始まりは、いつも通りに仕事をしている間に起こった。
愛しのネルがみんなと依頼に行くといい、納期の迫った鍛冶仕事を片付けるために一緒に行けずにいた。
とはいえメンバーも豪勢だし、気をつけていけば大丈夫だろうと思っていた矢先…事件が起きた。
ネルとフィーアが捕らえられてしまった、という情報が入った。
フィーアも当然気がかりだが、ネルはその何十倍も気になってしまった。
捕らえたのは『真理派』のトップ、フィッツジェラルド。今までも散々旅団に対してちょっかいかけてきた人で…エリスやらフォルテやらメルティやらジュルネやらが気にしてる人。
当然だが仕事は中断。愛するネルを奪い返す為に鎧とハンマーと盾を持って、戦う道を選び………。
クラリッサの、長い一日が幕を開けた。
一回目:ナッツヘッド、ジュルネ、リリー、テスラ、フォルテ
いきなり全力での攻撃でナッツヘッドの命の火が消えかけた時から、クラリッサの恐怖心は一気に膨れ上がった。けどそれを全部抑えて、立ち続ける道を選んだ。
「ネルちゃんを返せ!そうしないなら、私は一生!お前の前に立って、ありったけ殴られてやる!そして生き残ってやる!」
覚悟は決まった。私が彼女にダメージを与えるつもりはない…というか猛攻が激しすぎて立つのがやっとだから。
そして最後にやってきたどうしようもない黒い一条を見てリリーとテスラの犠牲でなんとか撤退し…更に恐怖を植え付けられて撤退した。
二回目:イツキ、シックス、転猫、リコリス、イーハ
最初の一撃を強く意識して回避してダメージを可能な限り抑えて…イツキとのコンビネーションで安定したタンク仕事をみせる。
リコリスの支援を得た猫、イツキ、シックス、イーハの一撃であの時壊せなかった黒い一条を放つ武器を破壊し…敵の攻撃を凌ぎながら近寄って。
「ネルちゃん!ネルちゃん!ゴメン、まだ、時間かかる!もうちょっと、もう少し、頑張って!私も……頑張るから!」
この長くなるであろう戦いを、意地でも生き抜いてやると、絶対に生きて帰ってやると、深く心に刻みつけた。ネルちゃんが、近くに…胸の中にいる。そう思えば恐怖心も抑えつけられた。
三回目:イラクサ、ガルソン、タケミ、アイリーン、カナタ
やや防御に厚めな構成をしつつも、それでもしっかりとタンク役を行いダメージをありったけ受け続けた。あの武器もギリギリで破壊に成功し…無事なんの問題もなく撤退を済ませる。
この辺りから、フィッツジェラルドの思いを心の奥底で理解し始めていた。
最初から不思議に思っていたが…それでもその感情はちょっと理解できてしまったから。余計に立っていなくては行けないなと…そう思った。
四回目:カナタ、アイリーン、シックス、ヴェルーリヤ、メルティ
火力から支援に形を変えたシックスとヴェル、そしてアイリーンと三回目よりさらに硬い構成で挑む……も。
敵も攻撃の方法を変えてきて複数人を意識した攻撃に変更し、さらに黒い一条を放った武器ではなく、分身した超連撃に特化し始める。
回避も難しく受けて受けて受け続けるだけの状態になり、倒れかけるもなんとか踏ん張り続け…
「君は、君は本当に倒れないね——ミス・クラリッサ!」
名前で呼ばれた。覚えられたのはいい事なのか悪いことなのか。少なくとも彼女にとって重要な存在になったのは間違いなかった。
五回目:シェラタン、シックス、カナタ、エリス、ルミエール
どれだけボロボロになろうとも、撤退して回復してすぐ戻る。それだけを行い続けて五回。
流石にフィッツジェラルドの想いはほぼ完全に理解できた。
フォルテ達と違い最初は理解する気もない状態からだったからか、少しの時間と大量の傷で始めて理解した事でもあった。
でもそれを胸に秘めたのは、フィッツジェラルドをより想ってくれてる人が言うべきだと思ったから。
「出会いが違ったら……私達も、友達になれたかもしれなかったね」
「エリスにも、いったね――もう、遅いさ」
そんな語り合いに「どう、だろうね」と返したのは…フォルテがどういうかを、完全に予測できたという確信があったから…である。
彼女は、救うべき人間なのだ…と。
六回目:ジークルード、名月、シェラタン、エリス、クラウン
「まさか本当に言うことになるとは」
「私は、諦めないよ」
「それは、私もそうさ」
「ネルちゃんを、返してもらうよ」
お互いに、語ることはなくなり。
ただただフィッツジェラルドが行う攻撃を、可能な限り受け続けるだけになり。そしてついに、フィッツジェラルドは消えて…フィーアとネルが残された。
遂に…奪い返したのだ。自分の大切な存在を、戦い続けた意味を。これで終われるーーー
本当に?
