My Love's Sold ◆MobiusZmZg
お代はラヴで結構。
* * *
槍技がひとつ、光弾槍。
高く跳躍し、戦いによって収斂した気を前方に飛ばす必殺技。
まばゆい生命の光は、まるで、森の枝葉を透かして大地をあたためる太陽のようにまばゆい。
たとえ昼間であろうとも、あのエネルギー弾は周囲の光景に埋もれてしまうはずなどなかった。
『……はずなんだけどさ』
うーん、と、ひとつうなって、槍の使い手は首をかしげた。
その手のなかには一冊の本がある。その表紙には、“イム”との文字列と番号とが印字されていた。
高く跳躍し、戦いによって収斂した気を前方に飛ばす必殺技。
まばゆい生命の光は、まるで、森の枝葉を透かして大地をあたためる太陽のようにまばゆい。
たとえ昼間であろうとも、あのエネルギー弾は周囲の光景に埋もれてしまうはずなどなかった。
『……はずなんだけどさ』
うーん、と、ひとつうなって、槍の使い手は首をかしげた。
その手のなかには一冊の本がある。その表紙には、“イム”との文字列と番号とが印字されていた。
「誰も来ない、と。時間的にも、もう意味はなくなっちゃったか。
このまま森にいるより、街とか街道とかで出会いを探してみたほうが早いな」
このまま森にいるより、街とか街道とかで出会いを探してみたほうが早いな」
初回の放送とやらまで閲覧できないらしい名簿をデイパックに戻して、イムという名の女性は長々と息をつく。
もぐもぐとしがんでいた果物を飲み込んで時計を見ると、長針がそれなりに角度を変えていた。
おおよそ二時間……この分だと、シャドウゼロもどきと獣人が周りの者を散らしていったとするのが無難だ。
やってられない、というところに追い討ちをかけるのが、違和感ならぬ異物感である。
干したプルーンの繊維が、歯間に残っていたのだ。舌でこそげ取る間にも、甘ったるい味が鼻腔を突き上げていく。
腹を重くしてはいざという時に動けないが、プルーン自体は消化にいいのだ。余裕のあるときに食べておいて損はない。
そして、干した果物にたくさん含まれているビタミン、カロチン、カリウム、ファイバー、ポリフェノォールッ!
などと、フルーツ占いでも出来れば次に行く場所も判ろうものだが、運命ならぬ現実はときに厳しい。
自分にそんな技能はないし、「女はハタチ過ぎたらオバサン」と断ずるような者から占いを学ぼうとも思わなかった。
しかし、イムが現実に覚えている厳しさを裏打ちするかのように、ノアの凶行を目にした者の数といったら!!
ざっと見ただけでも両手の指では足りないほどだった。人、人、人、たまに人外もいたはずだ。
あれだけいて、まさか最初の遭遇で対人運を使い果たしたわけではないだろう。地図で見た大陸は大きかったが、殺し合いをとおして自分たちを懺悔させたいノアのことを考えに入れると、他者との遭遇が難しいような人工密度にはなるまい。
しかしため息をつけば、いつのまにか家に居着き、自分の語りを日記にしてくれたサボテン君の名言を思い出す。
まったく、もう。じつに、じつにじつに、じつに――
もぐもぐとしがんでいた果物を飲み込んで時計を見ると、長針がそれなりに角度を変えていた。
おおよそ二時間……この分だと、シャドウゼロもどきと獣人が周りの者を散らしていったとするのが無難だ。
やってられない、というところに追い討ちをかけるのが、違和感ならぬ異物感である。
干したプルーンの繊維が、歯間に残っていたのだ。舌でこそげ取る間にも、甘ったるい味が鼻腔を突き上げていく。
腹を重くしてはいざという時に動けないが、プルーン自体は消化にいいのだ。余裕のあるときに食べておいて損はない。
そして、干した果物にたくさん含まれているビタミン、カロチン、カリウム、ファイバー、ポリフェノォールッ!
などと、フルーツ占いでも出来れば次に行く場所も判ろうものだが、運命ならぬ現実はときに厳しい。
自分にそんな技能はないし、「女はハタチ過ぎたらオバサン」と断ずるような者から占いを学ぼうとも思わなかった。
しかし、イムが現実に覚えている厳しさを裏打ちするかのように、ノアの凶行を目にした者の数といったら!!
