流転
川中島の対立に、終止符が打たれた。それは長年にわたり睨み合ってきた甲斐の虎と軍神が望んだ結末とは、まったく異なる形での終結だった。
上杉軍におきた謀反。前々から兆しがあったこととはいえ、よもやあの軍神が寝首をかかれることとなろうとは、一体誰が予想していただろうか。緻密に練られた計略は、一種の空恐ろしい怨念すら感じさせるものだったという。
「真田幸村」
ふいに名を呼ばれ、縁側に目を向ければ、軍神の懐刀と呼ばれていたくのいちが、影のようにたたずんでいた。忍び装束の上から、衣を一枚羽織っている。
あの夜、その細身に深手を負いながらも、主を救うため敵対している武田に転がりこんできた忍びだ。彼女にとっては上杉謙信という存在こそがすべてであり、戦も国も、己の命すらも、それと比べれば取るに足らないものだった。
彼女のその行動は上杉に対する裏切り以外の何物でもなかった。結果、山が火を噴くかのごとく怒りをあらわにした武田信玄によって、尋常ならぬ速さで武田軍は上杉領を制圧した。
長年の対立が、あまりにもあっけなく。
「奥州の情勢を探ってきたのだが……取り込み中だったか?」
「いや」雑念を振り払うかのように、幸村は頭を振った。「少し考え事をしていただけでござる」
「独眼流の動きを見るかぎり、今しばらくは大きな戦を仕掛ける気はないようだ。武器商人との連携を深めつつ、兵力を蓄えている。ただ――」
彼女はそこで口を噤んだ。それまで無表情に近かった顔に、わずかに憂いと痛みが走る。
かすが殿、と幸村が声をかけようとする前に、感情を殺した声が返された。
「――武田が上杉を倒したことに関して、かなり警戒していた。越後にはまだ武田に対する反発が残っている。つけこまれぬよう、早いうちに対処したほうがいい」
幸村は何かを言わねばならない焦燥に駆られ、しかし結局何の言葉も浮かばなかった。かすがの報告に黙って耳を傾けていることしかできなかった。
上杉軍におきた謀反。前々から兆しがあったこととはいえ、よもやあの軍神が寝首をかかれることとなろうとは、一体誰が予想していただろうか。緻密に練られた計略は、一種の空恐ろしい怨念すら感じさせるものだったという。
「真田幸村」
ふいに名を呼ばれ、縁側に目を向ければ、軍神の懐刀と呼ばれていたくのいちが、影のようにたたずんでいた。忍び装束の上から、衣を一枚羽織っている。
あの夜、その細身に深手を負いながらも、主を救うため敵対している武田に転がりこんできた忍びだ。彼女にとっては上杉謙信という存在こそがすべてであり、戦も国も、己の命すらも、それと比べれば取るに足らないものだった。
彼女のその行動は上杉に対する裏切り以外の何物でもなかった。結果、山が火を噴くかのごとく怒りをあらわにした武田信玄によって、尋常ならぬ速さで武田軍は上杉領を制圧した。
長年の対立が、あまりにもあっけなく。
「奥州の情勢を探ってきたのだが……取り込み中だったか?」
「いや」雑念を振り払うかのように、幸村は頭を振った。「少し考え事をしていただけでござる」
「独眼流の動きを見るかぎり、今しばらくは大きな戦を仕掛ける気はないようだ。武器商人との連携を深めつつ、兵力を蓄えている。ただ――」
彼女はそこで口を噤んだ。それまで無表情に近かった顔に、わずかに憂いと痛みが走る。
かすが殿、と幸村が声をかけようとする前に、感情を殺した声が返された。
「――武田が上杉を倒したことに関して、かなり警戒していた。越後にはまだ武田に対する反発が残っている。つけこまれぬよう、早いうちに対処したほうがいい」
幸村は何かを言わねばならない焦燥に駆られ、しかし結局何の言葉も浮かばなかった。かすがの報告に黙って耳を傾けていることしかできなかった。