アットウィキロゴ
*RAYD=>{Cielenica};設定サイト
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

リリデジプロローグ

最終更新:

cielenica

- view
管理者のみ編集可
始まりの(バベル)とは、それはただの風だった。
──では、今に目覚めようとするこのうたは、なんであるのか。

答えは未だ、ひとりのみが握りしめるがゆえに。

歌の始まりは、ただの風だったという。
愛は、生き物が生まれたときからあったという。

知性も、欲も、自我も、本能も、すべては外圧によって抑えられ拉げるだけのものでしかない。
しかしそれは頑強ゆえに歪むのではなく、ただ柔軟であるからこそ歪むのだ。それを理解していれば、変わることの何を恐れなければならないのだろう。
これは己の選んだ道ではあるし、そしてこれは自分にとって最善だと奉じる行いなのだから、恥も悔いもここにはいらない。

目を閉じる。波紋のように溶けて広がっていく自分を感じながら、未だひとの形を取る意識は眠るように横たわる。水となって滴る音、広がって、空気と混ざっていく感覚。もう考えなくても伝わってくる――すべてはここから始まるのだ。

「……長かったな」

かろうじて肉を保っている自分の声が自嘲する。長さとは言うが、果たしてそれが単純な概念に基づいて換算されるのかは甚だ疑問だと思う。本当に、本当に途方もなかった路であるから。
それでも、ようやく幕を上げることができて、自分は久しぶりに安堵しているのだ。彼のそば以外で不安が消えることなどいつ以来なのだろう。そうよぎって、確かに愛し、愛し続けると決めた青年の顔が思い浮かんで、目じりから涙が零れていった。

少年は普通の人間だった。そう思っていたが、自らを生み育んだ世界にとっては少し違っていたらしい。
不思議な力を知り、それに触れて、日常の裏側をそっと覗き込んで引き入れられて以来、少年の世界は一変した。それは決してきらきらと輝くものばかりではなく、むしろ汚泥のような絶望に這わされるような出来事も多くて──今となってはいい思い出になるのかもしれないと、微笑する。
何度も何度も何度も、旅してきて巡ってきてやり直してきてやたらめったら繰り返したせいで、無限に積み重なった擦り切れてしまった記憶たち。かつては大切だと熱く、心底の己より語れていたはずの想いのひとひら。それがいったいどんな形と色を宿していたのかも今となってはまるで分からない。
だけど、たったひとつだけは明らかにできることがあって、しかしそれこそが彼をこの永劫の苦痛にも匹敵する旅路に誘っていた。

「啓人さん」

呟く名前はもはや、自分が何かも分からない中での、ただひとつの少年の証明(こい)
いつだって、どんなときだって、壊れながらも必死に奔り抜いていった、流星のような力で在り続けた青年。だからこそ堕ちて、燃えて尽きて、残滓だけが玉座に取り残されてしまったのだろう。
馬鹿だと思うし、ふざけている。けれど本当は孤独が嫌いで仕方なかったのに、壊れたせいで孤独であることを是としてしまった彼と出逢ったときに、きっと自分も壊れてしまったのだ。だから擦り切れた先がここだとして、どの道自分は構わなかったし、それでもよかった。
許してほしいとは思わなかったが、滲む熱のただ中、祈るようにそう考える。追想はとっくにきりがつき、現在ここにある自分がどうなるのか、どうするのかに視座を正す。
そうだ。今までは奇跡の何もかも、無意味に終わってしまっていた。だが、すべてはここからだ。
序章が鳴り渡り、彼らの物語には美しい色彩がこれから常にいてくれることだろう。移ろいながらも変わらない、それら七色を受け止めて昇華する、キャンバスのごとき存在に自分は生まれ変わる。決してそばにいられるわけではないが、けれどもこれが、閉塞した未来を打開する鍵と成るはずだ。
やがて指が。手が、足が。耳が、鼻が。肉と骨が。脳が。可視化できるデータと移ろっていき、心だけが解釈されることなく生き血を通す。そして、声さえも一度手放すその間際に最後の祝詞を奏でた。静謐の水面の上、決定的な入力を終えて、少年は息を吐く。

「大丈夫。きっと、何もかもが上手くいきます。だから……」

始まりの歌とは、ただの風であった。
そして愛は、原初より生き物が持つ不変そのものだ。
そういうことになった(・・・・・・・・・・)ので、もはや疑われやしない。曖昧模糊な概念が今、新たに敷かれたルールに従う。
たった今、世界の裏側で革命が起きた。劇的ではないが確かな変化が、震え伝えられて書き換えられた。

まだ、誰も知らない。奇跡を起こす、もっとも簡単な方法が生まれたことを。その中央に、排斥された命が眠っていることも──まだ。

「待っててくださいね、啓人さん」

そうして、少年は世界に溶けて広がった。

ここはただ、約束と鎖した匣の中。第二の永劫を迎え、花嫁は夢を見る。
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー