バトル・コミュニケーション◆aptFsfXzZw








「さて、情報の整理をしましょう」

 スノーフィールド警察署の署長室。
 共闘の誓いを終えた後。セイバーに対し、部屋と彼の主であるレクス・ゴドウィンはそのような言葉を切り出した。

「ムーンセルが職歴を参考にしたのかはわかりませんが、私に与えられた役割はスノーフィールドに生じた変化を観測しやすい立場にあります。このアドバンテージを活かさない手はありません」

 ゴドウィンの言葉に、セイバーも頷く。
 街を襲う異常、その細部はともかく、全体像を俯瞰するという一点に置いては、警察組織の長という立場以上の物はないだろう。
 既に一般市民にも警戒を呼びかけられている、『口裂け女』と呼称される犯人による連続殺傷事件や、新聞の片隅とはいえ報道された謎の廃工場の爆発事故のみならず。未だ正式な発表の為されていない失踪者の増加傾向に加え、真偽不明ながらテロ組織『曙光の鉄槌』の潜入疑惑などの情報まで。その尽くを己の社会的権限だけで把握できる人間は、著しく限られたものとなるだろう。

「……おそらく、ここ数日で有意に増加が認められるっていう失踪事件の大部分はあのキャスターみたいな、聖杯戦争に一般人を利用しようとした者による犯行だろうな」

 そんなマスターから口伝された情報の自己解釈を零したセイバーは、思わず奥歯を軋ませる。

「でしょうね。ただ、私が今気がかりなのは、これだけのことが起こっているにも関わらず、街が穏やか過ぎるということです」

 しかし、それを冷静に受け止めたゴドウィンの話は、セイバーの予想外の方向に転がった。

「……というと?」
「一種の劇場型犯罪、それも無差別の殺傷事件という残虐な行為を許しているにも関わらず、警察に対する批判の声があまりにも乏しいのですよ」

 それは、いつも人知れず戦ってきたセイバーとは異なり、生前も公の立場で治安維持を担っていたゴドウィンならではの視点だった。

「確かに、『口裂け女事件』は大規模なパニックを呼ぶほどの物ではないでしょう。しかし一定数の市民に不安を覚えさせるには充分過ぎます。ですが実際には、市民からのクレームもマスメディアからの責任追及もほとんどないのです」
「それは……警察が悪いわけじゃなくて、犯人が悪いって皆わかってくれているからじゃないのか?」

 自分でも楽天が過ぎるような推測だが、必ずしも人の善意を疑わずとも良いのではないか――そんなセイバーの考えが透けて見えたのか、ゴドウィンは厳しい表情で首を振った。

「そうであれば良いのですが、残念ながら全ての人が不安に打ち克てるとは限りません。かつての私のように」

 実感を伴って呟かれれば、セイバーとしても沈黙するよりほかなくなる。
 セイバー自身も、人間であった頃は誰も彼もを恨まず、疑わずに居られたことばかりではなかった。
 ヒトであることを放棄した後も、人類は賢明なばかりではなく、自身の利益のために他者を攻撃することもあるのだということを嫌というほど思い知らされていた。

「……だからって、それがどうしたって言いたいんだ? マスターは」
「おそらくですが、NPCである人々には、神秘の秘匿とやらのために疑念や狂乱から意識を遠ざける暗示のようなものが施されているのではないかと思うのです」

 深刻な顔つきで、ゴドウィンはセイバーの疑問に答えた。
 意味するところにセイバーの理解が及び、新たな疑念が湧き上がるのを横目で確認したのだろうゴドウィンは、さらに言葉を並べていく。

「もちろん、あれだけ再現性とやらを監督役が強調していたからには、市民には一般的な反応から逸脱させないとは思うのですが……それこそ、実はこのスノーフィールド自体が、地上に存在した時点から聖杯戦争のために調整された都市であり、街中に人々の意識を誘導する仕掛けが組み込まれていたのだとしても不思議はありません。むしろ、監督役の言及した本流の冬木ではなく、この街をムーンセルが舞台に選ぶ理由にも説明が付きます」
「……警察にクレームが来ないっていうのも、そのせいなのか?」
「ええ。私も、星の民に関連しない魔術系統については門外漢なので確証はありませんが……仮に街そのものが聖杯戦争のために造られた箱庭だとすれば、私が黒幕で可能であるならそうします。そして現状から推測すれば、飛躍した考えだとしても、否定する要素も特にはありません」

