サッカーが強いだけではない。今、先進国はどこも失業率の高さが悩みのタネだが、オランダは数少ない例外だ。男の育児は当たり前。子どもの幸福度は世界一。どうしてそんなことが可能なのか? かつては経済が停滞し、社会保障費の負担が重くのしかかり、失業率も高かった。どん底から回復したのは「フレキシキュリティー」という政策を導入したことがきっかけだ。オランダの雇用と福祉の現場を訪ねた。【野沢和弘】
◇フルタイムと同待遇 失業率減り経済活性化
オレンジ色がやけに目につき、街全体が沸き立っているのはW杯でオランダチームが決勝進出を決めた週だったからだ。総合情報通信企業「KPN」の社内にもオレンジの旗が飾られていた。欧州を中心に固定電話や携帯電話、インターネット、テレビなどのサービスを提供し、収益は年約19億ユーロ、従業員1万4300人の大企業である。
ナタリー・マッカーさん(38)は週4日働くパートタイマーだ。7歳の男児と2歳の女児がいる。フルタイムの正社員だったが、下の子を出産したのを機にパートタイムになった。「給料は減り、夜勤は午後11時から朝7時まで。大変だけど、その分子どもと過ごせる時間は増えた」と目を輝かせる。
子どもの世話は週3日自分で、残りの日を夫と両親に任せている。自宅と職場は自転車で30分。デイケアセンターも使って育児の分業をしている。夫はフルタイムの正社員で同社に勤めている。
フレキシキュリティーとは、労働市場の柔軟性(フレキシビリティー)と労働者の権利の保障(セキュリティー)を両立させる考え方で、オランダやデンマークで導入され注目を集めている。社会問題・雇用省の幹部職員であるディーク・ビークマン氏らが説明する。「グローバル化と技術革新によって、付加価値の高い産業へ急速にシフトしなければ競争力を維持できなくなっている。企業は技術革新に適応できる人材を集め、そうではない従業員を解雇あるいはパートタイム化することを求める。それを可能にするのが柔軟な労働市場政策だ」
失業者には政府と企業が比較的高い生活給付を保障するとともに、再就職を積極的に支援する。現在オランダのパート勤務の8割は女性だが、男性の希望者も増えている。
アムステルダムでは平日の昼間でも子連れの男性をよく見る。自転車の大きな前かごに子どもを乗せている人も多い。「いつも3時過ぎに子どもたちは学校から帰ってくる。毎週水曜日は午前中で授業が終わる。夫婦が交代で子育てしているのは普通です」と経済省の女性職員が話す。
ユニセフが07年に発表した「子どもの幸福度調査」でオランダは世界一になった。子どもの福祉を「健康と安全」「教育」「友人や家族との関係」などの観点から分析した調査だ。運河と花に囲まれた街で両親に手を引かれている子どもたちを見ていると何となく分かるような気がする。
「それでもデイケアセンターを確保するのは大変。本当は子育てに専念したいのにどうして女性を働かせようとするの、と思っている人も多いのです」。2歳と6歳の子がおり、母と夫と3人で子育てを分担しているという女性職員は笑った。6時半でデイケアセンターが閉まるため、いつも慌てて子どもを迎えに行っているのだという。=次回は8月14日掲載
◇「夫婦で1.5人分稼ぐ」スタイル
同じフレキシキュリティーでも、企業の解雇権限が強いデンマークに対し、オランダは同じ会社で正社員の資格のままフルタイム労働からパートタイムへ変わる人が多いのが特徴だ。解雇しなくても労働時間が減れば人件費負担が軽くなり、企業は必要な知識や技能を身につけた人材を新たに雇用できる。
一方、パートになり賃金が減った従業員はその分生活が苦しくなる。欧州でもスウェーデンなどと違ってオランダのような大陸系の国では伝統的に夫がフルタイムの正社員、妻は専業主婦という家庭が多い。この点は日本と似ており、夫の賃金が減れば家族全体の生活が窮する。
このため、フレキシキュリティー政策を導入してから妻もパートタイムとして働くことが推奨されるようになった。夫婦で1・5人分の賃金を得られるライフスタイルを広めたのである。年金や医療保険などがフルタイム社員と同等に保障されていることも大きい。