【砂漠】その2
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【1】里見村
「♪ばーちゃーんが遺した~あつ~いおーもーい
♪ばーちゃーんがくれた~このわきーざーし」
♪ばーちゃーんがくれた~このわきーざーし」
富士の樹海の奥のまた奥。
人外魔境の廃村に備わりし古びた民家に楽し気な歌声が響く。
人外魔境の廃村に備わりし古びた民家に楽し気な歌声が響く。
「ぶえっふ! へーッぐしっ! オッ、オエ~~~ッ!?
なんじゃこりゃホコリっぺぇ~~~!? つかホコリの塊ッス! オエ~~ッ!」
なんじゃこりゃホコリっぺぇ~~~!? つかホコリの塊ッス! オエ~~ッ!」
箪笥から古びた道着を取り出した若き女――里見旭は鼻をすすりつつそれを自分の体にあてがってみせる。
「…どッスか、似合ってるッスか? …ぶええっくし!」
問われた遺影はただ優しき微笑みを返すのみである。
旭も顔をくしゃくしゃにして笑みを返した。
旭も顔をくしゃくしゃにして笑みを返した。
「…にひひ、道着干して、風呂入って身ぃ清めたら…いよいよ行って来るッス」
線香に指で火を灯し、供えた。
優しい煙が穏やかな空間に溶け込んでゆく。
優しい煙が穏やかな空間に溶け込んでゆく。
「…前から言ってたッスけど…これを機にしばらく外に出てみるッス
盆と正月には帰るつもりッスけど…」
盆と正月には帰るつもりッスけど…」
どこか緩んだ旭の表情が、少しだけ引き締まる。
その内ではこれまでの村での…、そして祖母と過ごした17年間が回想されていた。
その内ではこれまでの村での…、そして祖母と過ごした17年間が回想されていた。
スッと衣を正し、正座の姿勢を作った旭は両の手を添え、畳に頭を落とした。
「いままで…お世話になりました」
【2】辺境の村
「べション!油断すンなよ!」
「負けても泣くな!」
「負けたらおれ達がカタキをとってやる!!」
「…あの、これ…お守り…」
「負けても泣くな!」
「負けたらおれ達がカタキをとってやる!!」
「…あの、これ…お守り…」
「あーあーあー…うるっせぇお子様方だ」
辺境の村の端の広場で無頼の達人――師範べションはぶっきらぼうな言動に反し、だらしなく頬を緩めた。
丁寧に一人一人に言葉をかけ、手を握り、頭を撫で、別れを済ませてゆく。
最後の一人を肩から下ろした後、傍に侍りし大男の胸板にトンと拳を置いた。
最後の一人を肩から下ろした後、傍に侍りし大男の胸板にトンと拳を置いた。
「…“師範”…村を頼みまさぁ」
「イヤミか貴様」
「イヤミか貴様」
顔をしかめた大男に呵々とべションは笑う。
「…いいか、俺は貴様に負けたのだ。その貴様がもし、どこの馬の骨とも判らぬ輩に負けてしまえば…」
ギョロリとべションの梟を思わせる瞳が大きく見開かれた。
――――べションは虚言を“見抜いた”のだ。
――――べションは虚言を“見抜いた”のだ。
「…クソっ、だから貴様はやり辛い…!」
全てを語らせるのは野暮と、べションは穏やかに笑い、子供達にしたの同じようにポンポンと大男の肩を叩いてみせた。“大丈夫、あっしは勝ちやす”――という意志を乗せて。
そうして息を大きく吸う。
「嗚呼呼呼呼呼呼―ッ!! 村の皆々様ァーッ!! あっしはしばらく留守にしやす!! 何かあれば“親友”が皆様を守りやす!! …こんな汚らしい流浪の身を受け入れて下すった皆々様には…感謝してもしきれねぇでがす!! どうか…どうかお達者でェ!!」
“親友”と拳を突き合わせ、ワイワイと騒ぎ立てる子供の声を背に、村を立たんとする無頼の精兵を一人の女が引き留めた。
「…もし!」
その行動を契機とし、一人・二人と…村の大人たちが各々の家から探るように姿を現す。
やがて彼らは輪となりべションを取り巻く。
やがて彼らは輪となりべションを取り巻く。
「べション様…これを旅の足しにしてください」
意を決した女が口を開く。差し出されたのは僅かばかりの金子であった。
「本当はもっと早くお礼を言わなきゃいけなかったのに…ごめんなさい、私達、みんな臆病で…!」
そこからは、雪崩のようであった。
「ウチのガキ…咳ばっかしてたんだがよォ…アンタに習うようになってからすっかり元気になって…その、感謝…してたんだ…」
「大猪の時はありがとう…あんたがいなけりゃ俺ァきっと…」
「これ…好きなんだろ? 食って精をつけてくれ!」
「うちの子気弱で…子供らの集まりにも顔出せなかったんです…。 でもべションさんが皆と遊んでくれるようになってからは自然と輪に入れるようになって…。 感謝してもしきれません…っ。 そのお守り…私も一緒に縫ったんです。 どうか、武運長久を」
「べション様は――」「ずっと黙っててごめ――」「村の守り神――」「ホモビ――」
「大猪の時はありがとう…あんたがいなけりゃ俺ァきっと…」
「これ…好きなんだろ? 食って精をつけてくれ!」
「うちの子気弱で…子供らの集まりにも顔出せなかったんです…。 でもべションさんが皆と遊んでくれるようになってからは自然と輪に入れるようになって…。 感謝してもしきれません…っ。 そのお守り…私も一緒に縫ったんです。 どうか、武運長久を」
「べション様は――」「ずっと黙っててごめ――」「村の守り神――」「ホモビ――」
「なんでぇなんでぇ…揃いも揃って…! …まるで今生の別れみてぇじゃねぇですか」
辺境の村の端の広場で、男は温い世界の幸福を噛みしめた。
くつくつとベションは笑った。
不格好でへたくそではあったが、確かに笑った。
猫背気味の背を真っすぐに伸ばし、天を仰ぐ。
ゆっくりと手を天に伸ばし、星をつかみ取るような動作をする。
不格好でへたくそではあったが、確かに笑った。
猫背気味の背を真っすぐに伸ばし、天を仰ぐ。
ゆっくりと手を天に伸ばし、星をつかみ取るような動作をする。
「なぁに、すぐに戻ってきやす。
土産は――――“星”でよぉござんすね?」
土産は――――“星”でよぉござんすね?」
■
ダンゲロスSS MY STARS
「里見 旭」 vs 「師範べション」
「里見 旭」 vs 「師範べション」
【後継の巨星、堕つ】
■
【3】邂逅
「こっちッスか!? それともコッチ!?」
周囲で一番高い砂丘の上に、放映カメラを探してきょろきょろと周囲を見渡す若き女――里見旭の姿があった。
そのシルエットは奇形。歴史を感じさせる半袖の道着袴はともかくとして、背後を彩る多量のノボリが過剰な主張を放っている。
「正剣ネオストロング里見流」「簡単な運動で驚きのダイエット効果!」「初月レッスン無料!」「入会費・年会費無料!」…などと謳われたそれらが、乾いた風を受けてたなびく。