 セイバーの問いかけに、かつて自ら陰謀を企て多くの人々を巻き添えにした男はさらに表情を険しいものにして、自らの考えを告げた。

「真相はどうであれ、市民の自己判断が正しい形では為されないかもしれない――その状況を考慮しておくことは、いざその局面に遭遇した場合に役立つでしょう」
「つまり……暗示の影響を受けた、一種の洗脳状態に陥った人々は目の前の危険を認識できないかもしれない、っていうことか……っ!」

 ゴドウィンの憂慮する事態を理解し、セイバーは握り拳を震わせる。
 月の聖杯だけではない。ゴドウィンの推理が真実だとすれば、スノーフィールドを作り出した魔術師達もだ。
 どれだけ、何も知らない人々を食い物にすれば気が済むというのか。

 その様子を目にしたゴドウィンが、やや沈んだ声で続きを述べた。

「そして、異常現象への関心や、注意喚起の意志も希薄となっている可能性があります。警察による事態の把握も遅れることでしょう。現状の優位を過信はできないということです」

 ゴドウィン自身がここまで考察できていることを踏まえると、仮に暗示があるとしてもNPCを脱したマスターには効き目が薄いのだろう。
 そうなれば、集団の意識レベルで機能を低下させられた警察機構では、サーヴァントを筆頭とする異能力を持つマスターとの情報差が優位になるとは限らない。

「そうか……せっかく署長になったのに、上手くはいかないもんなんだな」
「そうですね。もちろんこの役割だからこそのメリットは多々ありますが……立場上の制約もあります。俯瞰的に情報を見られる我々と並行して、軽いフットワークで調査に当たれる同盟相手を探したいところです」

 ゴドウィンはその立場上、自由に街を闊歩できるタイミングは限られている。
 セイバーにはこの街における役割などそもそも無関係ではあるが、どうにも燃費の悪いサーヴァントだ。サーヴァントとマスターの距離が離れれば魔力供給にも支障が出る。単身で街中を見回るとして、もしも遭遇戦となった場合には、十全な力を発揮できない可能性がある。
 いや、それだけならまだ許容範囲だ。もしもその不安定な状態が、セイバー自身か、ゴドウィンの中の地縛神の暴走を促すことになってしまえば……
 最悪の事態を考えると、セイバーだけで単独行動することはあまりにもリスクが大き過ぎる。

 同じ危惧を抱いたゴドウィンも、何か他の手段がないものかと思索に沈み、二人きりの署長室を静寂が覆った。

 それを破ったのは、部屋の中へと吹き込んできた一陣の風だった。

「……何故」

 特に、その風に攫われるような紙などはなかったが、ゴドウィンは緊張に満ちた面持ちで開いた窓へと目を向けた。
 それを不思議と思うことなく、セイバーも戦慄に打たれて視線を巡らせる。

「いつから、あの窓は開いて……」
「――ローマッ!!」

 愕然とした呟きは、忽然と背後に現れた気配の放った雄叫びに遮られ、掻き消えた。












 その出現は、あまりにも唐突だった。

 レクス・ゴドウィンの眼前。セイバーの背後に、寸前まで目視できなかった巨漢が現れたのだ。

 まるで、巧緻を極めた彫像の如く。威厳に満ちた逞しさと洗練された美しさとを兼ね備えた、およそ生物として完璧な、輝ける玉体。
 人種や性別を問わず、一目見れば惹き寄せられるだろう天性の肉体を持つその男の圧倒的な存在感に、何故この瞬間まで気づくことができなかったのか。

「第十三階位(カテゴリーキング)……っ!」

 その理由は、目の前に出現したその男がサーヴァントであることを認識できた段になっても、未だゴドウィンの理解が及ぶところではない。
 しかし理解が及ばぬとしても、事態の進行は何ら変わることはない。
 奇声としか思えない掛け声で放たれた腕の一振りは、不意を打たれた形となったセイバーの細い体の芯を的確に捉えていた。

