第二回戦【城】SSその2

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dangerousss3

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第二回戦【城】SSその2

「現場の物証」
ひとつ。

「被害者の証言」
またひとつ。

「そして貴公は今、うまい棒ではなく『キャベツ太郎』を購入し」
ひとつ、ひとつ。相手を追い詰めるように。
「私のガイルを相手に『ザンギエフ』を選択した……それが答えです」

彼は人差し指を立てた右手を持ち上げ、そして――
「即ち、」

――つきつける。
「犯人は……貴方だ」

指先から桜色の光が迸る。相手の男は倒れ、それきり沈黙した。
後に終赤の叔父となる探偵、遠藤終助による鮮やかな推理の終焉であった。
伏線を積み上げたとき、探偵は無敵だ。相手の男も相当な使い手であったようだが、
最後には抵抗すらできず事件はQEDを迎えた。

周囲の観衆は拍手とともにその手腕を称え、喝采する。
事件が解決しなければ、ずっとこの孤島に閉じ込められる展開であったのだ。
彼らは終助と、『キャベツ太郎』をたまたま置いていた孤島の駄菓子屋を尊敬した。

皆でサクサクと『キャベツ太郎』を味わいながら、「その少女」も目を輝かせた。
探偵って、カッコイイ。
あと、ガイルはザンギエフより強い。

少女の胸には、「探偵・遠藤」と「サマーソルトキック」への強い憧れが
残り続けたのである。
それから何年が経とうとも。ずっと、ずっと――


埼玉県、西川口。
ネオン眩しいこの歓楽街にそびえる城が、今回の戦いの舞台となる。

周囲の風俗店や案内所を押しのけて建つ、その建築物の名は「ホテル不夜城」。
実際「まるでお城みたい」と形容されるほどの立派な城である。
お堀みたいな池や、石垣を模した土台まであるほどの凝りようだ。
誰がどう見てもお城である。運営の解説に偽りなし!

ここは普段ひっきりなしにカップルが往来する人気スポットだが、
本日に限っては入り口に見える男女は……ただ一組のみである。
見た目には華やかな顔面を持つ美男美女のペアであったが、その雰囲気は異様だった。

「ウェーーーーイwwww」
「ヒヒヒヒヒヒヒwwww」

男の名は黄樺地セニオ、女の名は紅蓮寺工藤といった。
あまりにもでかい声だ。清々しいほど中身の無い、ただの叫び声。
まるで動物が鳴くかのごとく二者は繰り返す。

「ホテルガチデ!? マジデ!?」
「キャハハハハ何コイツ外国人? 何言ってんのかわっかんねー!」
「イキナリOK? ナマ? やっべテンション上がってきたんだけどwww」
二人は小刻みに跳び上がり、そわそわと震えた。

「ウェーイ!」「ウェーイ!」
そして両手を打ち鳴らしてハイタッチ。
まるで誰かがボーリングでストライクを取りスコア置いてかれて俺ガチヤベー時
のような盛り上がりである!

会話は一切成立していないが、テンションは共有されていた。
カラオケで知らない曲を入れられても、適当にタンバリン振って合いの手を叫べば
今日もキミかわウィーSHOW☆TIMEソレソレソレソレだからである。

「チョイチョーイ! やっべマジマブだって。いンだよね? 俺いっちゃうよ?
マジよお、ビリッときたんだけどコレ間違いなさすぎてDoよ」
「ヒヒヒ、オウなんだかわかんねーけどいったれいったれ!」

工藤と対面した瞬間、セニオの背景には電流が奔った。
それはもうビリッときたハズだ。「創作の祭典」とはそういう能力なのだから。

そしてビリッとくれば、目先の女に踊らされやすいチャラ男が何か勘違いしたとしても
無理からぬ事であろう。チャラ男のよく聞くJPOPでは、こんなフレーズが多用される。
――『キミこそ運命の人』。

なおフィクションがどうとかは、彼にはわからない。難しすぎる。
セニオは目の前の女子とアゲアゲする事と、ホテルガチデの事しか考えていない!

「ウェーーイwww」「ウェーーイwww」
二人は再びハイタッチをかます!

「「ウェイ」」
右腕をぶつけ合い、

「「ウェイ」」
左腕をぶつけ合い、

「「ウウウウェエーーーーーーイwwwwwwww」」
互いの脇腹をくすぐる!

