観測者の願望 ◆WAWBD2hzCI
「――――――正義の味方にならないか?」
差し伸べられた腕が歪んで見えた。
少年、衛宮士郎の心がぐにゃり、と不可思議に……そして獰猛に歪むことすら理解できた。
正義の味方、と男は言った。
かつての衛宮士郎が目指した到着地点、理想の英雄の名称だ。
今のエミヤシロウが名乗ってはならない名前だった。
少年、衛宮士郎の心がぐにゃり、と不可思議に……そして獰猛に歪むことすら理解できた。
正義の味方、と男は言った。
かつての衛宮士郎が目指した到着地点、理想の英雄の名称だ。
今のエミヤシロウが名乗ってはならない名前だった。
「正義の……味方」
「うむ。何でか分からんが、お前向けの良い仕事だと思うのだよ、君ぃ」
「うむ。何でか分からんが、お前向けの良い仕事だと思うのだよ、君ぃ」
勧誘者、黒須太一は顔に笑みを貼り付けて、そんな言葉を口にする。
仲間を集めたい、と理性が訴えたからだ。
個ではなく、群として……人間として生きていきたい、と16%が願ったからだ。
だから、太一は手を差し伸べる。
力を合わせて戦おう、という理想。化け物ではない、黒須太一として。人間の証明をこの手で掴むために。
仲間を集めたい、と理性が訴えたからだ。
個ではなく、群として……人間として生きていきたい、と16%が願ったからだ。
だから、太一は手を差し伸べる。
力を合わせて戦おう、という理想。化け物ではない、黒須太一として。人間の証明をこの手で掴むために。
「悪を挫き、弱きを助ける。凄いことだろう?」
「………………」
「………………」
士郎のブリキの心が動いた。
ようやく、目の前の現実を認識するぐらいまでの冷静さが取り戻せたようだ。
告げられた桜の死による絶望。
それをあっさりと覆され、そして正義の味方になれ、と言われて気が動転していたらしい。
ようやく、目の前の現実を認識するぐらいまでの冷静さが取り戻せたようだ。
告げられた桜の死による絶望。
それをあっさりと覆され、そして正義の味方になれ、と言われて気が動転していたらしい。
「そうそう。名前をまだ聞いてなかった。名前は?」
「……衛宮、士郎」
「……衛宮、士郎」
ともすれば、崩壊しそうな心をゆっくりと繋ぎ合わせて思考する。
桜の死の真偽、目の前の黒須太一について考えなければならない。
その結果、己の存在意義が揺らぐことになろうとも。
桜の死の真偽、目の前の黒須太一について考えなければならない。
その結果、己の存在意義が揺らぐことになろうとも。
(桜……)
第一回放送で死んだ、と言われ……そして、生きていると言われた大切な少女。
殺された可能性を否定する要素はなかった。
これまで我武者羅に戦ってきた士郎には、桜に関する情報が絶対的に足りていないからだ。
殺された可能性を否定する要素はなかった。
これまで我武者羅に戦ってきた士郎には、桜に関する情報が絶対的に足りていないからだ。
どうして、誰か一人にでも尋ねなかったのか。
第一回放送の死者、その数と内容……気絶している間、全ての参加者に突きつけられるはずだった悪魔の放送を。
怖かったのか、桜の死を告げられることが。
恐ろしかったのか、殺してきた人たちの名前が呼ばれることが。
第一回放送の死者、その数と内容……気絶している間、全ての参加者に突きつけられるはずだった悪魔の放送を。
怖かったのか、桜の死を告げられることが。
恐ろしかったのか、殺してきた人たちの名前が呼ばれることが。
「んーと、士郎。返事は決まったか?」
「……待ってくれ。いくつか聞きたいことが、ある」
「何かな?」
「……待ってくれ。いくつか聞きたいことが、ある」
「何かな?」
そうだ、情報を集めなければならない。
目の前の男は……協力者だった支倉曜子が護りたいと願った、黒須太一だ。
性格はお世辞にも良いとは言えない。
むしろ、危険人物と認定したくなるような雰囲気。にょろり、と気づいたら仲間の背中を刺すような危うさがある。
目の前の男は……協力者だった支倉曜子が護りたいと願った、黒須太一だ。
性格はお世辞にも良いとは言えない。
むしろ、危険人物と認定したくなるような雰囲気。にょろり、と気づいたら仲間の背中を刺すような危うさがある。
「……まず、支倉曜子って知ってるか? ほんの数時間前まで、俺と行動を共にしていた」
「曜子ちゃん……? 知ってる。スーパーくのいちなんだ」
「曜子ちゃん……? 知ってる。スーパーくのいちなんだ」
内容の意味は良く分からなかったが、どうやら友人らしい。
友人、つまりは友達だ。もしくは恋人といったところだろうが、士郎には彼らの関係について判断がつかない。
彼女が殺し合いに乗っている、と言ったらどうなるのだろうか。
そんな士郎の思惑を読み取るように、太一は多少なりとも呆れた顔で尋ねてきた。
友人、つまりは友達だ。もしくは恋人といったところだろうが、士郎には彼らの関係について判断がつかない。