「――セイバーっ!」

 受け止めた勢いに浮かび上がったセイバーの痩身が、そのまま開け放たれていた窓の隙間から落ちる様を目撃して、思わずゴドウィンは腰を浮かす。
 その直後に、金縛りに遭ったかのように全身が硬直した。

 ――原因は明白。眼前のサーヴァントが放つ威圧感。

 深い色合いの紅玉を嵌め込んだような双眸に見据えられた瞬間、ゴドウィンは蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなっていた。

 体格だけで見れば、ゴドウィンも決して負けた物ではない。
 だが、違う。眼前の存在は、根本から生物としての作りが異なるものだ。
 それはまさしく、かつて自身が目指した、人を超えた存在――

 セイバーの庇護もない今、この状況では、自身の生殺与奪は目の前の絶対強者(サーヴァント)が握っている。
 あまりに明快なロジック。その道理を捻じ曲げる術が、あるとすれば――

(――いかん!)

 体の奥底から這い上がって来た悪寒。
 瞳を介さず脳裏に過ぎった、白光を遮る黒い影。
 一度は野望のため、自ら身を委ねたその感覚を、ゴドウィンは意志の力で拒絶する。

 邪神の眷属たるダークシグナーの力を全開とすれば、確かにサーヴァント相手でも僅かな時間は稼げるかもしれない。
 だがそれでは、仮に窮地を脱しても駄目なのだ。怪物を倒しても、自身が怪物に堕ちてしまっては結末は同じ。意味はない。

 自分はもう助からない。既に潰えた宿命だ。
 だが、それでも。人の力で運命を変えられることを、ゴドウィンはあの日、確かに知ったのだから。

 ならば今は、戦う術を奪われたすべての人々の代わりに、己が戦う――同じ志を持つ、セイバーと共に。

 ……眼前の脅威の認識。裡から魂を侵す邪悪の把握。それを跳ね返すための、決意の再認。
 極限の緊張状態により加速した思考は、それら三つのステップを刹那の間に駆け抜けた。

 金縛りのようなプレッシャーを脱し、ゴドウィンはわずかばかりに身構えることができた。
 拳を持ち上げる、といった芸当はできない。元より意味はないだろう。

 それでも、全身には適度な緊張を保たせる。
 そして、視界に収めるだけで畏怖に打たれるような超人の姿を、両目で捉えて離すまいとする。
 この身で眼前のサーヴァントに抗しきれるとは思わない。令呪を使う隙すらないだろう。
 それでも一瞬でも長く、逃げ延びることができたなら。運命に抗い続ければ、セイバーが駆けつける可能性を僅かでも上昇させられるはずだ。

「……それもまたローマである」

 決死の覚悟で相対したゴドウィン。その耳が拾ったのは、斯様に謎めいた言い回しだった。
 疑問に思う余裕もないゴドウィンの前で、第十三階位のサーヴァントは悠然と身を翻すと、自身もセイバーの落ちた窓に、そしてその外へと飛び出して行った。

 そうして呆気なく、だだっ広い署長室から、二騎のサーヴァントの姿は消えた。

「――っ」

 その事実を認識した瞬間、ふと身が揺らぐ。
 数秒にも満たない時間とはいえ、先日のキャスターなど比ではない強大なサーヴァントと一対一で向き合った。それによって齎された緊張は尋常の物ではなく、糸が僅かに緩んだだけで、予想以上に力が抜けてしまったのだ。

「彼は、いったい……」

 文字通り風のように現れ、去っていったあのサーヴァントの真意。ゴドウィンには未だ計り知れない代物だ。
 奇襲を仕掛けておきながら、サーヴァントと分断され孤立した自身には何も危害を加えなかった。

「――セイバー!」

 だが、その向かった先に居る者にまで思考が及んだゴドウィンは、まだ気を抜くことはできないと正気に返る。
 真意は計り知れずとも、未だセイバーが害される恐れはある。無視することはできない。

