この物語を、あの夏の日の赤い君に捧げる。


渋谷〇二一四「バレンタインデー」――、あの夏の日から百年後に至るまで



姫代学園中央ホール〇三〇三「雛祭り」パターンAAその2


私の名前は「山乃端一人」、「キーラ・カラス」の隣に立つ一人。
とは言え、ふたりでいることにあまりにも慣れきっていて、はたしてこんなフレーズで私たちのことを語り続けていいものか悩んでいる今日この頃だったりするの。だって、今日は立たずに座り、一人という名前の私はこれつまり、一人で座っているのだから。

春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬は疾風怒濤?
季節の定義は多々あれどー、ここは気象庁にお任せしちゃってと。
そちらによると三月はもう春、その前ならギリギリまで冬だったり。
二月は通り過ぎて、三月という春をお迎えした私たちだ。え、ハッピーエンドを先にお迎えしていいのかって?

まぁ、そんな話は置いといて。
ここで、私は何をしているんだろうという疑問を、私は私に差し込もう。つまりは自問自答というやつなのですよ。
クエスチョン、赤、白、緑、三色のどれでしょう? どれもです。つまりは菱餅を睨みながら、雛あられを口に運ぶ私だったり。
姫代学園で恒例の雛祭りは卒業式に先立つところ、実に盛大に行われてた。女の子のお祭りは女の園では実に華やかであってほしい、そういう有形無形のお願いがここで結晶したということだと思ってほしい。のだそうです。

と、まぁ、花より団子な私もいるわけだけど。
後輩たちの手前、市販品でお茶を濁すのは屈辱かもしれない(一応私はグルメを自負しているのだ)。
とまれ、雛祭りの主役である等身大雛人形の威光の前では人間様はひれ伏すほかないわけだ。
ホールの中央に据えられた巨大な五段飾りには十五名のフルメンバーが座してる。じっとして動かない彼女たちが人形か人間かはご想像にお任せするとして(姫代は男子禁制!)、さすがに演奏している五人囃子は本物だと信じたい。

目の前では俳句和歌同好会主催の百人一首散らし取りが繰り広げられてる。
切った張ったの大立ち回り、一句読み上げられるたびに札に代わって人間数十人が空中に乱れ飛ぶありさまを見てくと伝統って何だっけ? って気持ちになるの。ああ、もうこの世界には疑問だらけ。

なにせ、この一ヶ月間、何が起こったのかといっても結局神の視点を持ち得ない、ただの魔人である私にとっては断片的な事実の羅列でしか語ることはできないのだから。……それに、ところどころ抜けてるし。
結局、キーラは最初の更新以降はwikiとやらを見せてくれることはなかったんだよね。

もっとも、一度頭に入れた以上はもう見る必要なんてないんだけど。
『ダンゲロスSS エーデルワイス』と銘打たれた、あの一連の催しは三回の戦いを切り抜ければ山乃端一人的には生還が保証されると私はそう理解していた。とは言え、そういう考え方自体が落とし穴だってことに、後になってから気づくんだよねえ、これが。

とりまわかりやすいところを言っとけば、トップページに表示されている上位世界でのスケジュールとやらが指し示すところ二回戦(二話目)以降の情報は入ってこなかったんですよね。
なんだったら、今時点の二〇二二年三月三日でようやく二回戦(二話目)の情報が閲覧できて、最後の戦いである転校生戦なんてのはまったく事前情報なしの遭遇戦を戦わされた羽目になったわけで。ま、それが普通なんだけど。

ちなみにある種の神の視点ともいえる、上位世界(暫定)の情報を魔人能力でもなく見ることができる理由を聞くと。
キーラいわく「世界の輪郭を見てしまったからよ」、らしい。

キーラがどこかおかしくなってしまったのは、それ以来だとか。
もっとも、私はキーラがおかしくなった後からの、ただひとりの友人だから違いなんてわかんないんだけど。
あの女は年中おかしいです。ファニーか、ストレンジか、その他の用法かはご想像にお任せするとして―。

それにきっと、この世界を滅ぼすことができる数少ない魔人のひとりにキーラ・カラスが数えられていることと無関係ではない。私はそう思うよ。あ、これはシークレットなのだけど、気付いてる人は気づいてるんだろうなあ。
そうだね、世界を滅ぼせることすなわち、魔人ならこの世界をそっくりそのまま認識できることを意味してる。

転校生が無限の攻撃力、無限の防御力を通常の魔人とは違ったロジックに由来して発揮することと同じで。
私みたいな一般魔人とは違った、埒外の魔人の可能性をキーラは秘めているのかもしれない。
そう、キーラが然るべきとこからこの世界を見れば……。

なーんてね。ま、そんなこと私にとってはどうでもいいことなんだよね。
というわけで、最初にアレは何だったんだろうという振り返りながらこの物語を綴らせていただくわ。
もっとも、私の独白なり手記なりが、仮にwikiなりなんなりに反映されたとして、それが私の望んだ通りに成り立つなんてきっとあり得ないのかも。引いたり足したり欠けたり割ったり? なーんてね、あはは。

姫代学園〇二〇七「スカイフィッシュの日」その4B『図書館にて』


まずは時を二十四日間ほど巻き戻したうえで現状を確認してみることにするね。
それから朝になってブルマニアンさんこと正不亭さんを購買部から警察署に向けて送り返した後、急ぎ学園を去ろうとする私たちだった、だったのだけど。ここでキーラが手をポンと叩く。

そして、のたもうたの。
「あ、そういえば借りていた本を返すのを忘れていたわ。わりとたくさんあるから大変ね」
「はぁ、図書館に寄ってくの? まぁ、時間に余裕はあるし。で、何冊くらい」

「ざっと十二グロスくらい」
はい、ここで単位についておさらいです。
グロスという単位は十二ダース、つまりは一四四冊のことですね。それに輪をかけること十二。
しめて一七二八冊なりー、って……多いよッ!

