タイコウ国のとある高山に、一つの牧場がある。そこは騎獣を扱う牧場で、賑わってはいないものの人の入りはそこそこで、今も広くて平らな禅庭花の苑では、様々な形をした騎獣たちが思い思いに過ごしている。
その山吹色の絨毯に腰を下ろして、騎獣たちの様子を眺める女性がいた。ふんわりと柔らげな金髪をすべて頭の天辺で結い上げてドーム状にし、大胆に胸元が空いた暗緑色のドレスを纏っている。その姿は煌びやかで美しかったが、この場所にはやや不釣り合いであった。


「行かなくて良かったんですか?」


と、女性に掛かる声があった、それは女性に背を向け預けるようにして座っていた少女だった。羽飾りと赤いリボンのついた大きな帽子を被っており、そこから八重桜色の髪がこぼれている。その夕日色の瞳は、傍らで寝そべっている長毛の獅子――・・・猛旋という騎獣で、立夏と名付けられている・・・――に向けられている。
背後の少女・・・亜漱にちろりと目配せをしてから、金髪の女性はふっくらとした唇で弧を描いて優美に笑った。


「ああ、いいのさ。莫迦婿養子(ばかむすこ)の事は取敢えずあちらさんに任せて、後でこってり絞ってやるから」


優美な見た目に反して零れた口調はそれとはややかけ離れていて、田舎の肝っ玉お母さんを彷彿とさせるが、親しみやすさがあった。
くつくつと笑う女性の声を聞いて、からからと亜漱も笑う。まるでお気楽な雰囲気だったが、件の莫迦婿養子の事はそんな安易なものではなかった。

亜漱は知っている。
神札と呼ばれる大災厄の――・・・死者の山を築き、病魔を蔓延らせ、人の心を操り、世界を病ませる・・・――その尋常でない力。
そして今、このタイコウ国で起こっている大災厄の事も、それらを鎮めるシステムの事も。
今こうして背中合わせにいる金髪の女性も、その実、同じ大災厄であるという事も。
女性の名前はデーメーテール。神札の中でもとりわけ強大な力を持つオリュンポス十二神の一柱だった。
そんなデーメーテールが初めて亜漱を訪ねてここで暫く厄介になりたいと申し出た時は心臓が口から飛び出るかと思った、と言うのは本人談である。


「デメテルさんにこってり絞られるとか、血の一滴も残りそうにないのですよ」
「おや言ってくれるじゃないか。失礼なことを言ったのはこの口かい?んー?」
「いひゃいいひゃい!ごにぇんにゃひゃい!!」


しかし恐怖心身と蓋を開けてみれば、今のデーメーテールには大災厄の影がまるで見えずこんな調子なもんだから、亜漱もすっかり臆すること無くなって、こうして呑気にじゃれかかっている。牧場の仕事も手伝ってくれるのも有難かった。
それでも亜漱には解らない事が一つある。何故彼女は、自分の場所を選んだのだろう?

今現在このタイコウ国に蔓延る大災厄であるハーデース――・・・件の莫迦婿養子その人である・・・――は、自分の愛する妻の手がかりを求めてこのような事態を引き起こしていて、その妻と言うのがデーメーテールの娘である、という関係性は既に亜漱も聞いている。

そのような事情を話してもらえたが、それとは関係があるとは思えない。
自分以上の適任者ならいくらでもいるのだ。例えば、神札封印システムの最高責任者に選ばれてしまったへたれなあの人とか。


「時が来れば解るさ」


自分を選んだデーメーテール本人は、そう言って笑うだけ。それでも亜漱はもとから物事を深く考える性格ではないので、その事で問い詰めたり気に悩んだりすることは無かった。
立ち上がって、首から下げていた銀色の笛を吹くと、高く澄んだ音が響き渡る。それで眠っていた立夏は顔をあげ、他の騎獣たちも集まってくきた。そろそろ雨が降るから、騎獣たちを小屋に戻さねばならない。
トリリアントカットのガーネットが付いたその笛は、本当の昔から代々亜漱の血筋に受け継がれてきたものらしい。そう母に教えられて自分に受け継がれたそれは、何一つ色褪せる事なく新品同様に美しかった。一時期金に困窮して売ってしまおうかと考えたこともあったが、どうしても手放す気になれなかったのは、そういう理由があるからなのかもしれない。
騎獣の数を確認し終えたところで、ふと、一陣の風が吹いた。それに気付いて亜漱は立夏と同時にそちらを振り向く。


