概要
発端は、歴史学者の呉座勇一が、Twitterの非公開アカウント(いわゆる鍵垢)において、英文学者の北村紗衣に対する否定的な発言を行っていたことである。2021年3月17日ごろ、これらの発言が第三者によって北村にリークされ、北村はスクリーンショットを用いて当該発言を公開した。具体的にどのような表現が用いられていたかについては、その後関連するウェブ上の記録が相次いで削除されたため、現在では確認が困難になっている。
発言の公開後、呉座に対する批判がSNS上で急速に拡大し、いわゆる炎上状態となった。2021年3月20日、呉座は自身のTwitterアカウント上で、北村に対する過去の発言について謝罪を表明した。しかし、批判は収束せず、当初の発言内容にとどまらず、呉座の思想信条や交友関係など、より広範な領域へと拡張していった。
こうした状況の中で、3月23日、呉座はNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代考証担当を自主的に降板した。翌24日には、呉座の所属機関である国際日本文化研究センター(日文研)が声明を発表し、呉座を厳重注意としたこと、ならびに関係者への謝意を表明した。さらに4月2日には、日本歴史学協会が「歴史研究者による深刻なハラスメント行為を憂慮する」とする声明を発表し、研究者コミュニティ全体として再発防止に取り組む姿勢を示した。
そして2021年4月4日、大学教員を中心とする18名を呼びかけ人として、「オープンレター」と呼ばれる公開書簡が発表された。この書簡は、呉座の行為を深刻なハラスメントとして位置づけ、学術界における構造的問題を指摘する内容であり、最終的に1316名の賛同者を集めた。
オープンレターの公開後、その手法や影響を「キャンセルカルチャーではないか」と批判する声も一部では存在していたが、当初は限定的であった。しかし状況が大きく動いたのは、その後の日文研による処分が明らかになってからである。2021年7月21日、呉座と北村の間で代理人を通じた交渉が決着し、呉座の謝罪文が北村のブログ上に掲載された。これは3月20日のものを含めると、呉座による公式な謝罪としては2度目にあたる。
それから約3か月後の10月20日、日文研が呉座に対して停職1か月の懲戒処分を下したことが報じられ、さらに10月29日には、呉座が日文研を提訴したことが明らかになった。この過程で、日文研がオープンレター騒動を理由として、呉座のテニュア付き准教授への昇格内定を取り消していたことが判明する。この一連の対応を受けて、大学教員や文化人の一部から、「処分が過剰ではないか」「学問の自由を脅かす前例になりうるのではないか」といった疑問や批判が急速に広がった。
さらに2022年1月17日、作家の古谷経衡が声明を発表したことを契機に、オープンレターにおいて複数の署名偽造が行われていたことが明らかになった。賛同者の中からは「署名した覚えがない」として撤回を表明する者が相次ぎ、運営側が署名者の本人確認や連絡先管理を十分に行っていなかったことも判明した。しかし、オープンレターの運営組織は、包括的な検証や公式な謝罪を行っていないとされ、その管理体制や責任の所在に対する不信感が強まった。
また、この騒動を批判的に論じた人物に対する対応も、新たな論点となった。北村紗衣が、代理人弁護士を通じて、オープンレターについての言及を控えるよう求める文書を送付していたことが報じられ、2022年1月には、弁護士の高橋雄一郎や大学教員の山内雁琳のもとに、法的根拠が明示されない要請文や内容証明郵便が届いたことが明らかにされた。これらの行為については、一部の法曹関係者から、正当性や相当性を疑問視する意見が示されている。
加えて、北村に不利とされる情報をまとめたウェブページやtogetter、匿名ダイアリー記事などが相次いで削除されたこと、北村の過去の発言を報じた媒体が閉鎖されたこと、さらには呉座本人のブログが代理人弁護士の申し立てにより凍結されたことなども確認されており、情報流通のあり方や萎縮効果を懸念する指摘がなされている。
このように、オープンレター騒動は、日文研による処分の妥当性が司法の場で争われている現在においてもなお、学術界における集団的声明の力、私的発言と公的制裁の境界、被害の訴えと手続的正義の関係といった問題をめぐり、継続的な議論を呼び起こしている。