「待ってください」 

 慌てて窓まで駆けつけようとしたゴドウィンは、ふとした女性の呼びかけに動きを止めた。

「ランサーはあなたを認めました。だから私も危害は加えません。ただ、暫くの間、共に見守っていて欲しいんです」

 その口ぶりから、先程のサーヴァントのマスターか、同盟者のような相手だろうとゴドウィンも推測するが、その姿は何処にも見当たらない。

(さっきのがランサー? アサシンやキャスターではなく……)
「……姿も見せずにいる相手とともに、ですか?」

 伝えられる情報に疑念を抱きながらも、それを表に出すことなくゴドウィンは尋ね返した。

「……申し訳ありません。ご理解頂ければと思います」

 声の主がサーヴァントなのか、マスターなのかもわからないが、他の陣営の前に姿を現すことに抵抗があるのも仕方ないと、ゴドウィンは一旦引き下がることにしてみた。

「まぁ、いいでしょう。それで、そもそも見守るとは、いったい何を?」
「あなたのサーヴァントに……ランサーが、どんな裁定を下すのかを」












 セイバーが落下した先は、四方を警察署の壁に囲まれた中庭だった。
 ――咄嗟に不意打ちを凌いだ両腕は、叩き込まれた衝撃に痺れたまま。
 加えて宝具も発動できていないとはいえ、セイバーは根本より人外の存在へと変転し、そしてサーヴァントの霊基を以って召喚された身。不完全な体勢からでも両足で衝撃を殺し、無事の着地に成功する。

「――セイバー!」
「マスター――、っ!」

 人外である故に微かに聞き取れた、ゴドウィンからの再度の呼びかけ。それに彼が振り向いた時には既に、敵も中庭まで舞い降りてきていた。

 先程まで感じ取れなかった威圧感を伴ったサーヴァントは、そのまま無音の着地に成功する。筋骨隆々とした逞しい印象とは裏腹な、猫のようなしなやかさ。足運び一つでも、英雄として円熟した技量の程が伺える。
 元より、これだけの存在感を有しながら、セイバーに気取られることなく室内に忽然と現れたあの芸当。気配遮断か、それに派生する高度な武芸を修めていることは明白だろう。
 だが、ならば、と。僅かな希望的観測を懐きながら様子を窺うセイバーの前で、そのまま巨漢は無造作に、右手へ得物を出現させる。長身の彼より、さらに倍近くも巨大な荒々しい造りの樹槍を。

「ここでやるつもりなのか……っ!?」

 予想できていたこととはいえ、敵手――推定クラス・ランサーの明確な戦闘態勢を見て取ったセイバーは、呻かずにはいられなかった。
 神秘の秘匿という前提がある以上、日中堂々と、それもこんな街の中心部で本格的な戦闘を仕掛けて来る敵が現れるとは想定していなかった。あったとしても、先の気配遮断によるような奇襲が精々だろうと。だがあの巨槍は、明らかにそんな範疇に収まる用途の代物ではない。
 辛うじて往来から遮られた警察署内の中庭とは言えど、この程度の障害、サーヴァント同士の戦闘ならば容易に粉砕してしまえる。
 そもそも、この場で対峙していることを職員達に気づかれるまでの猶予も、いったい幾ばくのものなのか――それ以前に、彼らに及ぶ被害のほどは。

 そんなセイバーの焦燥を見て取れぬほど、愚鈍なわけではないだろうに。深い知性の輝きを両の眼に湛えたまま、ランサーは泰然とその槍を素振りした。

「『すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)』」

 ――ランサーの声に、大地が応じた。

 振るわれた槍の軌道の延長上、それをなぞるようにして。コンクリートの床で覆われていたはずの地面から、突如として石造りの壁が顕れたのだ。
 地の底、としか思えない空間から迫り出した塀は、その出現に伴いセイバー達の足場を小動もさせないままに展開され、内側に位置していた二騎のサーヴァントを瞬く間に世界から切り取った。

 警察署の中庭は、逃げ場のない闘技場へと様変わりしていた。

「これなる壁はローマと世界を隔てる国境。外より私(ローマ)を覗き見、跳び越える全ての者を拒絶する」

 その説明に、これらの石壁が結界宝具の類であることセイバーも理解した。故にランサーが、白昼堂々と仕掛けてきたのだということも。

「ローマに伝わる隔絶の壁……おまえの真名は、古代ローマ建国の王、神祖ロムルスか!」

 同時、逸話の昇華された宝具を目の当たりにしたことで、その持ち主の正体も見当がついた。
 軍神マルスを父とする生まれながらの超人。人類史の大いなる基盤の一つとなった一大国家ローマの建国神話に伝わる伝説の王、ロムルス。
 それこそが、眼前に君臨するこの槍兵の正体に相違あるまいとセイバーは睨む。

