うつくしきつるぎ。かすがが主からそう呼ばれるたび、彼女は心を躍らせた。その呼び名だけで、
自分が主に必要とされているということが分かるからだ。かすがは主のために、そしてその主に必要とされ続けるために戦い続けた。主のことを考えているときが、彼女のいちばん幸せな瞬間であった。
「うつくしきつるぎ」
かすがの主――上杉謙信は、大きな杯を手に持ったまま彼女に声をかけた。
「はい、謙信様」
声をかけられたかすがは、謙信に惚れ惚れとしながら返事をする。あの眼差しを向けてもらえる
自分は、どれだけ果報者なのだろうかと思いながら。
しかしそのような幸福な一時も、謙信の言葉によって崩れていった。
「おまえはたけだのしのびと、よくにたぶきやわざをしようするのですね。
それにたたかいかたも、よくにている」
「えぇっ!?」
間が抜けた声を出してしまった。何をいきなり――かすがは狼狽したが、謙信は表情を変えないまま
杯に注がれた酒にうつる自身の顔を見ているだけだった。
「そ、それはただ、同じ里で学んだためかと……。けして意識しているわけではございません。
謙信様が不快だと仰られるのでしたら、いますぐ違うものを使用いたします」
意識しているわけではない、という部分を強調して説明した。主君がどういう気持ちで
このようなことを言い出したのか、かすがには見当もつかなかったが、とにかくあの忍びと
自分は同郷というだけだということを分かってほしくて、やや早口になっていた。
謙信はやさしく微笑んで、かすがを見る。目が合った瞬間、かすがの胸は高鳴った。
「ふふ……かまいませんよ。たけだのしのびとおまえが、おなじようなぶきやわざをつかうほど
なかがよくても、わたくしはふかいなどとはおもいません」
「わっ、私とあの男は仲がよくなど……!」
反射的に否定しようとしたが、謙信の美しい目でじっと見つめられてしまい、かすがは途中で
黙ってしまった。いつもこうだ。謙信のその眼差しは、相手を黙らせてしまう。恐怖感などを
あたえているわけでもないのに、見つめられると何も言えなくなる。
「かくさなくてもよいのですよ、わたくしのうつくしきつるぎ。なんにょのなかがよいと
いうことは、じつにうるわしきこと……。いつかこのらんせがおわって、へいおんなよのなかに
なったら、おまえたちもむつまじきめをととなるひが、くるかもしれませんね。
そう、まえだのめをとのように……」
「夫婦!?」
またも狼狽するかすがに笑いかけ、謙信は酒をあおった。顔色はまったく変わっておらず、
呂律が回っていないということもないので、酔っているというわけではなさそうだ。
酔いどれならば、お戯れを、とかすがも笑いながら返すことができただろうが、ほとんど素面の
主君にそのようなことを言う勇気はない。
脂汗が額に浮かぶのを、かすがは感じていた。主の口からまさか『夫婦』という言葉が
出てくるとは思ってもいなかった。そのうえ、自分とあの忍びが夫婦になる日がくるかもしれない
などと言われるとは……。
いつか戦場で見た、前田夫婦を思い出してみる。あの二人は見ているほうが恥ずかしくなるほど
相手の名を呼び、たわむれ、愛情を注ぎあっていた。かすがはその夫婦を自分と
あの『武田の忍び』に置き換えて想像してみて恐ろしくなりながら、謙信に困ったような
笑みを向けるだけで精一杯であった
自分が主に必要とされているということが分かるからだ。かすがは主のために、そしてその主に必要とされ続けるために戦い続けた。主のことを考えているときが、彼女のいちばん幸せな瞬間であった。
「うつくしきつるぎ」
かすがの主――上杉謙信は、大きな杯を手に持ったまま彼女に声をかけた。
「はい、謙信様」
声をかけられたかすがは、謙信に惚れ惚れとしながら返事をする。あの眼差しを向けてもらえる
自分は、どれだけ果報者なのだろうかと思いながら。
しかしそのような幸福な一時も、謙信の言葉によって崩れていった。
「おまえはたけだのしのびと、よくにたぶきやわざをしようするのですね。
それにたたかいかたも、よくにている」
「えぇっ!?」
間が抜けた声を出してしまった。何をいきなり――かすがは狼狽したが、謙信は表情を変えないまま
杯に注がれた酒にうつる自身の顔を見ているだけだった。
「そ、それはただ、同じ里で学んだためかと……。けして意識しているわけではございません。
謙信様が不快だと仰られるのでしたら、いますぐ違うものを使用いたします」
意識しているわけではない、という部分を強調して説明した。主君がどういう気持ちで
このようなことを言い出したのか、かすがには見当もつかなかったが、とにかくあの忍びと
自分は同郷というだけだということを分かってほしくて、やや早口になっていた。
謙信はやさしく微笑んで、かすがを見る。目が合った瞬間、かすがの胸は高鳴った。
「ふふ……かまいませんよ。たけだのしのびとおまえが、おなじようなぶきやわざをつかうほど
なかがよくても、わたくしはふかいなどとはおもいません」
「わっ、私とあの男は仲がよくなど……!」
反射的に否定しようとしたが、謙信の美しい目でじっと見つめられてしまい、かすがは途中で
黙ってしまった。いつもこうだ。謙信のその眼差しは、相手を黙らせてしまう。恐怖感などを
あたえているわけでもないのに、見つめられると何も言えなくなる。
「かくさなくてもよいのですよ、わたくしのうつくしきつるぎ。なんにょのなかがよいと
いうことは、じつにうるわしきこと……。いつかこのらんせがおわって、へいおんなよのなかに
なったら、おまえたちもむつまじきめをととなるひが、くるかもしれませんね。
そう、まえだのめをとのように……」
「夫婦!?」
またも狼狽するかすがに笑いかけ、謙信は酒をあおった。顔色はまったく変わっておらず、
呂律が回っていないということもないので、酔っているというわけではなさそうだ。
酔いどれならば、お戯れを、とかすがも笑いながら返すことができただろうが、ほとんど素面の
主君にそのようなことを言う勇気はない。
脂汗が額に浮かぶのを、かすがは感じていた。主の口からまさか『夫婦』という言葉が
出てくるとは思ってもいなかった。そのうえ、自分とあの忍びが夫婦になる日がくるかもしれない
などと言われるとは……。
いつか戦場で見た、前田夫婦を思い出してみる。あの二人は見ているほうが恥ずかしくなるほど
相手の名を呼び、たわむれ、愛情を注ぎあっていた。かすがはその夫婦を自分と
あの『武田の忍び』に置き換えて想像してみて恐ろしくなりながら、謙信に困ったような
笑みを向けるだけで精一杯であった