そのシルエットは奇形。歴史を感じさせる半袖の道着袴はともかくとして、背後を彩る多量のノボリが過剰な主張を放っている。
「正剣ネオストロング里見流」「簡単な運動で驚きのダイエット効果!」「初月レッスン無料!」「入会費・年会費無料!」…などと謳われたそれらが、乾いた風を受けてたなびく。
「どうもッス! 正剣ネオストロング里見流の開祖! 里見旭と申す者ッス!」
どこに向けるでもなく、声高らかに宣言する旭。
「今日は私の考えた流派…『正剣ネオストロング里見流』の宣伝に来たッス! テレビの前のみんな~~! よろしくッス!!」
…遠巻きにその声と姿を目にした男――師範べションは息を呑んだ。
「ネオストロング里見流はすげーんス! 『里見流』っちゅー関ケ原の頃から続く暗殺…
じゃなくて…にっ、忍術みてーな武道流派があって! それを現代版にアレンジした健康体操なんス! すげー健康によくて、誰でも簡単にできるんス! すげぇッス!」
じゃなくて…にっ、忍術みてーな武道流派があって! それを現代版にアレンジした健康体操なんス! すげー健康によくて、誰でも簡単にできるんス! すげぇッス!」
――――「師範べション」は安い言葉を使えば「比類無き天才」であった。
彼は五体満足である。
それが闇の格闘世界という臨死の修羅界に身を置き、三十という齢まで戦い続けた者としては、どれだけ異常なことか想像に難くない。
彼は五体満足である。
それが闇の格闘世界という臨死の修羅界に身を置き、三十という齢まで戦い続けた者としては、どれだけ異常なことか想像に難くない。
今日この日に至るまで、彼は同門の“師範”と謳われし最高位の使い手を何度も討った。
それでもなお、べションは無敗、ベションは健在。
彼は、強過ぎた。
それでもなお、べションは無敗、ベションは健在。
彼は、強過ぎた。
「ちょっとググったらわかっちゃうんであらかじめ言うんスけど…『里見』って昔はかなりヤバくって…修行者に鉄食わせたり、煮えた重油の中に放り込んだり、精巧な死んだふり覚えさすためにマジで半殺しにしたり…ちょっと「それはど~かな~」と思う様なヤベェ修行のオンパレードだったんス! …だけどもご安心! 正剣ネオストロング里見流はホントに誰でもできる簡単な体操なんス! 『里見』のエグやべーところと、怖ぇーところを全部ペッってしたッス! …魔人じゃなくても、体が弱くっても…ほんっ~~~~とーに誰でもできる…それが『正剣ネオストロング里見流』ッス!」
――――「師範べション」は戦いに飽いていた。
幾百幾千の死闘を超えて無敗。
『自分が鍛えた技を振るえば相手が一方的に死んでしまう』…それがベションにとっての“死闘”であり、退屈な日課であった。
『坊』 と呼ばれし修行時代にはじめて人を殺めた時のあの高揚感は…あの達成感は…あの罪悪感は…繰り返される“死闘”の中で無に近似できるほどに薄れていった。
幾百幾千の死闘を超えて無敗。
『自分が鍛えた技を振るえば相手が一方的に死んでしまう』…それがベションにとっての“死闘”であり、退屈な日課であった。
やがて月日を経て、彼の中の天秤は傾きを変える。それが戦いから離れる契機となった。
ベションは、あまりにも簡単に摘めてしまえる「儚き命」に同情したのだ。
ベションは、あまりにも簡単に摘めてしまえる「儚き命」に同情したのだ。
――――『あんときのあっしは命のやり取りをアリだと思ってた、今のあっしはそこまでするこたぁねえんじゃねえかと思ってる』
「命」と「戦い」…そのどちらも彼にとって無価値と成り果てた。
故の達観、故の隠居。
故の達観、故の隠居。
「あたし、目ぇいいんスよ! 人の体や動き見て、どこがつえーかよえーか、バッチリわかるッス! だからその…もし、テレビの前のみんなが門下生になってくれたら、一人一人にぴったりな体操をアドバイスできるッス! スポーツで結果出したかったり、痩せたかったり…筋肉つけたかったり…あとは、ナイショなんスけど…好きな子を仕草や匂いで惚れさすチョイ技なんかもあるッスよ? 里見マジ無敵なんス! すげ~~んスよ!」
『――この世界には、アンタッチャブルな存在、不可侵と言っていいほどの強さを持つ六人がいる。通称【MY STARS】』
『ふざけた話だと、ベションは常々思っていた。 』
『どこの誰とも知れぬ存在に、《上》と《その他》を決められている現状に我慢がならなかった』
『ふざけた話だと、ベションは常々思っていた。 』
『どこの誰とも知れぬ存在に、《上》と《その他》を決められている現状に我慢がならなかった』
それは強者故の憤りであった。
「やり合う機会が無いだけで、それさえ訪れれば自分が劣るはずがない」
…口に出したことはないが、そのような想いがベションの中にはあった。
「やり合う機会が無いだけで、それさえ訪れれば自分が劣るはずがない」
…口に出したことはないが、そのような想いがベションの中にはあった。
実際に【星】を――正確には、【星の後継者】を目にする今日この日までは。
「入会金とか月謝とかはいらねーッス! とにかくあたしと一緒に学んでくれる門下生が欲しいッス! とにかく…『里見』って名をこの世に遺してぇんス! …タダより高いモンはねぇ、ってことで警戒されるのヤなんで、すげぇ正直に言うんすけど…あたし、たぶん流派『里見』最後の生き残りで、…でもってあと3年くらいで寿命迎えて死んじゃうんスよ! やべぇッス! 里見失伝のピンチなんス! 助けて欲しいッス~~~!!」
師範ベションは無意識に両の手をポケットに入れ、『構えて』いた。『構えさせられていた』。
構えとはすなわち、個々の武道家が持つ最良の姿勢、心の拠り所。
構えとはすなわち、個々の武道家が持つ最良の姿勢、心の拠り所。
ベションは比類なき天才であり、万夫不当の豪傑である。
だからこそ気付いてしまった。だからこそ――“見抜いて”しまった。
だからこそ気付いてしまった。だからこそ――“見抜いて”しまった。
銃の愛好家が仕込み銃に気付くように…あるいは一流のプログラマーが在野のウィルスコードに精緻さに称賛を送るように…ベションは格闘技を極めし者であるが故に、目の前の存在の信じがたい力量を感じ取ったのだ。
「マジ…頼むッス!! このと~りッス! 人守ったり、力仕事とかも得意なんで、そういうオファーでもいいッス! マジでなんでもするんで、まずは『里見』を知って欲しーッス! …あたし、『里見』が好きなんス! …里見の村の奴ァバカばっかで…もう誰よりもつえーのにそれでも最強目指してあーだこーだ研究しまくって…そのせいで神さまとか偉い人とかに嫌われまくったんスけど…けど…あたしは、やっぱり好きなんス。 わかるんス、あたしもバカだから、スゲー…“わかる”んス…! だから、亡くしたくねーッス!」
