キャル・ディヴェンス ◆LxH6hCs9JU
キャル・ディヴェンスという少女には、二年の空白がある。
「離れたくないの。ずっと、玲二の傍にいたい」
切欠は彼女が修理したビデオデッキ。同居人が不在中のときだった。
「帰って来る。玲二はきっと帰って来る。だって、約束したんだから」
吾妻玲二の、そして彼女自身の留守中、二人の家が焼失した。
「……嘘つき。帰って来るって、言ったじゃ、ない、かぁ」
焼け焦げた廃墟で、彼女は玲二を待ち続けた。しかし、玲二は帰って来なかった。
「玲二は、あたしに帰って来るって……あたしは、捨てられてなんかないっ」
待ち惚けをくらう彼女の下に、玲二失踪の真相を知る者が現れた。
「……違う。あたしは……捨てられたんだ」
捨てられたと聞かされ、当初は否定していたものの、時が経つにつれ彼女はそれを受け入れた。
「なんであたしは生きているんだろう」
玲二は彼女を捨て、彼女とは違う女と一緒に逃げたらしい。
「なんであたしはこんなことをしているんだろう」
捨てられた彼女は、生きる気力も失ったまま、玲二の後釜となるべく訓練を受けた。
「わからない。もう全部、どうでもいい」
言われるがままに、幾日かを生きた。生きながらに死んでいたのかも、しれない。
「玲二……あんなヤツのこと、今さら……」
生きる意味について考えてみると、たびたび玲二の顔が浮かんだ。あの忌々しい顔が。
「……そうか。あたしは、誰かに認められたかったんだ」
不思議なことに、銃を握ることで理解が追いついた。存在証明の方法を、発見できた。
「銃で、撃てば。あたしは、撃ったヤツに認めてもらえる」
一発の銃弾で、恐怖と憎悪が買える。買えば、彼女は購入者として認めてもらえる。
「無理矢理、認めさせればいいんだ……あたしを」
死を売り、生を買う。彼女はそんな生き方でいいや、と妥協した。
「玲二に。玲二と一緒に逃げた女に。――アインとツヴァイに」
最もたる対象として、逃げた二人を据えた。〝ドライ〟としてのリスタートを切るために。
そしてキャル・ディヴェンスは、ドライとなる。
一と二を追う三として、吾妻玲二を恨む逆襲者として、亡霊の名を継ぐ。
三人目のファントムは、捨てられたキャル・ディヴェンスは、ただの殺す者として――
一と二を追う三として、吾妻玲二を恨む逆襲者として、亡霊の名を継ぐ。
三人目のファントムは、捨てられたキャル・ディヴェンスは、ただの殺す者として――
◇ ◇ ◇
「ハッ、死にやがった」
第二回放送を聞いた。一番目のファントム――アインが死んだらしい。
吾妻エレン。日本で暮らす際の偽名として、玲二と同じ吾妻姓を名乗っていた女。
ドライ、いや――キャル・ディヴェンスを捨て、玲二が走った女だった。
吾妻エレン。日本で暮らす際の偽名として、玲二と同じ吾妻姓を名乗っていた女。
ドライ、いや――キャル・ディヴェンスを捨て、玲二が走った女だった。
「これで41人……三割消化ってとこか。早いじゃん。意欲的に殺しまわってんのはどこの馬鹿かね」
名簿に記載された文字の羅列を指で辿り、呼ばれた名にそれぞれ斜線を引いていく。
閉鎖的な発電所内でも、ゲーム進行役たる神崎黎人の声は遮断なく聞こえた。
内容について言えば、別段アインの死亡報告以外に語るところはない。
アインの死亡とて、ドライにとっては些細なことだった。
強いて問題があるとすれば、この手で殺せなかったことが残念で仕方がない、といったくらいか。
閉鎖的な発電所内でも、ゲーム進行役たる神崎黎人の声は遮断なく聞こえた。
内容について言えば、別段アインの死亡報告以外に語るところはない。
アインの死亡とて、ドライにとっては些細なことだった。
強いて問題があるとすれば、この手で殺せなかったことが残念で仕方がない、といったくらいか。
(仮にもインフェルノの先輩様ともあろうお方が、張り合いのねぇ)
情報の吸収を終え、ドライは早々に退散の準備を済ませた。
荷物はデイパックに纏め、銃は腰のホルダー、煤で汚れた金髪やライダースーツはそのままに、発電所を跡にする。
向かった先は地下。放送前に発見した通路を辿り、東へと足を伸ばしてみる算段だった。
荷物はデイパックに纏め、銃は腰のホルダー、煤で汚れた金髪やライダースーツはそのままに、発電所を跡にする。
向かった先は地下。放送前に発見した通路を辿り、東へと足を伸ばしてみる算段だった。
(そういや、あのガキ二人……マコト、だったか? あいつらもまだ生きてんのか)
鉄板の敷かれた通路を歩きながら、ドライは燃え盛る館での一件を回顧する。
暗殺者たるファントムを前にして、甘っちょろい平和論を垂れ流したガキ二人――実年齢で考えればほぼ同年代だが、精神面で見れば十分ガキと呼べる――伊藤誠と菊地真。
あの二人の名も、まだ呼ばれてはいない。
暗殺者たるファントムを前にして、甘っちょろい平和論を垂れ流したガキ二人――実年齢で考えればほぼ同年代だが、精神面で見れば十分ガキと呼べる――伊藤誠と菊地真。
あの二人の名も、まだ呼ばれてはいない。
(伊藤誠に、菊地真……玲二と同じ、日本人ね。さすが、ヤツの生まれた国の住人なだけあるよ)
全てを偽善で塗り固めた、甘ったるい妥協だけの国。
それが、ドライが実際に日本に滞在して培ったイメージだった。
豊富な食料や資源は、人間間での醜い奪い合いを必要としない。飢餓などとは無縁の者ばかり。
ホームレスは世捨て人の耄碌爺ばかり。ロスではありふれているストリート・チルドレンなど、一人もいない。
命懸けで生きてる人間なんて、誰一人として存在しない。飼われ養われが心情の、まるで牧草地の牛だった。
それが、ドライが実際に日本に滞在して培ったイメージだった。
豊富な食料や資源は、人間間での醜い奪い合いを必要としない。飢餓などとは無縁の者ばかり。
ホームレスは世捨て人の耄碌爺ばかり。ロスではありふれているストリート・チルドレンなど、一人もいない。
命懸けで生きてる人間なんて、誰一人として存在しない。飼われ養われが心情の、まるで牧草地の牛だった。
(一を守るために全を切り捨てるなんてことも……あの国の連中にはないんだろうな)
甘すぎる。日本列島という範囲全てに蜂蜜を塗りたくったような、反吐が出るほど居心地の悪い国だった。
平和な国でのうのうと暮らすヤツらが、自分たちの世界に浸るヤツらが、その中に入り込んで生を満喫する玲二が、たまらなく許せなかった。
平和な国でのうのうと暮らすヤツらが、自分たちの世界に浸るヤツらが、その中に入り込んで生を満喫する玲二が、たまらなく許せなかった。
(いや、そりゃここも大して変わらないか……あるいは、そういうヤツら全員ぶっ殺すってのもおもしろいかもね)
名簿を見る限り、このゲームには日本人が多く参加している。主催者二人も日本人だった。
平和の裏でこんな陰湿な企画を考えるのが日常というならそれは称賛に値するが、そんな連中は極一部だろう。
本質はやはり、マコトが見せた甘さに違いない。甘っちょろい日本人が多く参加するゲームで、アインは死んだ。
平和の裏でこんな陰湿な企画を考えるのが日常というならそれは称賛に値するが、そんな連中は極一部だろう。
本質はやはり、マコトが見せた甘さに違いない。甘っちょろい日本人が多く参加するゲームで、アインは死んだ。
(ああ、おもしろい。ってかペースが遅い。ここはあたしが緩んだヤツらに、現実ってもんを教えてやっかね……)
それもいいかもね、とドライは自嘲気味に笑う。へらへらとした、彼女らしくない笑い方だった。
まったく、こんな蜂蜜漬けの島でファントムが三人もなにをやっているのか。笑い話としても上等だ。
ドライは未だ殺害数ゼロ。アインは既に死亡。ツヴァイは……戦場に立たされてもまだ、浸っているのだろうか。
インフェルノの魔の手から逃れ、暗殺者を引退した、過去すら清算した気でいる、吾妻玲二として。
まったく、こんな蜂蜜漬けの島でファントムが三人もなにをやっているのか。笑い話としても上等だ。
ドライは未だ殺害数ゼロ。アインは既に死亡。ツヴァイは……戦場に立たされてもまだ、浸っているのだろうか。
インフェルノの魔の手から逃れ、暗殺者を引退した、過去すら清算した気でいる、吾妻玲二として。
考え出したら、はらわたが煮えくり返ってきた。
体の奥底からむかむかとした熱気が込み上げてきて、ドライは唇を噛む。
抑えきれず、通路の壁面を殴りつけた。
体の奥底からむかむかとした熱気が込み上げてきて、ドライは唇を噛む。
抑えきれず、通路の壁面を殴りつけた。
(……違う。そうじゃ、ねぇだろ……ッ!)