「冗談に決まってるわ。さ、一人、部屋の真ん中に寄って」
なんだか、これを言ってみたかったと言いたげなのか、キーラは満足そうな顔だ。
それでいてかしこまった佇まいが美しいのだからいい加減に器用な女だと思う。
ため息ひとつ、それで済めばよかったのに。

一呼吸を挟むとバサバサっと、居室のどこかが崩れる音が聞こえた。
嫌な予感がしてそちらに目を向けるとキーラが壁紙を剥がしていた。なぜ、壁紙を剥がすとそんな音がするのかという疑問は次の瞬間に解かれることになる。
「さて、面倒だから……ファイア!」

ところで、キーラの魔人能力『サリュート-451』は紙の本を念じただけで燃やす能力だ。
サリュートとは「礼砲」や「花火」を意味するロシア語であり、言葉の意味としてはイタリア語の乾杯の挨拶であるSalute!(サルーテ)と共通したりする。451とは、おなじみ紙の燃える温度、つまりこの魔人能力の名前には彼女なりのおしゃれ心が丹念に詰め込まれていたりするのだ。こういうところはかわいいと思う。

と、言うわけで一斉に燃え上がった壁紙はなんだか綺麗だった。照らし出される横顔。
そうか、昨日キーラが壁紙に般若心経を書き込んでいたのは急に功徳を積もうという発心に目覚めたのではなく、邪魔な壁紙を本のページに見立てることで一気に排除するため。

……もちろん炎は刹那のうちに消されるのだけれど。
バタバタと何十、何百、何千と本が定位置を外れて崩れ落ちてく。二重三重では数えきれない、音の何十重奏かな?
よって私は、それまで部屋の容積を圧迫していたのか、一斉に崩れ落ちると一回り広くなった寮の自室を見回すのだ。
そして私は――、今の今まで気づきもしなかった己の不明を恥じるとともに、なかば本に埋もれつつあるキーラの頭をげしっとはたくのだった。

「サプライズ」
してやったりとほくそ笑むキーラに笑顔を返す。だけどそれもつかのま、私はため息を噛み殺すの。




数時間後。
この場所は、姫代学園大図書館は、昼休みの喧噪からは、無縁だ。なぜだかカウンターに置かれていた、東京タワーの何千分の一かのスケールモデルが目についた。続いて日付表示のキューブカウンター。これも図書館の顔、だと私は勝手に思ってる。
さすがに返却に使うブックポストに収まる量ではなかったので、カウンターを挟んで図書委員さんと顔を合わせ正規の手続きを取ることになる。

「ごきげんよう。可憐塚さん。図書委員長は、三国屋さんはいらっしゃる?」
「ごきげんよう。お姉さま方、委員長でしたら『奥』にいらっしゃいますわ。ただいまお呼びいたしますのでおかけになってお待ちくださいませ。にしても、大荷物でいらっしゃいましたね……、うふふ」

ささやく声、いや、ささめく声といった方がもっと適当な表現かなあ。
かそけき声、はかなき声というには力強い。もっと、秘めやかで密やかな響きを彼女の声は秘めていたのだから。

蔵書数三億冊(※キーラ談)を誇る姫代学園大図書館には白皙の美少女がいる。
可憐塚みらい――、夜が似合う子だった。陽の光の下も歩けなくはないのだけど、木漏れ日も許さないほど空を追いきった深緑の森と苔むした石畳の城下が似合い過ぎている、そんな女の子だった。

そんな可憐塚さん、校内には一年時にしてファンクラブ(※ここでいうファンとはきっとファナティック(狂信的)の略)まである人気者だそうで……。隣にいるキーラと私を合算することで美貌を拮抗、中和しなければきっと嫉妬か信奉の心に吞み込まれて志半ばで斃れてしまっただろう。持つべきものは友と美貌である。


「にしてもたくさんの本でしたね」
「三国屋委員長、可憐塚さん、矢達さん……、それにたくさんの図書委員の方々、ありがとうございました」
「いえいえ、刺激になりましたわ。うふふ……」

流石に申し訳ないと思ったのか、深々と頭を下げるキーラの姿勢は堂に入ったものだった。一拍遅れて私も続く、
いや。別に疲れてないよ? 私も魔人だ。人並み外れた腕力くらいはある。
さすがに部屋いっぱいの本を持ち込むのは気は引けたし、大変だった、って心の中では思ったよ。
だけど手伝っていただいた方々の手前心の中に収めたよ。

と、いうわけで。数人の図書委員にご迷惑をおかけしながらも我々はお昼休みも終わらぬうちに返却を完遂したのだった!
最新鋭の自動返却仕分け機は、運び込む端から返却、仕分け、配架の処置を行ってくれる。
うん、ベルトコンベアが愛おしく思えてきたのは人生でも初めてでしたね。最近はなんだかんだケチは付くものの、さすがは技術立国ニッポンだと感心感動、ですよ。やったー。

ちなみに三国屋委員長は、とんがり帽子に黒マントのステロタイプな魔女の格好をしている変人だ。
この図書館の主にふさわしい……と、キーラは高く評価しているんだけど、その意見はどうだろう?
なんでもキーラが図書館から大量に借り受けた本の中には三国屋委員長の私物も混じっていて、怪しい魔導書を燻して従属させるんだとかなんだとかな、頼まれごとをしたらしいんだけどそれについて長々と語るのは本題ではないのでやめよう。

ここからが本題だ。
通常、図書館は期限、冊数共に制限が設けられている。多くの場合、二週間、五冊とかね。
ところがここ姫代では一定額の保証金を納めればそれら一般生徒の制限を取っぱらえるという裏メニューが存在する。

「あれだけのページ数の引き換えがたったの三万ページでは、この重みも軽々しいとは思わない? 一人」
そう。一億円は通常一万ページで約一〇キログラム、つまりは、その三倍ならそういうことだったりする。
約三億円はやはり惜しい、ということでこの切羽詰まった状況下であっても取りに行くしかないということなのだ。

図書館の『奥』、厳重な金庫を開いたその先に待っていたのがたったの三〇キログラムでは、キーラでなくてもお金に対するありがたみが薄れてしまいそうだ。ポンと渡されて、片手で受け止められる腕力を考えると、やはり私は普通人ではありえないのだなと再認識する。

「カラスさん、図書館を銀行代わりにするとは豪胆なお人ですこと。金利は付きませんよ?」
ということで、こんなことを言われた。
あからさまに目線をそらすキーラの仕草が、すべてを物語っているがいずれにしてもこの場でできることの過半は済ませた。
私たちは無課税の三億円を手に入れた、それが結果である。三億円はここ日本にいてキーラがすぐ動かせる、事実上の全財産である。キーラは学生三年間でこれだけの財を築き上げた。それが多いのか、少ないのかは、人によっては意見が異なるのだろうけれど。

ちなみに、ここが姫代学園である以前に図書館であることから現れる可能性のある敵「死遊戯之助殺兵衛」については警察に通報しており、既に別の場所で逮捕拘留済みだ。現れる場所の決まっている犯罪者ほどに脆いものはない。
だから私たちはこうして悠長にしてるの。
あ、そうだ。いや、もう一件ほど聞かなければいけない情報が、三国屋委員長にはあったんだよね、ね、キーラ?