ベションが何の力もない「儚き命」であれば、里見旭を恐れることなど無かっただろう。
「テレビの前のみんな」のように「よく喋る、変な格好の女性」という認識でいられればどれだけ幸せだったか。
「テレビの前のみんな」のように「よく喋る、変な格好の女性」という認識でいられればどれだけ幸せだったか。
魔人の限界を遥かに超えた肉体、立ち振る舞いから滲み出る肉体操作の熟達度、そして喋りながらでもこちらの存在を意識に入れる視野の広さ、加えて得体の知れない圧迫感。
その全てが告げている――――「里見旭はアンタッチャブルな存在、不可侵と言っていいほどの強さを持つ」…と。
その全てが告げている――――「里見旭はアンタッチャブルな存在、不可侵と言っていいほどの強さを持つ」…と。
「…ってなわけで、連絡待ってま~~~す! いつでもどこでも…飛んで行くッスよ! …いや、マジで!!」
自らの前のスペースを指さす旭。
何も無い空間ではあるが、恐らく地上波では連絡先のテロップが入れられているのだろう。
何も無い空間ではあるが、恐らく地上波では連絡先のテロップが入れられているのだろう。
「…サーセン、お待たせしたッス! てか待っててくれてありがとうございますッス!」
いかにも「やりきった~~!」という表情を湛えた旭がベションに向き直った。
砂丘の上と下、距離にして約20m。
砂丘の上と下、距離にして約20m。
ベションは声を絞り出せずにいた。構えを解けば気をもっていかれそうになるだけの存在圧力を前に、膝を…心を折らずにいることが精いっぱいであった。
長い髪に隠れた梟が如き瞳と、爛々と輝く太陽の如き瞳が互いを映しあった。
瞬間、じゅるりと、里見旭が涎を拭った。
瞬間、じゅるりと、里見旭が涎を拭った。
「ヤッべ~~~~!! ベションさんめっちゃつええ人じゃねぇッスか!! 目ぇみりゃわかるッス! それにその体……どうなってんスか!? やばくねぇッスか!? ぶっちゃけ人間やめてるっしょ?? すげ~~~~!!」
喋りながら、スタスタと間合いを詰める旭はピタリとある地点で脚を止めた。
―――――それは腰に提げる刀剣の間合い。
その一戦を超えれば試合がはじまるであろうという認識が、言葉を交わさずとも両達人にはあった。
―――――それは腰に提げる刀剣の間合い。
その一戦を超えれば試合がはじまるであろうという認識が、言葉を交わさずとも両達人にはあった。
「『正剣ネオストロング里見』“開祖”、里見旭ッス! 対戦よろしくお願いしますッス!」
「…『“ジイ”クンドウ』“師範”、ベション…その不遜、堕とさせていただきやす…!」
【4】前戯
「正剣ネオストロング里見流ッ! ストーン・ファイア!!」
日に焼けた砂を素足が蹴った。
冗談のような量の砂をまき散らし、旭の体が急加速する。
冗談のような量の砂をまき散らし、旭の体が急加速する。
「かっ・らっ・のぉ~~~? …ファントム・フレ~~~イム!」
里見旭が――――“抜いた”
単調で大雑把な斬り上げをベションは薄皮1枚の距離で“見抜き”、避け、
そして――――“抜いた”
そして――――“抜いた”
スコッ
晴れた砂漠に快音響く。
ベションが狙いしは振り上げにより無防備となった脇腹であった。
タイミングは完璧、剣撃に重ねるように置かれたその拳打は本来であれば不可避。
しかし里見はそれに合わせて尋常ならざる筋力をもって、刃を強引に引き戻し、迫り来る拳前へと置いた。
故に達人の拳は寸止めにて空を撃つことを余儀なくされた。
ベションが狙いしは振り上げにより無防備となった脇腹であった。
タイミングは完璧、剣撃に重ねるように置かれたその拳打は本来であれば不可避。
しかし里見はそれに合わせて尋常ならざる筋力をもって、刃を強引に引き戻し、迫り来る拳前へと置いた。
故に達人の拳は寸止めにて空を撃つことを余儀なくされた。
「正剣ネオストロング里見流! ファイア・ポッド!」
近間での脚部を狙った刺突。
ベションのジャージの一部が繊維となって宙を舞う。
ベションのジャージの一部が繊維となって宙を舞う。
スコッ
またしても紙一重の“見抜き”を経て繰り出されし、首を狙った拳撃は、やはりまたしても軌道上に置かれた刃に阻まれる。
「正剣ネオストロング里見流! ファイア・フラワー!」
「正剣ネオストロング里見流! オーガ・ファイア!」
「正剣ネオストロング里見流! エア・フレイム!」
「正剣ネオストロング里見流! オーガ・ファイア!」
「正剣ネオストロング里見流! エア・フレイム!」
スコッ スコッ スコッ
剣と拳。
どちらも致命の威力を秘めたそれは互いに本懐を遂げることなく空へと消えてゆく。
どちらも致命の威力を秘めたそれは互いに本懐を遂げることなく空へと消えてゆく。
「正剣ネオストロング里見流ッ! ストーン・ファイア!」
5度の交差を経た後、里見が大きく後ろに跳び、間合いを切った。
「やっぱベションさんつええええッス!! 見切りヤバ過ぎッス! あったんねぇの!」
爛々と輝く旭の瞳とは対照的に、ベションの瞳は暗く沈んでいた。
手を合せたからこそより明確に分かる力量差がそこにはあった。
手を合せたからこそより明確に分かる力量差がそこにはあった。
「(まるでお子様相手の稽古じゃねぇですか…)」
刹那を競うはずの格闘戦の中で里見旭は悠長にも己が技の名を叫んでみせた。
それの意味するところを、…“見抜き”を得意とするベションは余すところなく理解していた。
『里見旭は攻防を行う前から予知のような精度で互いの動きを“見抜いて”いる』…と。
それの意味するところを、…“見抜き”を得意とするベションは余すところなく理解していた。
『里見旭は攻防を行う前から予知のような精度で互いの動きを“見抜いて”いる』…と。
「いや~~! ベションさんみたいにつえー人と『戦えて』よかったッス! 『次で終わり』ッスけど、めっちゃ楽しかったッス! …あ、ちなみに能力使わなくていいッスか? 次で終わったら抱え落ちになっちゃうッスけど……。 まぁ、テレビで能力晒したくねーって気持ちもわかるんで、お好きにどうぞッス!」
そう言い、旭は納刀した。
左手が鞘に添えられる。
左手が鞘に添えられる。
「正剣ネオストロング里見流ッ! サンダー・ファイアッ!!」
それはただひたすらに早いだけの踏み込みに、ただひたすらに早いだけの抜刀を重ねた、世にありふれた居合抜きであった。