自らの脳中に制裁を下すように、ドライは二度三度、強固な壁面を力の限り殴打した。
ここにいるヤツらには皆、覚悟が足りない。玲二にしても、黒髪と銀髪の男女にしても、二人のマコトにしても。
アインとて、あのような下卑た国に住まうから牙をもがれるのだ。
噂に聞くかつてのファントム・アインなら、そう簡単に死にはしない。
ここにいるヤツらには皆、覚悟が足りない。玲二にしても、黒髪と銀髪の男女にしても、二人のマコトにしても。
アインとて、あのような下卑た国に住まうから牙をもがれるのだ。
噂に聞くかつてのファントム・アインなら、そう簡単に死にはしない。
アインが、死んだ。
反芻されるのは、その事実ばかりだった。
玲二の逃亡先を突き止め、日本に入国し、実際にコンタクトを取るまでは知りもしなかった霞のような人物。
言葉を交わしてみれば感想はいけ好かないの一言に尽きたが、彼女は辛うじて――玲二に比べれば――まだファントムでいたと思っていたのに。
玲二の逃亡先を突き止め、日本に入国し、実際にコンタクトを取るまでは知りもしなかった霞のような人物。
言葉を交わしてみれば感想はいけ好かないの一言に尽きたが、彼女は辛うじて――玲二に比べれば――まだファントムでいたと思っていたのに。
(違う。違う。違う……そうじゃねぇ! アインのことなんて、どうでもいいんだ……ッ!)
アインがこの手で殺せなくて悔しい――違う――アインを『玲二の目の前で』殺せなくて悔しい。
アインの死を受けてドライが抱いた悔恨の念は、玲二という人物を中心に捻じ曲がった。
アインの死を受けてドライが抱いた悔恨の念は、玲二という人物を中心に捻じ曲がった。
(そうだよ。そういうことなんだ。アインが死んだ? 知るか。あたしは、玲二さえ殺せればそれでいい)
歪な憤りを実感するドライは、改めて認識する。
この憎悪の矛先が向いているのは、『アインとツヴァイ』ではなく――あくまでも『玲二』なのだと。
キャルを捨てて逃げた玲二。アインが玲二を奪ったのだとしても、キャルを捨てたのは玲二に他ならない。
木漏れ日のような優しさを振り撒いてくれたあの男は、キャルを見捨てて、アインとの平穏に逃げた。
湧いてくる感情は、ただ一つ。
この憎悪の矛先が向いているのは、『アインとツヴァイ』ではなく――あくまでも『玲二』なのだと。
キャルを捨てて逃げた玲二。アインが玲二を奪ったのだとしても、キャルを捨てたのは玲二に他ならない。
木漏れ日のような優しさを振り撒いてくれたあの男は、キャルを見捨てて、アインとの平穏に逃げた。
湧いてくる感情は、ただ一つ。
(許せない)
それだけだった。
(許せない。あたしを捨てたあいつを許せない。アインと逃げたあいつを許せない。
ファントムをやめたあいつが許せない。あたしを見捨てて腑抜けたあいつが許せない。
あたしを死んだと思い込んで学生ゴッコしてたあいつが許せない。絶対に許せない。
ブチ壊してやる。なにもかも。玲二の心を慰めたもの。くだらない幻想を見させたもの。
夢心地で浸ってる玲二を、玲二の見る全てのものを、玲二を、全部、壊してやる……)
ファントムをやめたあいつが許せない。あたしを見捨てて腑抜けたあいつが許せない。
あたしを死んだと思い込んで学生ゴッコしてたあいつが許せない。絶対に許せない。
ブチ壊してやる。なにもかも。玲二の心を慰めたもの。くだらない幻想を見させたもの。
夢心地で浸ってる玲二を、玲二の見る全てのものを、玲二を、全部、壊してやる……)
ほどなくして、ドライは地下通路の終点に辿り着く。
◇ ◇ ◇
茹だるような太陽の眼光に晒され、ドライの碧眼は、睨み返すように天を仰ぐ。
眩しいくらいの日差しは、安逸を貪る豚共の目にはどう映っているのだろうか。
眩しいくらいの日差しは、安逸を貪る豚共の目にはどう映っているのだろうか。
例えば、玲二……ファントムを辞めた彼は、このゲームをどう捉えているのだろうか。
日本の学生・吾妻玲二として反逆の道を目指すか、かつてのファントム・ツヴァイとして暗殺に徹するか。
前者だとして、また後者だとしても、道は大きく変わる。アインの死を知れば。
アインの死を知った彼が、このゲームをどう再認識するか――考えたところで、あほらしい、と切り捨てる。