鮫氷(さめすが)しゃちってご存じですか?」
ここ姫代学園には関わってはいけない噂、怪談、七不思議、そして真相――転校生が幾人(いくたり)も存在する、ということを私たちは知っている。そして私たちはそのうちのひとつ、冥界からの魔物こと「鮫氷しゃち」について、少しだけ関わることに決めてしまった。

秋葉原でも新宿でも(中略)姫代学園でもない場所〇二〇八「日露戦争開戦日」


と、いうわけで私たちはまず戦いが起こらない場所にまで来ている。
具体的には――、秋葉原でも渋谷でも新宿でも池袋でもスカイツリーでも東京タワーでも宿泊施設でも動物園でも遊園地でもショッピングモールでも公園でもビル街でも神社でも水族館でも中華街でも廃工場でも飲食店でもトンネルでも立体駐車場でもスタジアムでも図書館でも橋でも山でも列車でも墓地でも姫代学園でもない場所だ。

ただ、問題はある。
それはたとえば。いや、それはこの場所を所有するご本人の困惑から感じ取っていただければ話が早いだろう。

「いや、カラスさん……、今更だけどなんで俺の家に来てんのさ……?」
「それは仕方ないと思うわ。だって――、秋葉原でも渋谷でも新宿でも池袋でもスカイツリーでも東京タワーでも宿泊施設でも動物園でも遊園地でもショッピングモールでも公園でもビル街でも神社でも水族館でも中華街でも廃工場でも飲食店でもトンネルでも立体駐車場でもスタジアムでも図書館でも橋でも山でも列車でも墓地でも姫代学園でもない場所が『鍵掛錠(かいかけ・じょう)』あなたの自宅しかなかったんだもの」

よく一呼吸も入れずに言えたなこの女。
補足すると、都内にありながら半径五〇〇メートル以内にたった今羅列された施設がない、別にキーラが迷惑をかけても問題ないと判断した人がこの目の前で困惑した顔で座っている銀色マッシュルーム頭の小柄な少年だということにほかならない。

私たちは、151cmを自称するこの少年が実は150cmに届いていないことを――知っている。つまりは、私たちの方が背が高い。
私たちは、43kgを自称するこの少年が実は43kgより軽いことを知っている。つまりは、いや、この話はやめよう。

「少年、冬休みにあの秘境『群馬』に冒険旅行に出かけた時、たまたま知り合ったわたしたちは『クヌルプ』だか、『シュプール』という名前のペンションに泊まり、その地下に隠されていたダンジョンに『ブックソムリエ』と『罠師』でパーティーを組んで見事攻略しましたよね? その縁だと思ってわたしたちを泊めてください」
「『しあわせの箱』はありましたか……?」
鍵掛くんのツッコミも弱々しい。
ほら、これが日本を代表する名優『三船敏郎』さんからいただいたサインなんですよ、とお宝を見せびらかすキーラだったが、正直元ネタを知らない人、たとえば私には何が何やらわからないと思う。あ、黒澤映画だと『七人の侍』と『蜘蛛巣城』が特に好きです。

「まぁ、冗談はさておき。少年、きみがわたしたちのことを自室にまで招き入れた時点で私たちはきみの腹の中に入っているのですよ。狼さんの腹を切り開くためのハサミは持っていませんから。あとは煮るなり焼くなり好きにしたまえ。あ、タタキはだめだよ?」
キーラは珍しくふざけた調子でひらひらと手のひらを見せる、つまりはじゃんけんのパーだ。
石には強いけど、ハサミには弱いという主張のつもりらしい。というか、チャイムを鳴らすなり、即座に玄関先にまで上がり込んだキーラの図々しさは、相互の信頼関係あってのものと信じたいところだ。まぁ、私はキーラに付き合うしかないわけなんだけどね。

「はぁ……、いいっすよ。もう、俺は廊下で寝袋で寝るんでご両人はベッドを使ってくださいよ」
いい加減匙を投げたというべきか、ひらひらと手を振る鍵掛くんなのであった。
もっとも、私たちはこの小柄な少年が罠のスペシャリストで、武装集団を殲滅できるだけの力量があることをすでに知っている。
別に戦闘向けではない私たちなんて、一歩不用意に進んだが最後、おにぎりの罠を踏んだあげくにおにぎりにされて彼に食べられてしまう……だなんて、ありえない妄想があふれ出すのだけど、まぁ、こんなこと考えてる時点で私はリラックスしてるんだろう、たぶん。


「卒業旅行に、クリスマスの前(・・・・・・・)から全国各地を一人と一緒に回っていたの。最後はうっかり『新潟』に行く寸前で東京に逃げ帰ったのですけどね。で、なんでも都内で群発的に『山乃端一人』が襲われる事件が起こっているというではないですか?
それで『山乃端一人』という世話焼き系クラスメートがいるあなたも騒動に巻き込まれているのではないかと思って、訪ねたわけなのです」

私という『山乃端一人』が思うのだけれど、正直に言えばなにもかも不自然な流れでの説明だと思う。そもそもさっきの「秋葉原でも(中略)姫代学園でもない場所」というくだりは必要だったのだろうか……。ただ、wikiうんぬんの話を垂れ流すと妄言だと思われる危険があったことも確かね。
いずれにせよ、キーラと鍵掛くんの出会いからして余人からすれば意味不明なものだと思うし、鍵掛くんは強引な説明にいぶかしみつつも納得したみたいだ。うん、決まりだね。この手の少年は悪人には強いんだけど、なぜか女の子には後れを取るタイプだ、たぶん。偏見だけど。

「うーん……、俺も、ここ二ヶ月くらい?は平和(・・・・・・・・・・・・)してましたし、いいっすよ」
了承の声を聞くや、キーラはまるで、チョコレートケーキから切り分けるかのように札束のブロックを彼にいくつか投げ渡した。
ギブ&テイク、バレンタインデーには日数が足りないんだけどぎぶみーチョコレートというには素気がないなあと思ったのは、ナイショなのだけど。

でも。でも、だ。
なんだかんだで私たちは浮かれていたのだろう。その言葉が絶対に聞き流してはいけない類のものだと知るのは、いつだって終わってからだったの。



と、いうわけで私たちは戦いが起こるかもしれない場所にまで来ている。
事前に、戦場と戦う相手が一回分わかっていると言うことは確実に勝てる戦いを一回はできるということだ。
渋谷――東郷神社、戦史上で特筆すべき戦いを演じた英雄を祀る場所であり、ふたつの戦いが起こるかもしれない場所に私たちは立っていた。