…だがそれは同時に、里見が数度の攻防を経てベションの能力上限を見抜いた上で「この速度ならば躱せまい」という確信をもって放った一撃でもある。
“里見”という名の種族値の暴力が拳聖の胴を撃った。
…だがそれは同時に、里見が数度の攻防を経てベションの能力上限を見抜いた上で「この速度ならば躱せまい」という確信をもって放った一撃でもある。
“里見”という名の種族値の暴力が拳聖の胴を撃った。
【5】本番その1
「あれ……? 気ィ失ってないんスか!? さては何か能力使ったッスね!?」
熱気滾る砂に仰向けに倒れた師範に駆け寄ってきた旭から声がかけられる。
「…アンタ…“なんで”…っ!」
ベションはありったけの怒りを視線に込め、その行い咎めた。
「刃では無く峰で撃った」ことを、「追撃を行わなかった」ことを。
「刃では無く峰で撃った」ことを、「追撃を行わなかった」ことを。
そのどれもが真剣勝負からかけ離れた…相手を愚弄する行為であったからだ。
「あー」とバツの悪そうな声を出し里見はぺこりと頭を下げた。
「あー」とバツの悪そうな声を出し里見はぺこりと頭を下げた。
「気ぃ悪くしたならサーセンッス! …ただ、そこまでやんなくていいかな~って。 ホラ、これテレビの前のみんなも見てる『楽しい格闘大会』じゃないッスか! …だから血ぃとか腸とか出ちゃうとビックリすっかなーと思って…! …ちな、まだやるッスか?」
それを聞いたベションは瞬間、己が振る舞いを回想した。
『…イキなせえ。死んじまっちゃあ、出来ることが減っちまいやすぜ?』
『あんときのあっしは命のやり取りをアリだと思ってた、今のあっしはそこまでするこたぁねえんじゃねえかと思ってる』
『…イキなせえ。死んじまっちゃあ、出来ることが減っちまいやすぜ?』
『あんときのあっしは命のやり取りをアリだと思ってた、今のあっしはそこまでするこたぁねえんじゃねえかと思ってる』
今の里見旭と自分の在り方が重なる。
「…すまねぇなぁ、カキン。お前さんも…こんな気持ちだったのか…?」
ふと口をついて出たのは…同じ釜の飯を喰らった盟友の名だった。
ベションの生き方・思考はその圧倒的な強さに基づき変質していった結果だ。
比類無き強さはいつしか彼に手を“抜く”ことを教え、一方で“抜かれる側”の気持ちを想像できぬよう劣化させていった。
比類無き強さはいつしか彼に手を“抜く”ことを教え、一方で“抜かれる側”の気持ちを想像できぬよう劣化させていった。
自害しそうになったカキンに「何もそこまで…」という感想を抱いた己をベションは恥じた。
ほっ、と勢いをつけて起き上がったベションは撃たれた腹をさすりながら星に語り掛ける。
「…もう1本だけ…次は真剣に立ち会っていただけやせんか…」
「いやっ…今もまぁまぁ真剣だったんスけど!? …あれっすか、命のやりとりとかいう、そういう“真剣”ッスか? …けど、命とったりとられたりって重くねーっすか? 時代じゃねーと思うんスよね~! 正直、あんましノリ気になんねぇッス!」
「…ならこうしやしょう…あっしが勝ったら『アンタ様の死』を願いやす。
そうすりゃアンタは真剣にならざるを得なくなる」
そうすりゃアンタは真剣にならざるを得なくなる」
「は……? えええええ~~っ!? なんでそんなことすんスか!? ひでーッス! そんなあたしのこと嫌いッスか!? 会ったばっかなのに!!?!?」
素直な反応にくつくつと男は笑った。
「…ちがいやす、どちらかといやぁ好きまでありまさぁ。下手すりゃあっしはこの奢りを気付かねぇまま墓まで持ち込んでやした。在り方を正してくれたアンタには感謝しかねぇ…」
だからこそ…と師範は続ける。
「…あっしは全力で本気のアンタにぶつかってみてぇ。 …隠居が長くて忘れてやしたが、あっしは武道家でやんした。 その血が騒ぐんでさぁ。 『強大なアンタを倒せ』と、『星を堕とせ』…とね。 それと…アンタだけに不利は負わせやせん」
そういうと、師範は大声を張り上げた。
「運営さん!聞こえやすかァー!! あっしが負けたら、『治療はナシ』でおねげぇします! …へへェ…どうでやす、これで命がけは対等でさぁ」
「うっへええええ!? さらに意味わかんねぇッスよ!? 『命賭ける』『命賭ける』って…小学生っすか!? ダメっすよ~~そんなポンポン賭けちゃあ!」
「…頼みやす」
ベションの真摯な願いに、里見は困ったような顔をして、それから少し何かを考え…そして顔をくしゃくしゃにして笑んだ。
「ベションさん…めっっっっちゃバカッスね! …でも、そういうとこ、里見のみんなみたいで嫌いじゃねーッス! イイッスよ! 命がけでやりましょう! ああ…それと、あたしも! …『リーさぁあああああん!!あたしも負けたら治療イラネーッス!!』」
「アンタァ…!」
「これでホントの対等ッス! …せっかくの“願い”は肉とか、ラーメンとか…なんかもっといいことに使った方がいいと思うッス!」
「かたじけねぇ…。 我儘ついでにもうひとつ…!
“1分”…時間を恵んでくだせぇ。 あんたと張り合うにはあっしはなまり過ぎやした」
“1分”…時間を恵んでくだせぇ。 あんたと張り合うにはあっしはなまり過ぎやした」
「イイッスよ~! じゃあこれが全部落ちたらその時に真剣勝負スタートってことで!」
そう言って背に差したノボリの金属パイプに砂を詰め、先端をギュッと指で細めてねじった。
サラサラと流れ落ちる砂が刻を刻む。
サラサラと流れ落ちる砂が刻を刻む。
「…何から何までかたじけねぇ」
そう言うが早いか、ベションは自らの手のひらでもって顔を撫でまわした。
いかなる理屈か、髪・ヒゲをはじめとする毛が刈り取られていく。
十秒も経たぬうちに丸刈りとなった男の精神テンションは…『坊』 と呼ばれし修行時代の頃へと還っていた。
いかなる理屈か、髪・ヒゲをはじめとする毛が刈り取られていく。
十秒も経たぬうちに丸刈りとなった男の精神テンションは…
深く息を吸い、自然体のまま、ただ立ち尽くす。
――《沈降》
意識を自らの深くへと沈み降ろし、気を丹田へと集める。
「おおーっ! 錬気ッスか!」
――《沈降》
里見の言葉など耳に届かぬレベルまで集中したベションはひたすらに気を溜めてゆく。
――《沈降》
――《吟》
溜めた気を圧縮するように練る。
丹田に深く沈めた生命エネルギーを固め、より高度な状態へと昇華させる。
丹田に深く沈めた生命エネルギーを固め、より高度な状態へと昇華させる。
――重ねて…≪吟≫ッ!
泥から団子を捏ねるように、雑味溢れる生命エネルギーを清らかなエネルギーの凝縮体へと変換してゆく!
