ゆっくりしていただけの群れ 11KB
自然界 ほんの少し未来の話 会話劇 黒二行作
【はじめに】
このSSは、ほんの少し先の未来を舞台にしたフィクションです。
単純明快なゆ虐や愛でを求める方には、おすすめ致しません。
【本編】
『ゆっくりしていただけの群れ』 (作・二行)
21世紀に入って30年も経つと、色々とおかしなことが起こるものだ。
人間の世界は相変わらず不景気だが、それでかえって救われたものもある。
たとえば、今私が分け入っている野山だ。
今世紀に成り立ての頃は、どこもかしこも開発ではげ山になっていたそうだ。
しかし、そんな余裕もなくなって幾年月。
機械の手が入らなくなった自然は、皮肉にも繁栄を取り戻している。
私が登っている坂も、そんなほったらかし大自然の一部だった。
道なんてないから、刃物を振り回して草を刈りつつ進む。
はたから見れば、今流行のテロリストと勘違いされそうだ。
別に、無差別テロの予行演習に来ているわけではない。
この山には、今ではあまり見られなくなった、ゆっくりしているゆっくりの群れがあるのだ。
彼らが珍客として地球に現れたのは、今から20年ほど前になる。
ダーウィンを冒涜するために生まれてきたような生物どもは、大きな話題を呼んだものだ。
彼らは、時とともに害獣化するものもいれば、人間に大きな利益をもたらすものもいた。
だが今では、社会の淀んだ空気と同調するかのように、ゆっくり達もまた俯いて暮らしている。
都会の野良ゆっくりなど、死を懇願するものまでいる始末だ。
新聞の風刺画が歩き回っているようで、気味が悪い。
しかし、人と没交渉な群れの中には、牧歌的な集団も残っている。
彼らの馬鹿丸出しでオママゴトっぽい暮らしは、見るものによっては憤慨の対象であろう。
だが、私は特殊性癖持ち。
そんなゆっくりした群れを観察するのが大好きな変わり者なのだ。
だからこそ、たまの休みと引き換えにして、こんな奥地まで出かけている。
山の所有者が、職場のお偉いさんなのも好都合だった。
彼のご機嫌さえ損ねなければ、伸び伸びとゆっくりウォッチングに興じることができる。
まるで種田山頭火の句のように、分け入っても分け入っても深い自然が続く。
道なき道を進んでいると、足元の方からおかしな声が聞こえてきた。
むきゅ、げほっ、げほ・・・。
屈んでそこらの草をかき分けてみると、顔色の悪い饅頭がクリームを吐いていた。
「おいおい、大丈夫か?」
普段は、ゆっくりには決して触れない。
あくまで、自然な観察が信条だからだ。
ただその時は気紛れから、リュックからスポーツドリンクを出し、かけてやった。
利くかどうかは気軽な賭けみたいなものだったが、功を奏したようだ。
ぱちゅりーは、みるみる元気を取り戻し、私を見上げて礼を言った。
「ありがとう、お兄さん! ゆっくりしていってね!!!」
最早記録の中でしかお目にかかれないと思っていた、ご挨拶。
それに触れた私は舞い上がってもいたのだろう、ついつい口からお返事が出る。
「ゆっくりしていってね!!!」
饅頭が、にっこりと笑った。
「それじゃ、ぱちぇは行くわ」
「待て待て、お前こそゆっくりしたらどうだ?」
「そうも言ってられないの。群れがなくなっちゃうのよ!」
私はクリーム饅頭をつかむと、その場に腰掛けた。
胡坐をかき、腿の上にぱちぇを置く。
「ななな何するの?」
「いいから落ち着け、虐めたりしないから」
「むきゅぅ・・・」
「で、なんで群れがなくなるんだ?」
「明日の朝、人間さんがいっぱい来るの。そして、群れを燃やしちゃうの」
駆除か。今では珍しいことだ。