「如何にも。私(ローマ)が、ローマである」

 堂々と宝具を開帳した上で、ランサーはセイバーの推理を躊躇なく肯定した。
 それは愚かさ故、ではない。彼ほどの大人物ともなれば、英霊としての格も相応の物だ。
 知名度から容易に悟られ得る真名を知られた上で、なお恐れる必要がないという、絶対の自負が彼には備わっており――そしてその確信は、否定する余地のない事実に他ならなかったからだ。

「そして――貴様は何者であるか、セイバー」

 その姿を険しい目つきで見据えるセイバーに対し、ランサーは誰何を返して来た。

「世界とは、ローマである。私(ローマ)の信じたヒトの輝きが連綿と受け継がれ、繁栄し続けた未来であるもの。なればこそ私(ローマ)は世界のすべてを愛そう」

 ローマの建国王は、自らの偉業に基づく英霊としての視点をその口より語り始めた。
 突拍子のないような言葉でも、彼の声に載せられたそれは、セイバーにも無視できない宣告となって闘技場に響き渡る。

「仮令、遠き天より飛来した脅威、または地球(ほし)の生んだ怪物であろうとも。ヒトの輝きに触れ、同じ光を胸に灯す者があれば、彼らもまたローマである。
 あるいは世界(ローマ)を滅ぼす人類悪であろうとも、その起源が我が子の人類愛にあるのであれば、私(ローマ)はその獣さえも愛してみせよう。
 しかし、セイバー。貴様は同じく世界を滅ぼす存在であっても、生まれながらの怪物ではなく、かといって人類悪ですらない」

 セイバー――剣崎一真を映す紅玉の瞳は静かに、その輝きを鋭くした。

「貴様は、何だ。人類愛(ローマ)の中にありながら、貴様は何故、世界(ローマ)を滅亡に導かんとする」

 威厳に溢れながら、不躾なまでに真っ直ぐな弾劾の言葉は、そのままの勢いで剣崎一真の胸を抉った。

「異世界より顕現せし、命ある者たちの天敵、未知なる原初の獣よ。我が起源(父)たる闘争を以って、この私(ローマ)が貴様の本質を見極めよう」

 そうして、冷厳な宣告とともに。薔薇と黄金の神祖は国造りの槍を片手に、セイバーへと踊りかかった。












 ――事が此処に至る、ほんの少し前のこと。

 第十三階位(カテゴリーキング)のランサー・ロムルスは、国際テロリズム対策課の室内で、堂々と実体化していた。

 一目見た者に深い感動すら覚えさせる黄金色(コガネイロ)の肌を惜しげもなく晒すその巨漢の存在を、しかしその時認識しているのはマスターの夏目実加だけであった。

 圧倒的な高次電脳体であるサーヴァント。その中でも、一際存在感を伴うだろう建国王ロムルスの顕現を、NPCへ貶められた民が知り得ぬ理由。
 それは万能の神祖と謳われし彼の持つ、破格のスキルによる御業だった。

 即ちスキル・皇帝特権――ランクEX。

 サーヴァントとして召喚された際、その霊基が本来保有するに至らなかったスキルを短時間のみ獲得するという、超級の技能。
 無論、一切の素養がなければ如何に神祖と言えど習得には至らないが、彼こそは元祖2000の技を持つ男。
 軍神を父とし、後に旧き神と一体化した超人の有す稀代の才覚(タレント)は、全能には及ばずとも、万能と呼ぶに相応しい特権だった。

 その一端として、彼は今、極めて高ランクの気配遮断スキルを獲得し、衆人環視の中にあってなお、その圧倒的な存在を素養なき者には悟らせずに在り得たのだ。
 そしてランサーはさらに、規格外の万能性を存分に発揮し、先程実加に告げた、警察署に存在するもう一騎のサーヴァントについて遠見を行った。