ざっと見ただけでも両手の指では足りないほどだった。人、人、人、たまに人外もいたはずだ。
あれだけいて、まさか最初の遭遇で対人運を使い果たしたわけではないだろう。地図で見た大陸は大きかったが、殺し合いをとおして自分たちを懺悔させたいノアのことを考えに入れると、他者との遭遇が難しいような人工密度にはなるまい。
しかしため息をつけば、いつのまにか家に居着き、自分の語りを日記にしてくれたサボテン君の名言を思い出す。
まったく、もう。じつに、じつにじつに、じつに――
“世の中には自分の人生に関係ない者が多すぎる”!
植物あなどりがたし。一面ではあれ、なかなかに真理をついている。
だが、「関係ない」などと考えたから、自分は他の者と会えないのだろうか。
あのモンスターたちのように、互いにかたわらを通り過ぎてゆくばかりなのだろうか。
いや、いやいや、と、イムは自分に言い聞かせるようにして首を横に振る。そんなわけはない。
獣人にティーポットにザル魚君。見知ったはずの自分を「チャボ君」などと呼びやがったタマネギ剣士。
これくらいは許容範囲としても、他の種族とは交わらない珠魅(じゅみ)のような、閉鎖的な者とも会えたではないか。
珠魅について知っていれば避けあってしまっただろう者とも、まっさらの自分は、縁を築いていけたではないか。
そして、彼らたちの求めや言葉に応え、思いを受け止めることによって、彼女の世界は広がりをみせたではないか、と。
だが、「関係ない」などと考えたから、自分は他の者と会えないのだろうか。
あのモンスターたちのように、互いにかたわらを通り過ぎてゆくばかりなのだろうか。
いや、いやいや、と、イムは自分に言い聞かせるようにして首を横に振る。そんなわけはない。
獣人にティーポットにザル魚君。見知ったはずの自分を「チャボ君」などと呼びやがったタマネギ剣士。
これくらいは許容範囲としても、他の種族とは交わらない珠魅(じゅみ)のような、閉鎖的な者とも会えたではないか。
珠魅について知っていれば避けあってしまっただろう者とも、まっさらの自分は、縁を築いていけたではないか。
そして、彼らたちの求めや言葉に応え、思いを受け止めることによって、彼女の世界は広がりをみせたではないか、と。
――キミのイメージが言葉になる。キミの言葉が世界になる――
行き合った誰かの思いを、なんど受けたことだろう。
彼らの思いを形にしたアーティファクトと、なんど心を通わせたことだろう。
世界をかたどるマナの力が、彼らを信じるイムの心を写し取り、ゆかりの土地を作り出したことも一度ではない。
当初はマイホームしかなかった“イムの世界”が広がったのは、関係ない人との間に縁が生まれていたからだ。
『愛。大事なのはハートにラヴ。うん。覚えてる。誰かの好きのおかげで自分が生きてるってヤツ。
……だったらここでも愛っていうか、他の誰かと探して協力、したいところなんだよなー』
たくさんいるけど、本当はみんな一個の存在だという草人(くさびと)。
世界の歩き方を教えてくれた者の言葉を思い出すと、それだけで“世界”が広がるような気がしてくる。
少しばかり禍々しい得物を握り直した少女は、肩肘張らずして、まずは胸をこそ張ってみせた。
すう、はあ、と大きく息を吸い込み、ゆっくり吐いて、立ち上がった背筋をしっかりと伸ばしてゆく。
彼らの思いを形にしたアーティファクトと、なんど心を通わせたことだろう。
世界をかたどるマナの力が、彼らを信じるイムの心を写し取り、ゆかりの土地を作り出したことも一度ではない。
当初はマイホームしかなかった“イムの世界”が広がったのは、関係ない人との間に縁が生まれていたからだ。
『愛。大事なのはハートにラヴ。うん。覚えてる。誰かの好きのおかげで自分が生きてるってヤツ。
……だったらここでも愛っていうか、他の誰かと探して協力、したいところなんだよなー』