銅板葺き屋根の本殿は、時に洗われたのか緑青に彩られていた。ついでに、じっ……と眺めていくとZ旗の描き方を覚えてしまいそうになるわ。
ほどよく古びたその様は、悠久の時の果てだなんてロマンチシズムは似合わずに、どこかずっしりとして現代と地続きの趣を感じさせるの。
生前、東郷元帥は自身の神格化を望んでいなかったというけれど、この国と民意は彼の意志を酌まなかった。

だけど、私が見るものはそれだけではなくって。
玉砂利の上を歩く白無垢の花嫁、それに向けて一点の影と紅を指す野点傘、それに象徴される花嫁行列を見ていく。
すると、この場所が都心の渋谷に生まれたことに感謝の念を差し上げたくなってしまった。日本海海戦の英雄、東郷平八郎は戦勝の御利益を授けるはもちろん、生前に家庭円満であったことからこういった神前式を催す場としても有名みたい。

故国をロシアに蹂躙された歴史を持つキーラは熱心に祈っていた。
目を閉じ、手を合わせるその所作に、まぶたの奥の奥のその先に神前を血で汚す申し訳なさが、混じっているのかはわからない。
確実に勝つために連れてきた鍵掛くんは、キーラと微妙な距離を取りながらダッフルコートのボタンを噛み合わせていた。
今年の冬は、まだまだ続くと、そう思っていた。


そして、何者にも出会えないまま、無為に時は過ぎていくことになる。
ちなみに、私たちの護衛に当たるはずだった魔人警察官「すーぱーブルマニアンさん十七歳」こと正不亭光さんは、ほかに喫緊の危機が迫っている「山乃端一人」がいるとかで姫代学園に逆戻り、今度は正規のルートで某山乃端一人の護衛に当たっているのだとか。
東京中に同姓同名の「山乃端一人」がいるとこういうこともあるし、上の意向に振り回される公務員ってのは実に大変だと思う。
まぁ、私たちの場合は自衛手段があるとみなされたのが痛手だったのかもしれないけど……。






東京タワー〇二一二「バレンタインデー・イヴ・イヴ」その4


東京タワー。
紅白に色分けされたカラーリングもまぶしい、いわずと知れた東京のランドマークにして高層三三三メートルの電波塔である。
去年のクリスマス前に神話的ドラゴンにジャックされたスカイツリーに負けず劣らずと、寿司怪人(何だろう、それ……?)の襲撃に遭って多数の被害者を出したのも束の間、翌日にはさっそく営業を再開していた。

だなんてことは、まったくなく。
黄色と黒で色分けされた「KEEP OUT」のバリケードテープでくっきり境界分けされた外側から、私たちはそれでも東京タワーというものの、影響下に収まろうと必死で背伸びをしていた。

なぜ私たちがこんなことをしているかと言えば、理由はあった。
結果を言ってしまえば、理想的な会敵だなんて机上の空論だった。
そもそも敵と戦場と日時が揃ってやってくる保証はなくて、待ち構えるのは元より巡り合うことだって至難の業だったからだ。

結局、誰とも出会えなかった私たちは二月十二日夜のwikiで山乃端一人を守るものとその敵、そして戦場を知ることになる。
知った後に駆けつけてみても全くの手遅れで、私たちは東京タワーの周囲を乱舞する寿司の群れを呆然と見守ることになるのだった。

ライトアップされず、夜空に上塗りされた東京タワーの輪郭はとても寂しく思えてならなかったの。
おぼろげに浮き上がるその姿は、打ち上げ花火のあと、空中に面影を示し続ける煙にきっと似ていたから。

「帰りましょうか」
「そもそも、向こうから場当たり的にやってくる通り魔をこちらから迎え撃とうとしたのが間違いだったのかもね」
夜を歩く私たちの睦まじさを見て、少し遠慮をしたのか鍵掛くんは少し距離を取ってくれた。
彼も、東京観光に付き合わされてかわいそうね、という通り一遍の慰めを苦笑で受け止める彼は、なかなかに苦労をする。

――。これは結果論に過ぎない。後悔をしても意味はない。
だけど私は。ここにいた私は。他ならない私は戯言も弱々しくなってしまう現状に甘んじてはいかなかったんだ!

それは夜だった。
キィキィという鳴き声、かすかな羽ばたきの音、蝙蝠のことを夜の化身といっても許されるだろう。
だけどそれは一羽と一頭のはざかいにいる場合の、彼女にだけ許される表現で、、、、、、、、、、、、、

時速二〇〇キロを越える彼女お手製の蝙蝠の群れは、さしずめ黒い嵐だった。猛烈な勢いで通り過ぎていく、それから私を逃がそうとキーラはドンと私を突き飛ばす。よろけて、たたらを踏むキーラの傍らに白皙の少女が立った。
「可憐塚さん!?」
「吸血鬼……!?」

結果論に代わって結論を言おう。
黒から白へ、星亡き夜空に似通った黒髪を背負う少女は命を奪うことに長けていた。首筋から噴き出す鮮血は刻一刻と、キーラの命を名残に変えていって、そして私は。何も言えなくなって。誰も何も言わない。

種明かしをすると私たちは勘違いをしていたんだ。
東京に着いてから一度の戦いも経験していない私たちと、既にクリスマス前にスカイツリーでの戦いを終えていた鍵掛くん。
二者の認識には差があった。

そして私たちは鍵掛くんにとっての二回目の戦いに巻き込まれた。
それは、この時点は元より冬の間に三度の戦いを終えていなければならない私たちにとっては知る術のない事実である。

だから。私が、山乃端一人がぎゅっと、目を閉じて、開くと。
キーラ・カラスは死んでいた。
純白のドレスに身を包みながらも、その身から出た鮮血に身を躍らせて死んだのだ。

姫代学園中央ホール〇三〇三「雛祭り」パターンB

私の名前は「山乃端一人」、誰かさんの隣に立っていた一人。
とは言え、ふたりでいることにあまりにも慣れきっていて、はたしてこんなフレーズで私たちのことを語り続けていいものか悩んでいる今日この頃だったりするの。だって、今日は立たずに座り、一人という名前の私はこれつまり、一人で座っているのだから。