彼女が殺し合いに乗っている、と言ったらどうなるのだろうか。
そんな士郎の思惑を読み取るように、太一は多少なりとも呆れた顔で尋ねてきた。
「それで。曜子ちゃんはお前と一緒に人を殺し続けてたりしてたわけか?」
「……っ!」
「……っ!」
その通りだ。
彼女と組んだ時期に人を殺してはいないが、その通りだった。
結局、はぐれてしまったが……今頃は着実に誰かを殺そうとしているのかも知れない。
続いて目の前の男に対しての疑念が湧き上がった。
彼女と組んだ時期に人を殺してはいないが、その通りだった。
結局、はぐれてしまったが……今頃は着実に誰かを殺そうとしているのかも知れない。
続いて目の前の男に対しての疑念が湧き上がった。
何故、まだ出逢っていないはずの少女が殺し合いに乗っていると知っているのか。
何故、友人が人殺しをしているということに、何の感慨も持たないのだろうか。
何故、黒須太一は尊い決意と覚悟の元に人殺しをしている彼女に対し、そんな呆れた表情しか浮かべないのか。
何故、友人が人殺しをしているということに、何の感慨も持たないのだろうか。
何故、黒須太一は尊い決意と覚悟の元に人殺しをしている彼女に対し、そんな呆れた表情しか浮かべないのか。
普通なら嘆くはずだ、もしくは怒るはずだ。
よほどの外道なら笑うかも知れないが、少なくとも彼のような反応は異常だ。
よほどの外道なら笑うかも知れないが、少なくとも彼のような反応は異常だ。
「あー、なるほどな。曜子ちゃんから俺のことを聞いてたってことか」
「……ああ」
「……良かった、ヤングアダルト候補生の危機は脱した。うむ、いいことだ」
「……ああ」
「……良かった、ヤングアダルト候補生の危機は脱した。うむ、いいことだ」
心を読むエイリアンの可能性はここに潰えた。
世界の平和を救う前に、己の煩悩の平和が守られた。よしよし、と一人納得して頷き続ける。
もちろん、士郎には何のことかも分からない。
とりあえず、話を強引に戻すために咳払いをしつつ、次の質問に入ることにした。
世界の平和を救う前に、己の煩悩の平和が守られた。よしよし、と一人納得して頷き続ける。
もちろん、士郎には何のことかも分からない。
とりあえず、話を強引に戻すために咳払いをしつつ、次の質問に入ることにした。
「エイリアンだなんて、本気で言っているのか?」
「……いい質問だ。女の子なら頭ぐらい撫でるところだが、男に何かしても気持ち悪いので俺は却下することにした」
「……いい質問だ。女の子なら頭ぐらい撫でるところだが、男に何かしても気持ち悪いので俺は却下することにした」
モノローグのように語る太一は何処までもふざけた印象だ。
一見すれば人形のような端正な顔立ち。何処かの一学生にしか見えない。魔術師でもない。
それなのに、この言いようのない不安はどういうことだろう。
このふざけた態度の全てに恣意的なものを感じる。士郎の感覚が、セイバーとの鍛錬で身に着けた直感が告げている。
一見すれば人形のような端正な顔立ち。何処かの一学生にしか見えない。魔術師でもない。
それなのに、この言いようのない不安はどういうことだろう。
このふざけた態度の全てに恣意的なものを感じる。士郎の感覚が、セイバーとの鍛錬で身に着けた直感が告げている。
あまり、話さないほうがいい。関わらないほうがいい。
そんな予感を胸に秘めながら、士郎は彼の答えを待つ。
同時に彼の言葉に信頼は置かない。
桜の生死を気分で裏返すような人間の言葉に信は置けない。
これはあくまで情報収集。前の二つは前哨にすぎず、本命は桜の生死に関する問いかけだ。
そんな予感を胸に秘めながら、士郎は彼の答えを待つ。
同時に彼の言葉に信頼は置かない。
桜の生死を気分で裏返すような人間の言葉に信は置けない。
これはあくまで情報収集。前の二つは前哨にすぎず、本命は桜の生死に関する問いかけだ。
士郎はそのことの真偽が知りたくて仕方がなかった。それに固執していたといっていい。
当然だ、彼の存在意義。為してきたことへの意味はそこに集約されるのだから。
たとえ信用もできない男の口からでも、桜が生きてくれているということを聞きたかった。
故に新たな参入者の存在は計算に入れておらず、少し低めの無遠慮な声色が二人の耳に届いた。
当然だ、彼の存在意義。為してきたことへの意味はそこに集約されるのだから。
たとえ信用もできない男の口からでも、桜が生きてくれているということを聞きたかった。
故に新たな参入者の存在は計算に入れておらず、少し低めの無遠慮な声色が二人の耳に届いた。
「すいません」
◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっといいですか。少し聞きたいんですけど」
「おっと、その前に名前を告げるのが礼儀だと思うのだよ、君」
「……椰子なごみ。質問、いいですか?」
