学校の怪談、口裂け女のウワサ◆yy7mpGr1KA
◇ ◇ ◇
アラもう聞いた?誰から聞いた?
口裂け女のそのウワサ
血のように真っ赤なコートと真っ赤な車、お洒落にキメたお嬢さん!
3のつく時に3のつく場所であなたのことを待ってます
でもでもご注意、オンナゴコロと秋の空。お嬢さんのご機嫌損ねちゃったらあなたもお洒落にされちゃうってスノーフィールドの人の間ではもっぱらのウワサ!
ワタシ、キレイ?
アラもう聞いた?誰から聞いた?
死神連れた白い少女のそのウワサ
綺麗なおべべの女の子とその友達のこわーい死神
最近はトランプ遊びに夢中になって一緒に遊ぶ友達を募集中!
でも子供って勝手よね。そのお友達も結局いつかはお腹をちょきちょき、赤ずきんの狼みたいに切り開いて中のトランプを持ってっちゃうってスノーフィールドの人の間ではもっぱらのウワサ!
ページヲトジテサヨナラネ!
◇ ◇ ◇
「ゴシップ好きはどこも一緒かあ」
中等部に併設された学食、というよりはカフェテラスや休憩室といったスペースで
御坂美琴は独りごちる。
彼女が使っているのはどこにでもあるような情報端末に学園内の共有ネットワークにすぎない。だがムーンセル内に電子情報で構成されたSE.RA.PHという環境で、科学の町学園都市で3本の指に入る電子能力者が用いればそれはアカシックレコードに繋がるようにあらゆる情報を手にできるツールとなりえる。
それを利用して得られた情報が眉唾な噂では溜息も出ようというもの。
だがあらゆる情報を得られる、といっても使い手が人の域を出ない以上制限は自然と課されるものだ。
無作為なネットサーフィンで有意義な情報を得るのが困難であるように、ただ電子の海を漂っても成果は薄い。
明確なターゲットが無いなりに漁るとなると、もうすでに何度も確認したSE.RA.PHへのアクセス履歴が私立高校から確認できることと雲を掴むような風評くらい。
加えて学生寮からのアクセス履歴も見つけたが、極めて短時間のコンタクトで異なる人物かどうかの判別も現時点では難しい。
……無力感は強まるばかり。
「あー、ダメダメ。焦るな私」
注文した紅茶を一気に呷り――思ったより熱くてむせた――思考を切り替える。
無理をしてここで倒れるのは犬死だ。今は抗わなければならない。
中学、そして高校の関係者にマスターがいる可能性が高い、とは思う。
だが当然最低限のセキュリティは配備したのだろうし、個別のでなく今の美琴同様に共有ネットワークを用いているせいで詳細な居場所はとんと分からない。
だがバーサーカーの振る舞いを察するに近くにサーヴァントの気配はないらしく、全く相手の見当がつかないのだ。
相手は気配遮断などの技能を保持している?単に登校していないだけ?もしかして寮の回線を利用しただけの部外者?
様々な仮説が走り廻る。
そして仮説に関係なくついて回る懸念がある。
自分が気付いたのだから相手の方もこちらのアクセス履歴に気付く可能性は高い。そしてバーサーカーに気配遮断なんて便利な技能はない。
回線は学園のもので個人の特定はできないようにしているが、それでも近くにいれば一方的に察知される危険がある。
くるなら来い、という戦意がある。不利な戦闘は避けたい、という判断もある。それらは合わさり、敵の姿が見えない焦燥になる。
焦りながらも最近嫌というほど噛みしめている無力感に抗うように電子の海から情報を掬い上げる。
集まってくるのは最近できた年下の友人が好みそうな都市伝説紛いの奇妙な噂。
「……でもやっぱり不自然、よね」
『口裂け女』は日本人の美琴にとっても、一昔前に流行った今更感のあるうわさ話だ。
それが入念に作りこまれたアメリカの都市に広まるというのはミスマッチがすぎる。
だが過去の英霊が召喚される戦争、というシチュエーションにならば合致するとも思える。
「今はとりあえずここからかな」
いつから広まったのか。
誰から言い出したのか。
どこから発生したのか。
警察の捜査記録やレスキューへの通報履歴などに侵入することも視野に入れて。
電子の世界で敵のしっぽを探し始めた。
◇ ◇ ◇
「え?三時限目休講なの?」
「そだよー。マミ、今朝掲示板見てこなかったの?」
周りのクラスメイトが次の授業の準備をしていないのを奇妙に思って問うてみると思いもしない答えが返ってきてマミを驚かせる。
「ハイトマン先生、どうされたのかしら。先日はお元気そうだったのに」
「さあ?風邪でもひいたんじゃない」
「ハイトマン?噂だけど、最近話題のアレらしいよ。口裂け女」
新たに会話に入ってきた少女から語られた情報がまたマミを驚かせる。
口裂け女、昨晩マミとアーチャーが取り逃がしてしまったスノーフィールドに潜む脅威。
身近なところに被害者が出てしまったことにマミの裡に悔しさが灯る。
守れなかった。
魔女を取り逃がしたことも、そのせいで被害者が出てしまったこともあるが、幾度経験しても後悔の味はあまりに苦い。
「……マミ、そんなに気になるなら放課後お見舞いに行く?スノーフィールド中央病院に運ばれたらしいから行くなら私も付き合うわよ」
マミの表情に浮かんだ感情を教師への心配と捉えた少女は見舞いに行くことを提案した。
もしこれがただのケガだとしたらマミとて見舞いに行くこともしただろう。
