「別に、何でもねぇよ」
素っ気なく答えると、愛はにこやかに微笑んで目線をまた絵の上に落とす。その笑顔に居心地の悪さを
覚えつつ溜息を吐くと、愛の後ろに端坐した喜多が、小十郎そっくりの眉を怒らせる。もっと優しくしろ
と言いたいのだろうが、最後にfuckと付け加えなかった努力を誉めてほしい。
しかし政宗は、醜女のはずが思いがけず可憐だった妻を、どう扱ったら良いものか分からない。自分の
隻眼に怯えるとか、そういった態度を取ってくれたら分かりやすいのに、そんな気配は感じられない。初
めて会った婚礼の日から、始終屈託なく微笑んでいるだけだ。
愛はまだ名前だけの妻であり、婚儀のあとの初夜はまさしく儀式。政宗の傅役から愛の傅役になったば
かりの喜多の監視の下、ひとつの臥所に添い寝をしただけで終わった。
月役も見ていない幼い姫に無体は罷り成らんと言われるまでもなく、寝間着の上からでも分かる体の薄
さを見れば、とても耐えられそうにないと思えた。押し倒したりしたらそのまま平らに潰れてしまいそう
だった。
十二で元服した日、添い臥しの女から手ほどきを受けてからというもの、政宗は機会さえあれば女の肌
に触れてきた。
身持ちが悪いと評判の侍女の誘いに乗ったり、戦で夫を亡くした若後家の無聊を慰めたりして、城下に
遊び女を買いに行こうと企んでいたのが露見したときには、片倉家の姉弟から正座した脚の感覚がなくな
るまで長時間説教された。だが、今は雌伏のとき、次こそはバレるものかと思っただけで特に反省はして
いない。
背は周囲の大人たちと並んでも遜色なく、まだ伸びている。そのうち長身の小十郎の背にも追いつく可
能性は十分にある。体は鍛えたぶんだけ堅く引き締まり、性欲もある。年齢の割に早熟だと言われる自分
にとって、奥手な愛は不釣り合いだとしか思えない。
本を読むのが好きで、琴を上手に弾き立華も達者。ただし薙刀は扱えず、ひとりでは馬にも乗れない。
古代の将軍の裔というのが嘘のような、ひいな遊びの人形にも似た妻。女でも武張ったところのある伊
達の家風からは、ひどく浮き上がっている。
「蓬莱ってどこにあるのかしら……取りに行けないくらい、遠いのかしら?」
小狡い貴族が職人に玉の枝を作らせている絵を見つめたまま、ひとりごとのように愛が呟く。
「明に行けば蓬莱ってとこがあるわけじゃねぇ。行こうと思っても行けないとこの例えだ」
喜多の目線に促されて政宗が言うと、愛はゆっくりと顔を上げて、溢れるような笑みを浮かべた。
「そうなのですか? 愛は存じませんでした。政宗さまは賢くていらっしゃるのですね」
こちらに向けられた黒目がちな瞳の中には、純粋な好意と尊敬の念が含まれていて、また居心地が悪く
なる。
素っ気なく答えると、愛はにこやかに微笑んで目線をまた絵の上に落とす。その笑顔に居心地の悪さを
覚えつつ溜息を吐くと、愛の後ろに端坐した喜多が、小十郎そっくりの眉を怒らせる。もっと優しくしろ
と言いたいのだろうが、最後にfuckと付け加えなかった努力を誉めてほしい。
しかし政宗は、醜女のはずが思いがけず可憐だった妻を、どう扱ったら良いものか分からない。自分の
隻眼に怯えるとか、そういった態度を取ってくれたら分かりやすいのに、そんな気配は感じられない。初
めて会った婚礼の日から、始終屈託なく微笑んでいるだけだ。
愛はまだ名前だけの妻であり、婚儀のあとの初夜はまさしく儀式。政宗の傅役から愛の傅役になったば
かりの喜多の監視の下、ひとつの臥所に添い寝をしただけで終わった。
月役も見ていない幼い姫に無体は罷り成らんと言われるまでもなく、寝間着の上からでも分かる体の薄
さを見れば、とても耐えられそうにないと思えた。押し倒したりしたらそのまま平らに潰れてしまいそう
だった。
十二で元服した日、添い臥しの女から手ほどきを受けてからというもの、政宗は機会さえあれば女の肌
に触れてきた。
身持ちが悪いと評判の侍女の誘いに乗ったり、戦で夫を亡くした若後家の無聊を慰めたりして、城下に
遊び女を買いに行こうと企んでいたのが露見したときには、片倉家の姉弟から正座した脚の感覚がなくな
るまで長時間説教された。だが、今は雌伏のとき、次こそはバレるものかと思っただけで特に反省はして
いない。
背は周囲の大人たちと並んでも遜色なく、まだ伸びている。そのうち長身の小十郎の背にも追いつく可
能性は十分にある。体は鍛えたぶんだけ堅く引き締まり、性欲もある。年齢の割に早熟だと言われる自分
にとって、奥手な愛は不釣り合いだとしか思えない。
本を読むのが好きで、琴を上手に弾き立華も達者。ただし薙刀は扱えず、ひとりでは馬にも乗れない。
古代の将軍の裔というのが嘘のような、ひいな遊びの人形にも似た妻。女でも武張ったところのある伊
達の家風からは、ひどく浮き上がっている。
「蓬莱ってどこにあるのかしら……取りに行けないくらい、遠いのかしら?」
小狡い貴族が職人に玉の枝を作らせている絵を見つめたまま、ひとりごとのように愛が呟く。
「明に行けば蓬莱ってとこがあるわけじゃねぇ。行こうと思っても行けないとこの例えだ」
喜多の目線に促されて政宗が言うと、愛はゆっくりと顔を上げて、溢れるような笑みを浮かべた。
「そうなのですか? 愛は存じませんでした。政宗さまは賢くていらっしゃるのですね」
こちらに向けられた黒目がちな瞳の中には、純粋な好意と尊敬の念が含まれていて、また居心地が悪く
なる。




