あなたが休憩所で休んでいると、突然一杯のミルクが目の前に出される。
「あちらのお客様からです」
マスターが指した席には、カウボーイハットを被った金髪の女性が座っていた。
「……昔話をさせてくれ。 これは……そう。アタシがまだ、人から奪う事しか知らなかった時の話さ」
どことなく寂しげな背中に何かを感じたのか、
あなたは突如始まった話を、しかしおとなしく聞くことにした。
「周りの連中は人間と手をとって戦うだのなんだの湧いてた頃かな、
アタシはそんなの興味なかった。その時はまだ、人間の未来になんか興味なかったのさ」
カラン、と音を立てながら、ロック割りのバーボンを傾ける。
「……そんな中、火事場泥棒に入った家で一人の少年に出会った。
痩せこけててね、体中に痣があったんだ。それが“虐待”って言うんだって、後になって知ったさ」
氷だけが残ったグラスをカウンターに置き、マスターに向かって人差し指を立てる。
それを見たマスターは、ゆっくりとした動作で女性のグラスにボトルに残ったバーボンを注いだ。
「それから……暫くその家に通った。
男の子は日に日に弱っていっててね。
ある日パンを持って行ってやったが、そいつ食わないんだよ」
女性は、ここで初めてあなたの方を向く。
その瞳は、少しだけ潤んでいた。
「……『パパとママに怒られる』ってさ。
だがよ、本当はもうパパもママも居ないんだ。それは後から知ったんだがな。
ただただ、パパとママの幻影に怯えて震えてた。直感で、もう死んじまうって解ったさ
その時がはじめてかな、こいつを他人の為に使ったのは……」
そう言いながら、女性は腰に下げた投げ縄を見る。
「入り口がバリケードで塞がれてたから、窓からこいつで引っ張りだしてね。
とにかく医者に連れて行こうと思って、抱きかかえて走ったさ。だが……」
女性はそこで、話を止める。
だがその物悲しそうな表情から、悲しい結末は容易に想像できた。
それから、暫くの静寂が流れ――
「……悪かったね、こんな湿っぽい話をしてさ。
だが『そいつ』を手に入れたあんたに、運命みたいなものを感じたのさ」
女性が言っているのは、恐らくこの間手に入れた投げ縄の事だろう。
「アタシはアラクネ。クモのメイデンさ。
なあボーイ(ガール)、良かったらアタシを連れて行ってくれないか……?」
いつの間にか隣まで移動してきていたアラクネが、あなたに撓垂れ掛かる。
どうやら相当酔っているようだ。
そのまま放っておく訳にもいかず、あなたはひとまず同行を承諾するのだった。
最終更新:2016年06月06日 11:24