たくさんいるけど、本当はみんな一個の存在だという草人(くさびと)。
世界の歩き方を教えてくれた者の言葉を思い出すと、それだけで“世界”が広がるような気がしてくる。
少しばかり禍々しい得物を握り直した少女は、肩肘張らずして、まずは胸をこそ張ってみせた。
すう、はあ、と大きく息を吸い込み、ゆっくり吐いて、立ち上がった背筋をしっかりと伸ばしてゆく。
「あ、そうだ」
最高の集中は、最高のリラックスと背中合わせとなっている。そういうものなのだ。
弛緩した体が呼び込むのは余裕。余裕をもった頭が思い出してくれたものを、イムはデイパックから取り出す。
『……やっぱり、私が作ったヤツだよねー』
細長い、長さの異なる円筒のつらなりは、隕石でできたフルートだ。
魔法学校の生徒の課題を手伝ううちに、作り方を教わった魔法の楽器のひとつである。
『マナの力は感じるような、感じないような。でも、ウィスプがいるかどうかは吹いてみないと分かんないや』
楽器の調べで精霊と心を通わせ、その力を少し貸してもらう魔法――
旋律を奏でるほどに威力は高まるが、逆もまたしかりという武器は、先ほどのような不意討ちには向かない。
しかし、光弾槍の威力がイマイチだった今、面制圧の出来る手段を多く持つことは有用だった。
幸いというべきか、ここに込められた魔法は、無数の剣が扇状に飛んでゆく“ホーリースラッシュ”。
もしも光のマナが楽の音に応えてくれるのならば、軽いツッコミから本気の攻撃にまで、活用出来ることだろう。
『今ならさほど目立たないし、急場で役に立たないって分かっても困るし、っと』
ゆらゆらと肩で拍子をとりつつ、イムは片手で持ったフルートを顔に対して平行に構えた。
ビンの口を吹くのと同じに、吐いた息が斜めにかかる。音階の調整はハーモニカの要領でいける。
なんとなくイメージしたのは、世界を照らすウィスプの好きそうな、穏やかで明るい調べだ。
弛緩した体が呼び込むのは余裕。余裕をもった頭が思い出してくれたものを、イムはデイパックから取り出す。
『……やっぱり、私が作ったヤツだよねー』
細長い、長さの異なる円筒のつらなりは、隕石でできたフルートだ。
魔法学校の生徒の課題を手伝ううちに、作り方を教わった魔法の楽器のひとつである。
『マナの力は感じるような、感じないような。でも、ウィスプがいるかどうかは吹いてみないと分かんないや』
楽器の調べで精霊と心を通わせ、その力を少し貸してもらう魔法――
旋律を奏でるほどに威力は高まるが、逆もまたしかりという武器は、先ほどのような不意討ちには向かない。
しかし、光弾槍の威力がイマイチだった今、面制圧の出来る手段を多く持つことは有用だった。
幸いというべきか、ここに込められた魔法は、無数の剣が扇状に飛んでゆく“ホーリースラッシュ”。
もしも光のマナが楽の音に応えてくれるのならば、軽いツッコミから本気の攻撃にまで、活用出来ることだろう。
『今ならさほど目立たないし、急場で役に立たないって分かっても困るし、っと』
ゆらゆらと肩で拍子をとりつつ、イムは片手で持ったフルートを顔に対して平行に構えた。
ビンの口を吹くのと同じに、吐いた息が斜めにかかる。音階の調整はハーモニカの要領でいける。
なんとなくイメージしたのは、世界を照らすウィスプの好きそうな、穏やかで明るい調べだ。
『……やーった!』
単音を連ねる前、ひとつめの音を送り込んだ時点で、イムは確かな手応えを感じていた。
マナが実体化した精霊のそれと、まったく同じかどうかは分からないままだが、間違いなく同質の力がある。
どこに、というわけではない。強いて言えばどこにでも、自分が“ある”と思えば、それは、確かに触れられた。
果たして、光の精霊に守られた聖なる剣のイメージは、扇のかたちに散らばる。
森から北にある海を目指した刃は、紫がかった輝きをまとって少女の視界を満たしていく。
