「…ちよ、様」
まつの声だ。だが、良く通る彼女の澄んだ声が襖一枚挟んだだけで掠れるのは
些か違和感がある。その小さな違和感に思わず腕を引くのを躊躇ったのがいけなかった。
些か違和感がある。その小さな違和感に思わず腕を引くのを躊躇ったのがいけなかった。
「慶次が、起きてしまいまする」
「大丈夫だよ、慶次ならまだ寝てる」
「しかしこんな陽の高い内から……!」
「大丈夫だよ、慶次ならまだ寝てる」
「しかしこんな陽の高い内から……!」
ほんの微かな衣擦れの音。
膝か腕かを突く、畳を叩く乾いた音。
僅かに焦った風のまつの躊躇いの声に被さる利家の声音は常より幾分甘ったるい。
膝か腕かを突く、畳を叩く乾いた音。
僅かに焦った風のまつの躊躇いの声に被さる利家の声音は常より幾分甘ったるい。
「まつ……嫌か?」
「嫌ではないから、困っているのです……!」
「嫌ではないから、困っているのです……!」
あまり声を潜める気も無いらしい利家と違って、まつの其れは時折上擦り、掠れた
音になるのが襖前で固まる慶次の胸をざわつかせた。
慶次ももう小さな童子ではない。いけない、離れなくては、と思いはするのに
足が動かなかった。好奇心が呼ぶ僅かな興奮でどくどくと心の臓が鳴っている。
音になるのが襖前で固まる慶次の胸をざわつかせた。
慶次ももう小さな童子ではない。いけない、離れなくては、と思いはするのに
足が動かなかった。好奇心が呼ぶ僅かな興奮でどくどくと心の臓が鳴っている。
「っひ、……もう、犬千代様!」
「すまぬ、某もう我慢が利かぬ」
「な、なれど……っんん……ッ!」
「すまぬ、某もう我慢が利かぬ」
「な、なれど……っんん……ッ!」
襖向こうにいるのは、確かに自分の知っている二人だ。
いつも朗らかで子供のように無邪気な利家と、夫に献身的な厳しくも優しいまつの
夫婦だ。そう思って頭に浮かぶのは二人の明るい笑顔と、まつの愛ゆえの厳しさを
苦笑いで宥める利家の微笑ましい遣り取りである。
二人が愛し合っている事はほんの幼子の頃から共に暮らした己が一番知っている。
いつも朗らかで子供のように無邪気な利家と、夫に献身的な厳しくも優しいまつの
夫婦だ。そう思って頭に浮かぶのは二人の明るい笑顔と、まつの愛ゆえの厳しさを
苦笑いで宥める利家の微笑ましい遣り取りである。
二人が愛し合っている事はほんの幼子の頃から共に暮らした己が一番知っている。




