第一回戦【美術館】SSその3

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第一回戦【美術館】SSその3

 青空の下、緑豊かな公園内に大きな建物があった。都内にいくつかある国立美術館の一つであるそれは、著名な建築家が手がけたモダンなデザインを以ってその役割を見る者に示している。

「一回戦第五試合、まもなく開始です。
会場は数々の芸術作品が展示された美術館――。
派手に破壊された場合被害額は優勝賞金を軽く上回りそうですが、まあ選手の皆さんには関係ありませんよね。
日本刀を始め、武器類が美術品として展示されているエリアもありますから、そこにたどり着ければ調達するのもいいかも


 大会本会場である円形闘技場(コロッセオ)にて、司会を務める佐倉光素がそうアナウンスする。

闘技場中央に設置された大型スクリーンには会場である美術館内、そして試合開始を待つ各選手の様子が映し出されていた。
三階建ての美術館内では、各フロアに一人ずつ選手が配置されている。一階に黄樺地セニオ、二階に姫将軍 ハレル & 参謀喋刀 アメちゃん+98、三階に雨竜院雨弓。現時点ではスマートフォンを弄ったり、絵を眺めたり、その場に胡座をかいたりして時間を待つのみだが、戦闘においてはどんな暴れぶりを見せてくれるだろうか、と本会場の観客達が、誰より司会の光素が注目している。


「ハレっち。上と下、どっちから行く?」

 二階の所定位置にて三選手の一、姫将軍ハレルア・トップライトは腕組みをして愛刀「アメノハバキリ」の問いに暫し考えこむ。

「下かな? 二階三階だと崩れて落ちそうだし」

規格外の力を持つハレルアは、本気で戦うと建物の床を踏み抜き、崩落させてしまうことがある。ならば大地という強固な足場に支えられた一階で戦うのがこの美術館への被害も一番抑えられるだろう、と考えた。
組んでいた腕を解き、刀の柄に手を当てる。

「――お待たせしました。ただ今より、一回戦第五試合を開始します」

 大会マネージャー・銘苅耀の無機質な声が館内に響き渡った。
 その声を受けて、非常階段に向かってハレルアが走りだそうとしたそのとき。

 美術館全体が轟音と共に震える。大きく、重く。その源は、ハレルアの頭上――。

「ハレっち!」

 アメに呼ばれるまでもなく、ハレルアは足を止め鯉口を切っていた。見上げた先、真上の天井に無数の亀裂が生じ、そして崩れ落ちる。
 さっと後ろに跳ねて瓦礫を回避する。それらと共に落ちてきた男は、巨体に似合わぬ身軽さで二階に舞い降りた。筋肉の鎧を纏った巨躯に鬣を思わせる蓬髪、長大な赤い番傘――雨竜院雨弓である。

「ハレっち……こいつ……」

「うん。わかってるよ」

 男の全身から発散される何かに、ハレルアの本能は警鐘を鳴らす。冷たい手に頬を撫でられたような感覚があった。
 ハレルアは抜刀し、煌めく親友を構えた。手にしたのは日本刀だが、構えは西洋剣術に似ている。

「初めはアンタか、お姫様。愉しくやろうぜ……」

(強い……)

「シィイイイイイヤアアアアアアアアアアァッ!!」

 闘気と殺意を剥き出しにして、しかしその荒々しさには見合わぬ軽やかな足運びで、雨弓はハレルアへ突進する。

✝✝✝✝✝

 先程の揺れと轟音に続いて響いてくる激しい音は一階にいる黄樺地セニオに上階での戦闘を伝える。

「おーおー、やってんじゃーん! 
苦戦してるハレっちの前に颯爽登場俺マジヒーロー! ハレっち俺にべた惚れ! ウェーイ!」

チャラ男らしい軽薄な思考で、セニオは二階に向かう。その途中、立ち寄ったのは武器類の展示エリアであった。

「おー、かっけー!」

 学校の体育館ほどの空間を囲うように設置されたガラスケースの中には古今東西の様々な武器が展示されていた。光素が筆頭に挙げたように日本刀が多かったが、槍や斧、甲冑、銃火器などもある。
 武器持ちの二人が戦っているところに徒手空拳で割って入るのは危険、とさしものチャラ男も考えた。自身の「ヒーローっぽさ」のイメージに則って銃か剣を選んで持って行こう、とまずは年代物のライフルを物色する。

