+++
半刻もたたないうちに元親に告げられたものが準備できたのか、庭に大きな盥に水が張られる。
一人が入ることのできる盥の表面は、光に照らされて水面がキラキラと輝いていた。
薄い襦袢に身を包み、そのまま盥に腰にまで使った元就は、よほど暑かったのだろう、至極嬉しそうな顔をして元親を見上げた。
「そなたは入らぬのか」
「入れるわけねぇだろ。ちっせぇ頃じゃねぇンだぞ。無理がありすぎだ」
せめて、露天の湯殿か生け簀のように広いものであるならば一緒に入るのは可能かもしれないが。
来年は突貫工事でもさせるべきかね…と、元親は縁側で握った錐を再び柄杓に突き立てる。
「―――…そうか。ところで、何をしておる」
盥の淵に腕を乗せ、元親の手元を見他元就は、首を傾げながら訊ねれば。
彼は手を止めることなく、柄杓を天に掲げて穴の開き具合を確かめる。
「見てわからねぇ?穴開けてんだよ」
「柄杓に穴なぞ開けたら、使い物にならぬだろう?」
「まァな。普通はな」
「我は舟幽霊ではないぞ。そなたを沈めたりはせぬ」
「誰もんなこたァ思っちゃいねぇよ。こうやって使うんだよ」
縁側から降り、簡易の折りたたみのいすに腰掛けた彼は、元就の盥の中に柄杓を突っ込み、水を汲み上げる。
そのまま彼女の肩に底を向ければ、穴の空いた柄杓からはちょろちょろと、まるで雨のように水が降ってくる。
「―――…ほぅ」
「一気にザバー!ってかけるよりゃ、こうやって雨みたいに降らしながら被るほうがオツなもんだろ」
手桶のようにかけるには、少し情緒が欠けるだろう。
そう思って考え付いたのだが、なかなかうまくいったように思う。
ただ、柄杓が小さいために溜められた水はさほど多くないので、あっという間に終わってしまうのが残念なところだ。
「くだらないものには、熱中するのだな」
くつくつ…と元就が喉の奥で笑えば、彼は呆れたように肩を竦めて彼女の頬を指で摘む。
「…そう言う割には、頬が緩んでるぜ。元就」
「くっ…不覚…!」
元親の指から逃れるように顔を背けた彼女は、盥の中に沈んでいたものを取り出して、元親に向ける。
「テメッ…元就!」
びしゃ!っという音がして、冷たい真水が元親の顔面で爆ぜる。
濡れた顔を手で拭えば、うまくいったとばかりに元就は再び水鉄砲の銃口を元親に向けていた。
単なる竹筒のものを改良して、まるで織田の嫁が使うような形に仕上げたこの男の器用さには感服する。
武器も玩具もよく作れるな…と以前訊ねたことがあるが、彼は『図面さえありゃ何とかなる』とあっけらかんと答えた。
一歩間違えればこれだって殺傷能力があるんだぜ?と、この水鉄砲を渡された時には、さすがに驚いたけれど。
「ちくしょっ…!」
やったな!とばかりに、元親は縁側に置かれていた少し大きめの水鉄砲を取り出す。
さすがに元就に直接向けられたわけではなかったが、盥の中に飛び込んで行った長い水の軌跡を見て、彼女は文句を口にした。
「―――…なっ!卑怯な!そちらのほうが性能が良いではないか!」
竹筒に、さらに水を溜める小さな筒を取りつけて、いちいち水を足さずともよいようになっている。
連射可能なそれを使う男に『ずるい!』と頬を膨らませて抗議すれば、相手はにぃ…と口の端を歪めて嫌な笑みをこぼして水鉄砲を構えた。
「うるせぇ!俺が作ったんだからいいだろうがよぉ!」
一人が入ることのできる盥の表面は、光に照らされて水面がキラキラと輝いていた。
薄い襦袢に身を包み、そのまま盥に腰にまで使った元就は、よほど暑かったのだろう、至極嬉しそうな顔をして元親を見上げた。
「そなたは入らぬのか」
「入れるわけねぇだろ。ちっせぇ頃じゃねぇンだぞ。無理がありすぎだ」
せめて、露天の湯殿か生け簀のように広いものであるならば一緒に入るのは可能かもしれないが。
来年は突貫工事でもさせるべきかね…と、元親は縁側で握った錐を再び柄杓に突き立てる。
「―――…そうか。ところで、何をしておる」
盥の淵に腕を乗せ、元親の手元を見他元就は、首を傾げながら訊ねれば。
彼は手を止めることなく、柄杓を天に掲げて穴の開き具合を確かめる。
「見てわからねぇ?穴開けてんだよ」
「柄杓に穴なぞ開けたら、使い物にならぬだろう?」
「まァな。普通はな」
「我は舟幽霊ではないぞ。そなたを沈めたりはせぬ」
「誰もんなこたァ思っちゃいねぇよ。こうやって使うんだよ」
縁側から降り、簡易の折りたたみのいすに腰掛けた彼は、元就の盥の中に柄杓を突っ込み、水を汲み上げる。
そのまま彼女の肩に底を向ければ、穴の空いた柄杓からはちょろちょろと、まるで雨のように水が降ってくる。
「―――…ほぅ」
「一気にザバー!ってかけるよりゃ、こうやって雨みたいに降らしながら被るほうがオツなもんだろ」
手桶のようにかけるには、少し情緒が欠けるだろう。
そう思って考え付いたのだが、なかなかうまくいったように思う。
ただ、柄杓が小さいために溜められた水はさほど多くないので、あっという間に終わってしまうのが残念なところだ。
「くだらないものには、熱中するのだな」
くつくつ…と元就が喉の奥で笑えば、彼は呆れたように肩を竦めて彼女の頬を指で摘む。
「…そう言う割には、頬が緩んでるぜ。元就」
「くっ…不覚…!」
元親の指から逃れるように顔を背けた彼女は、盥の中に沈んでいたものを取り出して、元親に向ける。
「テメッ…元就!」
びしゃ!っという音がして、冷たい真水が元親の顔面で爆ぜる。
濡れた顔を手で拭えば、うまくいったとばかりに元就は再び水鉄砲の銃口を元親に向けていた。
単なる竹筒のものを改良して、まるで織田の嫁が使うような形に仕上げたこの男の器用さには感服する。
武器も玩具もよく作れるな…と以前訊ねたことがあるが、彼は『図面さえありゃ何とかなる』とあっけらかんと答えた。
一歩間違えればこれだって殺傷能力があるんだぜ?と、この水鉄砲を渡された時には、さすがに驚いたけれど。
「ちくしょっ…!」
やったな!とばかりに、元親は縁側に置かれていた少し大きめの水鉄砲を取り出す。
さすがに元就に直接向けられたわけではなかったが、盥の中に飛び込んで行った長い水の軌跡を見て、彼女は文句を口にした。
「―――…なっ!卑怯な!そちらのほうが性能が良いではないか!」
竹筒に、さらに水を溜める小さな筒を取りつけて、いちいち水を足さずともよいようになっている。
連射可能なそれを使う男に『ずるい!』と頬を膨らませて抗議すれば、相手はにぃ…と口の端を歪めて嫌な笑みをこぼして水鉄砲を構えた。
「うるせぇ!俺が作ったんだからいいだろうがよぉ!」