屋敷を出てた。……どうやって出たのかは聞くなよ。俺も覚えてない」
雨から庇うように背を抱いた。政宗の腕に力が籠る。弱々しい手の力に、幸村は首を振った。
「とにかく、軒へ。ここは冷えます」
「歩けない」
では、と政宗を横抱きにした。馬屋の中でも、綺麗な藁に政宗を下ろした。
子馬を傍に置いた。暖の代わりくらいにはなるだろう。子馬は鼻を鳴らし、
政宗に顔を寄せる。政宗は馬の顔を撫でた。
「着替えを探してまいります。あと、火と休める場所を作りますから、もうしばらく辛抱してくださいませ」
「……いいよ」
「よくありません。濡れたままでは、体に障ります」
「どうせ、もうすぐ死ぬ体だ。労わっても意味ねぇよ」
「探してまいります」
「言っただろ。もうすぐ死ぬ体なんか、労わる必要など」
幸村は政宗の肩を掴んで揺さぶった。抱きしめて、背中に手を這わせる。骨を感じた。
「生きておられる限り、労わる必要があります。最期の瞬間まで、死を願ってはなりませぬ!」
政宗はぼんやりとした目を幸村に向け、腕を持ち上げた。
「願ったのは……一つだけだ」
首に手が絡む。細く冷えた指先を取る。温かい、と政宗は笑った。久しぶりに見る政宗の笑顔だった。
「お前の腕の中で、死にたい」
幸村は首を振った。
――そんな願い、聞きたくない。
「生きて……くだされ……」
「無理だ。もう、永くない。もう歩けないだろうな。何日も食べてない。
……よくないものばっか、溜まっていく。――ああ、馬で駆けたいな」
「駆ければよい! 俺の馬を貸す! 残月は聡い馬だ。政宗殿の言うことを聞く!」
「残月……ああ、あの馬か。いい馬だな、あれ」
折れそうに細い体。昔はどうだった。意外と腕が太かった。肩幅も広かった。
骨は細かったが、肉がしっかりとしていた。
「嫌だ……嫌だ……死ぬなんて……」
「しょうがねぇだろ。……見ろよ」
政宗は自分の腕に目をやった。枯れ木のような腕だった。
「こんなに肉が落ちた。胸も尻も、もっとしっかりしてたんだぜ? 毎日、胸潰して、
腰に厚い布巻いてから着物を着て。小十郎に助けてもらわねぇとだめでさ。
……夏は大変だったな。冬は、結構温かくてよかったけど」
腕を袖に隠す。政宗は気持ちよさそうに目を閉じる。
嫌だ。まだ早い。