今どき、そんな元気のよい自治体があるとは。
それとも。
「お前達、何やったんだ?」
「むきゅっ。ぱちぇのお話、聞いてくれるの?」
「そのつもりだ。お前はゆっくりにしては、理性的なやつらしいからな」
「ぱちぇを褒めてくれて、ありがとう、人間さん!」
驚いた。
『理性的』という言葉を理解し、感謝まで表すとは。
野生の、しかもこんな山奥のゆっくりに、ここまで物を知っている個体がいる。
「どうやら、(笑)じゃないようだな」
「かっこわらい?」
「ああ、流石に分からないか。それより、話を聞かせてくれ」
「・・・ぱちぇの群れは、ドスの群れよ。
ドスのおかげで、皆、ゆっくりしていたの」
この辺りには何度か来たことがあったが、ドスまりさがいるとは知らなかった。
是非お目にかかりたいと思ったが、口にはしない。
「だけど、ゆっくりしているゆっくりの中にも、ゆっくりしていないゆっくりもいたのよ」
「ゲスという奴か。まぁ、世の常だな」
「中でも、みょんとゆゆこの番は、ひどかったわ。
度々人里に下りては、人間さんのお野菜や食べ物を横取りしちゃうの」
「随分と希少なゲスだな」
私はぱちぇの頭を撫でながら、話を聞いていた。
ゆゆこはいわゆる希少種という奴だが、ゆっくりの中で最も食い意地が張っている。
おまけに吸引力の変わらないただひとつの掃除機のように、辺りのものを吸い込んでしまうのだ。
「人間さんは、ゆっくりしていたわ。
ある日、ぱちぇの群れに来て、もうゆゆこを人里に放さないで欲しいって言いに来てくれたの」
「それは、ゆっくりとしているな。悠長とも言えるが。それで、群れはどうしたんだ」
「ドスがゆゆこに注意して、おしまい」
「で、ゆゆこは反省の色もなく、また人里に被害をもたらした、と」
「その通りよ。むきゅぅ・・・」
「だから、駆除に来るのか」
「いえ、人間さんは本当にゆっくりしてくれたわ。ぱちぇ達よりもゆっくりしていたかも。
ゆゆこさえ差し出してくれれば、群れはそのままにしておいてくれる。
そうまで言ってくれたのよ」
役所にしてみれば、群れを一斉駆除するよりも一体の希少種を捕獲する方がいいだろう。
第一、安上がりだ。
「ドスは、何やってたんだ」
「何もしなかったわ。ゆっくりしていれば、ゆゆこもゆっくりしてくれるって」
「他のゆっくり達は?」
「ゆっくりしていたわ。自分達のゆっくりぶりを見れば、ゆゆこもゆっくりしてくれるって」
ゆっくりは、何かを積極的にやることを好まない。
群れによっては、狩りを一生懸命することさえ忌避される。
まぁ、そんな群れは往々にして長持ちしないのだが。
「自分達は何もしない。ゆゆこは野放し。そりゃあ」
「群れを潰されても、文句は言えないわね・・・。でも」
「なあ、ぱちぇ。ひとつ聞いてもいいか?」
「むきゅ?」
「お前は、何やってたんだ」
「ぱちぇは・・・、ドスの仲間に入れてもらえなかったの。
それでも、ゆっくりしてる場合じゃないって、皆に言ってはいたの」
「聞き入れては、もらえなかった?」
「そうよ。分かってくれたのは、ありすとれいむだけ」
それも、たいしたこともないゆっくりだったのだろう。
ぱちぇの沈んだ表情が、それを物語っていた。
こんな顔を見に、ここまで来たのではなかったのだが。
「ぱちぇ。お前は、何で中身を吐いてまで山を降りようとしていたんだ」
「人間さんのところに、行くつもりだったのよ」
「無茶だな。ゲロ袋と呼んで、お前の種を嫌っている人間も多いんだ。
一歩間違えれば、真っ先に潰されるところだぞ」
「それでも、ぱちぇは、じっとしていたくないのよ!
