戦国BASARA/エロパロ保管庫

幸村×かすが

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男の愛斧が敵の身を貫いた。『紅蓮翔』――その刃を受けたものは紅蓮の赤に包まれるという、名が体をあらわしている斧であったが、氷の如き麗しいその身は赤に焼かれることはなかった。ゆらゆらと、まるで雪が舞い散るようにおちていった。
武田信玄に信濃の地で敗れた、軍神と謳われた上杉謙信の最後はそうであったと、語られている。


「…何か言い残すことはないか」
謙信は信玄の隣に佇む青年――真田幸村が酷く辛そうにそう呟くのを、どこかおかしい気持ちで見つめた。己の身をこうやったのは貴様の主であるものを。唇に弧の形を浮かべようとしたが、歪な形にゆがめられただけだった。

(…もうだめか)

先程まで戦の神のように優麗に動いていた身体が、もう思うように動かすことも出来なかった。
血が流れ行く、どくどくと脈うつ感覚だけが鋭く、あとの身体の機能は消えてしまったように何もなかった。

(わたしは、しぬのか)

――思えば戦うことしかなかった生涯だった。血腥い光景しか思い浮かべられぬものであった。
兄である晴景と争い、家督を己におさめた後は、紺地日の丸、白地に毘字の旗幟をなびかせて、北陸・信濃・関東に出陣を重ねた。仏の元に行った後でも、それでも戦い続けた自分に残ったものは何なのだろうか?――何も無い。何も、手に残らなかった。

『虎千代』
幼い頃の自分の名を呼ぶ兄の声が聞える。優しく、けれども弱い人だった。
謙信を信じることが出来ず、刃をむけ、結果上杉という名を自分に明け渡し、最後は病に斃れた。
病床のか細くなった兄の手。差し出されたのに握ることが出来なかった自分。ここまで追いやってしまったのは自分であると気付いていたからか。
もう一度あの、兄弟と慕い合えていた頃に戻れたら。そのかなうことの無い儚い想いは絶望に変わり、身体でうねったそれが、戦いへと駆り立てていたのか。

ふと泣き声が聞え、謙信は思いを綴るのを止め、重く息を吐き、視線を横に向ける。
うつくしいつるぎが、泣いていた。


(…あなたのからだも、いたいでしょうに)
かすが。悲しい女だった。優しいのに、其の身を戦に置くことしか生きる術を知らない。
結局自分はこの女を救うことが出来なかった。それどころか、優しい女を更に戦の道に置くようなことをしたのだ。けれどもかすがは泣く。自分を傷つけている人間が死に逝くのを嘆いているのだ。
泣いてはいけない。絶望に身をふしてもいけない。わたしはあなたに泣いてもらえるような人間ではないのだから。そうかすがに伝えたかったが、もうあそこまで届くような声も出せぬ。

目線をかすかにずらせると、未だ痛々しい表情をした幸村が目に入る。
自分と正反対の人間。熱く、燃えるような男。
もしかしたら、その炎でかすがの中にある凍てつくものを溶かしてやることができるだろうか。自分では出来なかったことを、この青年に託すことが出来るだろうか。無責任な頼みだ。けれども、それでも――

「…わたしの、あの…うつくしい…つるぎを、どうか…」
たのむ、という声は喉にせりあがった血の塊の所為で音にはならなかった。暗い闇に落ちる瞬間、兄の笑顔が見えた。


「…逝ったか」
荒く息を一つつき、無骨な顔を歪めて武田信玄はつぶやき、戦の処理をする為身を翻していった。
その手で斃したとはいっても、幾度となくまみえた所為で、いつしか共鳴りのようなものも感じていた相手だった。
(…感傷に浸られるのも無理はない)
この場から遠ざかる信玄の背を見、幸村は目を伏せた。己でさえ辛さを抱えているのだから。
ひどく静かなその場に、ふと声が響いた。

「…あの方を殺しておいて、何を今更嘆く」

透き通る、しかし耳に嫌に障る声だった。幸村は、ふ、とその声のしたほうに振り向く。
血にまみれた女が、こちらを凝視していた。薄い色素の瞳がぎらぎらと光っている。もし視線で人が殺せるならば、と幸村は思った。間違いなく自分は殺されていたであろう。そのような、鋭い視線だった。
「…お前の言う通りだな」
胸に湧く感情のまま、ぽつりと幸村は呟いた。誰に言うでもなく零れ出た言葉であったが、それは確かに女の元へ届いた。瞬間、目を見開き、女は低く呟く――傷ついた身体に、それでも怒りを漲らせて。


「…ッ…あの方は…!」
目が壊れたかという程涙をふき溢して、女は叫んだ。
「こんなところで、貴様らに殺められて良いお方ではなかった…!戦ばかりの醜いこの国をそれでも嘉し、神に代わって救ってくださるお方だった…!…それなのに…!」
なぜ殺したか、という声は嗚咽に紛れ、もはや言葉をなさなかった。涙と共に、女の傷ついた背から血が流れいく。獣のように猛然と己の主に立ち向かってきたので、女だと躊躇いつつも二槍で傷つけたのは自分だ。しかし、それを。

(…癒したいと思っている自分は愚かか)
幸村は思う。しかし、どうして、この女は。
無意識に幸村は女へと手を伸ばす。武人特有の無骨なその指が、躊躇いがちにではあるが、女の淡い色の髪に触れようとした瞬間――