 その結果を踏まえた上で、ランサーは直々の接触を実加に進言した。

 曰く、旧き時代に枝分かれした異世界のことまでは、半神たるランサーの特権をしてすべてを見通すことは叶わない。
 どちらもが該当するこの主従、このサーヴァントについては極めて特殊な相手のため、折を見て直接接触を図り、その在り方を確かめたいと訴えてきたのだ。

 ランサーに既に全幅の信頼を寄せていた実加はこれを即座に承諾し、彼から与えられた加護によって共に気配を遮断し、署長室へと潜入するに至った。

 それから、「少々非私(ローマ)的な姿を見せることになる」と言い残したランサーは番外位(ジョーカー)のサーヴァントを中庭に叩き出し、そのままセイバーを追って場外乱闘に向かってしまった。
 当然、事態を追いかけようとするセイバーのマスター――役割上は自身の上司に当たるレクス・ゴドウィン警察署長を、実加は呼び止めることになった。



「……ランサーの裁定、ですか?」
「はい。あなたがご存知かはわかりかねますが、あのセイバーは本人の人柄とも無関係に危険であると、ランサーは認識しています。
 あなたたちが被害の拡大を止めるべく決意していることは、ランサーも既に見通しています。あるいは手を取り合えるかもしれないと、私にも提案してくれました。
 ただ、万一その危険性を乗り越えられなかった場合。その脅威はあまりにも甚大であり、ここで禍根を断つべきだと、結論することになりました」












「――セプテムッ!」

 特異な掛け声と共に、ランサーの攻撃がセイバーに迫る。
 署長室で受けた一撃とは違う。本気と言うほどの鬼気は篭っていないが、同時に、死んでしまっても構わないという未必の殺意によって放たれる、鋭い一突き。
 身を躍らせて何とかそれを回避したセイバーは、しかしまだ宝具を顕現させなかった。

「おい、待ってくれ! 俺は……世界を滅ぼしたいだなんて思ってない!」

 ランサーが攻撃前に述べていた言葉。彼がセイバーを襲う理由を顧みれば、無用な争いを避ける道があるのではないかと思えたからだ。

「本当は、誰にも傷ついて欲しくない……こんな、無関係な人を沢山巻き込んだ聖杯戦争だって止めたいと思ってる! だからまずは、話を聞いてくれ!」
「――その心は真であろう」

 ピタリ、と。意外なほどに聞き分け良く、ランサーはその動作を停止した。
 しかし、それに対する一瞬の困惑は、次の展開への確信へと変化する。
 それだけで済むような相手なら、そもそもこうも野蛮な手段に訴えるはずがないと、セイバーにも理解できていたからだ。

「だが、世界の滅びにおまえの意志は関係あるまい。その身は既に、星が備えた終末装置、単なる自殺機構に他ならない。そしてその在り方は、貴様自身が望んで変転したものだ」
「……っ!」

 どのような異能を有しているのか。未だこちらの正体を知らないはずなのに、背負う因果を見通しているかのように――正しく神たる者の視座から、ランサーはセイバーを糾弾する。

「それでも……だからこそ、俺は、無意味な戦いはしたくない。そんな運命に負けたくないんだ!」
「二度言おう、セイバーよ。おまえの意志は、おまえの備えた機能とは無関係だ。ただ口先で取り繕い、そこから目を逸らすしかできぬ程度であれば、その血の宿命(さだめ)に背くこと能わず。ならば私(ローマ)は王として、ローマに迫る脅威を滅ぼすのみ」

 セイバーの訴えを弱音と断じ、ランサーは再度の突撃を敢行してきた。

「ロムス!」

 二度目の槍撃は、一度目を凌ぐ苛烈さを有していた。完全には避けきれず、セイバーの頬が割かれ出血する。
 既にヒトではない身の上を示す、緑色の血液を。

「ローマァッ!」

 身の丈以上の長槍を小枝のように扱って、ランサーはさらに追撃する。
 今のセイバーでは、体勢を立て直す暇もない。この一撃を受ければ絶命する。
 未だ真意も知れぬ相手の手で、護るべき戦えない人々を大勢残して。

 ――あるいは、本来の不死性を再現したスキルにより、復活の判定が得られるかも知れない。
 だがその時、アンデッドとしての特性で蘇生した己は果たして、今(ヒト)の自我を保っていられるのだろうか。
 それこそランサーが誹るような生命の天敵、単なる終末装置として、再稼働しない保証はない。

 そんなこと――――到底、受け入れられるはずがないっ!