「チンコォ…ギン………ギン…っ!」
≪沈降≫そして≪吟≫≪吟≫
粒子加速器のようにそのエネルギーはどんどんと重点速度を増してゆく!
粒子加速器のようにそのエネルギーはどんどんと重点速度を増してゆく!
≪沈降≫≪吟≫≪吟≫ ≪沈降≫≪吟≫≪吟≫
≪沈降≫≪吟≫≪吟≫ ≪沈降≫≪吟≫≪吟≫
≪沈降≫≪吟≫≪吟≫ ≪沈降≫≪吟≫≪吟≫
「チンコォ…ギンギンっ! チンコォ!ギンギン!
チンコォ!!ギンギン!! チンコォォォ!! ギンッ…ギンッッ!!!」
チンコォ!!ギンギン!! チンコォォォ!! ギンッ…ギンッッ!!!」
練り上がった膨大な生命エネルギーを ―― ≪敏≫
次は体中に素早く拡散させる!
次は体中に素早く拡散させる!
重ねて――≪敏≫ッ!
駆け巡る濃厚な生命エネルギ-は肌を血の色に変え、筋肉を怒張させる。
“一見痩躯”と評されるベションの肉体はいまや一回り大きく盛り上がり、全身が朱に染まっていた。
浮き出る血管が並々ならぬ滾りを伝えて来る
“一見痩躯”と評されるベションの肉体はいまや一回り大きく盛り上がり、全身が朱に染まっていた。
浮き出る血管が並々ならぬ滾りを伝えて来る
≪沈降≫≪吟≫≪吟≫ ≪沈降≫≪敏≫≪敏≫
≪沈降≫≪吟≫≪吟≫ ≪沈降≫≪敏≫≪敏≫
≪沈降≫≪吟≫≪吟≫ ≪沈降≫≪敏≫≪敏≫
「チンコォ…ギン・ギンッ! チンコォ…ビン・ビンッ!
チンコォギンギン!! チンコォビンビンッ!
チンコギンギン、チンコビンビン、チンコギンギン、チンコビンビン……――――」
チンコォギンギン!! チンコォビンビンッ!
チンコギンギン、チンコビンビン、チンコギンギン、チンコビンビン……――――」
その錬気は留まるところを知らず、さながら蒸気機関のように加速してゆく。
その様を見ていた旭が目を細め、ポツリと呟いた。
その様を見ていた旭が目を細め、ポツリと呟いた。
「…リーさん、カメラ止めてもらうことってできねーッスか? …これ、たぶん…『ネオストロング里見流』じゃ抑えらんないッス」
「チンコギンギン、チンコビンビン、チンコギンギン、チンコビンビン!
チンコギンギン、チンコビンビン、チンコギンギン、チンコビンビン!!
チンコギンギン、チンコビンビン、チンコギンギン、チンコビンビン!!!
…ぬうおおおおああああああああああああああああッ!!!!」
チンコギンギン、チンコビンビン、チンコギンギン、チンコビンビン!!
チンコギンギン、チンコビンビン、チンコギンギン、チンコビンビン!!!
…ぬうおおおおああああああああああああああああッ!!!!」
――≪捨生の相≫
煮え滾るマグマが如き気を内に巡らせる…文字通り命寿を引き換えにした流法であるッ!
――さらりと、最後の砂が流れ落ち戦いの火蓋が切って落とされた。
【6】辺境の村1
村の中央に設置された特大テレビの前で、ざわつく村民達など意にかいさず大男――カキンは拳を固く握りしめていた。
「(嗚呼、ベションよ…! それほどの…“それほどの相手”なのだな!)」
同門であるが故に≪捨生の相≫を知るカキンは、己が動揺を隠せずにいた。
彼らの大老師オナキン・スカイウォーカーがその相を用い、わずか3分で命を枯らしきった忌まわしき記憶がカキンの脳内に蘇る。
彼らの大老師オナキン・スカイウォーカーがその相を用い、わずか3分で命を枯らしきった忌まわしき記憶がカキンの脳内に蘇る。
それと同時にカキンは激しい悲しみに襲われていた。
師範ベションは天才だった。
ある日ふらりと現れたかの少年は後発にも関わらず、あれよあれよという間にその技を磨き上げ、最年少で師範の座まで上り詰めた。
いつでも飄々として自由気ままな彼をカキンは憎み、妬み…しかしそれ以上に憧れていた。
ベションの相手が…あの“師範ベション”がはじめて本気を出した相手が自分で無いという事実が、彼の心を焼いていた。
師範ベションは天才だった。
ある日ふらりと現れたかの少年は後発にも関わらず、あれよあれよという間にその技を磨き上げ、最年少で師範の座まで上り詰めた。
いつでも飄々として自由気ままな彼をカキンは憎み、妬み…しかしそれ以上に憧れていた。
ベションの相手が…あの“師範ベション”がはじめて本気を出した相手が自分で無いという事実が、彼の心を焼いていた。
「(嗚呼、ベション! ベションよ…! どうか…せめて、勝ってくれ!!)」
ぎりりと握りしめた拳から、一筋の血が流れた。
【7】本番その2
――その攻防は一瞬の…たった一撃の交差であった。
「ぬうあああああああっ!!!」
ベションの猛烈な突撃で砂地が爆ぜる!
――≪里見流・幻眩炎≫
大雑把な斬り上げと同時に刀身が燃え、旭が手に持つ刀から、1メートルほどの巨大な炎が立ち上った。上昇気流に乗って渦巻く大炎は旭の姿をすっぽりと覆い隠す。
炎など知ったことかと邁進したベションが里見の傍の砂を踏みつけた瞬間、じうっという鈍い音と共にその動きが僅かに鈍った。
――≪里見流・火鉢≫
地に突き立てた刃の先端が砂を熱し、灼熱の領域を形成していた。
それでもベションは止まらぬ!
履物が焼き切れようとも、素足が煙を上げようとも、力強く砂地を踏みつけ加速した。
履物が焼き切れようとも、素足が煙を上げようとも、力強く砂地を踏みつけ加速した。
――≪里見流・雷火≫
――≪咒印≫
――≪咒印≫
鞘の内に炎を生じさせ、その空間斥力を持って居合の速度を水増しする里見の奥義と、
相対距離を縮めることによって手刀居合の速度を水増しするベションの奥義が互いに放たれた。
相対距離を縮めることによって手刀居合の速度を水増しするベションの奥義が互いに放たれた。
ドッ!! ピュウウウウウウウウウウウウン!!
音速を超えたベションの突きは衝撃波を起こし、風を切り刻み、大量の砂を巻き上げた。
【8】里見の者
「♪い~い湯ッだ~な~~」
人里へ降りる前、里見旭は身を清める為に里見の炎術使い御用達の修行場…通称“地獄の釜”にて汗を流していた。
一糸纏わぬ裸体をゴポゴポと煮えたぎるマグマにつけて、里見旭は鼻歌を歌う。
――そう、ご存じマグマ風呂である!