涙に伏せていた女の顔が、素早く面をあげた。そこに儚さはない。先程の、仇として間向かっていた時に浮かべていた、獣の顔が浮かんでいた。
「…ッ!」
幸村は息を潜めた。死に間向かっている時の、あの特有の寒さが背筋をかけぬけた。身を構えたときはもう遅く、女は懐に忍ばせていた小太刀を順手に持ち、その切っ先を幸村に向けている。
二槍を向けるか。しかし、と幸村は歯を食いしばった。何もかもが遅すぎる――背負った二槍の柄を握るよりも早く、女はもう自分に踏み出していた。青白く光る刃の光が幸村の目を焼き、くらんだ思考がそれに身を貫かれる形象を脳内に生み出す。それは現実のものとなるのか――


途端。
「――旦那らしくないねえ、相手にひるむなんてさ」
肉を鈍く打つ音と同時に、此処が戦場とは思えない、飄々とした軽い声が幸村の耳に届いた。弾かれたようにその音へと、幸村は顔を向ける。声色と寸分違えない雰囲気を纏った男がそこに立っていた。武田家が抱える甲賀忍者が一人、猿飛佐助であった。にやりと口元に薄い笑みを浮かべるその男の小脇には、先程幸村に刃を向けていた女が抱えられていた。あの鈍い音は、と幸村は眉をひそめた。佐助がその身でもって、女の動きを止めた音だったのだろう。
「…佐助、すまなかった」
「いやあ、別に謝らなくてもいいんだけどさあ」
深く頭を下げる幸村に、佐助は軽く返し、それよりも、と続ける。
「この女。どうする訳?」
どうするとは、と幸村は目を瞬かせた。先程の謙信との約束どおりだ。この女を保護する。
この戦では己に影のようにつき従っていた佐助のこと、謙信のあの最後の言葉も聞いていたはず。
言葉もなく木偶のように立っている幸村に目線を向け、佐助は笑みを止めた。

「もしかしてさあ」
一拍置いて、言葉を続ける。
「さっきの上杉謙信の遺言とやらを聞こうとか思ってんじゃないだろうな、旦那?」
幸村はその問いに黙ることで答えた。おいおい、と佐助は目を見開く――幸村は是、といったのだ。
佐助は胸に溜まった重い空気を吐き出し、珍しく語気を強める。


「阿呆か、あんたは…!この女は忍だ、殺すことに何も躊躇いもない女だ。分るだろ!?」
「しかし…」
それでも躊躇いをみせる主に、佐助は舌打ちする。死人との約束を守ろうとする幸村の実直さは、全てに諦めをもった自分にはまぶしく見える。しかしそれも度を過ぎると唯の愚直だ。あんな言葉など――守る相手は、とうにこの世におらぬ。

「殺すしかない」

低く呟いた佐助の言葉に、弾かれたように幸村は顔をあげた。幸村の視界に入ったのは、何もかも打ち消した能面のような佐助の顔だった。それは感情を殺し、ただ命を狩るためだけに戦場をかける忍の顔だ。その表情のまま、佐助は続ける。
「この女は今、魂を飛ばしている。このまま楽に殺してやれる。
それに俺は忍だ、人を一瞬に黄泉に送れる術など幾つも心得ている。この女もこれから生きていくのは辛いだろう。殺してやった方がいいんだ」
淡々と呟かれる佐助の言葉は、紛れもない事実だった。主を殺された忍の末路は哀れだ。元々闇を歩く人間。主を亡くしたからといって、光の当たるところに出られるわけではない。行く当てもなくさ迷い 、卑た欲の為に人を殺す請負に身をやつすしかない――それでも生きられるならばよい、と幸村は苦い表情になる。
風評でなら幾つも、名だたる忍の幾人もがどことも分らぬ地で死んでいったのだと聞いた。そのどれもが、目も背けたくなるような末路であった。『女』であるくの一など、尚更だった。


未だ沈黙を貫き通している幸村に、佐助は息を吐き、抱えていた女をゆっくりと地面に降ろした。
血が流れすぎた所為か青ざめた女の口から、ひゅうと風のような息が続いている。幸村は横たわる女に近づいた。

慈悲はある。この女は生きていても辛いだけだ。それになにより、体が回復すると、先程のように幸村の息の根を止めようとしてくるだろう。傷つけた憎い仇だ、俺は。忍は己を傷つけた相手を、決して許さない。――しかし、俺は死ねぬ。

(…殺すか)
己の心に宿る、もののふの意識がそう心中で呟かせる。
陶器のような滑らかな肌に手を這わし、そのまま細い首筋に指先をやる。このまま、と幸村は思う。
(力を込めれば、この女を殺せる)
首に走る幾筋もの管を握りつぶし、黄泉路へと送ってやれる。幸村は指先に力を込めようと、手に神経を集中させた。しかし。
指先に伝わってきたのは、女の華奢な首を握りつぶす感触ではなかった。熱く、どくどくと血脈が流れる女の生きている形だった。


(この女は、生きている――)

喪われたものは多い。それでも生きようとしているのか。
「…っ」
ふいにじわりと目が熱くなるのを、幸村は感じた。俺がこの女に感じているこの想いは何だ。
――怖れにもにた、この愛しさは何だ。

幸村は歯を食いしばり、首元から指を離す。その手は女の体に廻され、胸元へと抱えあげた。
立ち上がり、その場を後にしようとする主の姿に、驚いたのは佐助だった。最後の慈悲を与えようと手を手向けたのではなかったのか。それなのにどうして、その手は女を生かし続けるのだろう。
――まるで玻璃を扱うかのような、慈しむ、その柔らかな仕草は何なのだろう。
いつもとは違い動揺を身にまとう佐助に、幸村はちらりと視線を向け、しかし立ち止まることなく呟く。
「…この女は、助ける」
聡耳の佐助の元に、届くか届かないかというくらいの小さな声だった。しかし、と佐助は苦く思う。
しかしそれでも幸村のその言葉は、確固たる意思に満ちていた。


「馬鹿がっ…!」
吐き捨てられた佐助の声は、戦場に吹きすさぶ風にとけて消えた。

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