「ウェエーイw」「ウェエーイw」
セニオが跳びあがる。工藤も跳び上がる。

「ウェッヘヘーーーイww」
そして工藤はくるりと背後を向くと、全力で走り去った。

「ウェイ?w」
半笑いで見送るセニオ。その脇腹には、クリップで留められた球体が。直後!

ボムウェイ、と短い音がした。
チャラ男の肌が日サロ仕様・夏ナンパモードへと変じ、髪は一瞬にしてパーマされる。
全身を灼かれたセニオはその場に倒れた。爆弾である。

「ガ……ガチデ…………?」
「ヒッヒヒ! ごっめーん、ガチだ!」
工藤はそのまま逃げ、すぐに姿が見えなくなった。

「ガチ……ホテルガチデ」
セニオはゆらりと立ち上がった。


――「ホテル不夜城」302号室、SMの間!

壁面にかかる鞭、ロウソク、ギャグボール、縄、革ベルト他拘束具。
それらを視界に認めてしまった14歳の遠藤終赤は、思わず呟く。
「……間違って、拷問博物館に来てしまったのでしょうか」

お嬢さんそれは違うのだ。拷問博物館にある器具は相手を苦しませるためのもの。
しかしここにあるのは……相手を悦ばせるためのモノなのだ。
叔父の塾で探偵の心得ばかり叩き込まれてきた、うぶな少女には難しかっただろうか。

ともあれ、遠藤は平常通りの試合運びで既に「準備」を開始していた。
ここにいる遠藤の厚みは3センチほど。偵察用のコピーだ。本体は別にいた。
薄い身体の少女は周囲を警戒する。

やがて、すぐに遠藤の探偵聴覚は足音を感知した。近い。
一人か。城の入り口を確認した時点では二人連れ立っていた筈だが、何かあったか。
そして足音はドアの前に到達し、そのままドアは引き開けられた。
遠藤は見た。花柄ワンピースの美女、焦点の合わない瞳。彼女が紅蓮寺工藤か。

直後、遠藤の後頭部を雷が襲う。

これが「創作の祭典」! 確かにこのシーンは一回戦でも見た。
なるほど肉体への損傷はない。いかなる能力なのか? 遠藤は考えるが、
続けて彼女はすぐに理解した。――フィクション。世界が物語である事。
だが遠藤は怯まない。あくまで冷静に、それらの事実を探偵思考回路で、すぐさま考察。

そして結論は出た。探偵にとっては同じだ。すべき事は変わらない。

探偵に求められるのは、純度。遠藤の考えではそうである。
伏線を張り、犯人を確定し、光線を当てる。それだ。
これが現実でなく、物語の探偵であるというならば、なおさらである。

フィクション上の探偵は完璧で完全でなければならない。

遠藤は侵入してきた工藤の動向に注目した。さあ何をしてくる。
工藤は遠藤を一瞥すらせず、一直線に部屋の奥を目指す。気付いていないのか?
そして部屋に置かれたものものしいベッドの脇から、ある機械を取り出し、

「ヒヒ……ヒヒヒ! やっぱりあったゼ」
カチリ、とスイッチを入れた! ヴヴ……ヴヴヴ。棒状の機械が振動する。
遠藤はどうしていいかわからず硬直する。緊張の時間。そして、工藤は。

その機械をスカートの中に入れて――

ダメだこいつ何も変わっちゃいねえ! 工藤の息づかいが部屋に響く。
「これは……いったい何の『伏線』でしょうか……」
探偵発言ともメタ発言とも取れる困惑を遠藤が思わず口にする。
それは工藤の耳にも入った。工藤の首から上が、ぎょろりと動いた。

「アー……? 人がいたのかヨ。おれは紅蓮寺工藤……オマエは、確か?」
「拙は遠藤終赤。探偵です」

二人はついに言葉を交わす。
何気ない平然とした名乗りだった。軽い挨拶だった。問題はないだろう。

――ただし。
それが相手を過剰に刺激するという結果は、さしもの探偵も予想できなかった。

「探偵……エン……ドウ……?」

工藤の眼が赤く充血し、瞳孔が開き、口元だけがなぜか嗤った。
ボトリと、手にしていたマッサージ機を取り落とす。振動がおさまらず機械は床で踊る。
工藤は、空いた手を懐に差し入れて拳銃を取り出す。常に携帯している弾のない銃。
いつも通り、銃口をこめかみに押し付けた。強く強く、頭がえぐれそうなほどに。