「・・・来たか」


そう呟いたのはデーメーテールだった。二者と一匹が見据えた先には、一冊の本が浮いていた。神札封印システムの中枢、ヘレネス・ブック


「終わったわよ」


本――・・・正確には、その本に宿るムーサという存在・・・――が言う。それはハーデースが封印された事を意味していた。
そうか、とデーメーテールは穏やかな表情を浮かべてから、亜漱を振り向いた。


「・・・教えてあげよう。何故、あたしがあんたの所に来たのかを」
「え?」
「何アホ面してんだい。知りたがってたじゃないか」
「い、いや、でも・・・なんでこのタイミング?」


亜漱が目をまんまるにして頭に疑問符を浮かべていると、ふと、あたりが暗くなった。雨雲がやってきたのだ。ごろごろと遠くから雷鳴が聞こえてくる。


「・・・と、とにかく、中に入りましょう。話はそれからでも」
「ここでいい」


そう言って亜漱を制し、戸惑う彼女を傍目にデーメーテールはその場で両腕を広げた。天に大きく掲げ、まるで何かを受け止めるかのように。

そうして、彼女が受け止めたのは激しい落雷だった。やってきた深い色の雨雲から、真っ直ぐに彼女目掛けて落ちた光。そのあまりの眩しさに、亜漱は思わず目を防ぐ。体中を打つような轟音と眩むほどの光が止んで、それから傍らにいた立夏が行動したらしく草を掻き分ける音がして、恐る恐る目を開けた。
そこには雷で撃たれ焼かれたのだろうと安易に想像できる箇所―・・・つい先ほどまでデーメーテールが立っていた場所だ・・・―にぽつねんと水仙の切花が置かれていて、その傍らでは立夏が静かにそれを見下ろして静かに佇んでいた。それらの様子をただ見ているだけの文学神は沈黙するだけだ。
どうしていいかわからず唯々戸惑うしかない亜漱を、ちらりと立夏の獣独特の目が映した。それから申し合わせたかのように立夏が動いた。


「立夏」


何をするのか悟り、思わず呼び止めた亜漱の制止の声は間に合わず、大きな前足が白い花をぐしゃりと踏みつぶした。
刹那、無残な姿となった白水仙から光が迸り、その光の中から、一枚のカードが浮かび上がる。・・・デーメーテールの神札だ。
それは意思を持ってふわりと亜漱の前まで移動してきて、彼女が無意識に伸ばした手の中に納まった。
たった一枚のカードとなってしまったデーメーテールは何も語らない。けれど、彼女が何を望んでいるのかは、なんとなく解った。それで、ムーサの方を見やると、彼女は無言で本を開いた。
肯定。亜漱はそれを確認して手中の神札へ向き直る。目を閉じて、浅く息を吸って、吐いた。そうして・・・。


「・・・わたくし、蓬莱亜漱は、貴女の意思を汲み、貴女を封印することを望みます!」


意を決し、誓約の言の葉を紡いだ。
瞬間、ヘレネス・ブックが開かれて、光が吹き荒れる。


「嗚呼、汝、今こそ真実の記憶を呼び覚ます時!」


まるで質量を持っているような濃度の光が亜漱を包み込んでゆく中、ムーサの声が聞こえた。


「連なりの果て、今此処に見えん!」


それきり、亜漱の視界から光以外のすべてが消えて、続いて吹き荒れる音がフェードアウトした。

完全に光の嵐に飲み込まれた瞬間、自身の脳裏に流れてくる記憶。


(あたしは、これを、しっている)


それはデーメーテールの記憶であり、決して亜漱の記憶ではなかった。けれど、多少の差異はあるものの、亜漱は此れを知っているという感覚に支配される。
まず、その差異とは、視点が違うところだった。
「自分」は今、デーメーテールともう一人の女性を第三者である紛れもない己の目線から―・・・まるで絵画を眺めるように・・・―見ていたが、「記憶」では、自分は「あちら」にいたはずだ。
デーメーテールと向き合っている女性は、どことなくデーメーテールと顔立ちが似ており、ふんわりとした八重桜色の髪を無造作ながら綺麗に降ろしていた。そうして夕日色の瞳を伏せ、ルビーがついた銀色の笛を手に握っている。
その手を握り返して、デーメーテールが話を切り出した。