魔力の波が首から下げた楽器とシンクロするかのようにも思えて、安堵の念をすら覚える――
マナが実体化した精霊のそれと、まったく同じかどうかは分からないままだが、間違いなく同質の力がある。
どこに、というわけではない。強いて言えばどこにでも、自分が“ある”と思えば、それは、確かに触れられた。
果たして、光の精霊に守られた聖なる剣のイメージは、扇のかたちに散らばる。
森から北にある海を目指した刃は、紫がかった輝きをまとって少女の視界を満たしていく。
魔力の波が首から下げた楽器とシンクロするかのようにも思えて、安堵の念をすら覚える――
「お前――かなりの使い手だろうが、注意が足りないというか呑気というか。
ちょっとばかり、派手にやりすぎじゃないのか?」
ちょっとばかり、派手にやりすぎじゃないのか?」
紫がかった黒い影が視界の端に現れる、その時までは。
バケツの水をぶちまけられたような思いで、イムは目の前にいるモノに注意を向けた。
「もっとも、強さを求めることは悪いことじゃねえが」
彼女の凝視にも平然とした低音がつむぐのは、どこかに皮肉をただよわせた言葉である。
水平に降る剣の雨を背後にして、イムの腰ほどしかない大きさの人型は、不敵に瞳をゆがめてみせた。
そう、瞳。悪魔を思わせるコウモリの羽根を背中にもつ、相手の瞳は“ひとつしかない”。
明らかな異形、どう見てもモンスター。様々な冒険をするうちに身に付けた感覚が、イムの体に命を下す。
「……っと」
「避けた!?」
槍に限らず、長柄武器全般の強みであるところの遠心力。
それを活かした一閃から、しかし、悪魔の羽根をもつ小人は飛びすさってみせた。
いかに強力で、武器の性質を知悉した攻撃であろうとも、相手に当たらなければ意味などない。
返報とばかりに放たれたのは粘液だ。前転して避けた後ろにある地面が、じゅうと音を立てて溶ける。
バケツの水をぶちまけられたような思いで、イムは目の前にいるモノに注意を向けた。
「もっとも、強さを求めることは悪いことじゃねえが」
彼女の凝視にも平然とした低音がつむぐのは、どこかに皮肉をただよわせた言葉である。
水平に降る剣の雨を背後にして、イムの腰ほどしかない大きさの人型は、不敵に瞳をゆがめてみせた。
そう、瞳。悪魔を思わせるコウモリの羽根を背中にもつ、相手の瞳は“ひとつしかない”。
明らかな異形、どう見てもモンスター。様々な冒険をするうちに身に付けた感覚が、イムの体に命を下す。
「……っと」
「避けた!?」
槍に限らず、長柄武器全般の強みであるところの遠心力。
それを活かした一閃から、しかし、悪魔の羽根をもつ小人は飛びすさってみせた。
いかに強力で、武器の性質を知悉した攻撃であろうとも、相手に当たらなければ意味などない。
返報とばかりに放たれたのは粘液だ。前転して避けた後ろにある地面が、じゅうと音を立てて溶ける。
「あのなぁ。こちとら一つ目のスーパースライムだが、しっかり見えてるんだよ。
お前の太刀筋は鋭い。狙いも良いが……そうかい、俺とよろしくやる気がないってか」
「当たり前だ!」
お前の太刀筋は鋭い。狙いも良いが……そうかい、俺とよろしくやる気がないってか」
「当たり前だ!」
悪魔には口が無いというのに、どこからか、言葉はつむがれた。
目があること。その一点を除けば、自分の影となる部分を衝くヤツの見目は、よーく似ている。
ホームタウンだった街で暴れまわってくれた“もう一人の自分”の正体だったモンスター、シャドウゼロワン。
出会ったら死が約束されるという自分の写し身、ドッペルゲンガーとでもいうべき存在にだ。
先ほどのシャドウゼロもどきといい、こうなってくると、なんとなくノアの考えも分かる気がした。
“もう一人の自分”。写し身が自分のそれとは思えない悪行を重ねさせることで、本人に悔恨を覚えさせる。
あるいは鏡写しの行動をとらせるだけでも、傍から見た自分の愚かさだの滑稽さだのを自覚させる――