ギャラ……ギャラ……ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラ

リボルバーを回す。
「ヒ……ヒヒ……」
声が漏れる。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒャッヒャヒャヒヒヒ!!!」

工藤は肩を震わせながら遠藤のほうを向いて立った。
「オマエお前……なんでその姿、でも関係ねえ、おれは……おれは!
お前を殺したくて殺したくて、愛しちゃってンだからよおおお…………!」

光を放ちそうなほど剛い眼差し。彼女の心のドス黒さが外気にまで漏れている
かのようだ。墨絵のような瘴気が工藤を覆っている。大きな大きな殺意が見えた。
「探偵エンドウ」の名が、何らかのスイッチを押してしまったようだった。
遠藤は気を張りつめる。臨戦態勢。このまま戦う気か。

工藤はじり、と一歩後ろに下がりながら遠藤を睨む。
一見感情に支配されているようで、なんと冷静な奴だろう。と遠藤は思った。
必殺の推理光線「一ツ勝」、射程は1メートル。その範囲外で戦うつもりなのか。

という推理が、すでに罠にかかっている。

一歩下がったその足で、工藤は大きく床を蹴る。急接近!
「頭の良い人間の思考のほうが読み易い」。工藤の信条だ。遠藤は隙をつかれる。
あっという間に鼻先に工藤の姿が迫る。

「ハアァ~~ッ。捕まえたぜェェ」
殺意で荒げた息が、遠藤の首筋にかかった。

工藤は銃のグリップで相手を殴ろうと振りかぶる。
一回戦のように火薬銃で一撃で決める、などという事はしない。もったいない。
「探偵エンドウ」から受けた屈辱の数々が彼女の脳裏をメリーゴーランドした。

偵察用ポストイット分身である今の遠藤は、腕力が無に等しい。不利か?
まずい、と遠藤は一瞬だけ思ったが――いや!
いくら敵の術中だろうが、近距離ならば使えるではないか! 「一ツ勝」!
遠藤は工藤に殴られる前に指先を出し、狙う。発射。桜色の光が迸る。

しかし工藤は首を大きく傾けて回避!
体勢が崩れた。遠藤も工藤のくりだした打撃をかわす。チャンスだ。再び推理光線!
しかし工藤は床を転がって回避! そのまま蹴りを繰り出す。
蹴りは遠藤の探偵帽をかすめる。問題ない。さらに推理光線! だがかわされる。

攻防は次々に入れ替わる。

工藤、遠藤、工藤、遠藤、工藤、工藤、遠藤!
工藤、遠藤、工藤、遠藤、工藤、遠藤、遠藤!
おお、なんとリズミカル。これぞまさに「声に出して読みたいSS」ではないか!

工藤、遠藤、工藤、遠藤、工藤、工藤、遠藤!
遠藤、工藤、遠藤、工藤、遠藤、工藤、工藤!
そうそう、その調子! ハイあとちょっと!

工藤、遠藤、工藤、工藤、工藤、遠藤、遠藤、工藤。遠藤! 遠藤! 遠藤!

乱戦の末、転がる二人は部屋に置かれた容器をひっくり返した。ローションだ。
粘性のある液体がふたつの女体に降りそそぐ。ベトベトだ。だが両者は怯まない。

遠藤、工藤、工藤、遠藤、工藤、遠藤、遠藤、工藤、遠藤! 工藤! 工藤!

「ハァーッ。ハァーッ。ヒ、ヒヒ」
「はぁ、はぁ……」

全身をぐっしょりと濡らしながら、再び立ち上がった二人は対峙した。
ワンピースを透けさせ、胸や腰のラインを浮かばせた工藤が殺意に目を血走らせている。
そして同じく濡れた遠藤は、若干困惑していた。推理光線が、当たらない。

何発撃っても当たらない。光線は光速。通常ありえないことだ。
しかしそれは必然であったのだ。

――フィクションの呪縛。
ここまで何の伏線もなく、事件を起こしてもいない工藤を、探偵が裁く要素がなかった。
この戦いが「物語」である以上、犯人でない者を指名する「推理」は……ない。