彼女の中で終わってないと気付かされたのは…意識の消えかけた、大切な嫁の一言。
「………行ってきて」
「…………ん」
まだ、終わっていない。
そうとわかったら、自室にも戻れない。戻ったら精神が緩んでしまうから。
フォルテ達が準備を終える頃には、なんの問題もない風に、その場に立っていた。
次で…終わって、始まるのだから。
最終戦:メルティ、エリス、ジュルネ、シックス、フォルテ
いつからか、恐怖心は無くなっていた。
その代わりに出た感情(モノ)は…『救いたい、助けたい』という想いだった。
「君だ!君だ、クラリッサ!」
「君の、わからないのに、戦い続けるその力!」
「胸が締め付けられるあの感覚!」
「『愛の力』!『絆の力』!『信頼の力』!」
「世界に設定された力をラーニングし続けた果てには存在しなかったその力!」
「私も、欲しくて欲しくて…………堪らない!」
彼女は強い。すごく強い。多分世界最強だろう。その上全知全能。知らないことはないんだろう。
だからこそ、切り捨てたモノがあった。愛、絆、信頼。一人では持つことすら出来ないモノ達。クラリッサが、なにより大事にしてるモノ。
強いからこそ弱い。全知だからこそ無知。だからこそ起こったであろう達観、我儘、癇癪。
「君は諦めてる」
「私がネルちゃんを信じて戦った、あの時」
「愛を得る権利を、失っているんだ、もうないんだ って」
「ずっと諦めてたのは、なんとなーくわかったよ」
「だから私は生かす!」
「それだけだ!好きなだけ打ってこい!全部受け止める!」
長い一日、あらゆる攻撃(おもい)を受け止めてきてやっと心の一部を理解した。
でも、だからこそわかりあえると思った。仲間になれると、笑いあえると、遅くないと。
最後を決めたのはエリスだし、基本的には超人大戦のオマケのような存在だったけど…戦いは終わった。
ネージュとなった子の新しい物語を、クラリッサなりに見ていこうと思った。
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そしてまた平和な家族に戻り |
長くて短い戦いはようやく終わりを迎えた。
身も心もボロボロなのに、達成感で溢れていた。人を3人救ったのだからクラリッサとしては最高の結果になったのだから。
それでもまだ、クラリッサの戦いは終わってなかった。
まだ、最愛の人の顔を見ていないのだ。
そうして帰ってくれば…お出迎えしてくれたのは娘の夜千代と焦げたハンバーグ。間違いなく今日1番寂しかっただろうし、今日1番我慢してくれた大事な我が子だ。
そんな子が作ったハンバーグなんか焦げようが生だろうが美味しいに決まっている。笑顔で食べてから優しく抱きしめる。
「千代は、偉いからお留守番できるのですよ」
「ちゃんと…帰って来るのを待ってたのです、ママもおかーさんも」
「……そっか。立派な子だね」
少し緩みかけたけど、まだ早い。もう少し我慢して…ネルのところに向かう。
眠っているようだけど、きっと呼べば起きてくれる。ハンバーグもあるし。
そうして愛しい妻の髪を優しく撫でていれば、目を開く。
「……大丈夫?」
「大丈夫、何も悪くないよ。悪い目に、あっただけ」
「…しょうがないよ…事故、みたいなものだよ」
「………うん」
込み上げてくる想いを…ギリギリまで抑える。
「…壊されなかった」
「………壊すこともできた」
「………クラリッサは、凄いね」
「全部、わかったんだ」
「………時間、かかったけど…」
長い尻尾で、夜千代ごと抱きしめられる。
この一日でずっとあったかのような、それでも初めての感覚がやってくる。
「………おつかれさま」
「ごめんね。ふたりとも」
「無茶、しちゃった……」
背中をさすられた。その声と手は……感情を抑えられなくするには十分だった。
涙が零れる。声も鼻声に。
「しんぱいしたっ……!」
「あいても、つよくてっ…」
「ずっとずっと、こわかったっ…こわかったんだからぁぁぁぁぁ……!」
恐怖しか無かった。それでも立ち続けた、戦い続けた。もはや意地だけであの場にいた。
何時しか薄れていたけれど、それでも完全に消えたわけじゃない。ずっとずっとずっと怖かったのだ。
妻と娘に抱きしめられて、泣くだけ泣いて、初めてこの戦いの終わりを肌で、心で感じた。
「千代も、千代だって」
「ほんとは、ほんのちょっと、くらい」
「しんぱい、した……です…ふぇ」
「っ、ぁ…うわぁああああああん!」
つられて夜千与も泣き出す。ネルはいない、クラリッサは毎度傷だらけ。泣きたくもなる。よく我慢してくれたと思う。夜千与が泣いてしまったら、クラリッサも泣いていたかもしれない。そうなったら心が折れていたかもしれなかったから。
「みんな……がんばったね」
「家族の、勝ち」
ネルが護ってくれたから、夜千与が泣かないでいてくれたから、立ち続けられた。頑張れた。勝てた。まさしく家族の勝ちだ。
一通り泣いた後は、家族三人ベッドの上で夜千与特製ハンバーグと、旅団員に運ばせた食事とケーキを食べあって、笑いあって、一緒に寝た。ネルに巻き付かれっぱなし、夜千与とくっつきっぱなしだったけど…離して欲しくはなかったから問題なし。
これからも3人で『ただいま』と『おかえり』を言い合える。それが何より嬉しかった。
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