「撃てねえwwwww壊れとるwwwww剣だ剣wwwww


 展示品の銃にはどれも弾丸が入っていないことに気づくとそれらを投げ捨て、セニオは最も数の多い日本刀から選ぼうとするが、まるで吸い寄せられるようにある一振りが目に止まる。
 無論セニオに日本刀の知識など無い。恐らく知識のある者が純粋に美術刀として鑑定したなら、それは大した刀とは見倣されないであろう。ただこの刀には、心を掴んで離さない何かがあった。その銀と鈍の妖しい輝き、刀身の反り。この場に居並ぶ数々の名刀と比
しても、格の違う存在感を放っている。

「キタコレ! ってえ? 柄からスッポ抜けるwwwww釘wwww釘wwww」



 一階の日本画エリアには、平安時代から戦後に至るまで、時代別に数多くの日本人画家の作品が飾られている。そのエリアの天井が、二階と同様轟音をあげて崩落した。
 しかし今度は落ちてきたのが二人――雨竜院雨弓とハレルア・トップライト。

 先に落ちたハレルアは着地と同時に後ろに跳び、そして雨弓が落ちてくるのに合わせて間合いの遥か外からアメノハバキリを逆袈裟に斬り上げるよう一閃する。バトル漫画にお馴染み「飛ぶ斬撃」では無い。
 斬撃の瞬間、刀身が炎を纏い、そしてそれは火球となって雨弓に向けて放たれた。アメノハバキリに合成された「火炎草」の印の力である。
 雨弓は着地すると、眼前に迫る火炎弾に向けて傘を開き、高速で回転させた。巻き起こる旋風は炎を掻き消し、火の粉が舞い散るのみとなる。傘術を象徴するとも言われる技「雨流」だ。
 火炎弾はあえなく防がれたが、しかしハレルアの狙いは攻撃ではなく目眩ましにあった。傘を持つ雨弓の右側に回りこみ、胴を狙って横薙ぎの斬撃を繰り出すが、これにも雨弓は対応してくる。剣と回る傘が耳を塞ぎたくなる金属音と共に文字通り火花を散らす。

「くっ……!」

「いーねぇ! 太刀筋も! その刀も!」

 ダイヤモンドコーティングされた武傘「九頭龍」の傘布は高速回転することで、単なる盾でなく並の武器が触れれば砕かれる武器破壊武器と化している。それを斬って、折れるどころか刃こぼれも無いアメを雨弓は讃える。また、ハレルアから見ても「剣の強さ」:【128】であるアメの斬撃を受けることの出来る防具というのは驚きだった。
 斬撃の威力を殺すと、雨弓はそのまま傘で突いた。ハレルアは挙動の気配を感じてさっと躱すが、剣先が鎧の胸当てを浅く削ぐ。
 間一髪で逃れたハレルアは汗で額に前髪を貼りつかせ、荒い息を吐く。汗ばんだ美少女というのはなかなかに扇情的だが、それを見ている雨弓は今彼女を死合の相手としか捉えていない。

「ハレっち……昨日の合成、後悔してない……?」

「そ、そんなこと……無い」

 雨弓が聴き取れない程度の小声で二人(?)は言葉を交わす。言葉では否定したが、実際のところハレルアの心中ではその気持がかなり大きくなっていた。
 試合前夜、アメには「火炎草」と同じく「おいはぎの曲刀」が合成され、その力で相手を斬っても肉体ではなく装備品にダメージがいくようになっている。人を斬れない刀――致命的な状態異常である。
 自分は相手の武器や服を斬るだけで、一切ダメージを負わせず無力化できると、それで優勝できると思っていた。しかし現状、雨弓には一太刀も浴びせられていないのだ。この男が規格外の実力者だったとしても、自分はあまりにもこの大会を、いやこの世界を舐めていたのではと内省する。

「それでも……勝たなきゃ……! 故郷の為に!」

 アメを握る手に力を込め、雨弓に向かって踏み込んだそのときだった。

――シャアアアアアアアアアアア――。

「雨……?」

 頭上から勢い良く水が降り注ぎ、一面を濡らしていく。

「『スプリンクラー』だよハレっち! 火事になると水が出て火を消してくれるのさ!」

 先程ハレルアが放った火炎弾に建物のセンサーが反応し、作動したのだった。
こちらの世界にも詳しいアメの言葉に「機械文明凄い」と一瞬感心するが、再度雨弓を睨み、そして駆け出す。
 突っ込んでくるハレルアを前に、雨弓は嗤う。彼女の勇猛さにもだが、室内で「雨」に恵まれたというのが大きな理由だった。
 自然であれ人工であれ、雨中こそが傘使いの、雨竜院家のホームだ。