厚さ3センチの肉体でこれ以上は戦えない。潮時か。遠藤が静かに計算を終えたその時。
「SMの間」の入り口の扉に、新たな人影が現れていた。

「ちょっ……www女の子たちだけで先にパーリィとかヒドくねww」


少女……いや、既に立派な大人にまで成長したその女性は、
画面に張り付くようにしてその戦闘を見守っていた。
戦っている片方は、彼女もよく知る紅蓮寺工藤そのもの。そしてもう一方は。

一回戦の試合を見た時、惹きつけられた。古典的な探偵スタイルの服装。
そして指先から放たれる桜色の推理。その儚く美しい色に彼女は見覚えがあった。
大会パンフレットの選手一覧に目を落とす。そこには確かに書かれていた。
「遠藤」という、彼女の憧れた人の苗字が。

まさかあの工藤と当たるなんて、というのが彼女の正直な気持ちだった。
試合を見る目にも、自然と力がこもる。どちらが勝つのだろう。できれば遠藤に――

その時、彼女の背中にピリリ、とひとすじの電流が走った。


小型爆弾一発では、セニオを無力化するには不十分であったらしい。
キャラ設定なんぞを見てみると彼のFSは0、防御と体力は合わせて14もあるそうだ。
ダンゲロスというゲームに当てはめて考えるならば、魔人としてもタフな部類だろう。
彼の肌は焼け焦げ、ところどころ流血もしているが、そのニヤケ顔は崩れていない。

「ったくクドウちゃんよーゥ、シャワー先浴びるならマジ言ってくれし!
置いてかれるとかマジねーわwwwでも女の子増えてるしww3Pパネェww
これキテルんじゃね?wwシューカちゃん、チュリッス!」

チャラ男は工藤の爆撃を恨むそぶりも見せず、女子の増員を喜んだ。
14歳は彼のストライクゾーンからは外れているが、それはともかくとして
とりあえずウェーイしてしまうのがチャラ男文化である。

「見ろよオレ今日マジイケてるっしょwwなんか焼けてっしパーマとかww
あとよオ……新しいアソビも覚えたっつーかア?」
セニオが右手の指を掲げる。……何だ? 反射的に女子二人は身構える。

「『セット』ォ! 『フィクション・ファンクショーン』ってかww」

セニオが宣言する。先ほど受けた「創作の祭典」のコピー。
なんだ、と遠藤・工藤は少し安堵した。あれは複製して意味のある類の能力ではない。
セニオは相手に雷を落として驚かすだけの能力と思っているのかもしれないが。
既にこの場の三人は「真実」を知っているため何も変わらない筈……である。

ところが。

一瞬で落ちるはずの雷は落下せず、ビリビリと音を立てて頭上に渦巻いた。
そのままどんどん太く、大きくなってゆく。増幅されている?
工藤にも、その現象は理解できない。「……ア?」と見上げるばかりだ。

そして、カッ、と閃光が部屋中を貫いて、セニオが雷の渦に飲み込まれた。

「こ、これは……?」
咄嗟に腕で眼をかばいながら、遠藤が困惑する。

「ヒヒッ……オイオイ、知らねえぞ何だこれオイ」
工藤は半笑いで、まるで人事のように見守る。

「ウェイウェーイwwちょっまぶしッつのwwなー俺スゴくねwヤバくねww」
苛烈な光の束を浴びながら、セニオがいつも通りの軽薄な言葉を吐く。
その体から、パリリ、といかずちの弾ける音がした。すると。


「「うんステキ♪」」


二人の女子は、セニオの両腕にそれぞれ抱きついた。


「創作の祭典」はそもそも、紅蓮寺工藤の能力ではない。
読者の皆様におかれましてはキャラ設定のページをあらためて確認して頂ければ
おわかりの事と思いますが、そうなのだ。

「創作の祭典」は小説「アンノウンエージェント」の作者である女性の能力だ。
工藤を誕生させたのもこの能力なら、対戦相手にこの世界がフィクションだと
悟らせたのもこの能力である。

「フィクションの世界から登場人物を召喚する」
「自分が物語の登場人物である事を悟らせる」

まるで二つの能力があるかのように見えるが、しかし実態は違う。
本来「創作の祭典」の効果は一つしかないのだ。

「フィクションの世界と外部世界を繋ぐ」

これが元々、その女性が持っている能力だ。
物語の世界から紅蓮寺工藤が召喚されてきたり、その周囲の人物が
フィクション世界と作者世界の繋がりを認識したりするのは全て副次効果と言える。

