それは敗戦だった。
どれぐらい、そうして居たのだろう。
ヒュウヒュウと、耳を掠める乾いた風の音に目を覚ませば、そこは一面の屍の山だった。
咽返る程の硝煙と血の臭いが、然程時の流れていない事を教えてくれる。
「ぐ……ぅっ」
身体を起こすと、脇腹に酷い激痛を覚えた。
それと同時に、胸から這い上がってくる生温かい物を、咽び吐く。
血だ。あぁ、血生臭いのは自身であった。
これ程の傷を負いながら、戦の記憶がほとんど喪われている事に気が付く。
俺は一体、何と戦っていたと言うのだ。
壊れかけた刃毀れだらけの槍を頼りに立ち上がれば、戦場の景色が見渡せる。
広大な平地の中、他に立つ影は一つも見当たらなかった。
あるのは夥しい数の屍と、それに群がる烏の群ればかり。
所々、折れて尚立つ旗印の、蔦の家紋には見覚えがある。
松永軍だ……武田は、松永に攻め取られたと言うのか?
足元に横たわる死体の中には、見知った顔もいくつかあった。
手練の老将も、心半ばな顔で息絶えていた。
今度子供が産まれるのだと、喜んで話していた若い兵も、苦悶の表情を浮かべたまま冷たくなっていた。
みんな、みんな死なせてしまった。
何故俺だけが生き残ってしまったのだろう。
一番に、死するべきは俺であった筈なのに。
せめて埋葬だけでもしてやりたかったが、自身の手足すらもう満足には動かせなかった。
なすべき事は他にもある。まず生きている者を探さなければ。
「……佐助」
そこまで思い立って、一人の男の顔が頭を過ぎる。
普段なら、何を置いても傍に立つ、戦忍びの姿が見えない。
「佐助…っ!」
今一度、搾り出せる限りの声で名を呼んだが、その男は現れない。
肺に残る血をまた吐いた。
「佐助…ぇっ」
構わずにその姿を求めるも、声は土埃と共に風に攫われて消えていった。
「……お館様……っ!」
そうだ。自分が守るべき御方はどうなったのか。
こんな所で倒れている場合ではないではないか。
例え片腕をもがれ様ともお側に付いてお守りしなければならない筈なのに。
己の未熟さに歯噛みしながら、俺は痛む身体を引き摺り、後方に構えてあるであろう本陣へと向かった。
どれぐらい、そうして居たのだろう。
ヒュウヒュウと、耳を掠める乾いた風の音に目を覚ませば、そこは一面の屍の山だった。
咽返る程の硝煙と血の臭いが、然程時の流れていない事を教えてくれる。
「ぐ……ぅっ」
身体を起こすと、脇腹に酷い激痛を覚えた。
それと同時に、胸から這い上がってくる生温かい物を、咽び吐く。
血だ。あぁ、血生臭いのは自身であった。
これ程の傷を負いながら、戦の記憶がほとんど喪われている事に気が付く。
俺は一体、何と戦っていたと言うのだ。
壊れかけた刃毀れだらけの槍を頼りに立ち上がれば、戦場の景色が見渡せる。
広大な平地の中、他に立つ影は一つも見当たらなかった。
あるのは夥しい数の屍と、それに群がる烏の群ればかり。
所々、折れて尚立つ旗印の、蔦の家紋には見覚えがある。
松永軍だ……武田は、松永に攻め取られたと言うのか?
足元に横たわる死体の中には、見知った顔もいくつかあった。
手練の老将も、心半ばな顔で息絶えていた。
今度子供が産まれるのだと、喜んで話していた若い兵も、苦悶の表情を浮かべたまま冷たくなっていた。
みんな、みんな死なせてしまった。
何故俺だけが生き残ってしまったのだろう。
一番に、死するべきは俺であった筈なのに。
せめて埋葬だけでもしてやりたかったが、自身の手足すらもう満足には動かせなかった。
なすべき事は他にもある。まず生きている者を探さなければ。
「……佐助」
そこまで思い立って、一人の男の顔が頭を過ぎる。
普段なら、何を置いても傍に立つ、戦忍びの姿が見えない。
「佐助…っ!」
今一度、搾り出せる限りの声で名を呼んだが、その男は現れない。
肺に残る血をまた吐いた。
「佐助…ぇっ」
構わずにその姿を求めるも、声は土埃と共に風に攫われて消えていった。
「……お館様……っ!」
そうだ。自分が守るべき御方はどうなったのか。
こんな所で倒れている場合ではないではないか。
例え片腕をもがれ様ともお側に付いてお守りしなければならない筈なのに。
己の未熟さに歯噛みしながら、俺は痛む身体を引き摺り、後方に構えてあるであろう本陣へと向かった。
武田菱の陣幕内は、蛻の殻であった。
だがそこに舞い描かれる、圧倒的な血飛沫の量が、ここに起こった凄惨な結末を物語っている。
だが、居ない。誰も居ない。
急な無気力感に襲われて、俺はまたその場に倒れこんだ。
もう、指先一つ動かす力も残されてはいなかった。
「気が済んだかね」
な……に?
生くる者のない筈の、戦場に振って沸いた声一つ。
それは抑揚のない、淀んだ声音だった。
顔を見上げようと力を籠めるが、首の向きすら変えられない。
目だけで声の主を捜し当てれば、その足だけが視界に入る。
それはゆっくりと、線を辿るような静かな足取りで俺に近付いて来た。
不意に体が浮く。それが担ぎ上げられた為だと気付くまでに時間が要った。
「さて、君をどうしようか」
声の主が、その声音に少しばかりの愉悦を籠めて、独り言のように呟く。
その意味が理解できぬまま、俺の意識は闇へと落ちていった。
だがそこに舞い描かれる、圧倒的な血飛沫の量が、ここに起こった凄惨な結末を物語っている。
だが、居ない。誰も居ない。
急な無気力感に襲われて、俺はまたその場に倒れこんだ。
もう、指先一つ動かす力も残されてはいなかった。
「気が済んだかね」
な……に?
生くる者のない筈の、戦場に振って沸いた声一つ。
それは抑揚のない、淀んだ声音だった。
顔を見上げようと力を籠めるが、首の向きすら変えられない。
目だけで声の主を捜し当てれば、その足だけが視界に入る。
それはゆっくりと、線を辿るような静かな足取りで俺に近付いて来た。
不意に体が浮く。それが担ぎ上げられた為だと気付くまでに時間が要った。
「さて、君をどうしようか」
声の主が、その声音に少しばかりの愉悦を籠めて、独り言のように呟く。
その意味が理解できぬまま、俺の意識は闇へと落ちていった。