「友達は抱けねーよ」
半兵衛とは同郷だった。
再開を果たしたのはこの色街。女は女郎。男は廓の雇われ人。
一度零れてしまった水を、きれいに盆に還す事が不可能だと知りながら、近付いたのは俺の方だった。
「その勝手な自尊心が、遊女を馬鹿にしている事に気付かないのかい?」
まるで「抱いてくれ」と言ってる事に彼女は気付いているのかいないのか。
「他の見世で揚げてるのも、茶引きだろ。物好きな」
俺が黙っているのに苛立ったのか、半兵衛は居丈高に言い放った。
茶引きとは、後輩女郎の為に茶葉を引く仕事を担わされている、客の取れなくなった女郎を揶揄した言葉だ。
「人気も気位も高い天狗な姐さん方より懸命に相手してくれるしね」
「フン…そんな事言って、蓋を開けば、年季明けまでの施しだろう。どんな客でも、続いている限りはいつか年季が開けるからね」
「施し」のつもりはなかった。
ただ、この街の外を見てもらいたい妓があっちこっちにいた。
それだけだった。
自己満足なのも、そんな行為が彼女達を傷付けるのも知っていた。
だけどこの街には、出たくても出られない妓が星の数程いるのも事実だった。
お国に決められた年季なんてのはあってないようなもんで、大体は身体がボロボロになって打ち捨てられていく。
生き残ったとしても、生活の為の借金が嵩み、結局は廓の雑用係なんかやらされて、一生を閉じていく。
みんな知っていた。
出られるのは屍になってから。
それがどうしようもなく哀しくて、手に届く何人かだけでも、大門の外の空を見せてやりたかった。
御伽草子のお姫さんじゃないんだから、自分から男に会いに行くお姫さんが居たっていいだろう?
そんなお姫さん達を見ていたいと思う男が一人くらいいたっていいだろう?
なんてのは格好つけすぎかな。
俺はただの、幼馴染に手も出せない臆病者の遊び人でいいや。
何を言っても口の端上げて笑ってる俺に辟易したのか、半兵衛は少し姿勢を崩して呆れるように言った。
「フラフラしてないでそろそろ身を固めろとか、君のお節介なあのおばさんは言わないのかい」
「おばさんなんて言ったらぶっ飛ばされるぞ」
「叔父の内儀だったらおばさんだろ」
初めて青く表情を変えた俺を見て、半兵衛は面白そうに減らず口を続けた。
憎たらしいけど、半兵衛のこの減らず口は嫌いじゃない。
こういう口を叩いている時の方が半兵衛らしくて生き生きしてるから。
「元気ならそれでいーや。今日は顔を見に来ただけだから」
立ち上がり、その白く細い手に数枚の小判を握らせる。
「しばらく来れなくなる。俺が帰ってくるまでいー子にしてろよ?」
「僕は君の飼い猫じゃない」
声を荒げて手を振りほどくも、半兵衛は握った小判を悔しげに収めた。
そうだ、生きていくには金がいる。
希望のために、生きている。
半兵衛は、俺が思ってるよりもずっと強いのかもしれない。
なんだか安心して旅に出られる気がした。
半兵衛とは同郷だった。
再開を果たしたのはこの色街。女は女郎。男は廓の雇われ人。
一度零れてしまった水を、きれいに盆に還す事が不可能だと知りながら、近付いたのは俺の方だった。
「その勝手な自尊心が、遊女を馬鹿にしている事に気付かないのかい?」
まるで「抱いてくれ」と言ってる事に彼女は気付いているのかいないのか。
「他の見世で揚げてるのも、茶引きだろ。物好きな」
俺が黙っているのに苛立ったのか、半兵衛は居丈高に言い放った。
茶引きとは、後輩女郎の為に茶葉を引く仕事を担わされている、客の取れなくなった女郎を揶揄した言葉だ。
「人気も気位も高い天狗な姐さん方より懸命に相手してくれるしね」
「フン…そんな事言って、蓋を開けば、年季明けまでの施しだろう。どんな客でも、続いている限りはいつか年季が開けるからね」
「施し」のつもりはなかった。
ただ、この街の外を見てもらいたい妓があっちこっちにいた。
それだけだった。
自己満足なのも、そんな行為が彼女達を傷付けるのも知っていた。
だけどこの街には、出たくても出られない妓が星の数程いるのも事実だった。
お国に決められた年季なんてのはあってないようなもんで、大体は身体がボロボロになって打ち捨てられていく。
生き残ったとしても、生活の為の借金が嵩み、結局は廓の雑用係なんかやらされて、一生を閉じていく。
みんな知っていた。
出られるのは屍になってから。
それがどうしようもなく哀しくて、手に届く何人かだけでも、大門の外の空を見せてやりたかった。
御伽草子のお姫さんじゃないんだから、自分から男に会いに行くお姫さんが居たっていいだろう?
そんなお姫さん達を見ていたいと思う男が一人くらいいたっていいだろう?
なんてのは格好つけすぎかな。
俺はただの、幼馴染に手も出せない臆病者の遊び人でいいや。
何を言っても口の端上げて笑ってる俺に辟易したのか、半兵衛は少し姿勢を崩して呆れるように言った。
「フラフラしてないでそろそろ身を固めろとか、君のお節介なあのおばさんは言わないのかい」
「おばさんなんて言ったらぶっ飛ばされるぞ」
「叔父の内儀だったらおばさんだろ」
初めて青く表情を変えた俺を見て、半兵衛は面白そうに減らず口を続けた。
憎たらしいけど、半兵衛のこの減らず口は嫌いじゃない。
こういう口を叩いている時の方が半兵衛らしくて生き生きしてるから。
「元気ならそれでいーや。今日は顔を見に来ただけだから」
立ち上がり、その白く細い手に数枚の小判を握らせる。
「しばらく来れなくなる。俺が帰ってくるまでいー子にしてろよ?」
「僕は君の飼い猫じゃない」
声を荒げて手を振りほどくも、半兵衛は握った小判を悔しげに収めた。
そうだ、生きていくには金がいる。
希望のために、生きている。
半兵衛は、俺が思ってるよりもずっと強いのかもしれない。
なんだか安心して旅に出られる気がした。