 喉を狙ったハレルアの刺突に対し、雨弓は防御も回避も試みることなく棒立ちでいた。驚くハレルアだが、更に驚くのはその後。確かに雨弓の喉元に届いたはずの刃は、一切肉に刺さる手応えが無く、彼の像をすり抜けたのだ。まるで虚像の如く。いや、虚像そのものだ。

「……!?」

 驚きに見開かれたハレルアの双眸に移るのは、雨の中にス……っと溶けて消えてゆく雨弓の姿。大気中の水分による光の反射や屈折を操り、幻を見せる雨弓の魔人能力「睫毛の虹」だ。

(幻術……? 一体どこへ……)

 不意を突かれた驚きと先程からの心の乱れが重なり、ハレルアからは平素の冷静さが失われていた。もし彼女が普段通りであったならスプリンクラーの放水の中でも、雨弓が「蛟」を使う際に起こるわずかな水音にすぐ反応できていただろう。

「ハレっち!」

「ハッ……!」

 アメの声にギリギリで反応できたハレルアは、雨弓の九頭龍による刺突「雨月」をギリギリで防御することに成功した。が、ギリギリだったことが災いする。胸を狙ったその一撃を、ハレルアはアメを盾のようにして受けてしまったのだ。
 日本刀は横からの衝撃には脆い。神名を戴く剣と言えど、例外ではなかった。無論、並の日本刀とは比べ物にならない強度だが、それでも雨弓の刺突を横から受けて耐えるにはやはり及ばなかったのだ。
 神剣「アメノハバキリ」は中程から意外なほどあっさりと折れた。断末魔の叫びにも似た金属音がハレルアの脳内で響く。

「ア……がっ!!」

 雨月はアメをへし折るに留まらずハレルアの胸を覆う鎧に突き刺さる。アメを砕いたことで威力が減衰され貫通はしなかったが、衝撃に吹き飛び、壁に叩きつけられる。

「うっ……ああ」

壁が陥没する程の勢いでぶつかってもハレルアは倒れること無く視線を上げるが、絶対の「死」を体現する男の姿が、そこにはあった。合わせて槍程の間合いを持つ彼の長い腕と長い武傘はここから一呼吸する間もなくハレルアの命を奪えるだろう。

「どうした? その刀でも斬れなくはねぇだろう? さあ、来いよ」

 凶悪な笑みを浮かべて雨弓は挑発する。

「ああ、私は……負けない」

 ハレルアがアメを握る手に力を込めた、そのときだった。
 雨弓は自らに向けられた殺気を感じ、視線を向ければ空を切り裂いて回転しながら飛んでくる手斧があった。
 雨弓がさっと躱せば、それは10m程先のブロンズ像に当って頭部を真っ二つにする。

「黄樺……うぉ


 手斧を放ったのは言うまでもなく黄樺地セニオだが、雨弓はその姿に少々驚く。今投げた斧の他に日本刀を手にしているのはいいとして、これも展示されていた武器なのだろうが全身甲冑(プレートメイル)など着込んでいる。

「俺颯爽登場マジヒーローウェーイ!」

 重厚な鎧に身を包んでも変わらぬチャラいテンションでセニオは叫び、そしてハレルアに向かって走り出した。
 速い。常人なら立っているのがやっとの重量物を身につけながら、今のセニオは「かけっこの速い魔人」程度の走力である。流石はチャラ男。フットワークはとにかく軽いのだ。
 しかし雨弓は無慈悲に立ち塞がり、腹部に拳をめり込ませた。

「ウェ……ブッ!」

 鎧の上からの拳撃にセニオはゴロゴロと転がり、兜の隙間から吐瀉物を撒き散らした。

背後でこちらへ刀を向けるハレルアの気配を感じつつ、雨弓は兜の上からセニオの頭を踏みつけようと足をあげる。

「ゲボッ! ……『霧の幻影』(ファントムミラージュ)


「……?」

 セニオの口から言葉が漏れると共に、彼の姿はスッと周囲に溶けてゆく。

(「睫毛の虹」? コピー能力か!?)