「莫迦な事は考えるんじゃないよ」
「でも、お母様」


そうだ、あの女性はデーメーテールの愛娘だ。つまりは。


(あのひとの、あいした、ひと。あのひとを、あいした、ひと)


嗚呼、と亜漱は嘆息する。なんて、懐かしい。


「追いかけたい気持ちは痛いほど解る。でもね、お腹の子はどうなるんだい」
「・・・この子も、冥府より深い深淵といえ、家族でいられるなら本望でしょう」
「そりゃあんたの本望だろ。あんたの夫はそんなこと望んじゃいないし、お腹の子に望んじゃいけないんだよ。それくらいは解るだろう」


知っている。けれど知らない記憶。どうしようもない懐かしさがこみ上げて、それが身に覚えがなくてもどかしい。


「・・・いいかい。お腹の子を産み、育て、例え何時か死のうとも、子供が更に子を産んで育ててゆく。・・・それこそが永遠と言うものだ。あんたの思いと魂は、そうやって受け継がれていくんだよ」
「お母様」
「だから今ここで死んではいけない。夫に誓った通り待ち続けなさい。例え何度輪廻転生を繰り返そうと、あんたとあんたの愛した人の血筋とともに」


はい、という返事は嗚咽で言葉にならなかった。
そこで見ていた記憶は途切れる。

始まりと同じように、それは唐突に終わった。


「・・・そういうことだったんだ」


ぽつり、と思わず言葉がこぼれて、涙が頬を伝った。
気付けば見えていた景色は記憶のものではなくて、いつもの牧場と今にも雨が降り出しそうな天気と佇む一冊の本。
心配そうにすり寄ってきた立夏の首を、思いっきり抱きしめて、顔を埋めた。
涙が、止まらない。それは悲しみでもショックでもなく、無上の喜びが形となって零れたものだった。


「・・・ここに、いる」


彼女は愛を紡いだ二人の命の担い手であり、証そのものだったのだ。

やがて雨が降り出して、亜漱の涙と混ざってゆく。
その雨は、二人の無上の喜びの形の様だった。
















タイコウ国の蒿里事件から数日後。三日三晩続いた雨がようやく上がった翌日の事である。

彼の国には、南夏熔岩洞と呼ばれる観光名所がある。そこは現在は死火山となっている「南夏山」の、曾ての度重なる噴火によって出来た洞窟で、底では巨大な地下道と繋がっており、そこに入ると未だ灼熱のマグマが流れ、所々でマグマ溜りを形成している。
地下道に至る道は、危険性から立ち入り禁止となっている。その為、観光客が迷子となってそこに立ち入らないように、地下道への入り口の前には堅固な鉄の扉と閽人(もんばん)が立ちはだかっていた。
扉は真ん中で割れて開く形式となっており、左右それぞれの表面には何かの鳥の図が向き合う様に描かれている。その本当の意味を知る者は、実はこの国・・・ひいてはこの世界で、実は少ない。

鉄の扉の向こうは、正に灼熱地獄だった。いたるところでマグマが音を立てて煮え滾っており、時折火柱をあげて踊る。籠った熱気はゆらゆらと陽炎を発生させて眩む。それでもそこを人が進むことが出来るのは、不思議と天然の巌の路(みち)が出来ていて、尚且つ路を誤らなければマグマの被害を被ることは少ないからであった。
大僕(だいぼく)を連れ、その正しい路を選んで最奥へと進むのは、このタイコウ国の女王である達だ。本来、こういった場合に何時も傍に居た男は、もうこの世の何処にも居ない。
そのことに少しの寂しさを、時折思い出したかのように感じながら、彼女は何度も汗を拭って奥へ奥へと進む。側仕えの者達が、何かの函(はこ)を携えて後ろから追従していく。

