案の定、元親が元就の傍に座ると、兵士の男はぎらりと睨む眼光をますます強くする。
(そんなにしかめっ面してたら、女は寄り付かないぜ?)
元親はちらりとだけその男を見て意地悪気に笑い、元就に話しかけた。
(そんなにしかめっ面してたら、女は寄り付かないぜ?)
元親はちらりとだけその男を見て意地悪気に笑い、元就に話しかけた。
「うまそーに食ってんじゃん。どうだ、土佐の魚はいいもんだろ」
元親が、これが食えるだけでもウチと同盟組んだ甲斐があるってもんだ、と言うと、
「まだ正式にそうとは決まってはおらぬ。」と元就に一蹴された。
背後の男はその光景ににやりと笑む。
「酒は嫌いか。」
「好きではない。…貴殿も臭う。寄るでない。」
本当のところ、元就は酒の味や香り自体はそんなには嫌っていない。
昔、今より地位も立場も低かった頃、付き合いで無理に飲んだことがあったのだが、
よく冷やされた酒は彼女の舌と喉を喜ばせた。成る程甘露である。
…しかし。だからこそこれは危険なものなのだ。
父も、兄でさえ心の負担を酒に酔わせて消そうとした。心身ともに蝕まれるとも知らず。
否、兄は知っていた。父が壊れてゆくのを幼い弟妹達と共に見ていたから。
優しい側室たちの愛情すら、父を癒すには足りなかった。
今となっては元就に父の本当の辛さ、孤独を推し量ることは出来ない。
けれど、それを知っていて、父と同じ獄に堕ちる事を選んだのだ。
妻と、子と、元就達弟妹を、家と国を置いて。
幼い元就には穏やかで思慮深い兄が酒に溺れるなどとは信じられぬ事であった。
しかし、ある日見てしまった。
昼だというのに、そして元就と四郎が会いに来る日だというのに、
興元は縁側で酒瓶を手に茫然と座り込んで、泣いていた。無表情に。
驚かせようと庭の植木に隠れていた幼い姉弟は兄の異様な様子に逆に驚かせられ、
同時に酷く困り果て、こっそりその場から離れ兄の妻の下へ泣きついた。
兄の妻も、どうしましょうね、と普段の静かな声音のまま困り果てていた。
元親が、これが食えるだけでもウチと同盟組んだ甲斐があるってもんだ、と言うと、
「まだ正式にそうとは決まってはおらぬ。」と元就に一蹴された。
背後の男はその光景ににやりと笑む。
「酒は嫌いか。」
「好きではない。…貴殿も臭う。寄るでない。」
本当のところ、元就は酒の味や香り自体はそんなには嫌っていない。
昔、今より地位も立場も低かった頃、付き合いで無理に飲んだことがあったのだが、
よく冷やされた酒は彼女の舌と喉を喜ばせた。成る程甘露である。
…しかし。だからこそこれは危険なものなのだ。
父も、兄でさえ心の負担を酒に酔わせて消そうとした。心身ともに蝕まれるとも知らず。
否、兄は知っていた。父が壊れてゆくのを幼い弟妹達と共に見ていたから。
優しい側室たちの愛情すら、父を癒すには足りなかった。
今となっては元就に父の本当の辛さ、孤独を推し量ることは出来ない。
けれど、それを知っていて、父と同じ獄に堕ちる事を選んだのだ。
妻と、子と、元就達弟妹を、家と国を置いて。
幼い元就には穏やかで思慮深い兄が酒に溺れるなどとは信じられぬ事であった。
しかし、ある日見てしまった。
昼だというのに、そして元就と四郎が会いに来る日だというのに、
興元は縁側で酒瓶を手に茫然と座り込んで、泣いていた。無表情に。
驚かせようと庭の植木に隠れていた幼い姉弟は兄の異様な様子に逆に驚かせられ、
同時に酷く困り果て、こっそりその場から離れ兄の妻の下へ泣きついた。
兄の妻も、どうしましょうね、と普段の静かな声音のまま困り果てていた。
酒の香りは、だからどんな物でも忌むべきものだ。
心底愉快そうにあおる元親は元就にとって苛立ちの対象でしかない。
そんな元就の心根など露知らず、元親はふいに思いついた試みが早々に頓挫したので、
更なる次の手を考えるのに苦心していた。
心底愉快そうにあおる元親は元就にとって苛立ちの対象でしかない。
そんな元就の心根など露知らず、元親はふいに思いついた試みが早々に頓挫したので、
更なる次の手を考えるのに苦心していた。
(酔わせて、喰っちまおうと思ったのにな)
元親の目の前の『獲物』は、酒には一滴も手をつけないかわりにか、
食事には随分と箸をつけている。(痩せの大食いって奴か、こいつ)
きっかけはあからさまに睨みつけてくる毛利兵に対する当て付けだったが、
こうして近づいてみると、確かに可愛い、と感じる。
研ぎ澄まされた美貌自体は、可愛いと評するにはずれを感じるものだが、
それがちんまりと足を折りたたんで座り、ただ黙々と食べる姿には、
昼間垣間見た小動物っぽさが滲み出ていた。
(気位の高い猫か、狐か)
どんな声で鳴くかな、と元親はいまだ捕えぬ獲物の閨の姿を想像して口角を上げた。
食事には随分と箸をつけている。(痩せの大食いって奴か、こいつ)
きっかけはあからさまに睨みつけてくる毛利兵に対する当て付けだったが、
こうして近づいてみると、確かに可愛い、と感じる。
研ぎ澄まされた美貌自体は、可愛いと評するにはずれを感じるものだが、
それがちんまりと足を折りたたんで座り、ただ黙々と食べる姿には、
昼間垣間見た小動物っぽさが滲み出ていた。
(気位の高い猫か、狐か)
どんな声で鳴くかな、と元親はいまだ捕えぬ獲物の閨の姿を想像して口角を上げた。




