遊郭の正月休みは長かった。
旅に出るには丁度良い。
信濃はここより寒いだろうけど、湯治に行くのも悪くない。
そんな事を考えながら荷造りを終えた俺は、お館様から頂戴した数枚の小判を手に、夜の街へと繰り出した。
旅立つ前に寄る所があったからだ。
街を歩けばあちらこちらから声が掛かる。
格子越しに姐さん方が「最近ご無沙汰じゃないかい?」と自分が吸っていたキセルを差し出してくる。
俗に言う吸付けたばこって奴だ。誰が考えたんだが、粋なやり取りだねぇ。
断るのも無粋なもんで、一口吸って一言返す。
「今日の相手はもう決まっててね」
「またあの子のところかい」
姐さんは呆れたように、だがほんのりと微笑んで送り出してくれた。
通い慣れた道を通り、通い慣れた張り見世の前へ立つ。
今日も彼女は気怠げに、この世の終わりみたいな顔をして、衝立へ寄り掛かっていた。
それじゃ客も寄り付かないんじゃと思うけど、「儚げだ」って意外と受けてるってんだから、野郎共もほんと好きだね。
ところがこれがどこのお職だいってぐらい気位が高いってんだから、馴染みも中々寄り付かない。
そんな花魁が昔うちの見世にもいたような。
こっちは花魁て程お偉いさんじゃないから、うまいこと言ってないんだけどね。
頭は良いのに不器用で、見てるこっちがハラハラしちまう。
と、彼女は格子前の人垣から俺を見つけたのか、す、とその場を立って奥へ入っていった。
俺もそれを見計らって遣り手にと声を掛ける。
「おばちゃん、半兵衛揚げさせてくんない?」
旅に出るには丁度良い。
信濃はここより寒いだろうけど、湯治に行くのも悪くない。
そんな事を考えながら荷造りを終えた俺は、お館様から頂戴した数枚の小判を手に、夜の街へと繰り出した。
旅立つ前に寄る所があったからだ。
街を歩けばあちらこちらから声が掛かる。
格子越しに姐さん方が「最近ご無沙汰じゃないかい?」と自分が吸っていたキセルを差し出してくる。
俗に言う吸付けたばこって奴だ。誰が考えたんだが、粋なやり取りだねぇ。
断るのも無粋なもんで、一口吸って一言返す。
「今日の相手はもう決まっててね」
「またあの子のところかい」
姐さんは呆れたように、だがほんのりと微笑んで送り出してくれた。
通い慣れた道を通り、通い慣れた張り見世の前へ立つ。
今日も彼女は気怠げに、この世の終わりみたいな顔をして、衝立へ寄り掛かっていた。
それじゃ客も寄り付かないんじゃと思うけど、「儚げだ」って意外と受けてるってんだから、野郎共もほんと好きだね。
ところがこれがどこのお職だいってぐらい気位が高いってんだから、馴染みも中々寄り付かない。
そんな花魁が昔うちの見世にもいたような。
こっちは花魁て程お偉いさんじゃないから、うまいこと言ってないんだけどね。
頭は良いのに不器用で、見てるこっちがハラハラしちまう。
と、彼女は格子前の人垣から俺を見つけたのか、す、とその場を立って奥へ入っていった。
俺もそれを見計らって遣り手にと声を掛ける。
「おばちゃん、半兵衛揚げさせてくんない?」
部屋へ入っても相変わらず、やる気もなさそうに片肘ついて、窓の外の喧騒を眺めている。
半兵衛が遠くばかり見つめている訳を俺は知っている。
「今日も待ち人来たらずかい」
待ち人、に反応して半兵衛はようやくこちらを振り向いた。
彼はそのような軽い相手じゃない、そう言いたげに俺をねめつけている。
「一度限りの相手にそこまで操を立てる根性には感心するけどよ、もうちっと商売に身入れないと、一生格子の中だぜ?」
この言葉も何度繰り返した事だろう。
答えもいつも決まっている。
「僕がしたくてやっていることだ。口出ししないでもらおうか」
意味がない事だと知りながら、それでもいつか迎えに来るんじゃないかと、格子の中で待ち続けているお姫さん。
昔異人に聞いた御伽草子にそんなお姫さんがいたような。
高い塔の上に閉じ込められながら、そこから助け出してくれる男を待っている。
果たして現実で、そんなにうまくめでたしめでたしと行くものか。
その行く末を見守らないといけないような気に駆られて早数年。
今日もお姫さんの相手は現れない。
「それに商売ならきちんとやっている。君が望まないから君の相手はしていないだけだ」
半兵衛が遠くばかり見つめている訳を俺は知っている。
「今日も待ち人来たらずかい」
待ち人、に反応して半兵衛はようやくこちらを振り向いた。
彼はそのような軽い相手じゃない、そう言いたげに俺をねめつけている。
「一度限りの相手にそこまで操を立てる根性には感心するけどよ、もうちっと商売に身入れないと、一生格子の中だぜ?」
この言葉も何度繰り返した事だろう。
答えもいつも決まっている。
「僕がしたくてやっていることだ。口出ししないでもらおうか」
意味がない事だと知りながら、それでもいつか迎えに来るんじゃないかと、格子の中で待ち続けているお姫さん。
昔異人に聞いた御伽草子にそんなお姫さんがいたような。
高い塔の上に閉じ込められながら、そこから助け出してくれる男を待っている。
果たして現実で、そんなにうまくめでたしめでたしと行くものか。
その行く末を見守らないといけないような気に駆られて早数年。
今日もお姫さんの相手は現れない。
「それに商売ならきちんとやっている。君が望まないから君の相手はしていないだけだ」




