●するべきこと
まずとにかく聞くこと
なるべく上質で、かつ気に入った音源をひたすら聞くこと。スペイン語をしらなくてもいい、歌詞を見なくても口ずさめるくらいに何度も聞いて、ようやく歌えるようになる。何度も聞いていれば、オウムですら歌うようになる
聞いて好ましいと思えないものが身に付くわけはないのである。
これはカンテ志望者だけでなく、バイレ・トーケ、あらゆるフラメンコにとっての基本となる。なぜならフラメンコのリズム「コンパス」は、カンテのために存在するリズムに他ならないからである
聞いて好ましいと思えないものが身に付くわけはないのである。
これはカンテ志望者だけでなく、バイレ・トーケ、あらゆるフラメンコにとっての基本となる。なぜならフラメンコのリズム「コンパス」は、カンテのために存在するリズムに他ならないからである
声をだす
日本人にとって、声を出す事がまず不得意である。ましてフラメンコは日本での常識の範疇を越えた声を出す。
恥や照れをかなぐり捨てて、声を張り上げるしか無い。
なお、声を出すことは踊り手にとっても非常に効果がある。逆に言えば、照れを捨てて大声の一つも出せないようでは大した踊りは出来ないのである。
恥や照れをかなぐり捨てて、声を張り上げるしか無い。
なお、声を出すことは踊り手にとっても非常に効果がある。逆に言えば、照れを捨てて大声の一つも出せないようでは大した踊りは出来ないのである。
自分の声で
フラメンコの声は独特である。だが基本的に地声であり「自声」である。現地のフラメンコの唄い手は、普段の声も大きくハスキーであり、普段の声と歌声が一致している(普段の会話から腹式呼吸と言う説もあり)。一方我々日本人の大多数はそんなに大きな声で話さないし、ハスキーな声でもない。
フラメンコっぽさ(ハスキー・渋い…等)を出そうとするあまり、自分の声でない声を作ってしまう人がいるが、それはフラメンコとは言えない。
フラメンコっぽさ(ハスキー・渋い…等)を出そうとするあまり、自分の声でない声を作ってしまう人がいるが、それはフラメンコとは言えない。
●やってはいけないこと
元ネタを聞かずに歌うこと
スペインの唄い手(理想を言えばアンダルシアの唄い手)が歌う、ホンモノの音源を聞かずに歌うことは基本的にしてはいけない。
先輩の歌や、たとえプロであっても日本人の歌をマネをするべきでない。
つまり先輩・指導にあたる人は、歌そのものを教えてはいけない。
先輩の歌や、たとえプロであっても日本人の歌をマネをするべきでない。
つまり先輩・指導にあたる人は、歌そのものを教えてはいけない。
スペイン人の音源であっても、なるべく源流をたどった方がよい。名作は長い時代に渡って多くの人にカバーされている場合があるため。
すぐに歌詞・文字を読んでしまうこと
歌詞という文字を読む事は、耳を塞いでしまうことになりがちである。文字というのは本来「音声」である「言葉」の表記のための記号しかない。特にフラメンコのような口語・方言・個人が優先される芸では、いまある表記法の不十分な文字は優先されるべきものではない。
誰もが最初は耳に自信がないであろうし、間違ったことを歌うのは怖いと思うかもしれないが、むしろ間違っていても耳を優先すべきだ。
誰もが最初は耳に自信がないであろうし、間違ったことを歌うのは怖いと思うかもしれないが、むしろ間違っていても耳を優先すべきだ。
リズムを取りすぎること
カンテの言葉、音は、オモテ拍にハマらない場合が多い。日本人はオモテになりすぎる傾向が非常につよい。