【頭脳主義/Brainism ①】
頭脳主義またはブレイニズムとは、昨今の世界で流行っている進歩主義的思想の一つである。
統一歴?年頃に南米諸国で密かに誕生した頭脳主義は、「肉体を捨てて脳だけになることで、人類及び人類社会を一段階高い段階へと進める」という主張を軸にしており、現在では幾つかの派生した思想も確認される。
ごく初期の頭脳主義は体系化されておらず「人間の肉体をより強靭な機械へと置き換える」または「高性能な生体コンピュータとして人間の脳を用いる」という漠然としたものであり、関連するMMIなどの技術開発に先導されるものであった。
社会的・政治的な思想として体系化され、具体的に国家運営などに頭脳主義が初めて持ち込まれたのは、統一歴130年代に成立したベイカー政権の舞羅帝国である。
ベイカー宰相による事実上の独裁政治を特徴とする舞羅帝国は、その体制の中核に脳主義を置いた世界初の国家であり、一部の研究者から「ベイカー主義」とも呼ばれる以後頭脳主義界でメインストリームとなる思想を確立した。
ベイカー政権舞羅帝国における脳主義の特徴は、究極の管理社会を作り上げるために脳を究極の生体コンピュータとして利用しつつ、高度な汎用人工知能(AGI)の管理下に置くという点にある。
前世紀に実施された「サイバーシン計画」から舞羅の情報技術開発は一貫して、「中央の高性能コンピュータがネットワークを通じて全体を管理する」ことを前提に進められており、分散ネットワークを志向したクラフタリアとは正反対の方向性であった。
舞羅では事故による偶然の産物ではあるものの、登場当時世界最高レベルの能力を誇ったAGI「SAKURA」の実用化に成功しており、ベイカー政権はこの超高度なAIを中核とする社会管理システムを前提に国家運営を行っていた。
舞羅での脳利用については諸説あるものの、SAKURA実用化以後に舞羅では後継の超高性能AGIの開発に着手するも、ハード・ソフト共に早期実用化は困難と判明し、代替案として人間の脳を利用した生体コンピュータシステムの開発が開始されたと推測される。
当時の舞羅はAI分野において世界の最先端であったものの、基礎となる半導体製造装置等を隣国であるクラフタリア・クラフティンに依存しており、これらの国と対立状態となったことで生体コンピュータへのシフトを迫られた面もあった。
ベイカー政権統治下の舞羅では脳を使用する生体コンピュータの研究が積極的に推し進められ、統一歴140年代初頭には軍民問わず様々な用途で脳が用いられるようになり、既存のコンピュータの一部を代替するようになっていった。
技術の進歩と同時に、社会的な面でも舞羅は「脳人社会」へと急速に変貌を遂げていく。ベイカー政権は脳だけになった人間、すなわち脳人を次世代の人類であると定義し、自国の先進性を積極的に宣伝していくようになる。
同時に脳人を前提とした社会インフラの整備も急速に進み、統一歴150年代の舞羅は通常の人類と脳人が共存できる環境が整い、また同時に社会を維持していく上において脳人の存在は無くてはならないものとなっていった。
ベイカー政権の舞羅は本質的に管理社会であり、社会インフラ等を総括して管理するSAKURAなどのAGIを人間より上位に置くという、クラフタリア人等には理解しがたい価値観を有している。
しかし、この前提に基づけばAGIを凌ぐ性能を持ち、社会を運営するシステムに組み込まれた脳はAGIより上位の存在であると解釈でき「人間<AGI<脳人」の図式が成り立つ。
なお実際の舞羅は元々君主(皇帝)が実権をほぼ持たない立憲君主制国家であり、これを悪用して皇帝を傀儡化したベイカー宰相が事実上の独裁者として君臨し、彼女に都合の良い社会を実現するため、AGIや脳を悪用しているという邪推もできるわけだが…。
ディストピアまっしぐらに見えるベイカー政権舞羅の「脳人社会」であるが、リソース分配の面で非常に効率的であることもまた事実である。そもそも脳だけになった人間は食料がブドウ糖だけで済み、占有スペースも小さい。
これは国際社会で孤立し、輸入される生活必需品も不足気味な舞羅にとって重要な脳人の利点と言える。また脳人は賛否あれど「肉体から解放された存在である」という点も見逃せない。
この特徴によって脳人は本来の肉体より強靭な、あるいは特定の機能に特化した機械の体を自在に使い分けることが出来、その点でも通常の人間より優位であると言えるだろう。
なお技術的な側面から言えば、脳人の状態での生命維持が非常に重要となってくるが、舞羅が他国に先んじて脳人社会を実現した背景には、脳を生存させるシステムの実用化と量産を早期に実現できたという要因もある。
【舞羅頭脳主義/ベイカー主義の特徴】
脳主義の中でも、舞羅で誕生した「ベイカー主義」に見られる特徴として、脳を取り出した後に前頭葉など特定部位の切除を行うことによって「意識を抹消する」点が挙げられる。
これはベイカー主義が「肉体からの精神の解放」と同時に「苦痛を生み出す意識からの解放」を脳人の理想として掲げているからであり、先述のように舞羅が脳を社会システムへと組み込む管理社会であるという部分にもつながる。
すなわち、「意識や肉体から解放され」同時に「全体を管理する社会ネットワークへと組み込まれる」ことがあるべき人類の進歩した姿である、と定義されているのだ。
