「──本当は、」
「…え?」
「本当は…ギリギリまで、ここに来る事を迷っておりました」
一言一句噛み締めるように語る幸村の横顔を、政宗は吸い寄せられるように見つめる。
「やっぱり迷惑だったのか…?」
「そ、そうではござらぬ!迷っていたのは…それがしの心にございまする」
政宗の表情を見て、幸村は弾かれたように首を振るが、彼女の隻眼からさり気なく顔を背けると、言葉を続けた。
そんな幸村の様子に、政宗は不安になりかけたが、繋いだ手に僅かだが力が籠もるのに気付くと、その温もりに身を任せる事にする。
「奥州に来る前は…政宗殿と会えぬ事に、それ程違和感を覚える事はございませんでした。甲斐と奥州では距離がありますし、何より戦場以外でそなたと顔を合わせる機会など、まずありえなきものにございましたから」
「幸村…」
「ですが、お館様の使いで奥州へ来て、政宗殿にお会いして…それがしは、贅沢になりました。甲斐にいる事を思えば、奥州城下の、直ぐ近くにいるだけでも幸せな筈なのに……それでは物足りない、と考えている自分に気が付いたのです」
意を決したように政宗に向き直った幸村の顔は、酒に酔っているのとは明らかに違う意味で紅潮していた。
「会いたい、傍にいたい、そして…触れたい。今もそうです。政宗殿のお気持ちも考えず、それがしはひとりで、このような邪(よこしま)な事ばかりを考え続けているのです。それがしは、本当は政宗殿の前に立つ事など許されぬような、いじましく醜い男なのです」
「…え?」
「本当は…ギリギリまで、ここに来る事を迷っておりました」
一言一句噛み締めるように語る幸村の横顔を、政宗は吸い寄せられるように見つめる。
「やっぱり迷惑だったのか…?」
「そ、そうではござらぬ!迷っていたのは…それがしの心にございまする」
政宗の表情を見て、幸村は弾かれたように首を振るが、彼女の隻眼からさり気なく顔を背けると、言葉を続けた。
そんな幸村の様子に、政宗は不安になりかけたが、繋いだ手に僅かだが力が籠もるのに気付くと、その温もりに身を任せる事にする。
「奥州に来る前は…政宗殿と会えぬ事に、それ程違和感を覚える事はございませんでした。甲斐と奥州では距離がありますし、何より戦場以外でそなたと顔を合わせる機会など、まずありえなきものにございましたから」
「幸村…」
「ですが、お館様の使いで奥州へ来て、政宗殿にお会いして…それがしは、贅沢になりました。甲斐にいる事を思えば、奥州城下の、直ぐ近くにいるだけでも幸せな筈なのに……それでは物足りない、と考えている自分に気が付いたのです」
意を決したように政宗に向き直った幸村の顔は、酒に酔っているのとは明らかに違う意味で紅潮していた。
「会いたい、傍にいたい、そして…触れたい。今もそうです。政宗殿のお気持ちも考えず、それがしはひとりで、このような邪(よこしま)な事ばかりを考え続けているのです。それがしは、本当は政宗殿の前に立つ事など許されぬような、いじましく醜い男なのです」
(この嵐の中、政宗様との約束を果たしに来た事は、礼を言う)
別室で着替えを渡された時、幸村は彼女の従者である小十郎に、静かに、だがそれでいて威圧感を漂わせながら告げられた。
「だが、あえて言わせて貰う。アンタと政宗様とでは、立場が違いすぎる」
「……承知しておりまする」
「あの方は、戦ごとに関しては他の追随を許さぬが、こっちの方面は、そこいらの嬢ちゃんとどっこいどっこいだ。アンタに抱いてる想いも、もしかしたら単に『恋に恋をしている』だけなのかも知れねぇ」
「……」
「そうでないとしても、そんな政宗様の想いを、アンタは受け止める自信はあるか?生半可な気持ちのままなら、悪い事は言わねぇ。もう政宗様には近付くな」
「…片倉殿は、まるで政宗殿の父君のようなお方ですな」
「──悪ぃか。俺は過保護なんだよ」
「いいえ、逆です。そなたのような方がおられるから、政宗殿はあそこまで素敵なお人になられたのですね」
「…チッ。これじゃ、ただのイヤミを言ってるみたいじゃねぇか……」
『竜の右目』の渋面に見送られながら、幸村は自分の中で、彼女に対する想いと小十郎の言葉を反芻させていた。
「だが、あえて言わせて貰う。アンタと政宗様とでは、立場が違いすぎる」
「……承知しておりまする」
「あの方は、戦ごとに関しては他の追随を許さぬが、こっちの方面は、そこいらの嬢ちゃんとどっこいどっこいだ。アンタに抱いてる想いも、もしかしたら単に『恋に恋をしている』だけなのかも知れねぇ」
「……」
「そうでないとしても、そんな政宗様の想いを、アンタは受け止める自信はあるか?生半可な気持ちのままなら、悪い事は言わねぇ。もう政宗様には近付くな」
「…片倉殿は、まるで政宗殿の父君のようなお方ですな」
「──悪ぃか。俺は過保護なんだよ」
「いいえ、逆です。そなたのような方がおられるから、政宗殿はあそこまで素敵なお人になられたのですね」
「…チッ。これじゃ、ただのイヤミを言ってるみたいじゃねぇか……」
『竜の右目』の渋面に見送られながら、幸村は自分の中で、彼女に対する想いと小十郎の言葉を反芻させていた。
繋いだままの手がじんわりとしてきたのは、果たしてどちらの汗によるものだろうか。
先程よりも外の雨が更に強くなった事も、力を籠め過ぎて、手指の関節が白くなっているのも気付かぬほど、政宗と幸村は互いを見詰め合っていた。
「…なあ」
ややあって、政宗はまるで叱られた子犬のような顔をしている幸村に声を掛けた。
「俺の意志とは無関係にアンタが俺にヘンな事しようものなら、それは最低だけど…俺が、それでいい、っつった場合はどうなるんだよ」
「は?」
面食らったような彼の相槌に失笑しながら、政宗は言葉を重ねていく。
「確かにお前は、俺の気持ちを考えてねぇよ。だって…俺に確認してもいないのに、勝手に俺の気持ちを判ったつもりでいるんじゃねぇか」
「政宗殿?」
「俺も同じだ、って言ったら…?」
言いながら、政宗は僅かに身を乗り出すと幸村に近寄った。
「俺も…アンタと同じ事を考えてるって言ったら、どうなるんだ?」
仄かな香の匂いと一緒に、政宗の顔が更に近付いてくる。
「ま、政宗殿?い、いけませぬ!そんな、は、破廉…」
「──言うな!」
彼の口からその単語を聞きたくないあまり、必要以上に語彙を強めて、政宗は幸村の科白を遮る。
「合意の上なら、何も問題はねぇ筈だろ?」
「な…」
「頼むから、もっと自惚れてくれよ…そうでなけりゃ、俺……ひとりでバカみたいじゃねぇか」
「政宗殿…」
「だって…だって俺は…お前の事……」
勢いに任せて、募る想いを打ち明けようとした政宗だったが、突如口の中に入り込んできた何かに、続きを阻まれてしまった。
先程よりも外の雨が更に強くなった事も、力を籠め過ぎて、手指の関節が白くなっているのも気付かぬほど、政宗と幸村は互いを見詰め合っていた。
「…なあ」
ややあって、政宗はまるで叱られた子犬のような顔をしている幸村に声を掛けた。
「俺の意志とは無関係にアンタが俺にヘンな事しようものなら、それは最低だけど…俺が、それでいい、っつった場合はどうなるんだよ」
「は?」
面食らったような彼の相槌に失笑しながら、政宗は言葉を重ねていく。
「確かにお前は、俺の気持ちを考えてねぇよ。だって…俺に確認してもいないのに、勝手に俺の気持ちを判ったつもりでいるんじゃねぇか」
「政宗殿?」
「俺も同じだ、って言ったら…?」
言いながら、政宗は僅かに身を乗り出すと幸村に近寄った。
「俺も…アンタと同じ事を考えてるって言ったら、どうなるんだ?」
仄かな香の匂いと一緒に、政宗の顔が更に近付いてくる。
「ま、政宗殿?い、いけませぬ!そんな、は、破廉…」
「──言うな!」
彼の口からその単語を聞きたくないあまり、必要以上に語彙を強めて、政宗は幸村の科白を遮る。
「合意の上なら、何も問題はねぇ筈だろ?」
「な…」
「頼むから、もっと自惚れてくれよ…そうでなけりゃ、俺……ひとりでバカみたいじゃねぇか」
「政宗殿…」
「だって…だって俺は…お前の事……」
勢いに任せて、募る想いを打ち明けようとした政宗だったが、突如口の中に入り込んできた何かに、続きを阻まれてしまった。