だって、群れがなくなるのよ!」
「ぱちぇ、私が子供だった時に流行った言葉を教えてやろう」
「むきゅきゅ?」
「感動的だな、だが無意味だ」
「むきゅっ・・・」
私は饅頭を持ち上げると、顔と顔を近づけた。
「ぱちゅりー。これからあまりゆっくりできないことを言う。
中身を吐かずに、聞くことはできるか?」
「・・・頑張るわ」
「お前は、良い奴だな。でも、1匹だけじゃ何もできないんだ」
「でも、もしかしたら、お兄さんのように分かってくれる人間さんがいるかも」
「そうだな。何だったら私も一緒に行って、説得を試みるのもいい。
そうすれば、取りあえず、明日の駆除はなくなるかもしれない」
「お兄さん」
「だけどな、きっとまた、同じことの繰り返しだ。
そして時間が経つほど、事態は悪くなる。
前回は、ゆゆこの引渡し。今回は群れの駆除」
ぱちゅりーは口を硬く結んだまま、私の話に耐えているようだった。
「恐らく次は、この辺りの群れが全滅させられる。
だんだんと、疑われるんだ。
全てグルになっているか、ゆゆこが異常に繁殖しているか」
「ゆゆこは、ひとつだけだわ」
「だったら、それを引き渡せば良かったんだ。
それで人里の被害が治まれば、少ない予算を費やしてまで駆除しようとはしない」
寒天の瞳が私を見据えた。
まだ意思というものがあるだけに、悲しい眼差しだった。
「お兄さん、ぱちぇはどうすればいいの?」
「手遅れだ。それを理解することだ」
「・・・だったら、ぱちぇは戻る。お兄さんの言った事、群れの皆に伝えるわ」
私は殊勝な饅頭を小脇に抱えると、登った先にあるだろう群れとは反対の方へ歩き出した。
腕に、それなりの力を込めながら。
「お前は、群れには帰さない」
「どうして? お兄さんは、ゆっくりをいじめてゆっくりする人なの?」
「馬鹿野郎。お前を虐めるのは私じゃない。群れのゆっくりだ」
「むきゅっ」
「話を聞いててよく分かった。お前達の群れは、ゆっくりしているだけの群れだ。
目先のゆっくりを大事に思う余り、明日のゆっくりを潰してしまうアホの集まりだ」
「お兄さんの言うことは、よく分かるわ。でも、それがゆっくりって生き物じゃないの?」
「そうでもないさ。賢明な群れは、ちゃんとある。
ゆっくりするためには、そうじゃないこともやらなきゃいけないと肝に銘じている奴らがな」
「ぱちぇの群れは、お馬鹿さんばかりなのね・・・」
「そうだな。きっと群れに帰ったら、お前は無視されるどころか、また傷付けられる」
私は抱え上げた時、ぱちぇのあんよを見てしまった。
明らかに、枝か何かで傷付けられた痕がある。
「その傷、大方ゆっくりできないぱちぇがどうのって、虐められたんだろ」
「むきゅぅ。でも、ちゃんとぱちぇの話を聞いてくれたゆっくりもいたわ」
「聞いていただけだ。
もし本当に分かっていたら、お前と一緒に山を降りていたはずだからな」
咳き込む音と共に、冷たいものが腕にかかった。
歩みは、止まる。
私は吐しゃ物に塗れたぱちゅりーの口を、手で塞いだ。
「ショックなのは分かる。同情もしてやる。だから我慢してろ」
「・・・お兄さん、ぱちぇはどうすれば良かったの?」
「お前はドスの側にいるか、自分が長になるべきだったんだ。
群れを変えるってのは、そういうことなんだよ。
お前位の賢い奴を受け入れなかった時点で、群れの運命は終わっていた」
「むきゅん。だから無意味って言ったのね・・・」
「そうだ。事ここに到って何かをやろうとしても、無駄なんだ。
やるんだったら、もっと前から深いところから、始めなきゃいけなかったんだ。
今更ジタバタしたって、自己満足以外の何ものでもない」
「ごめんなさい、お兄さん」
「謝ることはない。
あの群れは死ぬ。ゆっくりしていただけで、何もしてこなかったためにな。
ぱちゅりー、お前は生きろ。
生きて、今度は長にでもなって、本当にゆっくりとした群れを作ってみるんだ」
私は自嘲する。
何を一生懸命になっているのか、と。
たかが饅頭如きに、何を求めているのだろう。
それに自分は、脳内お花畑なゆっくりが好きでここまで来たのではなかったのか。
「お前は私が、安全なところまで運んでやるよ。それからは、お前が決めろ」
「ゆっくり理解したわ・・・」
「せめてお前くらいに理解できれば、良かったのにな」
私は再び小脇のゆっくりと共に歩き出した。
山を降りたらぱちゅりーを助手席に乗せて、この辺りを抜けよう。
シートベルトはさせるべきなのだろうか?