だがこの事件はいわゆる普通のものではない可能性が高く、そして彼女にはそれを解決できる能力がある。
被害者を気遣うのも大切だが、元を断つ方がより肝要……
そう考えて断りを入れようとするが
『マスター』
アーチャー、
ケイローンの念話が静かに割って入った。
『探索を優先する、というのも誤りではありません。ですが被害者から何らかの情報が得られる可能性もあります。選択肢から排除するのは早計かと』
あまり会話を遮らないように最低限のセンテンスで。
耳に馴染んだ日本語がマミの心を落ち着ける。
ふ、と小さく息をついて
「少し、やることができるかもしれないの。返事は放課後まで待ってもらえないかしら?」
「そ。まあ別に今日急いでいかなくても明日以降でもいいしね」
ひとまずは放課後の予定は空けておくことにして、突発的に空いた時間を活用するために教室を後にしようとする。
「あ、マミ。ハイトマンもいいけどさ、この後一緒に課題やらない?生物のやつ」
もう一人のクラスメイトがそれを呼び止めた。
よくある勉強の誘い。ただ……
「私、生物は選択してないのだけど」
「あっれーそうだっけ?じゃあ4限もないからもう昼休みか、いいなあ。
や、でも放課後ちょっとだけ付き合ってくれない?今水族館に日本から博士がいらしてるらしいのよ。うちの先生も専門のヒトデ研究で有名な。同郷のよしみでマミが一緒なら話しやすくなるかもしれないし、ね?お願い」
両手を合わせて、片眼を閉じて。
ありふれた日常の光景は、魔法少女という非日常に飛び込んでから見る機会がなくなって久しい。
放課後に友達と過ごすだけの日々を送れればどれだけいいか。
それでも
「ごめんなさい。さっきも言ったけど忙しくなるかもしれないから約束はできないわ」
「むぅ、残念」
他の留学生あたりにダメもとで声かけてみるかなー、とぼやくクラスメイトに改めて一顧して教室を出る準備を進めるマミ。
逃げ出すつもりはない。
魔女相手に一人でもそうしてきた。
そして今は隣に友ではなくとも頼れる仲間がいるのだから。
『アーチャー』
『はい』
『御坂さん、どこにいるか分かる?お昼の約束くらいは取り付けたいのだけど』
マミからの問いに少しだが沈黙が下りる。
もちろんサーヴァントの気配は今朝から追い続けていたが、それが万に一つも間違いのないものだと己の中で納得ができたところで、アーチャーは居場所を告げた。
『三号館の食堂。少なくともそこに今朝彼女と一緒にいたサーヴァントの気配はあります。マスターもいると断言はしかねますが、学内で長時間別行動をとることは考えにくいでしょうね』
『学食?教室じゃないのね』
それなら、と鞄の中から魔法瓶を取り出して足早に三号館へと向かう。
授業が始まる前に接触できなければ話す機会を逸してしまうかもしれない。
放課後に口裂け女の僅かな手掛かりを追うことも考える以上、時間は有効に使わねば。
廊下や階段を走るのはいかがなものか、などと平時であれば言うであろう
ケイローンもさすがに押し黙りマミに続く。
魔法少女の健脚も幸いして始業のチャイムが鳴る前に目的地にたどり着くことはできた。
もう授業開始間近だからか、食堂内の生徒は一人だけ。
その生徒、
御坂美琴がたった今入ってきたばかりの
巴マミに気付いて視線をやる。
目が合ったのにマミの方も気付くと、笑みを浮かべて近づいていく。
「こんにちは、朝以来ね。授業が近いけれど、時間は大丈夫なの?」
「ええ、こんにちは。三限は選択していないの。そういうあなたは?」
「私はハイトマン先生が休講で」
話しながらここいいかしら、と美琴の正面の席へ。
そして返事を待たずに魔法瓶と紅茶の準備を進めていくマミ。
「…いいけど」
少しの沈黙の間に美琴の視線が各所に走った。
誰一人いない周囲の空席。
マミの持ち込んだ上等そうな紅茶。
蜂蜜を思わせる金髪。
同じ国籍の同じ年代とは思えない豊満な肢体。というか局所。
いけ好かない同窓生を思い出すが、さすがにそんな理由で素気無い態度はとらない。
「ところでハイトマンが休講ってホント?」
「ええ、伝聞だけど」
「そっか。じゃ私四限も休みかぁ」
「そうなの?じゃあしばらく一緒出来るわね。お茶、あなたもいかが?」
「ありがと。一応あるから大丈夫、よ」
美琴の手の中ででだいぶ冷めてしまった紅茶を示す。
これで同席を続けるのはどうかと思わなくもないが、そこまで気を遣う余裕も今の美琴にはない。
それでも相手に向かい合うくらいの人間性はまだ保っており、ウワサを探っていた端末をテーブルに置く。
「御坂さん、調べものの最中だったかしら?課題か何か?」
生徒である以上課題に追われているというのはよくあることだ。
マミもクラスメイトからそういう話題を振られたので、てっきりそうかと思った。
だから何ということもなくイエスと返答すると思ったのだが。
話しを振られた美琴は少し逡巡してこう答えた。
「いえ。その、今噂の口裂け女について、ちょっとね」
口裂け女。
まさか相手の方からその単語が出るとは思っていなかったマミの胸中で驚きと警戒が強まる。
どうやって聖杯戦争の話題にしようか。まさか単刀直入に?こんな時キュウべぇの唐突さが少しだけ羨ましい。
そんな風に悩んでいたが、相手から口にするとは。
まさか、むこうもこちらに探りを入れている?
それとも、聖杯戦争に関わると考えて調べているだけ?
