元就がその答えを知るのはずっとずっと後の事になる。
よりにもよって、と、その時の元就は思う。
──少女の頃に侮蔑していた姫若子の、逞しく成長した姿の男に教えられたのだから。
お前が、そうやって意地になって自分で自分の足元を切り崩して出来た場所の名前を、
孤独というんだ。それで、お前の抱える感情は…寂しさ、だ。
男は、少し泣いたように顔を歪める。
どうしてそなたが泣きそうなのだ──『寂しい』のは、我なのであろう?
やはり元就も困って、強く手を握られたまま首を傾げる。
俺はもう、生きる為の糧を自分の体にするような、お前のそんな身喰いの魚みてぇな姿を見ていられねぇ。
寂しくない人間がいない訳がないが、寂しいだけの人間だっていない。
ちゃんと手を伸ばして、泣いて呼べば誰かこたえてくれる。…きっとだ。
そうやって、お互いの寂しさを重ねていけば、穴も埋まってあったかくなる。
──それを、仕合せというんだ。
元就は、男が言う意味がわからなくて…いや、言葉の道筋は理解出来るものの、
何故そんな事を、固く手を握り、泣きそうになって自分に言うのかがわからない。
けれど、確かに握られた手は暖かく心地良いものだった。
ほんの少し、危なげな足元が、しゃんと地についている気がした。…いや。確かに。
しばらく黙りこくっていた男がまた口を開けば、
もし、他に誰もいないなら…俺が受け止めるから。
よりにもよって、と、その時の元就は思う。
──少女の頃に侮蔑していた姫若子の、逞しく成長した姿の男に教えられたのだから。
お前が、そうやって意地になって自分で自分の足元を切り崩して出来た場所の名前を、
孤独というんだ。それで、お前の抱える感情は…寂しさ、だ。
男は、少し泣いたように顔を歪める。
どうしてそなたが泣きそうなのだ──『寂しい』のは、我なのであろう?
やはり元就も困って、強く手を握られたまま首を傾げる。
俺はもう、生きる為の糧を自分の体にするような、お前のそんな身喰いの魚みてぇな姿を見ていられねぇ。
寂しくない人間がいない訳がないが、寂しいだけの人間だっていない。
ちゃんと手を伸ばして、泣いて呼べば誰かこたえてくれる。…きっとだ。
そうやって、お互いの寂しさを重ねていけば、穴も埋まってあったかくなる。
──それを、仕合せというんだ。
元就は、男が言う意味がわからなくて…いや、言葉の道筋は理解出来るものの、
何故そんな事を、固く手を握り、泣きそうになって自分に言うのかがわからない。
けれど、確かに握られた手は暖かく心地良いものだった。
ほんの少し、危なげな足元が、しゃんと地についている気がした。…いや。確かに。
しばらく黙りこくっていた男がまた口を開けば、
もし、他に誰もいないなら…俺が受け止めるから。
そうして元就は、男の胸に抱きついて、涙を雨のように落とすのだが、
二人がそうなるまでにまた長い年月が必要だった。
元就は、兄と甥を亡くし毛利家を継ぎ、弟を自らの手で殺め、氷の面を着け、純潔を失い、
攻め込んだ敵将に捕えられ、思いもかけず与えられた甘く温い背徳の安寧に身を堕とし、
男もまた、陽だまりの水槽のような長い子供時代を終え、戦いの喜びを知ると同時に、
火矢で片目を失って、鬼と呼ばれ、海に出て、小さな月の欠片のような姫に恋するも見失い、
──再び出会っても、どうしようもなく分かたれた心は、仕合せを織り上げるまでしばらくかかる。
二人がそうなるまでにまた長い年月が必要だった。
元就は、兄と甥を亡くし毛利家を継ぎ、弟を自らの手で殺め、氷の面を着け、純潔を失い、
攻め込んだ敵将に捕えられ、思いもかけず与えられた甘く温い背徳の安寧に身を堕とし、
男もまた、陽だまりの水槽のような長い子供時代を終え、戦いの喜びを知ると同時に、
火矢で片目を失って、鬼と呼ばれ、海に出て、小さな月の欠片のような姫に恋するも見失い、
──再び出会っても、どうしようもなく分かたれた心は、仕合せを織り上げるまでしばらくかかる。
少女時代の元就は、自分が家を継ぐなどとは夢にも思わず、武将として生きていくつもりであったから、
月経がないのはむしろ好都合であった。
しかし、悪夢は突然訪れるもの。
なんとしても男として生きると、当時の元就には珍しく駄々を捏ねて、
やっと男の名をもらって元服した15の時、元就に遅い初潮がきた。
取り乱した元就は、腰まで伸ばしていた髪を自らの手でばさりと切り落とした。
誰にも見られぬよう、森に行き大きな樹の根元にうずくまって泣いた。
月経がないのはむしろ好都合であった。
しかし、悪夢は突然訪れるもの。
なんとしても男として生きると、当時の元就には珍しく駄々を捏ねて、
やっと男の名をもらって元服した15の時、元就に遅い初潮がきた。
取り乱した元就は、腰まで伸ばしていた髪を自らの手でばさりと切り落とした。
誰にも見られぬよう、森に行き大きな樹の根元にうずくまって泣いた。
元就の流す涙の意味が、仕合せのために変わるのは、まだまだ遠い先のことである。