果たして、死というのは物語を区切る上で問題になるのかな?
半ばまどろみが支配する私は私の中で、可憐塚さんにこの頬を預けていた。イグサの香りも豊かなゴザを足蹴にしながら、ぐんと足を延ばす。
これが夢ならよかったと、私はずっと、なにかを思い出しそうとしていた。けれど、それがなにをあわやというところで掴めずに空ぶってしまう。

こんな思いを、そんな話は置いておいていいのかという疑問は今も走り続ける。だけど。
私は、私は。ここで、私は何をしているんだろうという疑問を、私は私に差し込もう。つまりは自問自答というやつだった。
だけど私は、紅白に色分けされた、プディングと白酒を見て一色足りないと、なぜだか思った。

ああそうだ。姫代学園恒例の雛祭りは卒業式に先立つところ、実に盛大に行われてたらしい。女の子のお祭りは女の園では実に華やかであってほしい、そういう有形無形のお願いがここで結晶したということだと思ってほしい。のだそうです。

花より団子な、らしい私は白酒で乾杯をする。
誰かさんの血から作られたブラッドプディングはひどくしょっぱかった。
涙の味なんて知らないのに、そう思ってしまったのはなぜだろうか。こちらの味はわかってしまっても、お酒の味なんてまったくわからないよ。

互いに頬を、かんばせを朱に染めるなんてことは全くなくて。
私はとうとう何者にも支えられたくはないのだと、両の手のひら、足の甲を空を目指して投げ出した。
なにもわからずに、何が疑問かすらもわからずに、私は駄々をこねるこどもになりたかった。

お囃子が聞こえる。
ひんやりとした手のひらの感触が伝わる。
どたんばたんとしてきっと常の私ならはしゃいでいたんだろう。

そして、私はまぶたを閉じた。
ここに至る物語が語られることはきっとないだろう。




さて、ここで質問です。
まぶたを開きますか? 閉じますか?

+ ...

「夢」



これはいわゆる正史ではない。
いったいどこからどこまでが間違っているかは、明らかにはされないのだろうけど。
だって、私が持ち帰ったのは別のものだったから。

《百年前の夏のあの日に、赤い君をください》
宛先は――、今は伏す。

明治神宮〇二一一「建国記念の日」その2


「あなたは、わたしの王ではありませんから」
と、キーラ・カラスは言った。
「そうか、儂もそなたの王ではないからの」
アヴァ・シャルラッハロートはそう答えた。

こうして、私が立ち会っている以上、二対一という構図こそ生まれてしまう。
だけど、東欧のマイナーな国の貴族令嬢と日本の一般市民な小娘二人と、かの世界で偉大なる足跡を残した巨人とでは、合算しても後者の方に比重が向くだろう。巨人と言っても、質量ってわけじゃないよ。

なぜならこの二者は、互いが互いを見るならばまったく違った歴史を辿った平行世界の住人なのだから。
空想冒険小説『ガリヴァー旅行記』の前半、小人の国「リリパット」や巨人の国「ブロブディンナグ」の物語を頭に入れれば大体の感覚は伝わってくると思うよ、とキーラは言った。そしてキーラの言葉を、私は口では否定しながら心の中で転がして重きをなすことにするのだった。

もちろん極小サイズの英傑と、私にとっての“令嬢”は、もとより釣り合うものではないのだけど。
ここで冒頭の言葉を説明するためにも、ほんの少し、数分だけ前に遡ることにする。

明治神宮〇二一一「建国記念の日」その1


「ところで一人は『コミックぽんぽこ』という漫画雑誌を知っていますか?」
「いや、知ってるけど。開口一番、何の話なの? キーラ、ここに私を連れてきた意味があるの?」
「いいえ? ここに来たのはわたしの趣味ですよ。なにを隠そうその雑誌の特別審査員を仰せつかったので、その佳作受賞者の保護者の方とここで打ち合わせをしようと思いまして」

姫代学園を離れたはいいものの、うだうだと策を練っていても意味はない。結局運命相手には正面から受けて立てという正直ヤケクソ気味な結論に達した私は無理やりキーラを説き伏せた。すべては夢のお告げだとでも思ってほしい! 何なら物証だってあるよ。

と、まぁ、それはそうと。それでも何かを企んでいるらしきキーラに乞われるままに明治神宮の外苑、食事処も兼ねたテラスにやってきていた。
ちなみに、『コミックぽんぽこ』とは大手出版社「小生館」が十五年前から力を入れ出した児童~少女向け漫画雑誌で、門外漢からは出版不況もささやかれている昨今で新興ながらも月五〇万部を発刊している注目の的(電子・紙合算)のだとか。

「にしても、佳作受賞者に格別の厚遇ってのは少々やりすぎだと思うわ、キーラ。それほど思い入れのある作品だったの?」
「今回は大賞、準大賞は選出されずに準入選が最高でしたから。佳作でも重々というのがひとつ。わたし自身も賛成票を投じたのがひとつ。そして最後に『アヴァ・シャルラッハロート』、敬称はなんとお付けしましょうか? 陛下? いいえ、違いますね。なぜなら――」

キーラの目線の指し示す先を追いかけてみると、そこには貴人がいた。ちいさなちいさな貴人が。
ドレープの利いた巻きスカートの中には優れた脚線美を包むキュロット、女性かと錯覚しそうになるほどに細いウエスト、ふくらんだ袖など、それは現代と比べるとやや古風とされるイギリス・ヴィクトリア朝時代の貴婦人に酷似したドレスだった。

そして、冒頭のやり取りに話は戻る。

明治神宮〇二一一「建国記念の日」その3


とはいったものの、結局、貴族の矜持というのは互いに相互認証のもとで成り立つのかもしれない。
たとえば、それが本来概念上の存在である国家が同じく承認を積み重ねることで国際的な立ち位置の強弱を決めるように。
身長数センチの小人たちが覇権を争う世界であって、そこを二分するうちの一陣営の覇者を相手取ったがために、キーラは己の生まれ持った矜持から逃れることはできなかった、らしい。必要以上にへりくだるつもりはないものの、表面上だけでも敬意を欠かすつもりはないようだった。

「では陛下。当日の警備についてお話ができれば」
「うむ、当日は儂が誇る一万の……」
“彼”は千々に千切れた甘酒のジュレを優美な仕草ですすりながら、臣下の皆さんと一緒に大仰な仕草でテーブルクロスの上を独壇場へと変えていく。
あ、そういえば行きがけの表参道で酒樽がずらずらと並んでいたのは、この神宮で祀る明治天皇の好まれたワインに由来するのだそうで。
このジュレもそういったものに由来するのかなあ、とか心の中で思う私だった。