いずれにしても関係のない雑談で回りくどく話すのは終わりにしよう、と意識を切り替える。
「口裂け女?ハイトマン先生も被害にあったらしいのだけど……何か分かった?」
「んー…誰が言い出したことなのかはやっぱり知りたいんだけど。
だって変でしょ、アメリカで口裂け女の噂が広まるなんて。『死神を連れた白い少女』のウワサなんてのも広まり始めてるけど、それはまだわかるのよ。普遍的というか、元型にも通じるものありそうだし。
でも口裂け女なんてマイナーな日本の都市伝説が話題になるなんて…ねえ?絶対だれか火付け役がいなきゃおかしいもの」
敵の正体は口裂け女だ、と誰かが喧伝しているのか。それともまさかとは思うが我は口裂け女なり、と名乗りを上げているのか。
いずれにせよ、噂が人の口の端に上りつづけるように苦心しているストレンジャーがその先にはいるはずだと。
口裂け女という名を上げるだけでは駄目だ。その名が忘れられないよう、こまめに話題にし続ける必要があっただろう。
ネットの海に情報を流し続けたか。メディアを介して幾度も発信を行ったか。その痕跡を探っていたのだが
「気になるならまだ調べる?」
マミの態度は具体的な情報を求めているようで、何度も端末と美琴の間で視線を行き来させる。
美琴としても会話に花を咲かせるよりもそちらを調べたいと思うので、相手が許すならこれ幸いと端末を改めて起動させた。
「どうかしら?」
「ちょっ、覗くなら一言くらい……!」
テーブルから身を乗り出して画面を覗きこむマミに軽い苦言。
端末に見られて困るようなものはないが、能力を行使しているのを人に見られるのは避けねばならない。
その動揺で操作を誤った。
リンクを踏んで、飛ばされたのはシンプルな個人の作ったらしきホームページ。
「これが重要な情報源?」
「…いや、たぶん違う。一応口裂け女関連ではあるみたいだけど……」
トップの画像は、イメージした口裂け女だろうか。
大きなマスクで顔の下半分を覆った女性の画像と、大きく書かれた私綺麗?に、それからYesとNoのリンク。
できはさておき、こういうサイトは求めていないとブラウザバックしようとする。
だが、勝手にページの読み込みが始まってしまう。
どうやらアクセスして数秒でリンク先に移動してしまうタイプのところらしい。
美琴は煩わしい作りにしてくれた、と内心苛立ち
耳まで裂けた口。
血で赤く汚れた顔。
『口裂け女』の画像が画面いっぱいに大きく表示された。
それを見たマミと美琴の顔から血の気が引く。
仮にも現代を生きる少女たちだ。画像に手を加える技術のことも、メイクによって異形の容貌を作れることも知っている。
だが、これは違う。
本物というのは人の心を打つ。
それが正であれ負であれ、絵画や写真を通じてもその存在感を完全には失わないものというものはあるのだ。
この口裂け女の風貌がそれだ。魔女という人外の異形に馴染んだマミも、学園都市という人の闇を知らしめられた美琴も平静ではいられない。
ページの下に書かれたこれでも?という文言も。
添えるように描かれたトランプのハートの3も目に入らず、二人は一時放心した。
キーン、コーン、カーン……
と始業のチャイムが遠くで聞こえた。三時限目が始まったらしい。
それが耳に入ってはっとしたように二人とも現実に戻る。
だがさらにもう一人
「ヴゥゥ……ウウゥゥリィィィ!!」
「え、バーサーカー!?」
バーサーカーのサーヴァント、
フランケンシュタインが叫びを上げて実体化する。
それに即座に続いたのは同じサーヴァントの
ケイローンだ。
同様に実体化するとマミを抱えて距離をとる。
だがマスター二人はそれについていけない。
口裂け女の貌を見たショックからの回帰を完全に終えないままに、マミは突如実体化した二騎に、美琴はそれに加えて埒外の存在であるアーチャーを目にした驚愕の渦に呑まれる。
ニ騎のサーヴァントは互いに睨み合って……いない。どちらも視線は窓の向こうへ。
そこからもう一人分の声が現れる。
「ねえ」
静かな声だ。それでもなぜか、よく通る。
美声、などというものではない。恐らく最も近い現象はコーン・オブ・サイレンス。
「私」
霊体化によって建築物を透過し、獲物を見据えて像を結ぶ。
「綺麗?」
赤いコートに顔を覆う大きなマスク。
その姿はまさに美琴とマミがアクセスしてしまったホームページの画像のものとそっくりだった。
『口裂け女』がそこにいた。
濁った獣のような眼がギロリと美琴を睨んだ。
美琴の喉から小さく息を飲む音がする。
意図したものではない。
ホームページ作成者の悪意に満ちた仕掛けだ。
それでも。
美琴は端末を通じて口裂け女の綺麗かという問いに、イエスと回答してしまっている。
ゆえに。
「これでも?」
口裂け女がマスクを捨てる。露わになるのは画像で見た通りの醜く悍ましい異貌のもの。
どこからともなく現れた斧を右手で振り上げ、美琴へと襲い掛かる――――!
「ヴゥゥ!!」
それをもう一人の怪物が迎え撃つ。
振り下された口裂け女の斧は、
フランケンシュタインのメイスへと打ち据えられた。
白雪姫の母は鏡に問う。
怪物の威圧を
怪物は狂気により捻じ伏せる。
虚ろなる生者の嘆き。
怪物の絶叫はもとより思考のない
怪物には無意味。
英雄の決闘のような美しいものではない、怪物同士の殺し合い。
ぶつかり合った得物で鍔迫り合いを続ける二騎に駆け引きや戦略などと言ったものはない。
登場人物が二人だけならばこの力比べの決着まで勝負に水入りはなかっただろうが、そうはいかない。
矢が放たれ、場の空気をかき乱す。
矢の主はもう一人のサーヴァント、
ケイローンだ。怪物たちのスキルと宝具の影響か、僅かに出遅れはするもその戦略眼に誤りはなし。
一矢と言わず次々と矢を放つが、その標的はどちらのサーヴァントでも、ましてや美琴でもない。
空を駆けた矢は壁に紋様を描くように突き刺さる。
外れた?否、外したのだ。
矢によって陣を描くことに意味がある。
「 」
そして
ケイローンの口から何らかの言葉……現代人では発音はおろか聞き取ることも叶わない、しかし脳に訴えかけてくるような呪文。
スキル、神授の智慧によって『高速神言』を唱える。
ケイローンに魔術に秀でたという逸話はないが、凡百の魔術師と彼では生きた時代が違う。
文明国が識字率に優れるように、神代に生きた神霊の識魔術率となれば現代とは比べ物にならない。
根源接続や魔法など容易くこなすメイジに比べれば、今こうして魔法陣と詠唱を媒介に『人払い』の魔術を発動した
ケイローンなど魔術師の端くれとも言えたものではなかろう。
ともあれ人払いには成功。騒ぎを聞きつけた誰かが訪れることは相手が魔術師でもなければ、まずない。
これで監督役にとやかく言われることはないだろう、と確信したところで
ケイローンは改めて弓を引く。
狙い定めるは口裂け女。
万一にも
御坂美琴のサーヴァントに当ててはまずいと考えて一矢のみ番える。
そして離れ。
鍔迫り合う口裂け女の頭部霊核へまっすぐに矢が向かう。
当たる、と思われた瞬間。
口裂け女は姿を消した。
「こォォォォォォォれェェェェェェェでェェェェェェもォォォォォォ!!」
三時限目、
三号館に口裂け女は自分に
悪口を言ったものを殺しに現れる。
消えたはずの口裂け女が突如として
御坂美琴の背後に現れ、斧を振りかぶっていた。
フランケンシュタインの反応は早い。しかしそれでも凶器を振り下すだけで事の済む口裂け女に立ち塞がれるような理不尽な速さや能力を彼女は持ち合わせてはいない。
美琴の反応も遅くはない。電磁波を感知し、固体の識別もできる超一流の
電気使いは背後からの不意打ちも看破する。
しかし気付くことと、対処できることは別の話だ。
放電による迎撃も、磁力により刃物を奪うことも、サーヴァント相手には通用せず。、
後手では空間を飛翔した口裂け女に及ばず。
ならば一手読み、先んじた者ならば。
ケイローンの腕が伸び、口裂け女の後ろからその手を掴んで止めていた。
高位の千里眼と心眼(真)の複合により彼は未来を看破する。
敵の手の内は分からずとも、肉食獣のような眼で狙いはわかる。
消えたならば、いずれいずこかに現れよう。狙いは?有効な一撃とは?