そんな考えが根底にあるのなら、人間を相手にした殺し合いに魔物が放たれた理由も、少女には理解がかなった。
目があること。その一点を除けば、自分の影となる部分を衝くヤツの見目は、よーく似ている。
ホームタウンだった街で暴れまわってくれた“もう一人の自分”の正体だったモンスター、シャドウゼロワン。
出会ったら死が約束されるという自分の写し身、ドッペルゲンガーとでもいうべき存在にだ。
先ほどのシャドウゼロもどきといい、こうなってくると、なんとなくノアの考えも分かる気がした。
“もう一人の自分”。写し身が自分のそれとは思えない悪行を重ねさせることで、本人に悔恨を覚えさせる。
あるいは鏡写しの行動をとらせるだけでも、傍から見た自分の愚かさだの滑稽さだのを自覚させる――
そんな考えが根底にあるのなら、人間を相手にした殺し合いに魔物が放たれた理由も、少女には理解がかなった。
「俺はお前と戦う気なんかないんだがな」
「――でも、野放しにすれば誰かのフリをして、周りのひとたちの心にキズを残したりするんでしょ。
そんなモンスター、私にだって放っておけるかー!」
「――でも、野放しにすれば誰かのフリをして、周りのひとたちの心にキズを残したりするんでしょ。
そんなモンスター、私にだって放っておけるかー!」
好きだろうが、隙だろうが、スキにはスキが返ってくる。
それは敵意もしかり。イムが疑念を表して対応すれば、スーパースライムとやらの語調も荒くなった。
故郷で遭遇し、撃破してきたアメーバ状のそれとは違う部分が、スーパーのゆえんであろうか。
腐敗を思わせてどろりとした半固体に浮かぶ眼球とは違って、相手の瞳にはまぶたがある。
闇の炎を思わせる赤紫の瞳を包んで保護するまぶただけで、彼は、心底からの不快を表現している。
「バカを言うな! 俺の仕事は、強いヤツを“亡者の闘技場”や“魂の暗域”に送ってやることくらいだ!」
「亡者だの暗域だの、そんな邪悪そうな場所には勧誘禁止だッ」
イムと言葉の応酬を続けるスライムの雰囲気が変わったのは、その時だ。
瞳に浮かんでいた不快の色が、冷然とした哀れみのそれに塗り替えられていく。
それは敵意もしかり。イムが疑念を表して対応すれば、スーパースライムとやらの語調も荒くなった。
故郷で遭遇し、撃破してきたアメーバ状のそれとは違う部分が、スーパーのゆえんであろうか。
腐敗を思わせてどろりとした半固体に浮かぶ眼球とは違って、相手の瞳にはまぶたがある。
闇の炎を思わせる赤紫の瞳を包んで保護するまぶただけで、彼は、心底からの不快を表現している。
「バカを言うな! 俺の仕事は、強いヤツを“亡者の闘技場”や“魂の暗域”に送ってやることくらいだ!」
「亡者だの暗域だの、そんな邪悪そうな場所には勧誘禁止だッ」
イムと言葉の応酬を続けるスライムの雰囲気が変わったのは、その時だ。
瞳に浮かんでいた不快の色が、冷然とした哀れみのそれに塗り替えられていく。
「……まったく。自分の住む世界の範疇でしかものを考えられんのなら、世界を渡る俺のことも理解できんか。
それなら、もう構わんさ。お前がやる気なら――せいぜい、かかって来い」
それなら、もう構わんさ。お前がやる気なら――せいぜい、かかって来い」
ぞんざいに言い放った立ち姿には、無駄な力の欠片も無かった。
強者を選定するというだけあってか、影を切り出したような相手もかなりの強さを誇るらしい。
前転を後えたままのイムは、片膝を地面についた格好の裏でスライムが有する力のほどをはかる。
そして、考える。今の状態で、今の自分が持つ手札で、この相手を逃さずして、倒すための方法を。
「……阿呆がッ!」
数瞬ののち、悪魔の羽根をもつスライムは毒づきながら体を脇へそらした。
金髪の少女が選んだのは、至近、そして瞬間の発動となるホーリースラッシュである。