一糸纏わぬ裸体をゴポゴポと煮えたぎるマグマにつけて、里見旭は鼻歌を歌う。
――そう、ご存じマグマ風呂である!
里見の能力は「刀に炎を灯したり消したりすることができる能力」である…が!
里見の一族は命を賭し、自身の強化…すなわち魔人能力の拡張に代々力を入れてきた。
里見の一族は命を賭し、自身の強化…すなわち魔人能力の拡張に代々力を入れてきた。
幼い頃より刀を煎じた粉を服用することで、自分の体を…その血肉を“刀”と認識し、自身の周囲に自在に炎を生じさせられることを可能とした。
旭は物心ついてからこの修行法を知り、祖母の目を盗み脇差一本をすり身(?)揚げにして平らげた。(あとでバレてめちゃめちゃおこられた!)
旭は物心ついてからこの修行法を知り、祖母の目を盗み脇差一本をすり身(?)揚げにして平らげた。(あとでバレてめちゃめちゃおこられた!)
更に里見の一族は貪欲だった。
「炎を消す」という文言を拡張し、どこまでが可能でどのような応用ができるか…と命を賭して研究を加え続けた。
その最終成果がこのマグマ風呂である。
「炎を消す」という文言を拡張し、どこまでが可能でどのような応用ができるか…と命を賭して研究を加え続けた。
その最終成果がこのマグマ風呂である。
結論、発炎能力と消炎能力というのは周囲の空間操作能力に他ならなかった。
「炎が完全に生じない空間」を体表に薄く纏うことによって、外部からの一切を遮断可能とした。
怪鳥に火を吐きかけられようと、火炎に包まれようとも、焼けた砂地を素足で踏もうとも…里見旭が揺るがない理由はここにある。
「炎が完全に生じない空間」を体表に薄く纏うことによって、外部からの一切を遮断可能とした。
怪鳥に火を吐きかけられようと、火炎に包まれようとも、焼けた砂地を素足で踏もうとも…里見旭が揺るがない理由はここにある。
【9】決着
「やっ……べぇ……!」
濛々と立ち込める砂埃が晴れ、衝撃波で吹き飛ばされた里見旭が体操服姿で現れた。
その身に纏っていた古めかしい道着は吹き飛び、その艶めかしい四肢には軽度の裂傷が刻まれている。
その身に纏っていた古めかしい道着は吹き飛び、その艶めかしい四肢には軽度の裂傷が刻まれている。
「やっべぇッス! ばーちゃんから貰った一張羅がこなごなッス~~~!! やっちまったァ~~~!!」
里見が誇る空間断絶の鎧を奇しくも同じ系統の空間操作能力“咒印”によって意図せず相殺され、衝撃波のダメージを丸々貰う事になった旭であったが、そこは里見特有の基礎耐久の高さで難なく受け切った。
軽傷は負ったものの、未だ開戦時と変わらぬ元気さを讃えている。
軽傷は負ったものの、未だ開戦時と変わらぬ元気さを讃えている。
一方で、師範ベションは……!
【10】辺境の村2
「ベションーッ!!」
「せんせい!!」
「何寝てんだぁー!しっかりしろ!!」
「…ううっ……ああああ…」
「せんせい!!」
「何寝てんだぁー!しっかりしろ!!」
「…ううっ……ああああ…」
大きなテレビには半ばまで砂に埋まった師範ベションの姿が映されていた。
目は虚ろで、皮膚は老人のような皺を刻み、黒かった眉は白くその様を変えていた。
目は虚ろで、皮膚は老人のような皺を刻み、黒かった眉は白くその様を変えていた。
「ぬおおおおおっ!!! ベションーーーッ!! 立ってくれェーーーー!!!」
どの村人より…否、どの子供たちより大きな声を張り上げし大男の祈りが村を揺らした。
「頼むゥーーーッ!! ベショーーーーーン!!」
心のどこかでは…無理だとわかっていた。
≪捨生の相≫を使った以上、完全なる死が待ち受けていることは自明。
≪捨生の相≫を使った以上、完全なる死が待ち受けていることは自明。
それでも…男は叫ばざるを得なかった。
理屈ではない激情が男を突き動かした。
理屈ではない激情が男を突き動かした。
「起きろォーーーー! マスター!! ベショーーーーーーン!!」
【11】決着
砂漠に一陣の風が吹いた。
砂漠に一陣の風が吹いた。
「…うるせえですよ、お子様方。そんなにでかい声出さなくても、あっしには聞こえやす」
ゆらりと目覚めるように立ち上がった師範には確かに“聞こえて”いた。
砂一粒一粒の擦れる音が、遥か上空のハゲタカの鼓動が…そして数百里離れた辺境の村の声援が。
砂一粒一粒の擦れる音が、遥か上空のハゲタカの鼓動が…そして数百里離れた辺境の村の声援が。
ベションには見えていた。
大気の渦巻きが、数里離れたオアシスの緑が…そして、里見旭を覆う薄い能力被膜が。
大気の渦巻きが、数里離れたオアシスの緑が…そして、里見旭を覆う薄い能力被膜が。
それは全ての精を吐き出しきった…≪捨生≫を超えた者だけがたどり着ける臨死の境地。
くぁ、と小さくベションはあくびをした。
全てを吐ききり自身を空の≪器≫とし、世界と同化した彼にはこの世の≪全≫てが…森≪羅≫万象が…己の一部として認識できるようになっていた。
くぁ、と小さくベションはあくびをした。
全てを吐ききり自身を空の≪器≫とし、世界と同化した彼にはこの世の≪全≫てが…森≪羅≫万象が…己の一部として認識できるようになっていた。
――《全羅大器・宙念の相》
キュウと、獣のように里見の光彩が絞られる。
「…やべぇ、見えねえ…!」
里見旭の強さの根幹はその無体な能力でも頑強過ぎる肉体でもない。
彼女を最強たらしめているのは異常なまでの勘所の良さである。
――それが今は働かない。
ゆらりと立ち上がったベションからは何の意志も予兆も感じ取ることができない。
彼女を最強たらしめているのは異常なまでの勘所の良さである。
――それが今は働かない。
ゆらりと立ち上がったベションからは何の意志も予兆も感じ取ることができない。
ただ、漠然とした予感だけはあった。このままでは不味いと、動かねば死ぬと。
あても無く地を蹴る。
あても無く地を蹴る。
【シコッ!】
「ッ……!」
里見旭は悲鳴をあげない。
そんな暇があれば、事態を見極めるべく思考を加速させるべきだ。
そんな暇があれば、事態を見極めるべく思考を加速させるべきだ。
「遥か遠間」から「音と同時」に攻撃を受け、耳を含めた左側頭部を抉られた。
抜け目なくそぎ落とされた耳を拾って懐へ仕舞う。
抜け目なくそぎ落とされた耳を拾って懐へ仕舞う。
【シコッ!】
脚を削られた。破壊痕を目視する。
綺麗なキューブ状の痕。里見の能力被膜も耐久も無視した攻撃能。
綺麗なキューブ状の痕。里見の能力被膜も耐久も無視した攻撃能。
「…ああ、ハァ…ッ! “見えた”…ぜ!」
里見旭は二ィ…と笑った。
彼女は叫び出しそうな…情動にも似た感情を内で爆発させた。
彼女は嬉しかった。産まれてはじめて――全力を出せる。
この相手はそれに足る強敵だ!