 先程自分が「睫毛の虹」を使った際と同一の現象が目の前で起こっていた。他者の魔人能力を観察・分析し、自分のものにする。
――それが黄樺地セニオの魔人能力『黄色の浅瀬』(イエローシャロウ)


 自分の姿を不可視にしたセニオは立ち上がると刀を抜き、雨弓に斬りつける。あっさり躱されるが、次の瞬間彼はハレルアへと駈け出した。

「ま、まさか私を助け……? そんな情けは……」

「イーカライーカラ! ダイジョブダッテガチデ!」

 困惑するハレルアも、セニオと共に雨の中に消え、そしてセニオがやって来た通路の方へと歩いて行く。

「ふーん……」

 ガションガションと音が響いているので挙動は丸わかりなのだが、雨弓は二人を見逃すことにした。
情けからでは無い。このまま傷ついた二人を相手取るのと、回復と手を組み、策を練る余裕を与えた後にそうするのとでは、後者が楽しかろうと思うからだった。戦いの目的はある。それでも雨弓は快楽主義者だった。

(つーか何だよ『霧の幻影』(ファントムミラージュ)って……)

 自身の能力名を勝手に改変されたことに心中で文句を言いながら。

✝✝✝✝✝

 ――魔人能力「刀語」。それは、ハレルアが持つ、武器の精神世界へと侵入・対話することが出来る力である。
 アメの精神世界はその気候が彼女(?)の精神状態を反映しているが、今その世界の空は薄曇りと呼ぶべき状態だ。

 その世界の中心に、二人の少女。
 短髪の少女の前で土下座する長い金髪の少女。

「ごめんなさい! 本当に! 私が油断したせいで、アメは……」

「だからいいって……アメちゃんだってぶっちゃけ超油断してたし。
発端はハレっちだけど、ハレっちだけを責めらん無いし……」


自身の不覚を土下座して詫びるハレルアに自分も悪かったと言うアメだが、ハレルアは一向にそれを聞き入れない。そんなことを数分続けているので、とうとうアメも堪忍袋の緒が切れた。

「ハレーーーーーーーーーーーーーっち!!!!」

「は、はいぃぃっ!」

 やっと顔を上げたハレルアの頬が両側からベチンと叩かれる。
 そこには、昨夜と違い本当に怒っているようなアメの顔があった。

「これ以上謝るなら、アメちゃんげきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだよ!!」

「アメ……」

「さっきから言ってるじゃん。
ハレっちの舐めプを許しちゃったアメちゃんも悪いって。
 なのにずーっと一方的に自分が悪い自分が悪いーって、ハレっちアメちゃんを馬鹿にしてるの?」

「そ、そんなんじゃあ…ううっ……ごめんなさい」

「だーかーらー謝らない」

 瞳に涙を浮かべしょんぼり沈殿丸になってしまったハレルアの頭をアメはくしゃくしゃと撫でてやる。暫くそうした後、ハレルアが落ち着きを見せると二人は並んで地面に腰を下ろし、ハレルアがアメの肩にぽてんと身を預ける形となった。

「アメは私のこと、真面目だって言ってくれるでしょ?」

「……うん」

「でも、全然そうじゃないんだ。
 絶対負けちゃいけない、故郷の復興をかけた戦いなのに私は敵を侮って、殺すことも傷つけることもせず勝てるなんて思ってたんだ。
 私は不真面目だったよ」

「じゃあ、これからはどうするの?」

「何でもする。あのチャラい人の手でも借りる。それで勝てるなら。
 私はあの男を斬って、他の対戦相手全員に勝って、優勝する」

 ぞくりとするような言葉の響きにアメが振り向けば、これまで見たことのない、漆黒の意志を宿した瞳がそこにあった。

「うん……! アメちゃんもついていくよ。
 一緒に戦って、優勝してハレっちの故郷を守ろう」

✝✝✝✝✝

「治せるのかねえ……なんか教科書で見た記憶あるぞこれ」

 ブロンズ像から刃が食い込んでいた斧を抜き、切断面を見て雨弓は嘆息を漏らした。尤も、彼自身今日の戦闘では高価な美術品を壊しまくっているのだが。戦闘中は周りが見えなくなることが多い彼は器物損壊で問題になることが普段の仕事でも間々あった。

「……! 来たか」

 通路の奥から近づいてくる気配に、雨弓はさっきまでのように獣めいた笑みを浮かべる。

 歩いてきたハレルアは先程までと違う点が二つあった。一つは赤い鞘と柄の日本刀を一振り差していたはずが、今は脇差を足して大小二本差になっていること。

(長いのは黄樺地の……脇差は折った剣か……)

脇差用の鞘に納めているものの、朱塗りの柄からそう判断できた。
 それについては黄樺地と(恐らく)手を組んだことや、美術刀の中に脇差もあったのだろうことを考えれば特に驚くことでは無い。
 もっと大きいのは、その瞳から感じる気高い殺意。漆黒の意志。

