かすがが戸を開けると、さあ、と雪のにおいと共に風が吹き込んだ。あわてて、謙信の寝具を掛け直す。くどいほどに甘い香の煙がそれに乗って紛れた。冬の冷たい風は刺す様で、清めるようで。
くしゃくしゃになってかろうじて謙信の腕に引っかかっていた寝着はきれいに直されていた。あんなに、紅く火照っていた頬も今はすっかりまた、透けるような白い色に戻っている。そこに蒼く影を落とした長い睫毛が時折揺れた。
失神した謙信を見て、かすがは一瞬、このまま謙信が溶けてなくなってしまうのではないかと莫迦な心配をした。熱が引いてみれば、謙信はまた吃驚するほど清清しかった。
くしゃくしゃになってかろうじて謙信の腕に引っかかっていた寝着はきれいに直されていた。あんなに、紅く火照っていた頬も今はすっかりまた、透けるような白い色に戻っている。そこに蒼く影を落とした長い睫毛が時折揺れた。
失神した謙信を見て、かすがは一瞬、このまま謙信が溶けてなくなってしまうのではないかと莫迦な心配をした。熱が引いてみれば、謙信はまた吃驚するほど清清しかった。
―愛して、くださったのに。
謙信は勿体無い程にかすがを想うてくれたのに、それでも足りないと思ってしまった自分を、かすがはもう救いようが無い、と思う。
何が、足りなかったというのだ。何を求めて、わたしはこの方に。
何を求めていたというのだろう。かすがの目には、謙信は間違いなく神聖だった。足りないところなどなかった。
いや、足りないところなど無かったからかもしれない。自分は、謙信に欠落を求めて、謙信を酔わせた。そのからだが、人間、ただの人間の感覚に酔わされて、酔わせて、そうして出来た欠落に、かすがは己を流し込んでしまいたかった。謙信の一部を壊して、そこに自分を、ただの人間の自分を。
そうして、謙信と己で何かを、切り離せない何かを共に持っていたかった。
救いをもとめるように。
何が、足りなかったというのだ。何を求めて、わたしはこの方に。
何を求めていたというのだろう。かすがの目には、謙信は間違いなく神聖だった。足りないところなどなかった。
いや、足りないところなど無かったからかもしれない。自分は、謙信に欠落を求めて、謙信を酔わせた。そのからだが、人間、ただの人間の感覚に酔わされて、酔わせて、そうして出来た欠落に、かすがは己を流し込んでしまいたかった。謙信の一部を壊して、そこに自分を、ただの人間の自分を。
そうして、謙信と己で何かを、切り離せない何かを共に持っていたかった。
救いをもとめるように。
―おぞましい。
かすがは吐き気さえ覚えた。おぞましい。謙信が嫌う俗世の欲よりももっともっと汚らわしいと思った。ただ曇りの無い忠義、それがかすがの使命だと解っていた。それが一番謙信には幸せだと信じていた。己の衝動などよりも、謙信のほうがずっとずっと、謙信が幸せであればそれだけで十分すぎるほど満たされた。それより上はないと信じていた。
けれど、かすがは己の衝動に負けた。
負けて、それでどうにもならなかった。壊すことも出来なければ、与えることも出来なかった。
衝動に負けたことを意識したとき、かすがはもうこれで別れだと悟った。己の死体さえも謙信の目に届いてはならないと。
けれど、かすがは己の衝動に負けた。
負けて、それでどうにもならなかった。壊すことも出来なければ、与えることも出来なかった。
衝動に負けたことを意識したとき、かすがはもうこれで別れだと悟った。己の死体さえも謙信の目に届いてはならないと。
―こんなものはきっと、愛だなどとは呼べないから。
かすが×謙信(女)10
かすが×謙信(女)10




