「どけ、市」
と、長政が歩み寄る。
元就から市が身を離すと、長政は愛用の剣を振り上げた。
彼の性格そのままを表したような、直線を描くどこか西洋風の刃は、
見事元就の上着胸元の布一枚だけを切り裂いた。
きつく締められたさらしが外気に晒されれば、布地の下に蠢いていた触手が溢れ出し、
彼女の素肌をも露出させる。
取り払われたさらしから小ぶりな乳房がこぼれ出て、市がまた「可愛い」と笑む。
と、長政が歩み寄る。
元就から市が身を離すと、長政は愛用の剣を振り上げた。
彼の性格そのままを表したような、直線を描くどこか西洋風の刃は、
見事元就の上着胸元の布一枚だけを切り裂いた。
きつく締められたさらしが外気に晒されれば、布地の下に蠢いていた触手が溢れ出し、
彼女の素肌をも露出させる。
取り払われたさらしから小ぶりな乳房がこぼれ出て、市がまた「可愛い」と笑む。
「私は城へ帰るぞ」
いかにもつまらぬ、いった風に長政が市に言う。
長政には、負けと決まった敵をいたぶる趣味はなかったし、
勝ち戦にはそれなりの事後処理が付きまとう。敵大将の今後の扱いやら領土の問題やら。
…今回の場合、領土はともかくとして、目の前の女はもはや武将などではなく、
淫な道に落ちたただの穢れた女なのだが。どちらにしろ長政には興味はない。
しかし彼は、自分の妻の好むものをよく把握している。
市は、長政からみれば「無駄」なものを集めて愛でる趣味がある。
例えば彼女の部屋には、童女が遊ぶような人形やら手鞠やらが山ほど飾られているし、
寝床は大陸風の、天蓋から目隠しの薄布が垂れるものだ。
御伽話の姫の世界に住むが如く、美しいものを欲しがる妻が今度は、
確かに見た目だけは端正な面立ちの生きた人形に目をつけた。それだけだ。
そしてまた、長政は妻が強情なたちという事もよくわかっている。
淑やかな立ち振る舞いに隠れがちだが、市は決して自分を曲げない。
戦場に出るのだって、長政とて妻の命を危険に晒すのは危ぶまれ、
城に置いていこうとするのだが、それでも市は武器を手についてくる。
それも己が身を案ずる健気さから来るのだと思えば、彼の心からまた妻への愛が湧き上がるのだが。
いかにもつまらぬ、いった風に長政が市に言う。
長政には、負けと決まった敵をいたぶる趣味はなかったし、
勝ち戦にはそれなりの事後処理が付きまとう。敵大将の今後の扱いやら領土の問題やら。
…今回の場合、領土はともかくとして、目の前の女はもはや武将などではなく、
淫な道に落ちたただの穢れた女なのだが。どちらにしろ長政には興味はない。
しかし彼は、自分の妻の好むものをよく把握している。
市は、長政からみれば「無駄」なものを集めて愛でる趣味がある。
例えば彼女の部屋には、童女が遊ぶような人形やら手鞠やらが山ほど飾られているし、
寝床は大陸風の、天蓋から目隠しの薄布が垂れるものだ。
御伽話の姫の世界に住むが如く、美しいものを欲しがる妻が今度は、
確かに見た目だけは端正な面立ちの生きた人形に目をつけた。それだけだ。
そしてまた、長政は妻が強情なたちという事もよくわかっている。
淑やかな立ち振る舞いに隠れがちだが、市は決して自分を曲げない。
戦場に出るのだって、長政とて妻の命を危険に晒すのは危ぶまれ、
城に置いていこうとするのだが、それでも市は武器を手についてくる。
それも己が身を案ずる健気さから来るのだと思えば、彼の心からまた妻への愛が湧き上がるのだが。
だらだらと事が長引くのが疎ましい長政は、だから元就の衣服を切り裂いた。
さっさと底の底まで堕ちるがいい。
毛利の敗残兵達を見れば、市の召還した闇の腕どもに阻まれて動けずにいる。
これらもゆくゆくは浅井軍に組み込むべきなのだが、すっかり欲情して目をぎらつかせている姿には
呆れ返る。
このような愚劣な者どもを聖なる我が軍に…
まあ、『大毛利の総大将』言うところの捨て駒が増えるのは悪くはない。
長政は踵を返す。
「市…お前は穢れるな」
ぽつりと、妻に言い残して。
さっさと底の底まで堕ちるがいい。
毛利の敗残兵達を見れば、市の召還した闇の腕どもに阻まれて動けずにいる。
これらもゆくゆくは浅井軍に組み込むべきなのだが、すっかり欲情して目をぎらつかせている姿には
呆れ返る。
このような愚劣な者どもを聖なる我が軍に…
まあ、『大毛利の総大将』言うところの捨て駒が増えるのは悪くはない。
長政は踵を返す。
「市…お前は穢れるな」
ぽつりと、妻に言い残して。
「はい、長政さま。市は、大丈夫だから…」
応える市の微笑みは飽くまで無邪気で、
これから成そうとする業にはあまりに遠いようにも思えるのだが…
ふん、とだけ応えて長政は進む。
清いが故に聖も邪も内包する妻に、長政が出来る事は少ない。
不器用な己は、せいぜい彼女が欲しがるものを与えるだけだ。
そんな自分を、歯痒く感じるばかりであるのだが。
応える市の微笑みは飽くまで無邪気で、
これから成そうとする業にはあまりに遠いようにも思えるのだが…
ふん、とだけ応えて長政は進む。
清いが故に聖も邪も内包する妻に、長政が出来る事は少ない。
不器用な己は、せいぜい彼女が欲しがるものを与えるだけだ。
そんな自分を、歯痒く感じるばかりであるのだが。