彼女は叫び出しそうな…情動にも似た感情を内で爆発させた。
彼女は嬉しかった。産まれてはじめて――全力を出せる。
この相手はそれに足る強敵だ!
【12】里見晶の願い
「…“最強の敵”…ですか?」
高層ビルの最上階に位置する応接間にて、秘書が怪訝そうに聞き返した。
老婆は温かい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
老婆は温かい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
「そうです。
僕の孫は強過ぎて…遊び相手がいないんです。
僕では、とても相手になってあげられない…」
僕の孫は強過ぎて…遊び相手がいないんです。
僕では、とても相手になってあげられない…」
どこか寂しそうな表情を浮かべた老婆は「だから」…と、話を続ける。
「見繕ってあげて欲しいんです。“最強の敵”を。あの子に道を示す誰かを。
…僕はあと5年以内にこの世を去ります。そうしたらきっとあの子、路頭に迷うと思うんです。そんな時に目標となってくれる誰かが…貼り合える誰かがいれば、きっとあの子は幸せになれるから」
…僕はあと5年以内にこの世を去ります。そうしたらきっとあの子、路頭に迷うと思うんです。そんな時に目標となってくれる誰かが…貼り合える誰かがいれば、きっとあの子は幸せになれるから」
【13】最終決着
【シコッ!】
「シアアアッ!」
――≪里見流・火花≫
炎による剣速を上げた斬撃で、ベションの“空間撃”の1つを相殺した。
刀の先端が削りとられるも、本体に負傷なし!
刀の先端が削りとられるも、本体に負傷なし!
≪全羅≫ベションの編み出した里見対策はすなわち、二撃一対の完全同時空間撃であった。
里見の能力被膜を目視したベションは自身にも同じこと…すなわち、空間拡張による防御及び攻撃が可能であると認識した。
だが一撃ではダメだ、一撃では里見の被膜と相殺するだけで本体にダメージが入らぬ。
里見の能力被膜を目視したベションは自身にも同じこと…すなわち、空間拡張による防御及び攻撃が可能であると認識した。
だが一撃ではダメだ、一撃では里見の被膜と相殺するだけで本体にダメージが入らぬ。
故の二撃。
一撃で防御を削ぎ、同じ個所に撃ち込んだ二撃目の空間削りで命を奪う。
ベションは後にこの技に≪天≫をも落とす双≪牙≫という意味を込め≪天牙≫と名付けている。
一撃で防御を削ぎ、同じ個所に撃ち込んだ二撃目の空間削りで命を奪う。
ベションは後にこの技に≪天≫をも落とす双≪牙≫という意味を込め≪天牙≫と名付けている。
――≪里見流・幻眩炎≫
――≪里見流・石火≫
――≪里見流・石火≫
ゴッ…と炎の渦が目暗ましに立ち昇る。
次の瞬間、里見の脚部から炎が噴出し、もう自由の効かぬ脚に変わり推進力を得る。
次の瞬間、里見の脚部から炎が噴出し、もう自由の効かぬ脚に変わり推進力を得る。
【シコッ!】
迎撃の《天牙》を刀で相殺!
更に空間斥力による強制間合い取りを、ゴリゴリと自身の領域で中和し、距離を詰める。
噴出する炎がベションの空間と中和しその紅さを増す。
更に空間斥力による強制間合い取りを、ゴリゴリと自身の領域で中和し、距離を詰める。
噴出する炎がベションの空間と中和しその紅さを増す。
刀身が尽きれば≪天牙≫を捌く難易度が跳ね上がることであろう。
故の近接!
故の近接!
「ヒィーーーハハハハァ!!」
楽しくて…楽しくて…旭は嗤った!
ゴッ、という音。
頭蓋と頭蓋が付きあわされる。
ゴッ、という音。
頭蓋と頭蓋が付きあわされる。
――《兜合わせ》
武術家同士、額と額を密着させ、超至近距離から勃ち合う、伝統的な手法であるッ!
真剣勝負の終着は奇しくもベション流派の王道に行きついた。
両者の空間侵食能力は拮抗! この局面においてモノを言うのは純粋なる技と力ッ!
真剣勝負の終着は奇しくもベション流派の王道に行きついた。
両者の空間侵食能力は拮抗! この局面においてモノを言うのは純粋なる技と力ッ!
一撃必殺。
「ウッシャアアアアア!!」
里見はあらかじめ自らのそぎ落とされた耳を口に含み、口内でねぶり、機を見計らいベションに吐きかけた!
その血霧が…血液の一粒一粒が…里見旭が“刀”と認識せしそれが一斉燃え上がる!
その血霧が…血液の一粒一粒が…里見旭が“刀”と認識せしそれが一斉燃え上がる!
――≪里見流・鬼火≫
「――シッ!」
それをものともせず、炎撃など花拳繍腿と言わんばかりに最短最速…ベションの居合が放たれた。
――≪里見流・石火≫
――それは本来なら移動術である。
自身の体から炎を噴出させ、推進力を得るための。
自身の体から炎を噴出させ、推進力を得るための。
里見の血肉の一片が大きく火を放ち、精緻極まりないベションの拳打をわずかに逸らした。
頬の肉を抉られながら、旭は折れた刀身を振りかぶっていた。
その先端には燃え滾る炎の刃が生成されている!
頬の肉を抉られながら、旭は折れた刀身を振りかぶっていた。
その先端には燃え滾る炎の刃が生成されている!
――≪里見流・火刀≫
達人同士、それが致命の一撃であることがはっきりと感じ取れた。
ここに来て、ベションの脳内に直近の出来事が瞬時に回想された。
走馬燈…それは死の直前、生きるための術を探し求める生存本能に基づく原始的行動である。
ここに来て、ベションの脳内に直近の出来事が瞬時に回想された。
走馬燈…それは死の直前、生きるための術を探し求める生存本能に基づく原始的行動である。
伸び切った左腕。
今にも振り下ろされる炎剣。
右の腕で迎撃?こちらも能力で逸らす? ……否、間に合わぬ!
今にも振り下ろされる炎剣。
右の腕で迎撃?こちらも能力で逸らす? ……否、間に合わぬ!
無に近似できる極限まで圧縮されし時間のを経てベションの口から出た言葉は……
「――――カキン」
友の名であった。
ベションは右の抜きを繰り出した。
“伸び切った自分の左腕”に向かって!
左腕の手首と肘の間、尺骨がへし折れる。それをそのまま振るう。歪な形になった左の抜き。
それは、友の技。
ベションは右の抜きを繰り出した。
“伸び切った自分の左腕”に向かって!