それさえ分かれば迎撃は容易い。
凶器による襲撃を、敵の腕を『掴んで』止めた。
掴んだら、壊せ。常々
ケイローンが弟子に言い含めていることであり、当然彼もその教えに忠実だ。
神授の智慧まで行使して筋力を向上させ、腕に力を籠める。
ぼきり、と。
枯れ枝を握りつぶすような音が口裂け女の腕から鳴った。
ただでさえいびつな口裂け女の表情がさらに歪む。
さらに裂けた口から悲鳴が……上がる間もなく
ケイローンはさらなる追撃。
だらりと力なく垂れた腕を引き、華麗に口裂け女を投げ飛ばした。
口裂け女の体が綺麗に弧を描き、床に叩きつけられる。
今に伝わる武術と比較してあまりにも殺意に溢れた一撃。現代のオリンピアで披露すれば反則負けは免れまい。
受け身をとり背中から着地するなど許さない姿勢、急所に最も負荷がかかるようまっしぐらに顔面から地面に叩きつける。
頭蓋、首、脊柱を諸共に壊す殺戮技巧が一たび掴まれれば襲い掛かる、恐るべきはパンクラチオン。
だが
(いや…浅いッ!)
投げた
ケイローンには分かっていた。
顔を叩きつけ、鼻や歯の数本はへし折っただろうが、首などの致命には至っていない。
霊核の破壊でなければ、サーヴァントの動きを止めることは敵わない。
追撃を――――
(ぐっ!)
先に試みたのは口裂け女だった。
折れた腕を利用して関節など無視した攻撃、掌に自ら突き立てた医療用のメスが爪のように
ケイローンの腕を傷つける。
人型の範囲を超え、自身への苦痛と反動を完全に無視した攻撃は
ケイローンが達人であるがゆえに慮外のものだった。
そして僅かとはいえ筋肉が損傷すれば力が緩むのは形ある生命ならば必然。
ほんの少し力が減退した瞬間に口裂け女は怪力スキルで筋力を
ケイローンに比肩させ、無理矢理につかまれた腕を引きはがす。
仕切り直し、というほどのものではない。
互いに次の一撃のために投げられ、投げた姿勢から態勢を整える。
当然のように
ケイローンが早い。
だが口裂け女もそれは予期していたのだろうか。
僅かに、拳も蹴りも届かない間合いから外れた位置に口裂け女はいた。
武術の心得もない口裂け女が、投げられた姿勢からそんなに速く動けるのか?
答えは彼女の飛翔スキル。
地面を蹴る必要もなく、這うこともなく、魔力放出も翼もなく宙を翔け距離をとりつつ即座にまっすぐ向き合った。
ケイローンのパンクラチオンから生還したのもこのスキルの賜物だ。
通常投げ技にかかった者は技のかけ手以外に寄る辺がない。
そして
ケイローンほどの達人となれば空中での反撃など許すはずもない。
だが、口裂け女は空を飛ぶ。
足場などなくとも、空中で投げられながらでもその速度を殺すように抗うことができるのだ。
投げを無効はできずとも命さえあれば反撃の機会は訪れる。
折れた腕にはメスを編み出した。無事な方の手には今度は丈の長い日本刀を握っている。
クイックドロウだ。
口裂け女は長い間合いを活かし
ケイローンの射程外から日本刀で突きかかった。
躱しきれる態勢を
ケイローンはとれていない。
選んだのは後の先。
ケイローンの手中に一本の矢が握られる。
だが弓術とは構え、狙い、絞り、放つの四動作を必要とする。
刀による刺突に初動で送れ、後の先はとれはしない。
ならば、と。
弓など不要。矢など刺さればそれでよい。戦場ではよくあることだろう。
己の体を弦として、握った矢をそのまま突き出した。
匕首のように真っすぐな軌道で、口裂け女の心臓目がけて矢を握る腕が伸びる。
素人の口裂け女と武の達人
ケイローンでは踏み込みの速さが違う。
刀を握る手が伸び切るよりも速く、
ケイローンの矢は標的に届いた。
が、刺さらず。
口裂け女の胸を矢が貫くことはなく、逆に矢の方が折れてしまう。
接地点を間違えたなどということはない。確かに鏃が肉に触れた。
それでも
ケイローンの一矢は口裂け女の守りに敗れた。
口裂け女の宝具の一つ、『
末妹不成功譚~この灰かぶりは小鳥に出会わない~』。
口裂け女が
ケイローンの矢をその身で受けるのはこれで三度目だ。
三度目の正直ならぬ、三度目の失態を彼女は万物に振りまく。
後の先は防いだ。
今度は口裂け女の刃が脅威となる。
だが何の変哲もない平突き程度、
ケイローンに傷つける能わず。
捩りを加えた腕で刀の側面に触れて体の外側に刃を受け流す。
そして折れた矢を放し、同時に肘を曲げつつ大きく踏み込み、エルボーを口裂け女の胸に突き刺す。
あばらを砕き、その奥の心臓まで抉りかねない一撃だが、これもまた口裂け女は空を舞い、衝撃を逃がしてかろうじて生き延びる。
「ウゥーーーーーーーーー!!」
雄叫び。
距離ができた瞬間に
フランケンシュタインが口裂け女に殴りかかった。
口裂け女はそれを上方に飛んで躱す。
大きく距離が空いた。
跳べば容易く届く距離、しかし自在に宙を舞う術のない者が不用意に踏み込むには空中というのはあまりに危険な世界だ。
それでも弓矢の届く距離―
ケイローンの射程―からは逃れていない。
だが彼は今一つの怖れを覚えていた。
矢が、刺さらなかった。
それほどに硬い肉体?いいや、
ケイローンの格闘で砕け散る脆いものだ。
ならばこの怪物は矢が刺さらない?昨晩は確かに刺さったのに?