日本の学生・吾妻玲二として反逆の道を目指すか、かつてのファントム・ツヴァイとして暗殺に徹するか。
前者だとして、また後者だとしても、道は大きく変わる。アインの死を知れば。
アインの死を知った彼が、このゲームをどう再認識するか――考えたところで、あほらしい、と切り捨てる。
もう、ごちゃごちゃと細かいことを考えるのは終いだ。
これからはシンプルに生きていこう、それがあたしの生き方だ、とドライは言葉なく決意する。
これからはシンプルに生きていこう、それがあたしの生き方だ、とドライは言葉なく決意する。
玲二を染める平和には、死を。
ドライを認めないヤツには、一発の弾丸を。
殺意を欲する敵には、ファントムとしての殺しを。
玲二には、キャル・ディヴェンスとしてのありったけの私怨を。
ドライを認めないヤツには、一発の弾丸を。
殺意を欲する敵には、ファントムとしての殺しを。
玲二には、キャル・ディヴェンスとしてのありったけの私怨を。
殺して、認めてもらって、また殺す。二年前に生誕したドライは、それしか生きる方法を知らない。
玲二を殺し、玲二への憎悪が晴れたとき――ドライは、死ぬのだろうか。
玲二を殺し、玲二への憎悪が晴れたとき――ドライは、死ぬのだろうか。
それすら、考えるべきことではない、と切り捨てた。
――時刻は正午過ぎ。『怪人』がこの地を訪れる少し前。
野に放たれたファントムは、亡霊とは似ても似つかぬ殺意の存在感を纏い、街を徘徊する。
野に放たれたファントムは、亡霊とは似ても似つかぬ殺意の存在感を纏い、街を徘徊する。
玲二という、終着点を探し求めて。
【1日目 日中/G-5 駅周辺】
【ドライ@Phantom -PHANTOM OF INFERNO-】
【装備】 クトゥグア(10/10)@機神咆哮デモンベイン
【所持品】 支給品一式×2、マガジン(クトゥグア)×1、懐中時計(オルゴール機能付き)@Phantom
噴射型離着陸単機クドリャフカ(耐熱服付き)@あやかしびと、包帯、業務日誌
【状態】 左足首捻挫(治療済み、患部に包帯を巻いている)
【思考・行動】
基本:玲二(ツヴァイ)を殺す。玲二を取り巻く全てのものを壊す。
1:もう深くは考えない。殺す。
2:人間を見つけたら玲二を知っているか尋ね、返答に関わらず殺害する。
【備考】
※クドリャフカの操縦を覚えました。(なんとか操縦できる程度です)
※クドリャフカの移動速度は1エリアを約5分で通り抜ける程度。
※業務日誌の最初のページには「麻婆豆腐の作り方」、最後のページには「怪しげな画」が書かれています。
※ただ最後のページは酷い殴り書きなので、辛うじて「ヨグ・ソトース」「聖杯」「媛星」ぐらいが読める程度です。
※発電所から伸びる地下通路の存在に気付きました。
【装備】 クトゥグア(10/10)@機神咆哮デモンベイン
【所持品】 支給品一式×2、マガジン(クトゥグア)×1、懐中時計(オルゴール機能付き)@Phantom
噴射型離着陸単機クドリャフカ(耐熱服付き)@あやかしびと、包帯、業務日誌
【状態】 左足首捻挫(治療済み、患部に包帯を巻いている)
【思考・行動】
基本:玲二(ツヴァイ)を殺す。玲二を取り巻く全てのものを壊す。
1:もう深くは考えない。殺す。
2:人間を見つけたら玲二を知っているか尋ね、返答に関わらず殺害する。
【備考】
※クドリャフカの操縦を覚えました。(なんとか操縦できる程度です)
※クドリャフカの移動速度は1エリアを約5分で通り抜ける程度。
※業務日誌の最初のページには「麻婆豆腐の作り方」、最後のページには「怪しげな画」が書かれています。
※ただ最後のページは酷い殴り書きなので、辛うじて「ヨグ・ソトース」「聖杯」「媛星」ぐらいが読める程度です。
※発電所から伸びる地下通路の存在に気付きました。
◇ ◇ ◇
〝ドライ〟は、玲二を殺す。
ただ、それだけのために生きる。
だが、キャル・ディヴェンスは、
あの焼け焦げたロフトの一室で、
今もまだ、玲二の帰りを待っている。
157:Anti-Mission | 投下順 | 159:観測者の願望 |
157:Anti-Mission | 時系列順 | 166:小さな疑問がよぎる時 |
136:UNDERWORLD | ドライ | 160:世界の中心、直枝さん(後編) |