「どうしました?何処か御気分でも?」
ずっと考え事をしていると、女中が元親を気遣うように問い掛けてきた。
「え?いえ、別に」
「そうですか。…それにしても、元就様がこの離れに自分以外の方をお呼びするなど、
随分と久しぶりの事です」
しみじみと続ける女中に、元親は目を瞬かせる。
「元就様は…幼い頃にご両親に死に別れ、本来なら家督を継ぐ筈だったお兄様までも、
病で亡くされて。以来、ずっとおひとりで毛利存続の為に奔走し続けていらっしゃる
のです」
「……」
「『もう、自分以外に大切なものは作らない』。お兄様が亡くなられた直後でしょう
か、元就様はある日それっきり、一切の感情を表に出さなくなりました。きっと…こ
れ以上失うのが怖かったのでしょうね。そんな事をなさらなくても、私…いえ、私た
ちはみんな、元就様のお気持ちが痛いほど判るというのに……ああ、申し訳ございま
せぬ。いきなりこのような話を」
「──いいえ」
元親にも判っていた。
「駒」として働く元就の兵達が、いかに元就の事を尊敬し、大切に思っているか。
(確かに我らは『駒』。だが、それもすべて元就様の…その為ならば、我らは喜んで
毛利の『礎』とならん!)
むしろ、判っていないのは元就の方だ。
あの男は、「恐怖」だけで兵達を支配していると考えている。
そんな事はないのに。自分にも判った事が、どうして彼には理解出来ないのか。
ずっと考え事をしていると、女中が元親を気遣うように問い掛けてきた。
「え?いえ、別に」
「そうですか。…それにしても、元就様がこの離れに自分以外の方をお呼びするなど、
随分と久しぶりの事です」
しみじみと続ける女中に、元親は目を瞬かせる。
「元就様は…幼い頃にご両親に死に別れ、本来なら家督を継ぐ筈だったお兄様までも、
病で亡くされて。以来、ずっとおひとりで毛利存続の為に奔走し続けていらっしゃる
のです」
「……」
「『もう、自分以外に大切なものは作らない』。お兄様が亡くなられた直後でしょう
か、元就様はある日それっきり、一切の感情を表に出さなくなりました。きっと…こ
れ以上失うのが怖かったのでしょうね。そんな事をなさらなくても、私…いえ、私た
ちはみんな、元就様のお気持ちが痛いほど判るというのに……ああ、申し訳ございま
せぬ。いきなりこのような話を」
「──いいえ」
元親にも判っていた。
「駒」として働く元就の兵達が、いかに元就の事を尊敬し、大切に思っているか。
(確かに我らは『駒』。だが、それもすべて元就様の…その為ならば、我らは喜んで
毛利の『礎』とならん!)
むしろ、判っていないのは元就の方だ。
あの男は、「恐怖」だけで兵達を支配していると考えている。
そんな事はないのに。自分にも判った事が、どうして彼には理解出来ないのか。
(この際、言いたい事は、すべて言ってやろう。それで殺されようが、構いやしない)
元々、我慢は大嫌いな元親である。
そう開き直ると、濡れた両手で己の頬をぱちん、と叩いた。
「それでは、私は失礼致します。新しいお召し物は籠に入っておりますので、お好き
なのをどうぞ。それと、先程脱がれた服と眼帯は、こちらで勝手に洗わせて頂きまし
たので」
「え?眼帯も?」
「ええ。失礼ながら、かなり汚れていましたので」
むしろ、元親の言葉に首を傾げるようにして、女中は一礼しながら風呂場を後にする。
「参ったなあ…」
残された元親は、湯船に浮かんだ自分の顔を、困惑気味に覗き込んだ。
瀬戸内のカイとゲルダ10
そう開き直ると、濡れた両手で己の頬をぱちん、と叩いた。
「それでは、私は失礼致します。新しいお召し物は籠に入っておりますので、お好き
なのをどうぞ。それと、先程脱がれた服と眼帯は、こちらで勝手に洗わせて頂きまし
たので」
「え?眼帯も?」
「ええ。失礼ながら、かなり汚れていましたので」
むしろ、元親の言葉に首を傾げるようにして、女中は一礼しながら風呂場を後にする。
「参ったなあ…」
残された元親は、湯船に浮かんだ自分の顔を、困惑気味に覗き込んだ。
瀬戸内のカイとゲルダ10