 これまでの戦いで何度も見てきた、予選で殺した男と同じ、目的のためには手段を選ばない者の瞳。目的のために戦うのはつまらないと考える雨弓だが、しかし経験則から言えることがある。
 そんな目の戦士は強い。

 放水が止んで久しいが「睫毛の虹」も、ハレルアの遥か後ろに気配を感じるセニオの『霧の幻影』(ファントムミラージュ)も使うには十分な湿度だ。

「カカッ! いい! 力も技も卑怯な手も小細工も! なんでも使って俺を殺せ!!」

「うん、殺す。貴方を斬る!! 姫将軍ハレルア・トップライト……参る」

 迷い無く、ハレルアは駈け出した。彼女が長刀を抜くと同時に、雨弓も床に突き立てていた九頭龍を引き抜く。

「ハッ……」

 間合いに入る前から、ハレルアは刀を振りかぶり、そして振り下ろす。
 刀身が刀を纏い、炎弾が放たれる。

(さっきの! 刀じゃなくお姫様の能力ってわけかい……)

 雨弓はそう納得する。無論読者諸氏にはそれが間違いなのは明白だろう。
 しかし現実に炎弾は放たれた。防御しようとする雨弓だが、あることに気づいた。
 炎弾が迫っているのに、熱気がまるで無いのだ。

(幻……)

 防御するまでもない、とこれに乗じて来るであろう攻撃を警戒する雨弓。

「……!」

 炎弾は確かに彼の身体をすり抜けた。だが、鈍い痛みがあった。腹に小刀が突き刺さっているのだ。
 幻影の炎弾で油断を誘い、それに隠して二本差しとは別に懐に忍ばせた小刀を投げていたのだ。雨弓の視線が刺さった小刀に向いた一瞬の隙に、ハレルアは彼に背を向ける。飛天御剣流の如き神速の納刀の後、捻りを加えて後ろに跳ぶ。

 跳び上がった直後、ハレルアは目に見えない何かに、目に見えないセニオの首が切り飛ばされ血が噴き出すのを見た。ハレルアがそうであったように、雨弓もまた見えない手斧を投げていたのだ。
 一時的にせよヒーロー願望にせよ「ホテルマジデ」のためにせよ協力してくれたセニオの死に一切の迷いを抱かず、ハレルアは長刀を抜く。一mも無い超至近距離からの、跳躍と身の捻りを加えた居合だ。

 抜き放たれた白刃と、回転する九頭龍がぶつかり合う。間合いが近すぎたために開くことが出来なかったが、高速回転する傘はハレルアの懇親の一閃を以っても布と骨組みに刃が食い込むのみだ。

「アアアアアアアアアア――――


 そのとき、ハレルアは空いた左手で脇差を、愛刀にして親友――アメノハバキリを抜いた。

「メエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 「逆抜不意打ち斬り」――恐らく日本一有名なチャンバラ映画で最も有名なシーンで放たれたこの居合い斬りを、当然異世界人のハレルアが知るはずも無く、即興でこの技を編み出したことが彼女の剣士としての凄まじさを表している。

 九頭龍と競り合う長刀の峰を、ハレルアはアメで斬りつける。

「……っ!!」

 雨弓の瞳に驚愕と歓喜の色が浮かぶ。

 長刀の刃が、骨組みの中心・柄から伸びた傘軸に達する。次の瞬間、乾いた音と共に軸が爆ぜ、ハレルアは後ろに吹き飛んだ。さっきと同様に壁に叩きつけられる。
 九頭龍は圧縮したガスの力で剣先を飛ばすという隠し玉を備えている。軸に貯蔵されていたそのガスが斬られたことで噴出し、そして剣撃の火花が引火して爆発したのだ。
 この「事故」が無ければ、勝負はどう転んだかわからない。
「……」

 崩れそうな身体を支えて踏み出そうとするハレルアの前に、雨弓が最高速の「蛟」で迫る。
 ハレルアが腹に刺さった小刀に手を伸ばす余裕を与えず、膝蹴りが彼女の顔面に突き刺さり、頭蓋骨を砕いた。

「ハーッ……」

口と鼻から濃い血を噴き出して倒れたハレルアを雨弓は見下ろしている。

「ハレルア・トップライト、またやろうぜ」

 最大の称賛と共に、雨弓は少女の頭を踏み砕いてとどめをさした。








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