長年目指してきた超高度なAGIと管理型ネットワークを実現した舞羅では、脳だけになった人間がそこへ組み込まれ「個」というしがらみから解放され、ネットワークを介してあらゆる人と機械が一体になることが社会的な理想というわけである。
さらにそこから、脳人の存在を想定した脳兵器による軍事的優位の確立や食料の節約、社会全体の統制強化などそこから生み出される利点を最大限に活かし、富国強兵に努めることがベイカー主義の真髄と言える。
一方、統一歴150年にクラフタリアから離反した王政党系勢力が建国した「
パタゴニア頭脳王国」はベイカー主義の影響を受けながらも、より実際の国家運営に汎用的に適応できる新たな脳主義を生み出した。
ベイカー主義の大前提だったAGIが直接的に利用できず、ネットワークインフラも舞羅と比較して貧弱な
パタゴニア頭脳王国で誕生した新たな脳主義は「ベイカー・デュプレクス主義」と呼称された。
「ベイカー・デュプレクス主義」の体系を確立したのは
パタゴニア頭脳王国の宰相アルベール・ド・トゥナンの側近にして元クラフタリア王政党議員、パタゴニアにおいても要職を歴任する政治家・思想家のラファエル・デュプレクスであった。
ベイカー・デュプレクス主義は、クラフタリア人の一部で密かに信仰されていた脳主義をベースとしている。
クラフタリアにおける脳主義の主な担い手は統一歴140-150年のいわゆるブレスト条約体制下において、シェラルドとの貿易で急激に財を成した新興富裕層であり、既存のクラフタリアの体制に不満を持つ彼らがそれに代わる理想主義として掲げたものであった。
【パタゴニア頭脳主義/ベイカー・デュプレクス主義の特徴】
ベイカー・デュプレクス主義はその名の通りベイカー主義の派生ともいえる思想であるが、AGI及び高度なネットワーク環境に依存せず「脳化」を前提にした社会の運営に重きを置いており、ベイカー主義程には科学技術を重要視しない点が特徴である。
ベイカー・デュプレクス主義において特筆すべきなのは、脳人と肉体人(肉体を持つ普通の人間)の共存及び社会的な役割の割り振りを行うシステムを確立した点で、後世においてはより実用的な思想体系であると評価されている。
具体的には、脳人と肉体人双方の存在を前提とした実力評価制度とそれに基づいた階級社会の在り方を確立したこと、脳人国家がなすべき経済・外交の基礎を作り上げた点が挙げられる。
パタゴニア頭脳王国は世界初のベイカー・デュプレクス主義によって運営される国家であり、脳人の存在を前提とした各種社会システムや権威的な管理社会などの点で舞羅を模倣していたものの、同時に舞羅社会の問題点解消を図ってもいた。
ベイカー主義において、外交や経済政策は相対的に軽視されていた。しかし反脳主義国家との対立やそれによる経済制裁、さらには国際社会での孤立などを要因として舞羅社会は行き詰まりを見せており、ベイカー主義国家の根本的限界を露呈していた。
それを教訓として、
パタゴニア頭脳王国においては経済政策と外交が最重要視された。「開かれた市場」「安い税金」などで外資を呼び込み、さらには脳主義に比較的寛容な国家との関係を構築することで、ベイカー主義の問題の打破を目指したのである。
パタゴニア頭脳王国の経済政策は市場原理に忠実な「小さな政府」的方針を徹底しており、その狙い通り建国以後急速に外資を取り込み発展した。それにより貧富の格差は拡大したものの、「説得力のある階級社会」を志向することでその解決を図ろうとした。
「説得力のある階級社会」とは、端的に言ってしまえばあらゆる人に出世のチャンスが与えられる徹底した実力主義社会である。
実際にこの指針をもって国家運営が行われる
パタゴニア頭脳王国は、極めて流動的な階級社会を実現しており、著しい格差はあれど誰にでも立身出世の機会がある社会であると評価する声も一部では存在する。
しかし
パタゴニア頭脳王国の建国から15年以上が経過した160年代後半になると、脳人と肉体人の関係性にも変化が表れ始めた。当初は脳人と肉体人は原則として平等であるとされていたが、頭脳社会が進歩するにつれ、階級制度の根幹の評価システムにおいて脳人の優位が次第に明確化していったのである。
特にこの傾向が顕著だったのが低い階級の肉体人である。パタゴニアの階級制度の根幹を成す評価制度では、低階級の人がより高い階級を目指す場合、軍務につくことがほぼ必須であった。一方でパタゴニアの陸海空軍はそれぞれ機械兵士(ブレインソルジャー)や頭脳戦車、頭脳戦闘艦に頭脳戦闘機といった脳人の搭乗を前提とした頭脳兵器を主力とするようになり、肉体人を必要としなくなりつつあった。
従って低階級肉体人が立身出世することは時代が進むにつれ困難になっており、低階級肉体人に限り階層の固定化が顕著になったのである。この傾向はパタゴニア人に自国社会が脳人優位であることを自覚させ、次第にパタゴニアの頭脳主義は、脳人が肉体人に対して優位に立つとされる思想を主軸に置くようになっていった。
【完全頭脳主義/新頭脳主義(ネオ・ブレイニズム)】
【その他の脳主義の派閥】
現状未確認ではあるものの、南米の一部で勃興し発展した脳主義主流派以外にも、独自の技術的・政治的体系を基礎に持つ脳主義が世界各地で誕生しつつあるとされる。
最終更新:2022年09月27日 16:49