タバコ……じゃなくて本しか吸わないキーラもきっと二〇歳になったら、私と一緒にお酒を嗜む日もくるんじゃないかな、とそう思った。

いや、今はアヴァ・シャルラッハロートについての語りに話を戻そう。
彼を指し示す表現を選び抜くとして、白銀の夜叉というには高貴さがぬぐえない。もちろん、くるみ割り人形の行進といってしまうには滑稽さがあまりにも足りなかった。

あえて足りないものを言ってしまえば、それは現実感だろうか。
さしずめ舞台劇だった。ごく近しいのに、劇場のB席で遠目で見るしかなくて掴み切れないもどかしさ。
意外とミーハーな私としては、ぶっちゃけ、めっちゃ惜しい。

アヴァ・シャルラッハロート“陛下“は、性別学上男性なのだけど身長数センチの肌は、非常にきめ細やか、すべらかだった。
はっきり言うと、私はかんばせと一挙手一投足の観測に必死であって、当事者同士で進行している業界人(?)同士の話はよく頭に入ってこなかった。

細工というものはきっと小さければ小さいほど、精緻でうつくしいものなのだ。
とまれ、気になるところは気になるのだけど。

「ところで、陛下。陛下の傍らに侍る『やまのは一人』は『山入端』と書くのですか?」
あ、これは私も気になった。wikiという媒体を介しての、なかば反則気味な指摘だけど。「きんとと」という愛称がつけられた陛下と漫画家志望の彼女との間の日常は、「山乃端」ではなくて「山入端」で統一されていた。

恥ずかしながら私も自分の名字を「山之端」って間違えて書いてしまったことが多々あるので人のことは言えないけど、単なる誤字ではなくて作為を疑うには十分で、少し気になっていた。

実はキーラは、このことを指して。
『アインス』という異世界の勇者を実質的に前世として持つ、陛下にとっての『山乃端一人』が有象無象の、東京都内に少なく見積もって五万人はいる「山乃端一人」といっしょにされることを無意識であれ、忌避する感情が働いたのでは? と仮説を立てている。

ついでに言えば、アヴァ・シャルラッハロートという個人と公人については。
一酔狂人としては大変好感が持てても、ひとりの君主としてはあんまり好ましくなく思えると語っていた。
帰還を前提にしているとはいえ、やはり国を放り出した君主には思うところがあるのだろう。それを踏まえての『あなたは、わたしの王ではありませんから』発言だろう。キーラの国には貴族はいるけど、もう王様はいない。

もちろん、これらの発言を直接相手にぶつけることはしなかった。
あちら側の諜報網を考えれば、拾われていても驚きはないのだけれど、ただ互いに口に出さないのも矜持、プライドだと思うから。

……ただし、向こう方の反応については、たった今ここで語ることはしない。いずれにしてもあまりにも些事だから。
ただ、「キーラ・カラス」は山乃端二人から私「山乃端一人」をかばった、結論としてはそれで十分だろう。

明治神宮〇二一一「建国記念の日」その5


だから。私が、山乃端一人がぎゅっと、目を閉じて、開くと。
キーラ・カラスは死んでいた。
純白のドレスに身を包みながらも、その身から出た鮮血に身を躍らせて死んだのだ。

姫代学園中央ホール〇三〇三「雛祭り」パターンD

私の名前は「山乃端一人」、キーラ・カラスの隣に立っていた一人。
とは言え、ふたりでいることにあまりにも慣れきっていて、はたしてこんなフレーズで私たちのことを語り続けていいものか悩んでいる今日この頃だったりするの。だって、今日は立たずに座り、一人という名前の私はこれつまり、一人で座っているのだから。

こと、ここに至ればなぜ私がここにいるのか疑問になってくる今日この頃だ。
春夏秋冬、ひととせ、商売繁盛、あきない……、もうなんでもいいや。
どうやら、ハッピーエンドさんは私と別の場所でよろしくやっていくらしい。

絶望というには生ぬるく、死を選ぶには希望に満ちていて。
ただ、私に存在しないのはキーラ・カラスという名前の素敵な隣人だけ。
私はあと何年生きるのだろう? 向こう百年以上は生きてやると啖呵を切った私だけど、それはキーラが隣にいてこそ。あああああ。
うつぶせになりながら、地べたの上で不格好な魚のようにもがいている私を見て後輩諸妹はどう思うだろうか。

キーラから無税で相続した三億円を枕に、窒息するなんて馬鹿な死にざまだと思うんでしょうね。
お金さえあれば面白おかしく過ごせるなんて自明の理だけど、それがすべてじゃないんです。
ああ、酔狂だなって私は笑うだろうな。ただ、それをやるのはキーラの役回りでしかありえないのだろうけど。

キーラがやっても私がやっても奇行は奇行以外のなにものでもない。三〇キログラムの紙の束をまとめた私は、いたたまれずにその場を去った。
今、ここにいる私が私のまま続いているということは惰性のまま私は私を生きるしかないらしい。
どうやら、今回も失敗したんだなって思いながら私はぎゅっと目をつむる。

さて、ここでふたたび質問です。
まぶたを開きますか? 閉じますか?

+ ...

“夢”


まぶたを開くと、ここは夢なんだなって心の底から実感した。
だって、つねっても目が覚めないもの。そう、私は夢の中を歩く、歩ける。私は夢の中で持ち帰った記憶か宝物を自分のものにできる。
これが私、キーラ・カラスの隣に立っていた「山乃端一人」の魔人能力「夢みる宝石」だ。名付け親はキーラ。「バクのなみだ」と悩んだらしいけど、正直なんのことやら。

私は、私の道を行く。死んだらなにか破滅的なことが起こる魔人になんてなってやらない。
キーラが死んでしまった後になっては、どうしても捨て鉢な気持ちであることをきっと否定なんてできないんだろうけど、それでも私は歩く。

私は、歩く。ひどく現実感のない、継ぎ目なく真っ白けな回廊を私は歩く。夢の中を、歩き続ける。ひどく重い体を、きっと心で引きずりながら。
だからなのか振り回されてシェイクされるんじゃないか、って空想が一瞬頭をよぎるの、私が歩くトンネルに似た空間は、どこかゆるやかにカーブしていて円筒のチューブに似た印象だ。もしかしたら少し傾斜しているかもしれない。