フルートに向けた短いブレス、単音の形さえなさない音に喚ばれた光のマナは、剣の形をとっても密度が薄い。
そして、世界に対する影響力の一端である効果範囲もまた、先ほどの試し撃ちと比べてみても狭かった。
強者を選定するというだけあってか、影を切り出したような相手もかなりの強さを誇るらしい。
前転を後えたままのイムは、片膝を地面についた格好の裏でスライムが有する力のほどをはかる。
そして、考える。今の状態で、今の自分が持つ手札で、この相手を逃さずして、倒すための方法を。
「……阿呆がッ!」
数瞬ののち、悪魔の羽根をもつスライムは毒づきながら体を脇へそらした。
金髪の少女が選んだのは、至近、そして瞬間の発動となるホーリースラッシュである。
フルートに向けた短いブレス、単音の形さえなさない音に喚ばれた光のマナは、剣の形をとっても密度が薄い。
そして、世界に対する影響力の一端である効果範囲もまた、先ほどの試し撃ちと比べてみても狭かった。
だからこそ、好都合。
完全にイムの脇を取ったスライムの、粘液をまとった手が迫る。
スライムが接触を期して踏み込むその瞬間、少女は身をひるがえし、得物を大きく振りかぶった。
攻撃を行う刹那、どこかで必ず無防備をさらす相手と呼吸と間合いを合わせるわざこそが“ジョルト”。
ひたすら相手にカウンターを食らわせてきた経験の生み出した戦闘技術のひとつである。
「たぁあああぁああっ!」
大胆な薙ぎ払いから間髪入れず、イムは槍を縦方向に旋回させた。
槍術と棒術をともに修めた彼女だからこそ、懐深くにもぐりこんだ今、穂先を使うことには執着しない。
長物の最も恐ろしい部分は、リーチの長さだ。そこから生まれる、遠心力――すなわち、勢いだ。
普段なら連撃のシメとして扱う旋回撃は、ゴム風船のようにも見えるスライムの脳天をひと息に叩き潰す。
状況判断力に優れた相手が腰を引きかけた分だけ、このコンボは綺麗に決まった。
スライムが接触を期して踏み込むその瞬間、少女は身をひるがえし、得物を大きく振りかぶった。
攻撃を行う刹那、どこかで必ず無防備をさらす相手と呼吸と間合いを合わせるわざこそが“ジョルト”。
ひたすら相手にカウンターを食らわせてきた経験の生み出した戦闘技術のひとつである。
「たぁあああぁああっ!」
大胆な薙ぎ払いから間髪入れず、イムは槍を縦方向に旋回させた。
槍術と棒術をともに修めた彼女だからこそ、懐深くにもぐりこんだ今、穂先を使うことには執着しない。
長物の最も恐ろしい部分は、リーチの長さだ。そこから生まれる、遠心力――すなわち、勢いだ。
普段なら連撃のシメとして扱う旋回撃は、ゴム風船のようにも見えるスライムの脳天をひと息に叩き潰す。
状況判断力に優れた相手が腰を引きかけた分だけ、このコンボは綺麗に決まった。
「……え?」
カンペキに、決まったというのに。
ジェムもお金もぱっくんチョコも、まんまるキャンディも……。
戦利品といえよう品々を、このシャドウゼロワンもどきは、ひとつとして落とさない。
骨や羽毛を散らすこともなく、ばらばらにならない遺骸から流れた体液が、積もった枯葉に染みる。
モンスター。どう見ても、人間に害をなすものが死んでも消えない現実を目にした、瞬間、イムの肝が冷えた。
そんな。たった三文字の単語が氷塊のように重くふくらみ、ずしりと胸に落ちていく。
波紋のように広がった動揺は殺し合いも日常の延長と捉えていた少女のなかで水位を上げ、ひたひたと顎をなぜた。
取り戻しのきかない焦燥のなかで、彼女が連想したのは“非日常”といういち単語であった。
そうだ。そうなのだ。ここはアーティファクトと共鳴した自分の思いが生み出したのではない、まったくの――
『いじ、げん。世界を渡る……ッ』
喉が鳴る。飲み込んだつばは、胃に落ちる途中で引っかかった。
スライムが言ったように、モンスターが人間の位置にある世界がある?