やがて彼女らは大きな吹き抜け場へと出た。熱が一層強くなる。壁が遠くなくなっていて、真下はマグマの海だった。そこから細く長く柱が出てきており、僅かな・・・ただ一つの路を支えているのだ。螺旋階段のように、ぐるぐる廻りながらその巌の路は下へ下へと続いていて、その終点はまあるく切り取られた足場だった。
マグマに浮かぶ小島のようなそこを目指して、達は路を下り始める。余りのマグマの多さに、熱風と火の粉がちらちらと舞う。それらに煽られながら、やがて螺旋を下り終わった。
そこに辿り着くなり、達は後ろを振り返り命令を下す。そうして函を開けて、取り出したのは一つの盆栽だ。
それには花や蕾、実から朶(えだ)に至るまで、すべてが宝玉で出来ている樹が植え込まれていた。火の粉に照らされてきらきらと煌めく様は美しい。これがタイコウ国の国宝だった。
粛々と国宝を、少し離れた場所に置いてから小走りで離れる。誰もが言葉を発しなくなり、その場を見守った。

その時であった。

そこかしこから聞こえていたマグマの音が次第に小さくなり、やがて完全に途絶え、先程まで煮えたぎっていたのが嘘のように、マグマの表面が水面の如く滑らかになる。乱れ流れていた熱風が止み、舞い踊っていた火の粉はふわふわと漂うだけ。そのせいだろうか、ほんの少しだけ辺りの温度が下がったような気がした。
けれどそれも長くは続かなかった。静寂が場を支配したすぐ後に、静かだったはずのマグマから火柱が真っ直ぐに上がり場を激震させる。
それに身構え、或はバランスを取ろうとして、達は勿論のこと自分の側にいた大僕と側仕えらも、突然の揺れに踏ん張るだけで精一杯のようだ。
疾走する熱気と熱風、それから火の粉と、燃え爆ぜる音。上がった幾つもの火柱はうねり絡み合いながら、上のほうで一つになる。そうして卵のような形をとると、内側から眩しく発光し始めた。
その形を取る際に漏れた火柱は、まるで近くにいる達らに被害が及ばぬよう気を使っているかのように、静かにもとのマグマへと還っていく。それでやっと振動が収まって、達らは余裕を持って上を見上げた。空中に浮かぶマグマの塊が内側に光を宿している様は、まるで何かを包み込んでいるかのように暖かい。
マグマの揺籃(ゆりかご)がゆっくりと、国宝の真上まで降下してくる。その過程で揺籃の形は徐々に変化しきていき、地面に置かれた国宝から僅かに浮いた程度の距離となって降下が止まった頃には、翼を折りたたんで自らを包むように丸まっている朱い鳥の姿へとなっていた。
燃えるように煌く羽毛、優美に長く伸びる豊かな尾と鶏冠が揺れる。閉じられていた大きな双翼が雄々しくゆっくりと開かれ、橙色の細かな粒子がその動きに合わせて撒かれたように漂った。その美しい朱い鳥は額にほど近い箇所に、朱色の玉(ぎょく)を冠している。
激震も止み、何時の間にかマグマの煮えたぎる音が戻って、先程とさほど変わらぬ状態となったその空間で誰かが小さく感嘆の声を漏らした。朱い鳥は黙して、玉の朶を止り木にしているかのように、近くで佇んでいるだけだ。
その空間で最初に動いたのは達であった。いかにも高価な錦と絹の裾の長い外袍(がいとう)が汚れるのも構わず、朱い鳥に向かってその場に深く平伏する。それに倣って大僕や側仕えたちも深く頭を垂れた。


「わざわざの御越し、感謝致します。 ――・・・朱雀さま」


朱い鳥の名前は朱雀(すざく)と言った。殆ど伝説と化している、ローイア諸島においては「四聖獣」と呼ばれる召喚獣のうちの一体。
その神聖さと強力な力から、他の召喚獣と同列にあげるのは憚られている程であった。同時に、朱雀に会う手段を持っている者は今現在、タイコウ国のごく一部の者だけ・・・厳密に言うならば、俊王ただ一人だった。


「・・・この地で何が起こっていたのかは、既に存じております」


玲瓏とした美しい女性の声が響く。それは朱雀の声だった。
その声を頭上から受けた達は、更に深く頭を下げて言葉を続ける。


「我々には、あの悪魔を完全に除去する術が御座いません。畏れながら、お力に縋りたく」
「・・・私との契約を望むということですか?」


その問いに、いいえ、と達は答えた。そして言葉を続ける。


「強大な力はそれに見合うだけの結果を残すけれど、必ず過ちを冒す。あの悪魔の力も、貴女様の御力も、我々が手にして良いものでは御座いませぬ。だからこそ、貴女さまもかつてこの国で安息を願い人々の前から姿を消したのでは御座いませぬか」