足下からして光り輝いていて、視界には困らない。振り返るということを今は忘れて、ほのかな光を目指すことにした。そこを通り抜けるとパッと空間が開けた。桜だ。視界の八割をさえぎるのは、桜の花びらだった。

太陽ではなく、その光を照らし返す桜そのものが光を放つことがあるのだとしたら、きっとこんな色だと思った。
あわい光は、見返してみても目がくらむなんて事はなくていくらでも見入ってしまう。
桜の花びらに埋まってしまう足首をかき分けながら、純白の新雪に似た光景を私という異物で侵すのが申し訳なく思ってしまう。

だけど、私は花びらをまき散らす渦中、張本人を見つけ出す。負けてはいられなかった。
光渦巻くような、桜の雨の中を今度は、目を閉じずに突き進む。

「ん、ここに来るのは二、三度目ですね。ええと……、あなたは『山乃端一人』でお間違いなく?」
その左腕を、桜の巨木に溶け込ませた綺麗な女性がいた。彼女は眠たげなまなこをこすりながら、片腕を拘束された不自由な姿勢のままで私に問いかける。きっと、飽きもせずに、それを知っていて聞き直すのだろう。

私は同じ言葉を答えたんだと思う。もちろん確かめるすべはある。今までに来た私は何と答えたのか問い返せばいいんだ。
だけど、どうでもいい。女性にとっては二度目か、三度目であっても今、ここを生きる私にとってはたった一度の逢瀬だ。
私にとっては、同じことだ。両の手のうち片方は塞がっているのだから。ここまで引きずってきた私の半身は何も答えてくれない、それが答えなの。

「私はさる貴人の夢の床を守るよう仰せつかったもの」
サクラの精に似た、彼女は事情を告げた。だけど詳しい話についてはここでは省く。
ただ、なんでも“彼女”は探偵らしい。もっと言えば、鍵掛くんの雇い主が情報を得た毛色は彼女の一派とつながっているらしく――、とここで彼女は人差し指を鼻に当てた。これ以上、はしゃぐと殿方にもご婦人方にも嫌われてしまうらしい。

結論を言えば。
四辻には、渋谷という『街』からつながる運命の交差点のうち、一ヶ所はどうしても通せない。
だから。現在という名の冬のあの日か。
未来という名の秋のあの日、そして過去という名の夏のあの日へと。
どうしても一ヶ所を選べと、そう彼女は言った。だけど私のやることは決まっている。

そうして、私は一〇〇年前の夏のあの日に、正確に言えば一〇一年前の夏のあの日を選んで、足を進めるのだった。


これもいわゆる正史ではない。
いったいどこからどこまでが間違っているかは、明示はされないのだろうけど。
ただし夢の中身は真実と、その先の未来を保証するのだと、私は私を信じている。

《百年前の夏のあの日に、赤い君をください》
血に汚れた袖先の、手のひらの中を開いて、震える手先で描かれたメッセージのことを確かめる。
宛先は――、今回も伏す。だけどそろそろわかってきた気がした。知ってる、これって狂気だ。だけどキーラ・カラスを生かすにはこれしか知らない。
それしか知らない私は、これしか考えられなかった私は、きっと頭が悪いのだろう。だけど、死んだ後もキーラにすがるしかなかった。

渋谷氷川神社〇二一三「バレンタインデー・イヴ」その


だから。私が、山乃端一人がぎゅっと、目を閉じて、開くと。
キーラ・カラスは死んでいた。
純白のドレスに身を包みながらも、その身から出た鮮血に身を躍らせて死んだのだ。



























二十六滴の血のしずくが流れる時間を数えましたね?

姫代学園中央ホール〇三〇三「雛祭り」パターンZ


それはもういいの。
いったい何度、キーラが死んだかは結局わからない。
だけど、それが美しいというだけで二十六回と私は勝手に決めつける。
どっちなの? と言いたいけど、結局私はどうでもいいのかもしれない。山乃端一人にとってのキーラ・カラスの「死」は結局一回っきりだ。

さて、ここで質問なんでしょ?
まぶたを閉じるしかないよね(クリックして夢の中に旅立つ)、それ以外に選択肢ってある?
血だまりに突っ伏すキーラの亡骸の傍らに立つと私は腰を落とした。体が汚れることを微塵も厭わずに、その手を握りしめて夢の中へとダイブする。
一体、何度繰り返してきたかわからないけれど、これはきっと私が私である限りは絶対にやりたいことなんだとそう信じた。

+ ...

『夢』


まぶたを開くと、ここは夢なんだなって心の底から実感した。
だって、つねっても目が覚めないもの。そう、私は夢の中を歩く、歩ける。私は夢の中で持ち帰った記憶か宝物を自分のものにできる。
これが私、キーラ・カラスの隣に立っていた「山乃端一人」の魔人能力「夢みる宝石」だ。名付け親はキーラ。「銀の手」を持ち帰って寄付したことでアイルランド政府から表彰を受けたことは、今はするべき時ではないんでしょうね。

桜の彼女に向かって決まり切ったやり取りを繰り返す。きっと、彼女はわかった上で聞いてくるんだ。聞いたらすべてを教えてくれるのかもしれない。
ん。ところで「夢みる宝石」という能力は、それほど融通がつくものではなくて、今までに有用なものを持ち帰ったことは数あるほどしかない。
だけど、持ち込む分には体に身に着けているもの、触れているものという括りなら制約はなかったりする。

なので、桜の下ではなくて桜の上に横たわる彼女にとっては、血にまみれたドレス姿の少女の亡骸を引きずる私「山乃端一人」を見てどう思うのだろう。ドレス姿の少女は、キーラ・カラスは物言わぬ亡骸となって、一九二一年に無縁仏として埋葬される。
信頼のおける筋に依頼したためか、それとも一〇一年後ではすべてが風化して久しかったためか、二〇二二年に消息を辿ることはできない。

死人に口なし。もちろん、生前のキーラがこの事態を想像し、青写真を描いていたなんてことはありえないだろう。
一〇一年前の夏のあの日を生きた青年「俣野好太郎(またの・こうたろう)」に乞われるままに、私は一〇一年前の渋谷にあるという彼のアトリエ――、現実に向けてキーラ・カラスの亡骸を投げ込み続けている。最初に、記憶に代わって彼のメッセージを持ち帰り続けてから、ずっと。

ほんの少しずつ異なった平行世界の果てで、キーラ・カラスは変わらず私をかばって死に続ける。
そして、私は、「キーラ・カラス」の隣に立つ「山乃端一人」はどうしても物言わないキーラのことを愛することはできなかった。
だから、欲しがる人間がいたらいくらでも投げ出してしまえた。そんな私は、私のことをおかしいと思う、たぶん狂ってるんだろうと思う。