豆一族や獣人、昆虫人のような、人ではない生き物が。そうだ。それは、自分の故郷からして同じではなかったか。
彼らが自分のように別の次元へ集められると仮定して、敵意を抱かれない事例が皆無であるとは、イムにも言えない。
だって。街を作って暮らす“人”ではないものが、“人”の領域を侵すものが、すなわちモンスターと呼ばれるのだから。
亜人種ひとつとっても、そうだ。自分のように、見た目だけで排除を考えてもおかしくない。
「――ぁうッ!!」
飛躍的に増大するエントロピーを切り裂いたのは、するどい風切り音だった。
背後から飛来した何かが、音源へ振り向こうとしたイムの左肩をしたたかに打ち据える。
どん、と、表皮から真皮にわたる水分を揺らし、骨を圧し切りかねない一撃の重さが――
本当に、ただの小石で出せるものなのか。現実を受け入れることを、認識の側が拒否しそうになる。
そしてイムの視界の先に立つ少年の表情は、目深にかぶった帽子のためではなく、判然とはしなかった。
「いったい……」
ぼんやりとした疑問の声は、しかし、相手には別の方向へ受け取られてしまう。
ジェムもお金もぱっくんチョコも、まんまるキャンディも……。
戦利品といえよう品々を、このシャドウゼロワンもどきは、ひとつとして落とさない。
骨や羽毛を散らすこともなく、ばらばらにならない遺骸から流れた体液が、積もった枯葉に染みる。
モンスター。どう見ても、人間に害をなすものが死んでも消えない現実を目にした、瞬間、イムの肝が冷えた。
そんな。たった三文字の単語が氷塊のように重くふくらみ、ずしりと胸に落ちていく。
波紋のように広がった動揺は殺し合いも日常の延長と捉えていた少女のなかで水位を上げ、ひたひたと顎をなぜた。
取り戻しのきかない焦燥のなかで、彼女が連想したのは“非日常”といういち単語であった。
そうだ。そうなのだ。ここはアーティファクトと共鳴した自分の思いが生み出したのではない、まったくの――
『いじ、げん。世界を渡る……ッ』
喉が鳴る。飲み込んだつばは、胃に落ちる途中で引っかかった。
スライムが言ったように、モンスターが人間の位置にある世界がある?
豆一族や獣人、昆虫人のような、人ではない生き物が。そうだ。それは、自分の故郷からして同じではなかったか。
彼らが自分のように別の次元へ集められると仮定して、敵意を抱かれない事例が皆無であるとは、イムにも言えない。
だって。街を作って暮らす“人”ではないものが、“人”の領域を侵すものが、すなわちモンスターと呼ばれるのだから。
亜人種ひとつとっても、そうだ。自分のように、見た目だけで排除を考えてもおかしくない。
「――ぁうッ!!」
飛躍的に増大するエントロピーを切り裂いたのは、するどい風切り音だった。
背後から飛来した何かが、音源へ振り向こうとしたイムの左肩をしたたかに打ち据える。
どん、と、表皮から真皮にわたる水分を揺らし、骨を圧し切りかねない一撃の重さが――
本当に、ただの小石で出せるものなのか。現実を受け入れることを、認識の側が拒否しそうになる。
そしてイムの視界の先に立つ少年の表情は、目深にかぶった帽子のためではなく、判然とはしなかった。
「いったい……」
ぼんやりとした疑問の声は、しかし、相手には別の方向へ受け取られてしまう。
「僕が、ポケモンマスターだからだ」
……あるいは、正しい方向にか。
ぽけもん。少年の言葉をオウム返しにしたイムの辞書に、その単語は載っていない。
しかし、彼の視線の先を想像すれば、彼が何に対して不快をあらわしているのかは類推出来る。
『モンスターの、ことだ』
自分の傍らに倒れているモンスターの遺骸を見て、少年は、怒りの炎を赤く赤く、燃やしていた。
ならば、彼の名乗ったマスターとは“主人”ということか。あるいは“熟練者”という意味合いなのだろうか。
身のこなしと投擲の腕を目にするかぎり、一見したところは無手である少年の力量を、けして甘くは見られない。
それに――。
ぽけもん。少年の言葉をオウム返しにしたイムの辞書に、その単語は載っていない。
しかし、彼の視線の先を想像すれば、彼が何に対して不快をあらわしているのかは類推出来る。
『モンスターの、ことだ』
自分の傍らに倒れているモンスターの遺骸を見て、少年は、怒りの炎を赤く赤く、燃やしていた。
ならば、彼の名乗ったマスターとは“主人”ということか。あるいは“熟練者”という意味合いなのだろうか。
身のこなしと投擲の腕を目にするかぎり、一見したところは無手である少年の力量を、けして甘くは見られない。
それに――。
――バーテンはみな、心の中に自分の樽を持っています――
フルーツパーラーの主人がこぼした言葉。
なんだそれは、と思ったセリフが、イムのなかで今の少年につながる。
マスター違いもいいところだが、きっと、自分は彼の中にある“樽”を踏みにじってしまったのだ。
なんだそれは、と思ったセリフが、イムのなかで今の少年につながる。
マスター違いもいいところだが、きっと、自分は彼の中にある“樽”を踏みにじってしまったのだ。
『うーん……でも、ここで逃げるわけにはいかない。
引き金をひいちゃったのは、私で間違いないんだから。
今は事件を抱えた相手と別れて、家に帰ればそれですむような状況なんかじゃない』
引き金をひいちゃったのは、私で間違いないんだから。
今は事件を抱えた相手と別れて、家に帰ればそれですむような状況なんかじゃない』
やる気を通り越した“殺る気”。
刃よりも鋭い敵意を受けてなお、イムは腹を据えてポケモンマスターを見る。
言の葉を操ることには無縁らしい少年は、先の言葉のほかに口上のひとつたりとてつむがない。
もはや、相手は少女に向けるような愛など放り捨てたと言わんばかりに右足を踏み込み――
刃よりも鋭い敵意を受けてなお、イムは腹を据えてポケモンマスターを見る。
言の葉を操ることには無縁らしい少年は、先の言葉のほかに口上のひとつたりとてつむがない。
もはや、相手は少女に向けるような愛など放り捨てたと言わんばかりに右足を踏み込み――
夕凪を置き去りにするほどの速さで、動いた。
【一日目・夕方/A-4 南西部・森】
【イム(主人公女)@聖剣伝説LOM】
[状態]:軽い動揺、左肩に打撲
[装備]:グラコスの槍@DQ6、スウィフトフルート@聖剣LOM
[道具]:支給品一式、不明支給品0~1
[思考]
基本:殺し合いはしたくない。だから、ラヴを探す?