そんな馬鹿馬鹿しいことが何故か浮かんだりした。
麓に近付くと、胸のポケットに入れていた携帯端末が震え出した。
メールでも受信したのだろう。
手頃な倒木があったので、私達は並んで腰をかける。
いや、ぱちぇに腰などない。
頭だけの生き物に、私は水筒のお茶を飲ませつつ、端末を操作した。
ディスプレイに、送られてきた文面が映る。
「ぱちぇ、お前に言いそびれたことがあるんだ」
「なに、お兄さん」
「ゆっくりしているだけで何もしなかったってのは、お前達だけじゃないんだよ」
「むきゅきゅ?」
「人間だって、同じようなものさ。
ゆっくりしていただけの群れが、また消えていくようだ」
画面の文字を、ぱちゅりーに見せてやった。
どのくらい理解できているのか、私には分からない。
文面は、こういう一文から始まっていた。
『稀代の悪法が、あと100時間で可決されます! 是非、反対の署名にご協力下さい!』
(終)
【過去作】
※どろわ&ぬえ
draw006 「パラダイゆch」
nue079 「素晴らしき世界」
nue059 「スキャット・ゆん・ジョン」
nue022 「ゆナッフTV」
nue009 「ブラックペーパー・チャイルド」
その他の作品に関しては、ふたばSS@WIKIの『
二行の作品集』をご覧下さい。
餡娘ちゃんとWIKIあき、感謝。
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- 特定秘密保護法案さん・・・ -- 2013-12-02 11:37:47
- 優秀なぱちぇだ・・・俺なら迷わず飼いゆにしちゃうね。 -- 2011-07-13 23:57:52
- 稀代の悪法と言われていくつか思い浮かぶって相当だよな -- 2011-01-19 10:15:11
- 友愛ェ…
必死に反対しても一人ではどうにもならないのが現状なのよ…;; -- 2010-12-24 20:47:09
- ゆっくりは人を映す鏡みたいなもんですからねえ…
目先のゆっくりに騙されて冬を迎えてるあたり、バカの群れまんまって事かorz -- 2010-09-03 03:59:06
- お前ら・・・友愛されるぞ・・・ -- 2010-08-28 17:54:13
- 外国人参政権はマジ危険というか、帰還した人のことを混ぜるとあやふやな点があり民主党でもその点をついて論破したツワモノもいるよ
-- 2010-08-28 14:32:53
- なんという社会派なSSさん…
我々もゆっくりと変わらないのかも知れませんね…
良いもの読ませてもらいました。 -- 2010-07-19 20:05:20
- 外国人地方参政権さんや人権擁護法案さんかもしれないのぜ
左翼勢力さんはゆっくりできないのぜ。 -- 2010-06-27 22:26:29
- 稀代の悪法!?児ポ法のことですか?だとしたら許せん。 -- 2010-06-17 04:59:14
最終更新:2010年04月19日 16:52