(まさか…成長し、耐性を得たか)
これに似たものを
ケイローンは知っている。
そしてそれが途轍もなく強大な存在であることを。
『
十二の試練』。ケイローンの弟子、ヘラクレスの持つ宝具。
矮小な攻撃は無視し、仮に命を奪うほど強力な攻撃をしようとも蘇り、耐性を獲得する。
例えば一度
ケイローンの矢で殺めれば、もう二度と彼を同じ手段で殺すことはできない。
もちろん、それを口裂け女ごときが持っているとは思わない。
だがこのサーヴァントは矢を無効化した。同質の何かを持っている可能性は否めない。
(あるいは、これが狙いで殺人を繰り返しているのか?)
思えば昨晩容易く仕留めたサーヴァントとは思えないほどにこの怪物はしぶとくなっている。
強くなっているのだ。
その原因として一つ思い当たる。
口裂け女はウワサとして広まっている……知名度を増している。
知名度によってサーヴァントはより生前へと近づき、そして再現できる宝具などの数も変わるという。
時間が経つほどに。
あるいは命を落とすたびに。
このサーヴァントは強くなるのではないか。
早期に殺さねばならない。だが、下手に殺すのもマズいかもしれない。
射るか、否か。
僅かに煩悶するうちに――――
「ワ、タ、シ、ワ、タ、シ……」
口裂け女は戦場に背を向けた。
武器は捨てて、逆にマスクはつけて戦略的でも何でもない逃亡。
背中を射抜くか……いや、効いたとしても恐らく昨晩同様殺しきれない。
追いすがり、四肢を砕くか……いや、下手にこの場を離れることはできない。
「どうか、戦意をお収めください」
そう言いながら
ケイローンは武装を解き、マミへちらりと目線をやる。
すると意図を察したかマミも頷き
「御坂さん、私たちにあなたたちと争うつもりはないわ。どうか話をさせてくれない?」
【D-5 中学校/1日目 午前】
【
巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]魔力消費(微小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]バッグ
[所持金]学生並み
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:魔法少女として誰かを守れるように在りたい。
1.
御坂美琴と話したい。
2.口裂け女は放っておけない。
[備考]
※『第三階位』のサーヴァントが口裂け女であることを知りました。
※『第十一階位』のステータス及び姿を確認しました。
【アーチャー(
ケイローン)@Fate/Apocrypha】
[状態]ダメージ(微小)
[装備]弓矢
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの力となる。
1.マスターの意思を尊重し、それが損なわれないよう全霊を尽くす。
2.口裂け女への警戒。知名度の上昇、あるいは多くの耐性を獲得する前に仕留めたほうがよい。
[備考]
※
御坂美琴とそのサーヴァントの気配を感知しました。
※口裂け女について一定の情報を得ています。
【
御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]若干の精神不安定
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]バッグ
[所持金]学生並み
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:最後まで生き残り帰還する。聖杯により妹たちを救う?
0.私は本当に人を殺せる……?
1.
巴マミへの対応
[備考]
※『第三階位』のサーヴァントが口裂け女であることを知りました。またホームページ上で彼女を綺麗だと回答させられました。
※『第四階位』のステータス及び姿を確認しました。
【バーサーカー(
フランケンシュタイン)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(微小)
[装備]乙女の貞節(ブライダルチェスト)
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:……
1.マスターに従う
[備考]
◇ ◇ ◇
怪物に顧みる知性などない。
逃げると定まれば逃げるのみ。
だから口裂け女は一目散に全速で空を飛び、戦場から離れようとする。
――――それが、新たな戦士の逆鱗に触れるなど思いもよらず。
「王の空に土足で踏み込むとはいい度胸だな」
口裂け女の背中を袈裟切りにするように、熱と痛みが駆け抜けた。
それは猛禽の鉤爪。それは欲望の炎。
空の王にして暗殺者のサーヴァント、
アンクによる奇襲。
如何に口裂け女が愚昧の上に負傷していると言えど、初撃を容易く成功させるのはアサシンの面目躍如といったところか。
攻撃を受けたことでようやく新たな敵の存在に気付き、そちらへ口裂け女が振り向いた。
大きな一対の翼に、猛禽類を思わせる鋭い爪と眼光。真っ赤な怪人が目に映る。
赤いコートの怪人と、赤い翼の怪人が空中で向き合う。
そう、空中でだ。
アンクにはそれが許せない。
翼のある鳥ならば。あるいは成り損ないとはいえ鳥である恐竜ならば。
翼あるものとして、空の風景の一部として認めよう。
人が懸命に足掻き、鋼の翼を纏っているのを見下ろすのも愉悦を覚える。
虫が小さな羽を震わせて鳥の王国に迷い込むなら、王とその民の餌として歓迎しよう。
だがこともあろうにこの女は、翼もなく我が物顔で空を翔るなどという真似を、王の眼前で!