1:レッドに対応する
2:襲ってきた者は迎撃。どう見てもモンスターは……どうしよう
[参戦時期]:宝石泥棒編・ドラゴンキラー編・エスカデ編を進めている。本編クリア後かどうかは不明
【イム(主人公女)@聖剣伝説LOM】
[状態]:軽い動揺、左肩に打撲
[装備]:グラコスの槍@DQ6、スウィフトフルート@聖剣LOM
[道具]:支給品一式、不明支給品0~1
[思考]
基本:殺し合いはしたくない。だから、ラヴを探す?
1:レッドに対応する
2:襲ってきた者は迎撃。どう見てもモンスターは……どうしよう
[参戦時期]:宝石泥棒編・ドラゴンキラー編・エスカデ編を進めている。本編クリア後かどうかは不明
【レッド@ポケットモンスター金銀】
[状態]:健康
[装備]:毒針@DRAGON QUEST3
[道具]:支給品一式×2、不明支給品1~5
[思考]
基本:優勝し、仲間と再会する。
1:イムを排除する
[状態]:健康
[装備]:毒針@DRAGON QUEST3
[道具]:支給品一式×2、不明支給品1~5
[思考]
基本:優勝し、仲間と再会する。
1:イムを排除する
※A-4/南西部・森に、悪魔スライムの遺体とデイパック(不明支給品1~3)が放置されています。
【スウィフトフルート@聖剣伝説 Legend of MANA】
イムに支給された。
スウィフト隕石と、光の精霊ウィル・オ・ウィスプの金貨で作成した楽器。
演奏する(ゲーム的には割り当てたボタンを押てタメる)ことで、攻撃魔法「ホーリースラッシュ」が発動可能。
魔法の威力は、楽器を演奏していた時間に比例して上昇。魔法を発動した瞬間は無敵状態になる。
イムに支給された。
スウィフト隕石と、光の精霊ウィル・オ・ウィスプの金貨で作成した楽器。
演奏する(ゲーム的には割り当てたボタンを押てタメる)ことで、攻撃魔法「ホーリースラッシュ」が発動可能。
魔法の威力は、楽器を演奏していた時間に比例して上昇。魔法を発動した瞬間は無敵状態になる。
※ホーリースラッシュ
光の攻撃魔法のひとつ。無数の剣が敵に向かって飛んでいく。
追加効果:魅力ダウン 軌道:コーン(前方に扇を開くように攻撃範囲が広くなる。範囲の広さはタメ時間に比例)
光の攻撃魔法のひとつ。無数の剣が敵に向かって飛んでいく。
追加効果:魅力ダウン 軌道:コーン(前方に扇を開くように攻撃範囲が広くなる。範囲の広さはタメ時間に比例)
【悪魔スライム@サガ2秘宝伝説 GODDESS OF DESTINY 死亡】
045:Tarot No.XX(逆位置) | 投下順に読む | 047:上手くズルく生きて |
045:Tarot No.XX(逆位置) | 時系列順に読む | 047:上手くズルく生きて |
006:黒き尖兵 | イム | 058:Red fraction |
032:赤の怪物、黒の超人 | レッド |