■アーベルジュの戦い
「迫りくる敵軍は5千 何としてもこの森で食い止めろ・・・」
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アーベルジュの長い長い闘争の最初は、絶望の戦場だったらしい。 そもそもこの「アーベルジュの戦い」の詞は、どう聞いても勇壮な騎士物語の序曲ではない。 「願わくば戻りたいとさえ想った」 「何も知らなかった あの頃に」 詞の頭を最初から覆っているのは、取り返しのつかない過ちに対する悔恨だ。 それは「銀色の死神」の名を恣にした英雄アルヴァレスが、戦場を駆けぬけ、行軍を重ね、殺戮を繰り返しながら、ふと立ち止まった時に覚える紛れもない感傷なのだろう。 彼にとって、戦場の原風景となったはずのこの戦闘について、詳しい情報は無い。 歌詞から何となく状景を読み取るしかないのだ。 「若者よ臆するな 震える膝を鞭打って進め」 「迫りくる敵軍は5千 何としてもこの森で食い止めろ・・・」 指揮官のこの叱咤は、アルヴァレス青年に向けられたものなのか。 であるならば 脳裏に浮かんでくる光景は、絶望的な戦力差に呆然としながらも、手に手に剣を取り、死戦に赴く青年たちの姿だ。彼らは故国や家族、恋人達を護るため、敵を一秒でも長く食い止める壁となるべく、戦場へ向かったに違いない。 その結末はどうなったのか。 彼らの勇戦は報われたのだろうか。 このときのアルヴァレス青年が、他国に身を寄せ、亡国の名を冠するという「Arbelge」 を名乗り、この世の全てを呪い憎んだという経緯を考えれば、それは叶わなかったと思うしかない。 母と木の実を拾った森、 父と釣りをした川、恋人と約束を交わした丘―― それら全てを、一夜にしてアルヴァレスから奪った相手こそ、東の隣国、プロイツェンだ。 「約束の丘」の裾に広がるウェルケンラードの森は、ドイツ国境側にあるウェルケンラードがモデルとなっているはずだ。 このあたりは、交通の要衝リエージュを鎮守する環状要塞群があったことで知られているが、アルヴァレスの時代には、東国への備えは乏しかったのだろうか。 森で敵兵力を食い止める、ということは、もはや数の差を補う最後の防衛線を自然物に頼るしかない状況であり、その森を抜けられたら最後、というところだろう。 非戦闘員の保護などという概念が無いこの時代、最終防衛線を抜けられるということは、残された者が皆殺しに近い目に遭うのと同義だ。 この戦場を生き延びたアルヴァレスは、おそらくこの世の地獄を見たに違いない。 そして一人の復讐鬼が、このガリアに誕生するのである。
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