王が罪人を目にした。
それは同時に狩人が手負いの獲物を見つけたということも意味する。
腕を折り、胸骨の抉れた弱小サーヴァントをアサシンが見逃す道理などなく、斯様な不敬を王が許すはずもなく。
かくして口裂け女はさらなる闘争を余儀なくされる。
「私、綺麗?」
「あァ?」
そしてどんな状況であっても口裂け女は変わらない。
マスクで顔を隠しながらも、『承認欲求~白雪姫の母は鏡に問う~』と、口にし続ける。
怪物に答えなど期待はしないが、それでも彼女は問うし、彼は答えた。
「薄汚い虫けらが。一丁前に美意識なんざ振りかざしてんじゃねえよ」
答えはノー。
回答と同時に爪でなぎ、顔を抉ることでマスクも千切れて口裂け女の素顔があらわになる。
見る者に畏怖を覚えさせる、宝具の一部にまでなった醜い容貌。
だが、それは
アンクに対して意味をなさなかった。
怪人など見飽きている、というのも理由の一つだが。
なにより彼はグリードだ。
欲望に囚われた異常な精神構造は軟な干渉など受け付けはしない。
そして……感覚を喪失し色褪せた視界では、口裂け女の貌の美醜を正確にとらえることはできなかった。
持たざるゆえの哀しき強みが
アンクを一方的な捕食者とし続ける。
顔に一撃入れて視界を奪うと即座に
アンクは翼を振るわせ空を翔る。
反撃のできないであろう、折れた腕のある口裂け女の右側へと旋回して回り込んだ。
眼は見えずとも、耳は機能し、サーヴァントとしての知覚もできるため空を切る音と気配を頼りに口裂け女もそちらを向く。
だが機動力が違いすぎる。
速さが自慢といえど、幻霊に近しい都市伝説が空中で鳥の王に勝るはずもない。
口裂け女の体が正面を向いた瞬間、
アンクは霊体化と急降下で完全に姿を晦まし、攻撃態勢に入ったことで減衰した気配遮断を十全に取り戻す。
消えた、と口裂け女の意識が切れた瞬間に
ずぶり
と濡れた肉に硬い何かが食い込む音。
口裂け女の目の前に
アンクがいて、その腕が胸を貫いている。
鷹の眼は見抜いていた。胸骨が砕け、防備の薄くなった心臓を。雌だけあって多少脂肪が集まってはいるが、軌道を誤るほどではない。
着地して、地を蹴り、翼で加速。
攻撃態勢に入ったことで気配遮断のランクは再び低下しはしたが、反応される前に仕留めればよい。
手刀は的確に心臓を射抜いた。もはや生きるすべはない。
だが
「ワ、タ、シ…ワ、タ、シ、ワ……キレイィィィィィィィィィィィ!!!」
まだ、死なない。
口裂け女の保有する単独行動のスキルは高ランクになれば魂に致命的損傷を受けても短期間ならば生存できる。
貫かれた腕を損傷した胸の筋肉と折れた肋骨で挟み込んで逃がさない。
口裂け女は「私、綺麗?」という問いに対して明確な答えを返したものと戦闘を行う場合、Cランク相当のスキル:加虐体質を獲得し、追撃時に攻撃判定を3度追加できる。
振り返った。捕らえた。ならばあとは刺し殺すのみ。
口裂け女の左手に包丁が生み出される。
振りかぶって―――
「うるせえぞ」
アンクの腕が燃えた。
その熱が余さず口裂け女の体内を焦がし、血液を沸騰させ黒焦げになった体を破裂させる。
死体に鞭うつ、どころではない追い打ちで、これでは高ランクの単独行動もかたなしだ。
かろうじて、追撃の判定には成功したらしい。
焦げた腕で振るわれた包丁は
アンクに届き、セルメダルを一枚落とさせることには成功した。
その功績を最期に残して、口裂け女は光の粒子となって消えた。
「無駄な真似しやがって」
アンクの口から舌打ちが一つ漏れる。
セルも回収に行こうかとするが、校舎に転がり込んでしまった。
霊体化したままでは回収できず、万一実体化して食堂にいるマスターの眼に入っては人の姿をとっていてもステータスでバレてしまうだろう。
せっかく潜伏しているのにそんな間抜けな真似は避けたい。
『おい錬。片づけたが、セルメダル一つ落としちまった。あとで回収しとけ』
『あーはいはい。一応授業中だから、後でね。そっちこそ聖杯符の回収忘れないでよ?』
この戦いはただ殺し合うだけではない。
聖杯符というトロフィーを規定数集めなければならないのだから、敵を倒したところでそれを得なければ骨折り損だ。
だからこそ軽口とはいえ念を押すのだが
『…………ねえぞ』
『え?』
うそでしょ、と口をついて出そうになるがそんな質の悪い冗談をいうような相手じゃないのは短い付き合いでも分かっている。
第三階位)がアンクの腕の中で消えていくをの錬もパスを介して見ていた。
(仮説一、サーヴァントじゃない偽物。だとしたらムーンセルから与えられたステータスの確認という権限すら誤魔化す、介入しているということ。さらに言うなら低級とはいえサーヴァント級のものを捨て駒にできるということ。
仮説ニ、至って単純。第三階位は生きている)
どちらもあまり信じたくはないが……
『仕留めたのは間違いない。だが、目に付く範囲に聖杯符がないのも事実だ』
アンクの胸にも嫌な感覚が芽生える。
あるべきものがそこにない……どことなく紫のヤミーを思い出させられる。
変えの効く兵隊なのか、あるいは特異な倒し方が必要なのかも想起させられた。
『仕方ない。アサシン、まだしばらくそのあたりで警戒を。授業が済んだら……合流して改めて調べものかな。今度は口裂け女と、念のため聖杯符についてもかな』
【D-5 中学校/1日目 午前】
【
天樹錬@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]I-ブレインに蓄積疲労(極小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ミスリル製サバイバルナイフ
[所持金]学生並み
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得による天使の救済。
1.暫くは情報収集に徹する。
2.マスターの少女(
御坂美琴)を利用して他の陣営を引きずり出す。
3.口裂け女を倒しても聖杯符が手に入らなかったことに戸惑い。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は日系の中学生です。
※ムーンセルへの限定的なアクセスにより簡易的な情報を取得しました。現状はペナルティの危険はありません。
※
御坂美琴、
巴マミをマスターだと認識しました。
※『第三階位』のサーヴァントが口裂け女であることを知りました。
【アサシン(
アンク)@仮面ライダーオーズ】
[状態]ダメージ(セル一枚分、極微小)
[装備]なし
[道具]欲核結晶・炎鳥(タジャドル・コアメダル)