そしてその、世界と世界を繋ぐLANケーブルのような役割を果たしているのが
――雷である。

能力発動時には、必ず雷が落ちる。その瞬間、光ファイバー回線を超える速度で
さまざまな情報がこの世界に入り込んでくるのだ。雷という光の線を通じて。
それが、「創作の祭典」の全貌である。

世界そのものに干渉する巨大な能力であるため、能力者本人にも制御がきかない
厄介な能力でもある。何が起きるかは、使ってみるまでわからないのだ。

彼女はただ……憧れの探偵にもう一度会いたいだけだったのだが。
そのために、小説まで書いたのだ。

そして今、「創作の祭典」は今までになく出力を増大させていた。能力の暴走だ。
「探偵・遠藤」の存在を見た彼女(術者)が動揺し、
試合に過度に注目したせいだろうか。今や彼女の体も雷に覆われていた。

彼女にできるのは、手に汗を握って見守る事だけだ。


――「ホテル不夜城」天守閣、スイートの間!

ワンフロア全体をこの部屋が占める、豪華な大部屋である。
広い窓からはネオン瞬く歓楽街が一望できる。

バスルームはそこそこ広いし泡風呂にもなる。シャワーの水圧も強めで快適。
しかもこのバスルームはガラス張りなので外から丸見えで色々捗る。
そして中央に陣取るのは、なぜか回転できる巨大なベッドである。

そのベッドに鎮座まします男……黄樺地セニオは、もはや無敵であった。

彼の体は金色に輝くオーラに包まれている。オーラは天井に向けて伸び、
屋根をも越えて上昇していた。オーラが軽薄なのだ。比重も空気より軽い。
彼の表情は安楽に満ち、心は平安に満ちていた。世界平和が今ここにある。
時折、体のあちこちで電気的火花がバチバチと爆ぜた。雷の成分だ。

セニオが浴びた雷は、通常の「創作の祭典」のそれだけではない。
彼は工藤との初対面時に既に一度は雷を受けているわけだが、
自分でコピーしてさらにもう一度。つまり二倍。
しかもコピー時の雷は術者の注目により増幅されていた。さらに倍!

つまり総合的に計算すると、セニオはおよそ108倍ものフィクションエネルギーを
浴びた事になるのだ。前例のない事である。

帯電した雷によってあらゆる外部世界と接続された彼は、秒速でテラバイト単位の
チャラ男情報をその身に受けていた。ほとんどチャラのイデアと化している。
限りなくフィクションに近い、チャラ男を超えしチャラ男の誕生である。

――《セニオ・マジゴッド》。

その究極チャラ存在をここではそう呼ぶ事にしよう。
彼のオーラはフェロモンと混ざり合い、女性をコンパからホテルに導くエスコート値が
通常の5万倍を記録していた。計測器の針が振り切れて吹き飛びベッドインするレベル。

セニオ・マジゴッドは巨大回転ベッドにダラリと横になり、その両脇には、ああ、
遠藤終赤と紅蓮寺工藤が、一糸まとわぬ姿で、はべっているではないか!

「ヒヒ、ヒ……何だコレうっとりするぜェ……」
見た目だけは美人な工藤が推定Cカップをセニオ・マジゴッドの腕に押しつけ、

「拙は……拙は、このような感情は、はじめてです……」
顔を赤らめた14歳の遠藤がセニオ・マジゴッドの体にほおずりする!
なんたる未成年猥褻! ずるい! そこ代われ!

「ウウウェエェーーーーーーイwwヒュウー、今日はいいじゃんイイじゃん
ノッてるじゃん♪ もっと女のコ集めてPARTY★NIGHTしちゃウゥー?」

セニオ・マジゴッドがパチンと指を鳴らすとホテルの窓がひとりでに開き、
そこからネコ、いぬ、ハト、鮭、クマ、パンダなどが次々と入ってきた。
無論すべてメスである。その新歓パワーは留まるところを知らない!

