「さっきから思ってたんだけどさぁ、それ、もしかして変えた?」
かすがの手の中で鋭く光る苦無を指差しながら、『武田の忍び』こと猿飛佐助は問いかけた。
佐助の言う『それ』とは、使用する武器を変えたのか、ということだろう。彼の手には
大型の手裏剣が握られており、かすがはそれに一瞥を投げて視線を逸らした。
「うるさい。お前には関係ない」
冷ややかな態度で答えてはみたものの、彼女の心内は穏やかではない。
謙信によって、いま目の前にいる男と得物や技が似ていると指摘された日の夜、かすがはなぜか
なかなか寝付くことができなかった。妙に目が冴えてしまい、寝具のなかで何度も寝返りを
うっているうちに朝を迎えてしまっていた。そして眠れなかった理由というのが、謙信の
言葉が頭からはなれなかったから、というものではなく、佐助の顔が頭からはなれなかったから、
というものであった。
夕刻の空のように赤い髪の毛と、なにを考えているのか分からない瞳が、眠ろうとするかすがの
脳裏に浮かび続けていた。振り切るように目をつむって眠ろうとすると、さらには声まで
聞こえてきてしまった。自分の名前を呼ぶ、あのゆるい声。それが延々と頭の中でくり返され、
結局かすがはほとんど眠れなかったのである。
猿飛佐助の顔と声が頭から離れないという現象はそれから数晩続いたため、かすがは頭を
抱え込んでしまった。愛する主のことを考えようとしても、次の瞬間にはもう、赤毛の男のことを
考えてしまっている始末。かすがは泣きたくなった。
すべて自分ひとりで勝手に考え込んでいるだけなのではあるが、これ以上精神の安穏を
乱されてたまるか、と、佐助が頭から離れなくなって五日目に、かすがは自身が
使用していた輪宝を棚の奥にしまい込んだ。安眠妨害なんだ、しかたない、と言い訳のように
つぶやきながらしまい込んだが、どこか腑に落ちない気もしていた。
次の日から彼女の手には苦無がにぎられていた。それに伴い、戦い方を変えた。彼女の主は
その様子を見て、
「わたくしはふかいではないといったでしょう」
と言ったが、かすがは、
「いいえ、謙信様。これは個人的な事情です」
そう答えた。
すなおではありませんね。ため息まじりの主の言葉に、かすがは聞こえなかったふりをした。
それからは脳裏にあの男が浮かぶ回数がぐっと減り、平生のように眠ることができるようになった。
けれど、物足りないと思う自分もいた。
私は一体どうしてしまったのだろうか。なぜあの男のことばかり、こんなにも考えてしまうのか。
謙信様のことだけを、謙信様の役に立つことだけを考えていたいのに……。
かすがはぼんやりとそのような事を考えていたが、結局はあの男のことを考えてしまっている
ということに気づいてしまい、また頭を抱え込んだ。快いわけではないが、不愉快だとも
言い切れない感情が勝手に膨らんでいく。その感情の扱い方を、かすがは知らない。
小田原城で彼の戦いを見ていたとき、ザビー城で共闘したとき、京都で祭に乱入したとき、
かすがはいつになく心を乱されていた。佐助の戦い方はしばらく前の自分とほとんど違いが無く、
何回も謙信の言葉を思い出してしまったし、それに珍妙な宗教団体の開祖や前田の風来坊と
彼の会話、かすがに対する態度が、いつまでもかすがの胸に引っ掛かっているのだ。
ふだん飄々とした態度の男の言葉の端々からうかがえた、かすがに対する恋慕のようなもの。
それがかすがの胸に引っ掛かっていた。はっきりと恋慕の情が見てとれるような言葉では
なかったため、余計に彼女の胸に引っ掛かって、取れそうにもない。
しかし佐助本人にその言葉の意味を問いただすということは出来なかった。気恥ずかしい、という
思いもあったが、どうせ問いただしたところで素直に教えてくれるような人物ではないと分かっている。
