「一つだけ。」
「………な、何だ。」
「女を見るたびに無闇に破廉恥などという言葉を投げるのは止めた方が良い。」
「お前が思うように恥じらいを持ちながらも、想い人に馳せて努める女もいる。子種を受ける痛み、
未来の子を成す痛みにも耐える。大事に想う主を守る為、血を繋げる為にな。」
「………な、何だ。」
「女を見るたびに無闇に破廉恥などという言葉を投げるのは止めた方が良い。」
「お前が思うように恥じらいを持ちながらも、想い人に馳せて努める女もいる。子種を受ける痛み、
未来の子を成す痛みにも耐える。大事に想う主を守る為、血を繋げる為にな。」
「お前はそんな女も恥知らずに見えるのか?」
「……………すまぬ。」
そう呟いた返答は暫しの静寂の間が通った後。
「その、」
「何だ。」
「女子が恐いわけでは、ない。」
「…………。」
「戦で傷つき、泣くのはいつも女と子供だ。勝とうが負けようが何処かで傷つく者がおる。
何度やってもそれはどうしても変えられなかった。」
「その、」
「何だ。」
「女子が恐いわけでは、ない。」
「…………。」
「戦で傷つき、泣くのはいつも女と子供だ。勝とうが負けようが何処かで傷つく者がおる。
何度やってもそれはどうしても変えられなかった。」
良くある事だ。
戦火に巻き込まれ、混乱に乗じた野盗に襲われ、部落一つが消えるなど混乱の世には良くある事。
家を焼き払われ、財産は全て奪われ、子供を目の前で殺され、
泣き叫ぶ女は慰み者にされて最後は無残に殺される。良くある事だ。
それが自分にとって敵ならば悪として立派に成敗する事も出来よう。
戦火に巻き込まれ、混乱に乗じた野盗に襲われ、部落一つが消えるなど混乱の世には良くある事。
家を焼き払われ、財産は全て奪われ、子供を目の前で殺され、
泣き叫ぶ女は慰み者にされて最後は無残に殺される。良くある事だ。
それが自分にとって敵ならば悪として立派に成敗する事も出来よう。
だが現実は敵も味方もない。戦場は分かり易い弱肉強食を絵に描いた様に容赦なく目に映す。
夢と理想を抱いて初陣した彼に取っては次々と目の前で乱暴に犯されて
後は塵の様に捨てられていく女達の末路はあまりにも惨い現実だった。
男達の士気を上げる為には尤も容易で効率が良いからと差し出された事もあった。
「武士として戦うならば、お館様の上洛を成す為ならば、
その様な現実も受け入れなければならぬ事もあると言われた。 自身にもそう言い聞かせてきた。」
でも、もう限界だったと。彼の体は酷く震えていた。虎の若子は武士としてあまりにも純粋過ぎたのだ。
「迷ったのではない。逃げてきたのだ。某は、兵を、国を守らねばならぬと言うのに逃げてしまった。」
夢と理想を抱いて初陣した彼に取っては次々と目の前で乱暴に犯されて
後は塵の様に捨てられていく女達の末路はあまりにも惨い現実だった。
男達の士気を上げる為には尤も容易で効率が良いからと差し出された事もあった。
「武士として戦うならば、お館様の上洛を成す為ならば、
その様な現実も受け入れなければならぬ事もあると言われた。 自身にもそう言い聞かせてきた。」
でも、もう限界だったと。彼の体は酷く震えていた。虎の若子は武士としてあまりにも純粋過ぎたのだ。
「迷ったのではない。逃げてきたのだ。某は、兵を、国を守らねばならぬと言うのに逃げてしまった。」
彼の背中に彫られた無数の傷と痣をもう一度見つめる。
どれだけ必死になって、夢中になってここまで逃げてきたのだろう。
抑えていた気持ちと、幾度と頭を巡る葛藤と、武士としての使命と共に。
幸村の体を伝って向き直る。覗き込んだ彼の眼は堪え涙で溢れていた。
何時の戦だったか。あの時に見た彼の姿は野原を思うがままに駆け回る虎の如く、
相手を勢いだけでなぎ倒す恐ろしくも勇ましい姿が印象的だった。
でも今此処にあるのは年相応の少年だ。
理想と現実の壁に勝てなくて。情けない自分が悔しくて、でも最後の精一杯で意地を張って。
どれだけ必死になって、夢中になってここまで逃げてきたのだろう。
抑えていた気持ちと、幾度と頭を巡る葛藤と、武士としての使命と共に。
幸村の体を伝って向き直る。覗き込んだ彼の眼は堪え涙で溢れていた。
何時の戦だったか。あの時に見た彼の姿は野原を思うがままに駆け回る虎の如く、
相手を勢いだけでなぎ倒す恐ろしくも勇ましい姿が印象的だった。
でも今此処にあるのは年相応の少年だ。
理想と現実の壁に勝てなくて。情けない自分が悔しくて、でも最後の精一杯で意地を張って。
「…男でも、泣きたい時は泣いて良いんだぞ。」
今にも零れ落ちそうな彼の眼に浮かぶ涙をそっと拭いて、頬に手をかけた。
「命が散る事に、惨い現実に涙して悲しむ武士がいるならば、
戦が終わるその時までその心を片時も忘れる事がなければ。
散っていった者も少しは報われる…きっとな。」
子をあやす母のように震える彼の体を優しく抱き締める。
「今一時なら、私で良ければ胸を貸そう。心に溜まった悲しみも怒りも全部受け止めよう。
だから、もう堪えるな。」
今にも零れ落ちそうな彼の眼に浮かぶ涙をそっと拭いて、頬に手をかけた。
「命が散る事に、惨い現実に涙して悲しむ武士がいるならば、
戦が終わるその時までその心を片時も忘れる事がなければ。
散っていった者も少しは報われる…きっとな。」
子をあやす母のように震える彼の体を優しく抱き締める。
「今一時なら、私で良ければ胸を貸そう。心に溜まった悲しみも怒りも全部受け止めよう。
だから、もう堪えるな。」
幸村は崩れるように私の胸へ滑り落ちた。彼の涙が私の胸を濡らした。
私は只、栗色の髪を撫でていた。
ひとしきり泣いた幸村が僅かに顔を上げた時に目が合った。
私は――静かに唇を落とした。
私は只、栗色の髪を撫でていた。
ひとしきり泣いた幸村が僅かに顔を上げた時に目が合った。
私は――静かに唇を落とした。