《――Turn Up――》



「……防いだな。私(ローマ)の槍を。私(ローマ)の意向を」

 詰るような、しかし悪感情の一切を伴わないランサーの声が、金色の壁の向こうからセイバーに届く。
 彼の槍を防ぎ、弾き返したのは、確かにセイバーが腰に巻いた宝具の展開した結界――オリハルコンエレメントによる仕業だったが、敢えて取り合おうとはセイバーもしない。
 代わりに、左手を引き、右手を掲げるいつもの構えを取る。
 その所作に、半透明のオリハルコンエレメントの壁が呼応する。
 いつからか更新された機能を反映して、自身の下へと迫って来た瞬間。人外の物となった血をなおも熱く燃やしながら、セイバーは叫んだ。

「――変身!」

 そうして、光の壁を潜る瞬間。真名解放の代わりとなる解号を詠唱したセイバーの姿は、変わっていた。

 痩せぎすだった肉体は、黄金の甲冑に包まれて厚みを増し。その顔を、三本角が特徴的な兜が包み込む。
 全身を隈無く装甲した、絢爛たる黄金の鎧騎士が、彼の居た場所に立っていた。

 これこそは、生物種の始祖たる不死者、その内の十三体と融合した王者の鎧。
 セイバーの持つ最強の力の象徴にして、仮面ライダーの名を背負う戦士の姿を再現する宝具。
『原初纏う黄金の鎧(キングフォーム)』の威容だった。

 仮面ライダーブレイドに転じたセイバーが、籠手に覆われた右手を開けば。そこに光芒が走り、瞬く間に黄金の大剣が実像を結ぶ。
 それこそがセイバーの誇るもう一つの宝具。人の願いに導かれながら、人の意図した結果に拠らず、星の力を束ねて産み落とされた兵装、その最も新しき系譜。
 顕現した神殺しの大剣に、セイバーは左の手を添えて、構えた。

「マグヌスッ!!」

 一連の変化を認めて、一呼吸の後。裂帛の気合と共に、ランサーの宝槍がセイバーへと襲いかかる。
 セイバーが宝具を纏う以前とは違う、手心のない必殺の一撃。真名の解放を伴わずとも、天性の肉体が誇る筋力で揮われる大質量の直撃は、武勇に優れた英雄にとっても致命的な一刺しとなる。
 そして鈍重な鎧を着込んだセイバーには、それを躱す機動力など望むべくもなかった。
 巨人が棍棒で打ち据えるような一撃が、黄金の鎧に着弾。衝撃の伝播した足元のコンクリ床が砕け、粉塵が舞い上がる。

 ――直後。金色の一閃が、立ち込める白い暗幕を切り払う。

 余波がその身を貫き、足元を砕くほどの一撃を真正面から脆に受けて――セイバーはなお、健在だった。
 国造りの樹槍を受けた絢爛たる甲冑には、歪みも、痛みも、曇りの一つも在りはせず。その威容を、僅かたりとも貶めぬまま輝きを放つ。
 その堅牢な宝具と融合した当人もまた、たかが一撃では微かな痺れを覚えただけで、これと言った痛手は受けていない。

 しかしその痺れは、敏捷にも優れるランサーを取り逃すには充分過ぎる隙だった。
 視界を塞がれていたのは同条件にも関わらず。セイバーが繰り出した反撃の刃を、ランサーは的確に回避していた。

 ランサーは払われた勢いを利用して後退したまま、さらに距離を取り、双方の間合いの外まで逃れて行く。
 仕切り直す形となった両雄はそこで一度、動きを止めて向かい合った。

「――ランサー。おまえは、俺を見極めるために戦うって言ったよな」
「左様である。父たる軍神の司る概念、我が起源こそは戦にあるが故に」
「……俺とおまえは、戦うことでしかわかり合えない、って言いたいのか?」
「如何にも」
「そうか」

