相手はたかが女一人。
かつては謀将として恐れられたというが、そのような力は既になく、このままでは抵抗する術もない存在。
今の元就は無力であった。
「織田は、天下を平定したのか」
ぽつり、と呟いた元就の言葉に、彼女の髪を梳いていた侍女がくすりと笑う。
「天下統一はされていませんが、それもまもなく」
他愛もない話に紛れて元就が聞きだした所によれば、残すは四国と九州南部のみだという。
順調に侵攻し、抵抗勢力たちの陥落も近い。
「あれは息災であろうか」
侍女が部屋を出て行くのを足音で確かめてから、最後に顔を見たのはいつであろうか、と元就は睫毛をを伏せた。
西海の鬼、と名高い四国の雄、長曾我部元親。
彼は何度も元就に同盟を申し込んできたが、馴れ合いは不要だと突っぱねてきた。
近く、織田軍との戦いが始まるのを知っていて、それでも彼は自分を頼れと言ってきた。
――馬鹿め、我が貴様も巻き込める筈などない。
毛利と手を組んだと知れば、今は織田と友好的な関係にある長曾我部とはいえ、魔王の逆鱗に触れて攻め込まれる危険もある。
素直に縋り付いて助けてくれと言えればどれほど楽であろうか、と元就は自嘲した。
結果、元就は国も民も無くし、国主としての存在意義も失った。
あの時、彼の手を取る事が出来れば、せめて毛利の血を残すという唯一の望みだけは果たせたのかも知れぬ。
ふと、脳裏に浮かんだ願望に、慌てて首を振って追い払う。
「いや、それも叶わぬ」
感情に流されて互いに国を滅ぼしては何も残らぬぞ、と元就は遠く離れた地に居る彼を想った。
かつては謀将として恐れられたというが、そのような力は既になく、このままでは抵抗する術もない存在。
今の元就は無力であった。
「織田は、天下を平定したのか」
ぽつり、と呟いた元就の言葉に、彼女の髪を梳いていた侍女がくすりと笑う。
「天下統一はされていませんが、それもまもなく」
他愛もない話に紛れて元就が聞きだした所によれば、残すは四国と九州南部のみだという。
順調に侵攻し、抵抗勢力たちの陥落も近い。
「あれは息災であろうか」
侍女が部屋を出て行くのを足音で確かめてから、最後に顔を見たのはいつであろうか、と元就は睫毛をを伏せた。
西海の鬼、と名高い四国の雄、長曾我部元親。
彼は何度も元就に同盟を申し込んできたが、馴れ合いは不要だと突っぱねてきた。
近く、織田軍との戦いが始まるのを知っていて、それでも彼は自分を頼れと言ってきた。
――馬鹿め、我が貴様も巻き込める筈などない。
毛利と手を組んだと知れば、今は織田と友好的な関係にある長曾我部とはいえ、魔王の逆鱗に触れて攻め込まれる危険もある。
素直に縋り付いて助けてくれと言えればどれほど楽であろうか、と元就は自嘲した。
結果、元就は国も民も無くし、国主としての存在意義も失った。
あの時、彼の手を取る事が出来れば、せめて毛利の血を残すという唯一の望みだけは果たせたのかも知れぬ。
ふと、脳裏に浮かんだ願望に、慌てて首を振って追い払う。
「いや、それも叶わぬ」
感情に流されて互いに国を滅ぼしては何も残らぬぞ、と元就は遠く離れた地に居る彼を想った。
長曾我部と浅からぬ仲になったのはいつからであろうか。
最初はほんの戯れのつもりであったのに、本気で求め合うようになったのは。
閨に居る間だけは何もかも忘れ、只の男女で居られたが、夜が明ければそれも終わる。
互いに国を背負う身であれば容易に逢う事も出来ない。
それでも彼は何度も好きだと言い、元就が困惑して黙り込むというのを繰り返していた。
あの日も。
織田が攻めてくる、という情報を入手し、しかるべき軍備を整えていた矢先の事。
いつもと変わらぬ様子で安芸を訪れたあの男は、名工に作らせたという具足を一式持ってきた。
元就が普段纏う具足の形をそのままに、白と銀で精巧に写した品である。
紅の飾りを入れる事で全体を引き締めている。
返り血や泥ですぐに汚れる、と言い、元就はそれを戦場に持っていく事はしなかったのだが。
「どうしてそういう無駄遣いをするのだ」
「俺はアンタの笑う顔が見たい、それだけさ」
阿呆が、と呆れた元就の声に、瑠璃紺の隻眼を細めて楽しげに笑うと、長曾我部は元就の手を取った。
「なあ元就、俺の所へ来い」
痩躯を抱きしめ優しく囁く声に、諾、と答えそうになる己を戒め、そっと身を離すと元就は彼から背を向けた。
「我に何を求めておる。女らしい事の一つも出来れば姫としての価値もあるのだろうが、我は血生臭い生き方しか出来ぬ」
男の癒し方も知らぬ身の上だと言い、黙り込む。
「それで良いじゃねえか」
俺の隣にアンタが居て、それで微笑んでくれれば最高だな、と長曾我部は色白の精悍な顔に子供っぽい笑みを浮かべる。
そして背後から包み込むように元就の体を抱きしめた。
最初はほんの戯れのつもりであったのに、本気で求め合うようになったのは。
閨に居る間だけは何もかも忘れ、只の男女で居られたが、夜が明ければそれも終わる。
互いに国を背負う身であれば容易に逢う事も出来ない。
それでも彼は何度も好きだと言い、元就が困惑して黙り込むというのを繰り返していた。
あの日も。
織田が攻めてくる、という情報を入手し、しかるべき軍備を整えていた矢先の事。
いつもと変わらぬ様子で安芸を訪れたあの男は、名工に作らせたという具足を一式持ってきた。
元就が普段纏う具足の形をそのままに、白と銀で精巧に写した品である。
紅の飾りを入れる事で全体を引き締めている。
返り血や泥ですぐに汚れる、と言い、元就はそれを戦場に持っていく事はしなかったのだが。
「どうしてそういう無駄遣いをするのだ」
「俺はアンタの笑う顔が見たい、それだけさ」
阿呆が、と呆れた元就の声に、瑠璃紺の隻眼を細めて楽しげに笑うと、長曾我部は元就の手を取った。
「なあ元就、俺の所へ来い」
痩躯を抱きしめ優しく囁く声に、諾、と答えそうになる己を戒め、そっと身を離すと元就は彼から背を向けた。
「我に何を求めておる。女らしい事の一つも出来れば姫としての価値もあるのだろうが、我は血生臭い生き方しか出来ぬ」
男の癒し方も知らぬ身の上だと言い、黙り込む。
「それで良いじゃねえか」
俺の隣にアンタが居て、それで微笑んでくれれば最高だな、と長曾我部は色白の精悍な顔に子供っぽい笑みを浮かべる。
そして背後から包み込むように元就の体を抱きしめた。