左腕の手首と肘の間、尺骨がへし折れる。それをそのまま振るう。歪な形になった左の抜き。
それは、友の技。
――≪妙技・中折れ≫
炎剣がベションの脳天を割るより早く、左の抜きが里見の顎を捉えた。
狙いの逸れた炎剣がベションの左腕を切断する。
狙いの逸れた炎剣がベションの左腕を切断する。
旭の両の瞳が小刻みに震え、グルリと上を向いた。
それは脳震盪の付随症状にほかならぬ。
それは脳震盪の付随症状にほかならぬ。
シコーーッ!
原点にして究極!
その勝機を掴むべくベションの右拳が里見の顎を跳ね上げた!
その勝機を掴むべくベションの右拳が里見の顎を跳ね上げた!
「(…まげ…ね゛ェ!)」
――≪里見流・火葬≫
意識を刈り取られる直前、旭は能力を発動した。
汗が、血が…ベションが里見との交戦の最中に体内に取り込んでしまった里見の“刀”が一斉に体内で燃えだす!
汗が、血が…ベションが里見との交戦の最中に体内に取り込んでしまった里見の“刀”が一斉に体内で燃えだす!
「ゴッファ!?」
口から炎を吐きながら、臓腑を焼かれながら…それでもベションの拳が煌めいた。
シココココココココココココッ!!
鼻柱・こめかみ・額・眼球・乳頭・膀胱・顎・心臓・関節!!
鼻柱・こめかみ・額・眼球・乳頭・膀胱・顎・心臓・関節!!
ピストン運動めいた高速連打が…その精緻な打撃が正確無比に急所へと叩き込まれる!
□
「ね~!ばーちゃん!『負ける』ってどんなかんじなんスか~!
なんか負けるのこえーっす! 死ぬまでぜってー誰にも負けたくねーッス!」
なんか負けるのこえーっす! 死ぬまでぜってー誰にも負けたくねーッス!」
「僕は今まで沢山負けて…沢山悔しい想いをしてきたから…『負け』も悪くないって思ってます。
少なくとも負けたことのある人間は、負けた人間に優しくできるようになりますから」
少なくとも負けたことのある人間は、負けた人間に優しくできるようになりますから」
「そんなもんなんスかね~」
「いつか旭を負かしてくれるような…そんな誰かに出会えるといいですね」
□
「……ばぁ……ちゃ……―――――
ベションの発火がやみ、里見旭が砂へと倒れ込んだ。
【14】辺境の村2
「うおッおおっおおおおおおおおお!!」
「うおッおおっおおおおおおおおお!!」
気付けば男は泣いていた。
ベションがやった…やり遂げたのだ!
ベションがやった…やり遂げたのだ!
男の感激が周囲の村人に伝播する。
「ベションーッ!!」
「せんせー!!」
「…あう、ああっ…!」
「せんせー!!」
「…あう、ああっ…!」
小さな辺境の村が、まるで祭りのように湧いた。
「うおおおおおおおーーーッ!! マスター!!」
大男の叫びが隣の山までこだました。
□
「…っとに、うるせぇ…!」
砂漠のベションは笑った。不格好でへたくそではあったが、確かに笑った。
猫背気味の背を真っすぐに伸ばし、天を仰ぐ。
ゆっくりと手を天に伸ばし、星をつかみ取るような動作をする。
猫背気味の背を真っすぐに伸ばし、天を仰ぐ。
ゆっくりと手を天に伸ばし、星をつかみ取るような動作をする。
その手には…空を握るその手には…確かに“星”が握られていた。
■
ダンゲロスSS MY STARS
「里見 旭」 vs 「師範べション」
「里見 旭」 vs 「師範べション」
【後継の巨星、堕つ】
【勝者】――【師範
ボッ……という音がした。
【『里見』って昔はかなりヤバくって…修行者に鉄食わせたり、煮えた重油の中に放り込んだり、《精巧な死んだふり覚えさすためにマジで半殺しにしたり》…】
師範が胸から生えたそれを炎刀であると認識する前に、彼の体は縦に両断された。
――《里見流・火刀》
――《里見流・石火》
――《里見流・石火》
四肢を砕かれようと、どれだけ痛めつけられようと、意識を狩られない限り、里見は最後の一瞬まで戦い抜く。
うつ伏せのまま…里見は一人ごつ。
「…サー……セン。里見は武芸じゃなくて…暗…殺…――――
間も無く、里見旭の意識も砂へと溶けていった。
【勝者】――【里見旭】
【決まり手】――【里見流健術・病被(死んだふり)】
【決まり手】――【里見流健術・病被(死んだふり)】
【15】後継の巨星、堕つ
「起きて下さいッスー! はやくはやく~!」
騒がしい声を頼りに、師範ベションが目を覚ました。
「…ここは…? どうして…?」
目をしぱしぱさせる師範に徐々に思考がおいついて行く。
その思考レベルを汲んだ里見の瞳が的確に情報を与えて行く。
その思考レベルを汲んだ里見の瞳が的確に情報を与えて行く。
「あたし…願い決めてなかったんスよね~! だから、死んじゃったベションさんを死んでねーことにしてもらったッス! あの秘書の人パネェッス!」
蘇生…厳密には歴史改変のひずみでくらくらする頭に、こつんと戦っていなければ可憐な少女の額が当てられる。
――《兜合わせ》!
「もっかいヤりてぇッス! めっちゃ熱かったッス!」
爛々と光る炎のような瞳を前に、ベションはため息をついた。
「ここではなんです。 …どうです、あっしのお世話になってる村に来ては?
そこにはつえーあっしの友もいるし、何より広くて思う存分やれやすが」
そこにはつえーあっしの友もいるし、何より広くて思う存分やれやすが」
「行くッス! どこでもついてくッス!!」
食い気味に、すっかり師範の力量に魅了された少女はそう言った。
この巨星――堕ちた。
この巨星――堕ちた。
【16】辺境の村3(エピローグ)
ぶおんぶおーーーん!!
村のハズレにバイクの音がこだまする。
村のハズレにバイクの音がこだまする。
「「「じゃーんけんぽーん! あいこでしょーー!!」」」
そんな異常を意に止めず、子供たちは遊戯に興じている。
「ヌウハハハハ!! オレ様名はハーン! 師範ミコスリィ・ハーンである!
府抜けた師範共よ、観念して出て来い!」
府抜けた師範共よ、観念して出て来い!」
「おおっ! ハーンではないか! ははは、元気か」
「ヌウッ! 貴様はカキン…貴様…なんというか、所帯じみたな」
「実は最近結婚したんだ」
「ヌウッ! おめでとう!…と言いたいところだが、残念!貴様はここで縊り殺されるのだ!! ヌゥーハハ!!」
「…ハーンよ、構えた方がいいぞ。順番が決まったようだ」
ぺこりと、木の枝を持った少女がハーンにお辞儀した。
「1撃」
「1撃」
「2撃」
「1撃」
「2撃」
子供達が口々に予想を叫ぶ!
「あのっ……わたし村で一番弱いですけど、一生懸命がんばります!
対戦宜しくお願いします!」
対戦宜しくお願いします!」
「何を……!?」
「――――『Gストロング里見流』」