凛とした達の言葉。言葉の端々から何某かの決意や意志が見て取れた。
朱雀は、ゆるゆると浮遊しながらも僅かにも動じず唯黙するのみだったが、やがて、ふと微笑んで―・・・実際に鳥の顔が微笑んだわけではない、そういった感じの、柔らかな雰囲気が伝わってきたのだ・・・―成程、と呟いてから、先程から一言も喋らずに平伏している達の臣下たちに顔を向ける。


「・・・良い王を得たようですね。かつてのタイコウ国王に私が望んだことを忘れずに受け継ぎ、力に溺れず、自らを過信せず、己という領土を良く治めています。貴方がた官臣も、自は我という唯一を支える無二であると言う事を忘れずにいなさい」


はっ、と短くとも毅い返事が返ってきた。
それを聞いた朱雀の雰囲気がさらに柔らかなものになる。きっとここは大丈夫だ、少なくとも当分の間、彼らが彼らを支え合っているかぎり。


「立ってください」


朱雀がそう言って、タイコウ国の主従たちは―・・・従の方は非常に戸惑っていたが・・・―言われた通り、顔をあげて己の体をしっかりと支えた。
そうして、閉じられていた朱雀の眼が開かれて、宝石の様な碧緑の瞳を真っ直ぐに見返す形となる。


「・・・この国はかつて、約束を違えずに、私が安住できる地を下さいました。この地の安寧を願う気持ちは私も同じ。なれば今こそ、私も貴方がたに返しましょう」


朱雀の大きな翼が強く空気を叩いて、マグマの表面に波を作る。そうして朱雀の体が徐々に眩い光に包まれて、ゆっくりと浮上していく。


「大きな火は暖かく綺麗で人々の生活を支えますが、一歩使い方を誤れば見境無く全てを焼き尽くします。それを努々、忘れないように」


次の瞬間、朱雀の体の内側から強い日差しが射すようにして、あたりはオレンジがかった白陽(はくよう)に包まれ、飲み込まれてゆく。
余りの眩しさに腕で光を遮り、目を瞑った。
そうして視界が効かなくなった彼等の耳に、鉄の扉が勢いよく閉じる音が響く。それにハッとして目を開けると、既に眩しさなど何処にもなく、固く閉ざされた鉄の扉と、呆けたように閽人たちが彼等を見ているだけだった。・・・戻ってきたのだ。
達は鉄の扉を見上げ、それに向かって会釈をした。自然と頭が下がった。
そうしてから踵を返しその場を後にする。
決して長くない距離を歩いて洞窟から抜け出し外へ出ると、彼方―・・・蒿里のあった方角・・・―から黒い煙が高く昇っているのが見えた。


「終わったか」


同時にかけられる声がある。声のした方をみると、デュランが腕を組んで一人そこに立っていた。
それに頷き返すと、彼の姿を見留めた臣下たちが慌ててその場に叩頭した。
二人は並んで、煙が昇っている彼方を見やる。


「ああ、朱雀さまは快諾して下すった。仕事もほんにお早いことで」
「そうか。 ・・・その、達」
「朱雀さまには気を遣わせてしもうたようじゃ」
「・・・む?」


何事かを言おうとしたデュランを遮るように、達は、情けないことよの、と朗らかに笑った。

色々言いたいことがあった筈だが、今更仕方ないことのように思えてきた。
デュランに恋情を抱き続けていた事。すぐにできるとは思えないが、それでも先へ進むために諦めようと決めた事。
違う形とはいえ、確かに「あの人」のことも大切であったこと。これもまた一つの愛の形であると伝えたかった事。
後悔があって、懺悔がある。あの人のいない未来を進むことへの不安もある。

しかしこれらを叫ぶことはすべて、あの人への言い訳に他ならない。言い訳がしたいのはあの人へ懺悔を届けたくて。あの人の赦しが欲しいからだ。


「ほんに、情けない」


きっとあの人はこんな自分を赦さないだろう。ならば、自分が彼に届けたいと叫ぶべき気持ちは、ただ一つ。


「・・・ありがとう」


蒼穹に一筋昇る煙に向かって、そう呟いた。








高く高く昇る煙は、まるで荼毘の如く。

そして目いっぱいに広がるのは、抜けるような色合いの蒼天。




脚高の、色。









最終更新:2012年04月17日 04:22