しかし平和は長くは続かなかった。

「ウェイウェイウェイウェイww」
「素敵と存じます、セニオさま……」
「あァー……おれも、そう思うぜえ…………だが、」

工藤はセニオ・マジゴッドの二の腕をぺろりと舐めてから、
「お前は邪魔だなア……エンドウ?」

それはハーレムの常、嫉妬と憎悪による骨肉の争い。
工藤がベッドのむこうに何か球体をほうり投げる。――爆弾!
小型だが爆発すれば、倒れてきた家具が遠藤の薄い身体を押し潰すだろう。
マジゴッドに心酔していた遠藤は反応が遅れ……


BOMB


――という音を、「ホテル外壁で待機していた遠藤」は聞いた。

偵察に送っていたポストイット分身ではない。肉体に厚みをもつ本命だ。
ポストイット化した体の粘着力を利用し、外壁に貼りついている。

その遠藤は爆発を待っていた。中で何が起きているか知らないが、
紅蓮寺工藤なら必ず爆弾を使うはずだ。爆発に0秒で反応するために耳をすませた。
そして、時は来た。彼女はとっておきのタイミングで、能力を発動する。


『スマート・ポスト・イット』


べろり、と何かが剥がれる音がした。
そして轟音。

ホテル内の分身遠藤は、部屋が急に狭くなった事を認識して、ふっと笑った。
「自分」はうまくやってくれたようだ。そのまま、倒れてきた棚に潰されて死んだ。

工藤も認識した。部屋の大きさが半分以下になっている。
そして先ほどの爆発によって建物全体が軋み、崩れ始めている。轟音が止まない。
そんなばかな。柱の一本すら破壊できない小型爆弾のはずである。

スマート・ポスト・イット。
遠藤は、「ホテルの建物全体」をポストイット化して分割したのだ。
ポストイット化された物体の強度は、その厚みに比例する。
今やこの建物の強度は巨大なダンボールハウスにすぎない。このまま瓦礫と化すだろう。

探偵の、大胆な一手であった。
セニオ・マジゴッドですら、こればかりはどうにもならない。
やがて床が抜け、マジゴッドと工藤は中空に投げ出された。最上階だ。地面が遠い。

「ヒヒ……面白え、事を……しやがる……!」
「ウェウェ……ウェエエエエエ~~~~~~イ???」

すでに全裸であった工藤は、脱いであった自分の服に手を伸ばす。届くか?
マジゴッドはオーラを輝かせたまま、空中でばたつく。

そのまま、二者は崩落に飲み込まれた……。


敷地に積もった瓦礫の山。それを横で眺めたたずむ、遠藤終赤。

中の「三人」が死亡していればそのまま勝利だ。対戦相手の動きはない。
遠藤は試合終了のアナウンスを待った。

「ヒ……」

――いや。微かな声。
見ると、瓦礫の中で裸の紅蓮寺工藤が、脱いだ服で頭部を守りうずくまっていた。
全身傷だらけであちこち骨も折れているだろうが、命だけは助かった形だ。
ギリギリで知恵の働く女である。

セニオの声はない。マジゴッドは、世界平和を体感したまま意識を手放していた。

「ヒヒッ……」
工藤が消えそうな声でうめく。

ほっておいても死にそうだが、遠藤は確実にとどめを刺すべく近づいた。
すると死にかけの女は、探偵に向けて――最後の言葉を告げた。
「なあ……おれはもう、死ぬ……そしたらよ……」


「犯人は、オマエだよな?」


遠藤は立ちつくした。

もちろん彼女はわかっている。これは試合だ。罪はない。
だが同時に探偵・遠藤は理解してしまっていた。これは物語なのだ。
ストーリーにおいて実際に殺人をし、犯人となる探偵。彼女にとってありえないことだ。

――フィクション上の探偵は完璧で完全でなければならない。

遠藤終赤は切腹した。


「ヒ……ヒ……面倒臭ェもんだよ……な、プライドってやつも……よォ」
横目に切腹を見ながら、工藤がごちた。
そうプライドだ。叔父の探偵塾で学んだ本格派の一流探偵としてのプライド。
それがいつも何度も、遠藤を自死に追いやってきた。

「ヒ……」

工藤は「エンドウ」に一矢報いた快感に2秒だけ酔いしれ、満足げに笑った。
子供がゲームに勝った時のような、無邪気で屈託のない笑顔だった。
そしてその顔のまま、やがて、安らかに死んだ。


【了】








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