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:王として全てを手に入れる。
1.レンに合せて他陣営を探る。今後も場合によって戦闘も視野に入れる。
[備考]
※口裂け女の問いに薄汚い虫けらと答えました。恨まれています。
◇ ◇ ◇
日が昇る。
多くの人々にとってそれは一日の始まりを意味するだろう。
だが太陽を忌避する存在にとってそれは穴蔵に籠もる時間が訪れたことを意味する。
ズェピア・エルトナム・アトラシアにとって日の出はどちらでもない。
生きた奈落と呼ばれるアトラス院一度その門をくぐった者を生涯外に出すことはない。
日に当たる生活など望むべくもなく、そしてそれに不都合はなかった。
ワラキアの夜にとって日の出は活動の停止を意味した。
当然だ、夜は明ければ終わるもの。
では死徒
ズェピア・エルトナム・オベローンはどうか。
アトラスという蔵がないなら籠もる理由はない。
ワラキアの夜にあらざるがゆえ、動きを止める必要もない。
赤い外套を纏った死徒が、陽光の下を歩んでいた。
見る者が見れば何たる悪夢かと嘆く狂気の一幕。
種は何ということもない、ズェピアの纏う外套が太陽光を防ぐ概念武装であるというだけのこと。-100℃の外気だの、毒の霧や高度10000メートルなどの極地に対応するものならともかく、その程度は錬金術師ズェピアにとって大した難題ではない。
外観はアトラス院秘蔵の礼装、『赤原礼装』に近いもの。
明け方にテストも兼ねて活動し、日も高くなってきた今も問題ない。
「悪く無い出来だ。しかし演出や脚本どころか、衣装や縫製まで兼ねねばならないとは。出資者殿はこれ自体が喜劇の一幕とでもいう気かな?
ともあれ、これで一張羅は用意した。ヒロインも広報に尽力してくれている。そろそろ本番前のゲネラルプローペと洒落こみたいものだが」
足取り軽やかに進んでいたが、ふと民家の前で足を止める。
そして呼び鈴を鳴らすこともせず、玄関へと進んでいくと
キイ
とさび付いた音を立てて扉が開かれた。
ズェピアの身に着ける外套のように赤いコートを着て、白いマスクで顔の下半分を覆った女性が出迎えたのだ。
その家へズェピアが勝手知ったる、というように上がっていく。
事実ズェピアはその家のことをよく知っている。
彼にとって情報とは奪うもの。
誰でもよかったし、どこでもよかった。
ただすれ違った少年が、この時代で使われている情報端末―パーソナルコンピュータ―と、写真を取り込む機械を持っているとエーテライトを介して知ったから。
ズェピアと少年がすれ違った数時間後、少年の家に招かれざる客が現れた。
鍵も、扉も、壁さえ意味なく、その客は気付いたら家に上がっていた。
そして家人に問うたのだ。私、綺麗?と。
数秒後、その家の生存者は0となった。
それから数分後にズェピアは家を訪れた。
我が物顔で家を闊歩し、今は亡き少年のパソコンを立ち上げる。
家の見取り図、道具の扱い、ついでのようにそのパソコンのパスワードや諸々の個人情報までエーテライトで奪い取った。
家主がいなくなった今やこの家を最も活用できるのは誰あろうズェピアである。
ズェピアがパソコンを立ち上げて始めたことはホームページの作成だった。
口裂け女について、シンプルに宣伝を。
マスクをつけた口裂け女の顔写真と、外した写真。
トランプの画像の素材を適当に見繕って。
デザインは至ってシンプル。
トップにマスクをつけた顔写真と、私綺麗?の一文。スクロールした先にYESとNO。
YESの部分だけリンクにして、リンク先にはマスクを外した顔写真とこれでも?のテキスト、それからさりげなくハートの3を張り付けて。
最後にトップページにアクセスしたら直ぐにYESのリンク先に飛ぶようにして完成だ。
文字には魔術が宿る。ルーンなど典型だ。視覚一つで魔術に堕とすのもよくあること。
何より口裂け女の本質は災害染みた理不尽な憎悪にある。
写真は本人、作成には口裂け女も介在したこれは新たな都市伝説、呪いのホームページの一端を担えるだろう。
「批評家の言葉に耳を傾けるのも時には一興。お待ちしているよ」
公開したホームページのリンクをSNSなどに張り付け。
そして口裂け女の連続殺人について情報を求めている、警察のもとにもリークする。
「ふむ、これはもしや炎上商法というものになるのか?些か好みから外れはするが、まあよかろう。剣闘士然り、公開処刑然り、民の娯楽に血は欠かせまい」
開設してすぐ、リンクが踏まれたらしい。
口裂け女の怒りが募っていくのを感じる。
「……いる。もしや釣れたか?二番思考、ライダーとリンク」
ズェピア・エルトナム・オベローンは恐らくこのスノーフィールドにおいてメイガスとウィザードの両立という点で最も優れる人物だ。
精神を演算処理によって電子化し、分割した思考の一部のみでムーンセルにアクセスする離れ業も片手間でやってのけるくらいに。
現在彼の分割思考の一つがそれを実行している。
世界の改変や深い調べものなどできないが、魔術による干渉(ハッキング)だけで分かることもある。
他者が介入した形跡の有無。
それがあれば格段に干渉は容易くなるからだ。
ズェピアは見つけた。中学校の座標から何者かがムーンセルにアクセスした形跡を。
故に、その地に口裂け女は襲い掛かったのだ。
理性も知性も存在しない口裂け女を従えるのは難儀だが、ズェピアは彼女の思考と自らをリンクさせることで完全に行動を制御し、戦闘にも干渉した。
彼自身知らないことだが、これはとある歴史においてアトラス院のホムンクルスの少女が自らのサーヴァント、バーサーカーを従えた手法に近しい。
そのホムンクルスは実戦経験に欠けるため凄腕のウィザードに及ばない面があったのだが、ズェピアは死徒二十七祖の一角。
彼の操作によって口裂け女はこの地で第四階位のサーヴァントとある程度は勝負を成立させることができたのだ。
それでもスペックの差は覆しがたく撤退を余儀なくされ、帰路においては第九階位に敗れたのだが。
「―――――――――カット」
口裂け女とズェピアの間のラインが一つ切れる。
しかし即座に別の個体が発生してラインが新たにつながった。察するに…土葬されていた死体の一つだろうか。
ひとまずその個体は自由にして、分割思考は自らの情報を考えるために作動する。
「些かヒールが多すぎるなこの舞台は。出資者は英雄譚はお望みでないと見えるが、いかがか」
死徒である自身と、怪物口裂け女はもとより。
未明に対峙した人類史の否定者、番外位。
メイスを振るった第十一階位も、空を駆けた第九階位もヒトではないようだ。
アカシャの蛇の残渣が監督をしている時点で考えるべきであったか。
――――――この物語は、人類史を肯定しているのか?
