俺の主君は、お館様だ。仰ぐ主君を違える意志など、自身の何処を探しても
見つかりはしない。
なのに何故、俺はこの姫君を護りたいと思ってしまうのか。
そもそも敵対していたころには、生命を賭した闘いを繰り広げ、護るなどとは
対極のものを求めていた相手だというのに。
ましてこのかたには、俺がそうするまでもなく、身命を賭して仕える部下が
数多くいるのだから。
……わかってはいるが、それでも不思議なことにこの気持ちは消えない。
家臣として仕えたいわけではない。ならば、俺は何になりたいのだろう。
この竜姫にとって、どんな存在でありたいというのだろう。
自分自身のことであるはずなのに、答えはすぐには出てこない。
伸ばした手の先に漂うようにほんの僅か届かないその答えの代わりに、小さな
肩を包み込む。
姫君とて、部下でも何でもない俺に護られる筋合いなどないと言うかもしれぬ。
そう思いはしても、今はこの手を離したくはなかった。
主君を護るは部下の役目。しかし部下では護れぬもの、部下だからこそ護れぬ
ものも、確かに存在している気がするのだ。
そして多分、俺が護りたいのは――――
「―――――なんで戻ってきた」
唐突に耳に飛び込んできた声に、心の臓が止まりそうなほど驚いて隣を見やれば、
竜の眼が悪戯っぽい光を宿してこちらを映している。
「い……いつからお気付きに!」
「いつだと思う?」
膝に伏せていた顔を起こし、姫君はくすりと笑った。
「アンタの気配はわかりやすいからな」
その言葉を額面通りに受け取れば、この場に戻ってきた時点で既に俺の存在に
気付かれていたということになってしまう。
呼吸も気配も潜めようと努めた、あれはすべて無駄だったというのか。
自己嫌悪に近い気持ちを抑えつつ、思い切って問い掛ける。
「その……何か、気掛かりなことでもおありなのでござるか」
竜の姫は怪訝そうに首を傾げ、それからまた小さく笑った。
「小十郎に余計なこと吹き込まれてきたか」
「余計などと!片倉殿は政宗殿を心配されて」
「心配だから見て来い、とでも言われたのか?」
おや、と思った。
表情は変わらぬ、しかし声が僅かに温度を低めた気がする。
俺はまた何か、言うべきではないことを言ってしまったのかもしれない。
さりとて下手に気を回したところでいい結果が出るとも思えず、それくらい
ならありのままを伝えたほうが良かろうと判断し、言葉を継いだ。
「心配だから居場所を教えろと言われ申した。なれど、政宗殿の『誰にも
言うな』との御言葉を優先し、某が参じた次第にござる」
「…………」
姫君は少しだけ眉を寄せ、あの深い彩をした瞳に俺を映す。
……今度は、逃げぬ。
固く心に決め、眼差しを受け止める。
そうすることで何かが変わってしまうとしても、逃げてまたあの罪悪感に
苛まれるのであれば、変わる何かを受け入れることのほうがずっと良い。
何よりも、もう逃げたくはない。目の前にいるこの竜姫から。
そんな決意が通じたかのように、間近で見る表情は柔らかく綻んだ。
「ま、合格にしとくか」
何がだろう。
見つかりはしない。
なのに何故、俺はこの姫君を護りたいと思ってしまうのか。
そもそも敵対していたころには、生命を賭した闘いを繰り広げ、護るなどとは
対極のものを求めていた相手だというのに。
ましてこのかたには、俺がそうするまでもなく、身命を賭して仕える部下が
数多くいるのだから。
……わかってはいるが、それでも不思議なことにこの気持ちは消えない。
家臣として仕えたいわけではない。ならば、俺は何になりたいのだろう。
この竜姫にとって、どんな存在でありたいというのだろう。
自分自身のことであるはずなのに、答えはすぐには出てこない。
伸ばした手の先に漂うようにほんの僅か届かないその答えの代わりに、小さな
肩を包み込む。
姫君とて、部下でも何でもない俺に護られる筋合いなどないと言うかもしれぬ。
そう思いはしても、今はこの手を離したくはなかった。
主君を護るは部下の役目。しかし部下では護れぬもの、部下だからこそ護れぬ
ものも、確かに存在している気がするのだ。
そして多分、俺が護りたいのは――――
「―――――なんで戻ってきた」
唐突に耳に飛び込んできた声に、心の臓が止まりそうなほど驚いて隣を見やれば、
竜の眼が悪戯っぽい光を宿してこちらを映している。
「い……いつからお気付きに!」
「いつだと思う?」
膝に伏せていた顔を起こし、姫君はくすりと笑った。
「アンタの気配はわかりやすいからな」
その言葉を額面通りに受け取れば、この場に戻ってきた時点で既に俺の存在に
気付かれていたということになってしまう。
呼吸も気配も潜めようと努めた、あれはすべて無駄だったというのか。
自己嫌悪に近い気持ちを抑えつつ、思い切って問い掛ける。
「その……何か、気掛かりなことでもおありなのでござるか」
竜の姫は怪訝そうに首を傾げ、それからまた小さく笑った。
「小十郎に余計なこと吹き込まれてきたか」
「余計などと!片倉殿は政宗殿を心配されて」
「心配だから見て来い、とでも言われたのか?」
おや、と思った。
表情は変わらぬ、しかし声が僅かに温度を低めた気がする。
俺はまた何か、言うべきではないことを言ってしまったのかもしれない。
さりとて下手に気を回したところでいい結果が出るとも思えず、それくらい
ならありのままを伝えたほうが良かろうと判断し、言葉を継いだ。
「心配だから居場所を教えろと言われ申した。なれど、政宗殿の『誰にも
言うな』との御言葉を優先し、某が参じた次第にござる」
「…………」
姫君は少しだけ眉を寄せ、あの深い彩をした瞳に俺を映す。
……今度は、逃げぬ。
固く心に決め、眼差しを受け止める。
そうすることで何かが変わってしまうとしても、逃げてまたあの罪悪感に
苛まれるのであれば、変わる何かを受け入れることのほうがずっと良い。
何よりも、もう逃げたくはない。目の前にいるこの竜姫から。
そんな決意が通じたかのように、間近で見る表情は柔らかく綻んだ。
「ま、合格にしとくか」
何がだろう。
―――――お館様。某、日々この姫君に試されている気がしてなりませぬ。