それでも想像するのは難しくはなかった。
大人たちの中に放り込まれた幼い姫君が、遊び相手も与えられぬままに
ひとり部屋を抜け出す姿を。そして見つけた自分だけの秘密の隠れ場所に
潜り込ませた小さな身体を、ただ時の流れに委ねるさまを。
抱えた膝に頬を埋めて、涙する日だってあったかもしれぬ。
かなうなら、そのときに隣にいて差し上げたかった。どれだけ理解不能な
規約であろうとそれを遵守し、姫君の『隠れ鬼』にお付き合いしたものを。
「要するに、竜の姫様が誰にも邪魔されず、ひとりになりたいときの合図
だったわけだ」
佐助の呟きに、片倉殿は軽く息を吐いた。
「だから俺たち家臣も、あまり厳しくはお諌めできなかった、ってのが
本音でな。とはいえ、己にかかる責任の重さと意味は他人に言われるまでも
なくわかっておられるかただ。気が済めば自分から出てこられたから、
躍起になって探す必要もなかったんだが」
「自由気ままに生きてるようにしか見えなかったけど、やっぱお姫様で、
しかも国主様ともなれば、それなりに大変なこともあったんだろうねえ」
暫しの沈黙が訪れたあと、再び口火を切ったのは佐助だった。
「ところでダンナ、なんで姫様と『隠れ鬼』の話になんてなったの?」
「いや、話ではなく実際に『隠れ鬼』をして……」
答えかけた声が途切れた。
俺ですら気付いた矛盾を、他の二人が気付かぬわけがない。特に片倉殿は
不審と疑念を露わにしてこちらに一歩詰め寄ってきた。
「『隠れ鬼』をされていたのか?政宗様が、テメェと?」
「えー、『隠れ鬼』って姫様がひとりになるための遊びだったんでしょ?
それをなんでダンナと?」
無論それは、誰よりも俺自身が一番知りたいことだった。
最初に考えていたような、単に童心に返ってみただけ、という理由では
確実になさそうで、説明を聞いた今ではむしろ謎が深まった気さえする。
「第一、あの遊びはもう何年も鳴りを潜めていたんだ。お小さいころとは
違って、今はもう隠れたりしなくても大丈夫になったのだと言われて」
家臣の前では良き領主たらんとされる、あのかたらしいお言葉だ。
しかしだからこそ、その何年も行うことのなかった『隠れ鬼』をされる
ことに意味が生じるのかもしれぬではないか。
考えろ。思い出せ。言葉を、仕草を、それらが伝えようとしていたはずの
何もかもを。
……鮮明に蘇ったのは、伏せられた瞳。あの場を離れたのは間違いであった
かもしれない。
しかし間違いだとしても、それを正すのは今からでも遅くはないはずだ。
「おい真田、政宗様がおられる場所を教えろ」
片倉殿の声で我に返る。
一瞬迷い、しかしすぐにきっぱりと言い返した。
「お教えするわけには行かぬ。政宗殿は『秘密だ』と仰せになられた故!」
踵を返すと同時に部下へと命ずる。
「佐助、片倉殿を足止めせよ。手段は問わぬ!」
「了ー解」
妙に嬉々とした返事を聞くや部屋を飛び出してしまったので、配下の忍が
果たしてどんな手段を講じたかは確認していない。
というか、確認したくない。俺とて命は惜しい。
少なくとも姫君の元に向かうまで、命の無駄遣いをするわけにはいかぬ。
大人たちの中に放り込まれた幼い姫君が、遊び相手も与えられぬままに
ひとり部屋を抜け出す姿を。そして見つけた自分だけの秘密の隠れ場所に
潜り込ませた小さな身体を、ただ時の流れに委ねるさまを。
抱えた膝に頬を埋めて、涙する日だってあったかもしれぬ。
かなうなら、そのときに隣にいて差し上げたかった。どれだけ理解不能な
規約であろうとそれを遵守し、姫君の『隠れ鬼』にお付き合いしたものを。
「要するに、竜の姫様が誰にも邪魔されず、ひとりになりたいときの合図
だったわけだ」
佐助の呟きに、片倉殿は軽く息を吐いた。
「だから俺たち家臣も、あまり厳しくはお諌めできなかった、ってのが
本音でな。とはいえ、己にかかる責任の重さと意味は他人に言われるまでも
なくわかっておられるかただ。気が済めば自分から出てこられたから、
躍起になって探す必要もなかったんだが」
「自由気ままに生きてるようにしか見えなかったけど、やっぱお姫様で、
しかも国主様ともなれば、それなりに大変なこともあったんだろうねえ」
暫しの沈黙が訪れたあと、再び口火を切ったのは佐助だった。
「ところでダンナ、なんで姫様と『隠れ鬼』の話になんてなったの?」
「いや、話ではなく実際に『隠れ鬼』をして……」
答えかけた声が途切れた。
俺ですら気付いた矛盾を、他の二人が気付かぬわけがない。特に片倉殿は
不審と疑念を露わにしてこちらに一歩詰め寄ってきた。
「『隠れ鬼』をされていたのか?政宗様が、テメェと?」
「えー、『隠れ鬼』って姫様がひとりになるための遊びだったんでしょ?
それをなんでダンナと?」
無論それは、誰よりも俺自身が一番知りたいことだった。
最初に考えていたような、単に童心に返ってみただけ、という理由では
確実になさそうで、説明を聞いた今ではむしろ謎が深まった気さえする。
「第一、あの遊びはもう何年も鳴りを潜めていたんだ。お小さいころとは
違って、今はもう隠れたりしなくても大丈夫になったのだと言われて」
家臣の前では良き領主たらんとされる、あのかたらしいお言葉だ。
しかしだからこそ、その何年も行うことのなかった『隠れ鬼』をされる
ことに意味が生じるのかもしれぬではないか。
考えろ。思い出せ。言葉を、仕草を、それらが伝えようとしていたはずの
何もかもを。
……鮮明に蘇ったのは、伏せられた瞳。あの場を離れたのは間違いであった
かもしれない。
しかし間違いだとしても、それを正すのは今からでも遅くはないはずだ。
「おい真田、政宗様がおられる場所を教えろ」
片倉殿の声で我に返る。
一瞬迷い、しかしすぐにきっぱりと言い返した。
「お教えするわけには行かぬ。政宗殿は『秘密だ』と仰せになられた故!」
踵を返すと同時に部下へと命ずる。
「佐助、片倉殿を足止めせよ。手段は問わぬ!」
「了ー解」
妙に嬉々とした返事を聞くや部屋を飛び出してしまったので、配下の忍が
果たしてどんな手段を講じたかは確認していない。
というか、確認したくない。俺とて命は惜しい。
少なくとも姫君の元に向かうまで、命の無駄遣いをするわけにはいかぬ。
―――――お館様。これは決して言い訳などではございませぬぞ!