かすがの手の中で鋭く光る苦無を指差しながら、『武田の忍び』こと猿飛佐助は問いかけた。
佐助の言う『それ』とは、使用する武器を変えたのか、ということだろう。彼の手には
大型の手裏剣が握られており、かすがはそれに一瞥を投げて視線を逸らした。
「うるさい。お前には関係ない」
冷ややかな態度で答えてはみたものの、彼女の心内は穏やかではない。
謙信によって、いま目の前にいる男と得物や技が似ていると指摘された日の夜、かすがはなぜか
なかなか寝付くことができなかった。妙に目が冴えてしまい、寝具のなかで何度も寝返りを
うっているうちに朝を迎えてしまっていた。そして眠れなかった理由というのが、謙信の
言葉が頭からはなれなかったから、というものではなく、佐助の顔が頭からはなれなかったから、
というものであった。
夕刻の空のように赤い髪の毛と、なにを考えているのか分からない瞳が、眠ろうとするかすがの
脳裏に浮かび続けていた。振り切るように目をつむって眠ろうとすると、さらには声まで
聞こえてきてしまった。自分の名前を呼ぶ、あのゆるい声。それが延々と頭の中でくり返され、
結局かすがはほとんど眠れなかったのである。
猿飛佐助の顔と声が頭から離れないという現象はそれから数晩続いたため、かすがは頭を
抱え込んでしまった。愛する主のことを考えようとしても、次の瞬間にはもう、赤毛の男のことを
考えてしまっている始末。かすがは泣きたくなった。
すべて自分ひとりで勝手に考え込んでいるだけなのではあるが、これ以上精神の安穏を
乱されてたまるか、と、佐助が頭から離れなくなって五日目に、かすがは自身が
使用していた輪宝を棚の奥にしまい込んだ。安眠妨害なんだ、しかたない、と言い訳のように
つぶやきながらしまい込んだが、どこか腑に落ちない気もしていた。
次の日から彼女の手には苦無がにぎられていた。それに伴い、戦い方を変えた。彼女の主は
その様子を見て、
「わたくしはふかいではないといったでしょう」
と言ったが、かすがは、
「いいえ、謙信様。これは個人的な事情です」
そう答えた。
すなおではありませんね。ため息まじりの主の言葉に、かすがは聞こえなかったふりをした。
それからは脳裏にあの男が浮かぶ回数がぐっと減り、平生のように眠ることができるようになった。
けれど、物足りないと思う自分もいた。
私は一体どうしてしまったのだろうか。なぜあの男のことばかり、こんなにも考えてしまうのか。
謙信様のことだけを、謙信様の役に立つことだけを考えていたいのに……。
かすがはぼんやりとそのような事を考えていたが、結局はあの男のことを考えてしまっている
ということに気づいてしまい、また頭を抱え込んだ。快いわけではないが、不愉快だとも
言い切れない感情が勝手に膨らんでいく。その感情の扱い方を、かすがは知らない。
小田原城で彼の戦いを見ていたとき、ザビー城で共闘したとき、京都で祭に乱入したとき、
かすがはいつになく心を乱されていた。佐助の戦い方はしばらく前の自分とほとんど違いが無く、
何回も謙信の言葉を思い出してしまったし、それに珍妙な宗教団体の開祖や前田の風来坊と
彼の会話、かすがに対する態度が、いつまでもかすがの胸に引っ掛かっているのだ。
ふだん飄々とした態度の男の言葉の端々からうかがえた、かすがに対する恋慕のようなもの。
それがかすがの胸に引っ掛かっていた。はっきりと恋慕の情が見てとれるような言葉では
なかったため、余計に彼女の胸に引っ掛かって、取れそうにもない。
しかし佐助本人にその言葉の意味を問いただすということは出来なかった。気恥ずかしい、という
思いもあったが、どうせ問いただしたところで素直に教えてくれるような人物ではないと分かっている。




