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状況:妖精軌道偵察

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遠くからは砲声が響き、瞬時の間をおいて爆音が轟く。
立ち並ぶ建物は、住む者とてもはやなく、窓は割れ、元は壁だったろう瓦礫が転がっている。
戦場と化した街の中、犬妖精が一人、道に伏せていた。
片方の耳を地面に押し当て、目を閉じている。

カラカラ……
どこか遠くから、瓦礫が崩れる小さな音が聞こえた。


瞬間、その中に感じた違和感に、立てられていた耳がピクリと動く。
類稀な集中力・判断力によって、不要な音を意識から締め出して、目的の音を拾う。

ゴウンゴウンゴウン……
敵土偶が移動する時特有の重低音が聞こえた。

「だが、まだ、遠い…」
つぶやき、思案する。

「……やむを得ませんね……」

一拍の後、ふさりと、犬妖精特有の尻尾が動く。
右手をゆっくりと動かし、たもとから目も覚めるような青さの液体が入ったガラスの筒を取り出す。
否。ただの筒ではない。それはドラッガーたちが使う、薬品のアンプルであった。
手にしたアンプルの一端を、自らの静脈につながる管に差し込むと、反対の端をゆっくりと押し込んだ。

「か、は……ぁ……はぁ……ぁ……!」
口から途切れがちな吐息が漏れて、硬直した身体はのけ反るようにビクッと痙攣し、
直後、その脳に与えられた刺激により、聴覚および処理機能が爆発的に向上した。
耳に流れ込む音の奔流を瞬時にかきわけ、峻別し、目的の音だけを取り出す。
やっていることは先ほどまでと同じだが、その感度・精度は段違いであった。

「敵。10時の方向。数……12!」

かっと目を見開き、瞬時に知覚した情報を仲間に伝える。

言い終えると同時、力尽きたかのようにすっと瞳を閉じた。

この犬妖精はドラッグマジシャンである。
通常のドラッガーを質・量共に超える薬品を用いて、その時々に応じた能力を強化して多様な事態に対処する。
その魔法じみた薬品の選別、量の見極め、調合、投与の腕前をもって、彼女達はドラッグマジシャンと呼称されている。

越前藩国における犬妖精の歴史は、かの地の風土病「不安定性無気力症候群との闘いの歴史であった。
犬妖精だけが冒されるこの病が発見された当初、犬妖精たちは無気力さの闇に沈み、他者を拒絶し、孤独のうちに衰弱死を待つだけであった。
そんな中で、拒絶されきづ付けられながらもなお、病に冒された自分達に救いの手を差し伸べてくれた越前藩国の人々の厚意を、彼らは決して忘れはしなかった。
戦いが激化するその中で、自分達の鋭い感覚が求められていることを知った彼らは、風土病に対抗するため身につけた薬物に対する知識と技術をより高度なものへと研鑽し、ついにはドラッグマジシャンと呼ばれる者を生み出すだけの域に至らせたのだ。

しかし、犬妖精達にとって、これは極めて危険な行為であった。
もとより、沈み行く精神と薬効による高揚をギリギリで安定させていたに過ぎない彼らが、多量の薬物を投与するのだ。

薬も過ぎれば毒となる。

すでに、多量の薬品の投与によって半ば夢の世界に漂わんとする意識を、理鉱石を彫り入れた薔薇の刺青で肉体に縛り付けているような状態である。
ここまでしてなお、その身は時に行き過ぎた投与によって夢に堕ちる。

今もまた、肉体は酷使に悲鳴を上げ、それを忘れさせるため、精神は安らかな眠りへと誘われている。

瞳を閉じた犬妖精の唇が優しげにゆるんだ。眠りの直前、極限の安寧の中での微笑。

いつかは、目覚めることなき眠りに呼ばれることになるかも知れない。
それでも良い。あの無限の気だるさと無力感の中で生きるよりは。
願わくは自分達の命が、人々のため、この胸の薔薇のように真っ赤に咲き、散らんことを。

そんな、祈りのような覚悟を負って、彼らは今も戦いに身を投じているのである。

(書:不破陽多)

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