そして私は、俣野好太郎のことをちゃんと知っているわけではない。
二科展に入選した当時気鋭の画家で、死病と恐れられた結核にむしばまれて命を落とした。
彼の写真を見たら、肋骨が浮いた、儚げな男の人という印象を受けた。それだけだ。別に鬼気迫るさまはなかった。
芥川龍之介の『地獄変』に登場する絵仏師「良秀」のような、姿かたちだったら、私は納得できて救いになったのかもしれないけれど。

安っぽい「IF(もしも)」と、捨て鉢な心に従って、私は遺体遺棄を繰り返す。
もしかしたら、俣野なら生前そっくりそのままな「キーラ・カラス」の肖像を仕上げて、実質的に生き返らせてくれるんじゃないかという根拠の薄い望みもあった。だから、百年後に公開してほしいという要望を、彼に突き付けた。

奇しくも一〇一年後、一〇一番目の作られるはずのなかった唯一の人物画。
キーラ・カラスという女の姿に惚れたのか、それともその亡骸に惚れたのか。
もし俣野の動機が後者だったら、終わりだけど、いずれにしても二十五人か、それ以上の俣野好太郎は私の望みを果たせなかったことになる。

若くして死んだキーラ・カラスの肖像画が公開されるミステリーなんて私が気付かないわけがなかったから。
あまりにも薄っぺらい動機と、共感するには弱すぎる根拠と衝動、それが誰であっても真相に辿り着くことを難しくしているのだから何とも皮肉なことだと私は思うわ。


これもいわゆる正史ではあってはならない。
いったいどこからどこまでが間違っているかについては、すべてだと万人が言えるのだろうけど。
ただし夢の中身は真実と、その先の未来を保証するのだと、私は私を信じてる。

《百年前の夏のあの日に、赤い君をください》
血に汚れた袖先の、手のひらの中を開いて、震える手先で描かれたメッセージのことを確かめる。
宛先は――、俣野好太郎から。こうして二十六人の私はその手を血に汚しながら冷たい手を引き続けていた。

だから、二十六人目の私は、キーラ・カラスという『君』の姿を渡しながら『私』の名を名乗り続けていた罰を受ける。
そして、二十七人目の私は無垢な(何も知らないままで)その日を迎えることができたのかもしれないけれど、いずれの私も、もちろんそのことを知る術はもちろん、知る由すらなかった。

渋谷〇二一三「バレンタインデー・イヴ」その4


だけど。私が、山乃端一人がぎゅっと、目を閉じずに、開き続けると。
キーラ・カラスは死ななかった。
純白のドレスに身を包みながらも、その身から出た炎に身を躍らせながら獰猛に笑ってた。

敵の名前は「作品No.101 あの夏の日の赤い君」。
どういうわけか、キーラの姿をした生きている肖像画に私たちは襲われる羽目になったのだけれど。
もちろんというか、なぜかというべきか、モデルとなったキーラを忠実に再現したなら当然というべきか、胸はなかった。
迎え撃つ側としては、鍵掛くんとアヴァ・シャルラッハロート陛下。

それに加えてウスッペラ―ドさんという、なんかペラペラしてる謎の怪人の方を助っ人に加えたものだから。
正直、勝てない方がどうかしてた。それに、本と言いつつ、意味が書き込まれた紙相手なら実質なんでも燃やせるキーラが相手なら最初の不意打ちさえ防いでしまえば勝負は決まったも同然だったと思うよ。

だけど。
悲鳴を上げながら消えていく肖像画を見ると、どうしても目をそむけたくなってしまった。
だけど、なぜか見届けたい気分になって、どうしてだか泣いてしまう私だ。その時は、煙が目に染みたと言い訳をするんだ。
どうしても、本当の理由はわからなかったんだけどね。

ええと。
木綿のハンカチーフをそっと差し出してくれたウスッペラ―ドさんがなんだか、らしくなくって少し微笑んでしまったのはナイショだね。

渋谷〇二一四「バレンタインデー」


わたしの名前は「キーラ・カラス」。
山乃端一人の手を握れば、いつだって握り返してもらえる方のキーラ・カラスよ。
もっとも、わたしはわたしであって二人以上はいらないんだけど。その辺、昨日のニセモノの存在はどうしても看過できないんだけど、どうしても女の勘がこれ以上深入りするなと言ってくるの。

「ペーラペラペラ!! アッツいねー、ご両人!!」
バレンタインデーにわたしと一人はチョコレートに代えてラブレターの交換をするのだが、そこにやってきたのがこのペラッペラの怪人である。
さすがは悪役、どこでかぎつけたやらわかりやすく邪道という名の王道冷やかしムーブをしてくれますね。

ハチ公前から道玄坂を通って、軽く小走りになったところでやっぱり撒けるような相手ではなかったらしい。
「こんにちは、ウスッペラ―ドさん、どうですかここはひとつサインでも?」
と、いうわけで去年の夏休みに鍵掛くんといっしょに狩った「かまいたち」の毛を、最近原料不足で悩んでいるとかで困っていた筆の都「KUMANO」に贈って加工してしてもらった最高級の魔法の筆(末端価格:三百万円)を片手に、今度はじりじりとにじり寄る。

ちなみに、この魔法の筆だが、もちろん化粧筆にもなるので鍵掛くんの近くの席にいるカノジョに贈ってみては? と提案しているところだったりするのです。ちなみに、鍵掛くんは末端価格ってヤベーブツみたいないい方しないでくださいよ! というツッコミはしたものの、受け取るは受け取ってくれたりする、やったー。

まぁ、それはそれとして。
ウスッペラ―ドさんは、全面的にはなんだか、黒い怪人だけど世の中には白い塗料だってあるので問題はない。
ウスッペラ―ドさんは悪役としてちびっこファンにサインをする機会はあるけれど、ならこちらから攻める分にはどうだろう?
というわけで、その日はなぜだか、軽いじゃれ合いじみた鬼ごっこがほんの少しだけだけど、続くの。ふふっ。

……いいえ。正直に言うわ。彼の気遣いはありがたかった。
この一週間、どこか、苦い気持ちを言葉にならないままで置き去りにしていた。
なぜか、一人に申し訳なくて、自分を壊さなければいけないという破滅的な願望に従ってわたしはここから最後の二週間に臨むことになる。
最終更新:2022年03月27日 00:20