「母猫が帰ってきたとき、まつは驚かせないように少し離れて見ておりました。
子猫が恋しがって鳴いているのに気づくと、母猫は足早に縁の下に駆けて行って……」
まつは満面の笑みを浮かべる。言いようのない暖かな気持ちが胸の底から
湧き上がって来た。
「子の必死な声に答えた母の声が、なんとも優しい響きで。母とは素晴らしいと
心底感じました」
顔を上げて目を合わせた。利家はまつを眩しそうに見ている。
「本当に、優しい声でござりました。こんな……」
まつは母猫の声を真似た鼻にかかる甘い声で、みゃうと鳴いて見せた。
「……――」
瞬間、それを聞いた利家の顔が暗がりの中で少し赤くなったように見えた。
「どうなさりました? 犬千代さま」
不審に思って訊ねたまつに、利家は答える。
「ま、まつ。つまり、まつは……母になりたいと、子が欲しいと言っているのか?」
「えっ?」
話が飛躍しすぎていて、まつは驚いた。
そうではなくて、と言おうとしたが言葉が出てこない。
「違うのか? それがしには、その……そう聞こえたのだが」
「いえ、あの……――」
違う、と言えない。
母猫の姿がとても眩しく、うらやましいとさえ思っていたような気がしていた。
武家の女なのだから、子をもうける意義は充分すぎるほど理解している。だが、
今の気持ちはそれとはまったく違うものだった。
そして思った。
――ああ。濃姫様のお気持ちが、まつにも分かる。
織田信長の妻・濃姫と接するたび、彼女は言葉に出さないけれども確かに感じた、
子が、愛する者の子が欲しいという切実なほどの念。
まつはそれを思い出し、そして濃姫の思いを真に理解した自分を感じていた。
「おかしゅうござりまする」
「うん?」
まつは肩をふるわせながら、笑って言った。
「母になりたいと思っているのに、まつめは童のように駄々をこねておりました」
利家×まつ7
子猫が恋しがって鳴いているのに気づくと、母猫は足早に縁の下に駆けて行って……」
まつは満面の笑みを浮かべる。言いようのない暖かな気持ちが胸の底から
湧き上がって来た。
「子の必死な声に答えた母の声が、なんとも優しい響きで。母とは素晴らしいと
心底感じました」
顔を上げて目を合わせた。利家はまつを眩しそうに見ている。
「本当に、優しい声でござりました。こんな……」
まつは母猫の声を真似た鼻にかかる甘い声で、みゃうと鳴いて見せた。
「……――」
瞬間、それを聞いた利家の顔が暗がりの中で少し赤くなったように見えた。
「どうなさりました? 犬千代さま」
不審に思って訊ねたまつに、利家は答える。
「ま、まつ。つまり、まつは……母になりたいと、子が欲しいと言っているのか?」
「えっ?」
話が飛躍しすぎていて、まつは驚いた。
そうではなくて、と言おうとしたが言葉が出てこない。
「違うのか? それがしには、その……そう聞こえたのだが」
「いえ、あの……――」
違う、と言えない。
母猫の姿がとても眩しく、うらやましいとさえ思っていたような気がしていた。
武家の女なのだから、子をもうける意義は充分すぎるほど理解している。だが、
今の気持ちはそれとはまったく違うものだった。
そして思った。
――ああ。濃姫様のお気持ちが、まつにも分かる。
織田信長の妻・濃姫と接するたび、彼女は言葉に出さないけれども確かに感じた、
子が、愛する者の子が欲しいという切実なほどの念。
まつはそれを思い出し、そして濃姫の思いを真に理解した自分を感じていた。
「おかしゅうござりまする」
「うん?」
まつは肩をふるわせながら、笑って言った。
「母になりたいと思っているのに、まつめは童のように駄々をこねておりました」
利家×まつ7