観測機は中立でなければならない。すなわち、人理の肯定も否定もしてはならない。
だが、観測機は全てを観測しなければならない。それは絶対に自己と、ひいては世界を保存し続けなければならないということ。アトラスの七大兵器の一つ、ロゴスリアクトと同様に。
ならば剪定されるような愚挙、人類史の未来を摘むようなことはしない。してはならない……通常ならば。
「ムーンセルに異常?何かが熾天の玉座に至りムーンセルに干渉したか?」
それができるのならば、聖杯戦争の意義は消える。勝ち抜かずとも熾天の玉座にたどり着く術があるということなのだから。
――ニ番思考、三番思考ともに否定。ムーンセルの守りは堅牢。ワラキアの夜を以てして数万の年月が必要――
「今の私にそれは現実的でない」
人理を穢す悪なるものが集ったのは偶然?
……悪性?
「キャスト!!一番から四番まで、先の戦闘を再演し思考せよ」
複数の記憶を照らし合わせ、マスターを観察する。
気にかかるのは――――
「金髪の少女の指輪。悪性情報が積もりつつある」
それは現実における呪い。知性活動から生まれた負の情報活動。
この少女もまた、マスターでありながらズェピアと同様悪性を秘めた存在らしい。
だがそれを資源としているようには見えない。
ズェピアならワラキアの再演の如く、死者を再現する際には用いるカタチで有効活用するが、
「そういえばこのムーンセルでは見ないものだ。光があれば影があり。祝福あれば呪いあり。世に穢れが消えないよう、この地にも悪性情報はあるはずだが……」
――三番思考、到達。悪性情報の行き先はSE.RA.PH、月の裏側。ムーンセル上にて廃棄の記録在り――
――一番思考、関連。悪性情報の結晶、月の癌による熾天の玉座到達の履歴の痕跡。虚数事象、ケースC.C.C――
「――――――カット」
見つけた。熾天の玉座への文字通りの裏口を。
「悪性情報の結晶……呪いの塊か。人理を否定し呪いを振りまく我ら死徒を迎えるようではないか。やはりここは月、ブリュンスタッドの王国ということかね」
その発見はまさに一流のメイガスで、ウィザードであればこそ。
他の魔術師による干渉の履歴があればズェピアにはそれを利用する手腕がある。
2017年、大平洋上においてとある魔神が一人の聖人についてムーンセルに干渉した履歴があった。
調査の内容は『虚数事象とされた事件における殺生院キアラなる人物について』。
その調査の結果、虚数事象は一騎の獣の顕現を許し、その獣が保有する単独顕現と千里眼(獣)によって観測者を得てしまっていた。
ケースC.C.C、悪性情報による熾天の玉座への不正到達は歴史から抹消されず、手段の一つとしてなりえてしまった。
「ならばやはりワラキアの夜は成さねばならぬ。噂は混じり、変転し、強大な魔となろう」
ズェピアは伏した少年の死体に手を伸ばす。
「赤が好き?」
死体が一つ自らの血に染まった。
少年の父親の死体を放り投げた。
「青が好き?」
洗面台の水底に死体が一つ沈んだ。
少年の母親の死体に口づけた。
「白が好き?」
吸血鬼に血を吸われた、真っ白な死体ができた。
「改めて、喧伝しようか」
アラもう聞いた?誰から聞いた?
口裂け女のそのウワサ
血のように真っ赤なコートと真っ赤な車、お洒落にキメたお嬢さん!
アラもう聞いた?誰から聞いた?
青い死神連れた白い少女のそのウワサ
綺麗なおべべの女の子とその友達のこわーい死神
あなたは赤が好き?青が好き?白が好き?ふーん、■が好きなんだ!
――――コレデモ?
【いずこかの民家/一日目 午前】
【
ズェピア・エルトナム・オベローン@MELTY BLOOD(漫画)】
[状態] 魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備] 日除けの礼装(赤現礼装風の外套)
[道具]
[所持金]
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を以て再び第■法に挑まん
1. 『口裂け女』の噂を広め、ライダーの力を増す。
2. 次善策に
ありすを『都市伝説』に組み込む。
3.悪性情報の活用に大いに期待。
[備考]
※『死神を連れた白い少女の噂』を発信しました。
ありすや口裂け女への影響はまだ未知数です。
※『第四階位』、『第九階位』、『第十一階位』、『番外位』(バーサーカー)のステータス及び姿を確認しました。
※ムーンセルにアクセスし悪性情報、ムーンキャンサーによる熾天の玉座アクセス未遂のことを知りました。今のところペナルティなどはないようです。
【ライダー(口裂け女)@地獄先生ぬ~ベ~】
[状態] 1体消失(即時補給中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:殺戮
1. 私、綺麗?
2. これでも?
[備考]
最終更新:2021年07月08日 21:38