謙信の命によって、かすがは武田領に忍び込んでいた。風魔小太郎の最期を見届けるためだ。
小太郎の首を見上げている佐助に声をかけていいものかどうか悩んでいると、先に佐助が気づいた。
「あれ、かすがじゃん。その格好もいいねぇ」
「――相変わらずだな」
かすがは農民に扮していた。髪をぼろ布で隠し、顔を泥で汚し、肩を落とすと、
その辺りにいる若い娘にしか見えない。
佐助もまた、髪は泥だらけで顔にも泥がこびりついている。農民が物乞いに身をやつした
ような姿だった。
普通の人間には、同郷の農民同士が語るようにしか見えないだろう。
「何しに来たの?」
「……風魔が、処刑されると聞いた。それを見に来ただけだ。――武田を荒らすつもりはない」
「りょーかい。忍びを一人処刑しただけなのに、越後の軍神さんも結構マメだねぇ」
いつものかすがなら、佐助の軽い調子に激昂する。
だがかすがは、何も言わずに佐助から目をそらす。
風魔の首を見た。仮面の奥にどんな顔があるのか、かすがは知らない。
小太郎の首を見上げている佐助に声をかけていいものかどうか悩んでいると、先に佐助が気づいた。
「あれ、かすがじゃん。その格好もいいねぇ」
「――相変わらずだな」
かすがは農民に扮していた。髪をぼろ布で隠し、顔を泥で汚し、肩を落とすと、
その辺りにいる若い娘にしか見えない。
佐助もまた、髪は泥だらけで顔にも泥がこびりついている。農民が物乞いに身をやつした
ような姿だった。
普通の人間には、同郷の農民同士が語るようにしか見えないだろう。
「何しに来たの?」
「……風魔が、処刑されると聞いた。それを見に来ただけだ。――武田を荒らすつもりはない」
「りょーかい。忍びを一人処刑しただけなのに、越後の軍神さんも結構マメだねぇ」
いつものかすがなら、佐助の軽い調子に激昂する。
だがかすがは、何も言わずに佐助から目をそらす。
風魔の首を見た。仮面の奥にどんな顔があるのか、かすがは知らない。
「ねぇ、かすが。風魔の声って知ってる?」
「いや……」
一度、小田原に忍び込んで風魔と戦った事がある。噂どおり声一つ漏らさず戦う様子に、
言葉を知らないという噂は本当なんだな、と納得したものだ。
「俺、聞いちゃったよ」
「どんな、声だった」
話をつないだだけだ。さしたる興味はない。
謙信以上の素晴らしい声などないと信じている。
「いや……」
一度、小田原に忍び込んで風魔と戦った事がある。噂どおり声一つ漏らさず戦う様子に、
言葉を知らないという噂は本当なんだな、と納得したものだ。
「俺、聞いちゃったよ」
「どんな、声だった」
話をつないだだけだ。さしたる興味はない。
謙信以上の素晴らしい声などないと信じている。
「いい声だったよ。――ほんと、いい女だった」
女? とかすがは柳眉を潜めた。佐助はにちゃっと笑ってそーなんだよねぇ、と軽口を叩く。
そうか、と佐助を見て軽く腕を組む。そして背を向けて歩き出した。
「あ、待ってよ」
佐助が追いかけてくるのを承知で、かすがは歩いた。少しずつ歩みを早くして
人通りのない道を選び、途中で神社を見つけたのでそこに落ち着いた。
女? とかすがは柳眉を潜めた。佐助はにちゃっと笑ってそーなんだよねぇ、と軽口を叩く。
そうか、と佐助を見て軽く腕を組む。そして背を向けて歩き出した。
「あ、待ってよ」
佐助が追いかけてくるのを承知で、かすがは歩いた。少しずつ歩みを早くして
人通りのない道を選び、途中で神社を見つけたのでそこに落ち着いた。
「何? ついに俺たち一線越えちゃうのー?」
「! 誰が貴様と!」
鳥居に背を預ける佐助に背を向け、ため息をついた。
佐助とかすがは同郷だ。幼い頃は寝食を共にしたし、かすがが謙信につくまでは
何度か仕事を同じくした。互いの癖も性格も知り尽くしている。どちらかが死ぬまで、
この縁が切れることはなさそうだ。
「! 誰が貴様と!」
鳥居に背を預ける佐助に背を向け、ため息をついた。
佐助とかすがは同郷だ。幼い頃は寝食を共にしたし、かすがが謙信につくまでは
何度か仕事を同じくした。互いの癖も性格も知り尽くしている。どちらかが死ぬまで、
この縁が切れることはなさそうだ。
――だから、分かる。分かってしまう。
「ここなら、誰も見ていない。…………泣きたいのなら、泣け」
「何それ。親切のつもり?」
「……風魔の口許は、静かだった」
「そうだね。一度も、逃げようとしなかったんだよ。死ぬって、分かってなかったのかな」
「知るか」
「最後の夜にさぁ、せめて綺麗な身体で死なせてあげようって思ったんだよね。
だから、水と盥と着替え、持っていったら求められちゃってさぁ」
「抱いたのか」
「もうね、最高だったよ。うまいし、敏感だし。忍びでも、あそこまでいい女はかすがと小太郎くらいだろうね」
「……悔しいのか」
軽口は聞かなかったふりをする。
「……なんで、武田に仕官しなかったんだろうね。俺、自分の給料減ってもよかったんだけどな」
佐助の顔が肩に当たる。はねのけてやりたいが、弱った人間を相手に、非道になりきれない。
「何それ。親切のつもり?」
「……風魔の口許は、静かだった」
「そうだね。一度も、逃げようとしなかったんだよ。死ぬって、分かってなかったのかな」
「知るか」
「最後の夜にさぁ、せめて綺麗な身体で死なせてあげようって思ったんだよね。
だから、水と盥と着替え、持っていったら求められちゃってさぁ」
「抱いたのか」
「もうね、最高だったよ。うまいし、敏感だし。忍びでも、あそこまでいい女はかすがと小太郎くらいだろうね」
「……悔しいのか」
軽口は聞かなかったふりをする。
「……なんで、武田に仕官しなかったんだろうね。俺、自分の給料減ってもよかったんだけどな」
佐助の顔が肩に当たる。はねのけてやりたいが、弱った人間を相手に、非道になりきれない。
「泣いていい?」
「好きにしろ」
「好きにしろ」
かすがは腕を組んで目をつむる。
五感と思考を閉じる。息も極力少なくして、人の気配を消す。
五感と思考を閉じる。息も極力少なくして、人の気配を消す。
かすがが人の気配を取り戻したのは、夜半になってのことだった。
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以上。
小太郎の顔と声は佐助しか知りません。
以上。
小太郎の顔と声は佐助しか知りません。