 ランサーの淡々とした返答を受け止め、咀嚼したセイバーの内で、反響は徐々に膨れ上がった。

「……悪い。確かに俺はもう人間じゃないし、あんたの言い分もわかる。それに昔、自分でも似たような真似をしたことがある――だけど少し、あんたには腹が立った」

 ――あるいは、無遠慮に友との記憶を掻き乱されたからか。
 悪行に憤るのとも少し違う、久しい憤りを身に宿しながら、セイバーはなおも言葉を連ねた。

「ただ、俺と話をする気がないとしても、一つだけ聞かせてくれ。ここに俺を閉じ込めている間に、マスターに手出しをするつもりはないんだろうな?」
「無論。あの男もまた、その裡にローマを秘めているのだから」
「ああ、安心したよ。それなら存分に、あんたの気が済むまで付き合ってやる」

 超然としたランサーの返答の、真偽の程はわからない。だが、主従を結ぶパスは未だ繋がっており、随時供給される魔力にも乱れがないならば、敢えて疑う必要も薄いことだろう。
 いざという時には、令呪で呼びつけて貰うこともできるだろう。だから過度に心配するよりも、まずは目の前の火の粉を払うべきだとセイバーは結論した。
 それこそが、立ちはだかる運命に光差す道を切り開く最初の一歩になると信じて。

(――耐えてくれ、マスター)

 ただ一度、空間ごと隔離された同志に向けて、祈るように胸中で呟きながら、セイバーは手にした大剣を構え直した。
 それを見たランサーも、それまでと異なり重心を適度に落とした、正しく戦闘態勢と呼ぶべき構えを取る。



 そして合図もなく、ただ呼吸が噛み合った瞬間に、二人の王者が揮う大剣と巨槍の距離は再び零となる。



 その激突を合図として――聖杯戦争の初戦を飾る、超級のサーヴァント同士の対決の火蓋が、ここに切って落とされたのだった。






【D-5 警察署 署長室/一日目 午前】

【レクス・ゴドウィン@遊戯王5D's】
[状態] 健康、魔力消費(小)
[令呪] 残り三画
[装備] デュエルモンスターズカード(マヤ文明デッキ)
[道具] なし
[所持金] やや裕福
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:かつての贖罪として、罪なき人々を悲劇の運命から救う
1.姿の見えない何者かに対処する。
2.セイバー(剣崎一真)の援護を急ぐ。
3.実地調査に当たれる同盟先を探したい。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は警察署の署長です。
※スノーフィールドには市民の危機感を抑える魔術式が施されているのではと推測しています。



【夏目実加@仮面ライダークウガ(小説)】
[状態] 健康、魔力消費(微小)、七つの丘による気配遮断スキル獲得中
[令呪] 残り三画
[装備] プロトアークル、
[道具] 不明
[所持金] 一般社会人並
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:かつての英雄たちのように、人々の笑顔を守りたい。
1.ゴドウィンを抑える。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は国際テロリズム対策課所属の刑事です。




【D-5 警察署中庭/一日目 午前】

【セイバー(剣崎一真)@仮面ライダー剣】
[状態] 健康、やや苛立ち、仮面ライダーブレイドキングフォームに変身中
[装備] 『原初纏う黄金の鎧』、『始祖束ねし王者の剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:戦えない全ての人の代わりに、運命と戦う。
1.ランサー(ロムルス)に対抗する。
[備考]
※第十三階位(カテゴリーキング)のランサーの真名を知りました。



【ランサー(ロムルス)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 『すべては我が槍に通ずる』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:人々の中に受け継がれる光(ローマ)を見守り、力を貸す。
1.セイバーの本質を裁定し、対処する。
[備考]
※『すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)』を展開中です。
※レクス・ゴドウィンの中にローマを認めました。



[全体備考]
※警察署中庭に『すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)』による結界が展開されています。周囲からの目視、及び内部のサーヴァントの感知は通常に比べて著しく困難となっています。






003:言の葉を紡ぐ理由 投下順 005:それぞれの行く場所
時系列順
OP2:オープニング レクス・ゴドウィン 012:限界バトル
セイバー(剣崎一真)
夏目実加
ランサー(ロムルス)

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最終更新:2018年09月22日 22:49