「なごみ……うむ、なごみん、いいね。ちなみに黒須太一、純愛貴族なのだ。よろしく」
「おっと、その前に名前を告げるのが礼儀だと思うのだよ、君」
「……椰子なごみ。質問、いいですか?」
「なごみ……うむ、なごみん、いいね。ちなみに黒須太一、純愛貴族なのだ。よろしく」
現れた少女、椰子なごみは美人だった。
黒髪に鋭い目つきは気の強さを思わせる。太一の視線は彼女の豊満な胸に奪われ、グッと親指。
巡り合いの神様に対する感謝だったのだが、なごみはそれを自分に当てたものと思って話を続ける。
黒髪に鋭い目つきは気の強さを思わせる。太一の視線は彼女の豊満な胸に奪われ、グッと親指。
巡り合いの神様に対する感謝だったのだが、なごみはそれを自分に当てたものと思って話を続ける。
「対馬レオって名前について、何か知りませんか?」
「…………え?」
「…………え?」
士郎の反応。それに意味深なものをなごみは感じる。
彼はなごみの顔を見たまま、何かを思い出そうとしているらしい。難しい顔をしていた。
なごみもまた、士郎を見て首を傾げていた。
赤毛の少年に心当たりがあるような、ないような。思い出さなければならない気がしたが、置くことにする。
彼はなごみの顔を見たまま、何かを思い出そうとしているらしい。難しい顔をしていた。
なごみもまた、士郎を見て首を傾げていた。
赤毛の少年に心当たりがあるような、ないような。思い出さなければならない気がしたが、置くことにする。
今は目の前の白髪の青年との対峙。
彼は薄っすらと笑みを浮かべながら、新たな被験者を迎え入れようとしていた。
彼は薄っすらと笑みを浮かべながら、新たな被験者を迎え入れようとしていた。
「対馬レオ……うむ、知っている」
「っ! センパイに逢ったんですか!?」
「あー、なんだ。似たような奴らがいるなー、と思いつつも答えてやる。対馬レオは第一回放送で呼ばれたぞ」
「っ! センパイに逢ったんですか!?」
「あー、なんだ。似たような奴らがいるなー、と思いつつも答えてやる。対馬レオは第一回放送で呼ばれたぞ」
似たような、という言葉で僅かに士郎の肩が震えた。
関係ないと思いたい。それでも、その言葉に隠された真意を探らなければと思った。
関係ないと思いたい。それでも、その言葉に隠された真意を探らなければと思った。
なごみは莫迦にするかのような太一の態度に苛立つ。今すぐにでも殺してしまいたい衝動に駆られた。
どうしてこんな奴が生き残り続けて、センパイが殺されてしまうんだろう。
煮えくり返りそうな気持ちを強引に抑え続けた。聞きたいことは、まだ終わっていない。
どうしてこんな奴が生き残り続けて、センパイが殺されてしまうんだろう。
煮えくり返りそうな気持ちを強引に抑え続けた。聞きたいことは、まだ終わっていない。
「違う。放送なら聴いた、センパイが死んでるのは……知ってる」
「うな? じゃあ、何を聞きたいんだ? 死に際、断末魔、それとも死体でも持って帰るのですかお嬢様」
「っ……何でも。センパイを殺した相手の情報なら、何でも知りたい」
「うな? じゃあ、何を聞きたいんだ? 死に際、断末魔、それとも死体でも持って帰るのですかお嬢様」
「っ……何でも。センパイを殺した相手の情報なら、何でも知りたい」
知らないなら、それでもいい。
銃はすぐに取り出せる。半日以上の戦いは全身の切り傷と、そして銃の熟練度をあげた。
二秒もいらない。彼らが何かをしようとする前に、胸に鉛玉を撃ち込むことができるだろう、となごみは思う。
センパイのために。対馬レオのために。
銃はすぐに取り出せる。半日以上の戦いは全身の切り傷と、そして銃の熟練度をあげた。
二秒もいらない。彼らが何かをしようとする前に、胸に鉛玉を撃ち込むことができるだろう、となごみは思う。
センパイのために。対馬レオのために。
いや、本来ならそれは死者のためにもならない。
なごみ完全な免罪符、正当な復讐心に身を委ねているだけに過ぎない。
彼女は他人の幸せを喜べるほど大人ではなかった。
こうして周りに不幸をばら撒いて、憂さを晴らすことしかできなかったのだ。彼女は子供だった。
なごみ完全な免罪符、正当な復讐心に身を委ねているだけに過ぎない。
彼女は他人の幸せを喜べるほど大人ではなかった。
こうして周りに不幸をばら撒いて、憂さを晴らすことしかできなかったのだ。彼女は子供だった。
歪んだ人間性、それはとても美しい芸術品だと太一は思っている。
多少なりとも、目の前の少女は依存が過ぎることも理解した。
それが残念でならない。もっと孤高に、一人で生きていけるような強さがあれば……それは、愛でて壊すことができるのに。
多少なりとも、目の前の少女は依存が過ぎることも理解した。
それが残念でならない。もっと孤高に、一人で生きていけるような強さがあれば……それは、愛でて壊すことができるのに。
「ふふふ……ぶっちゃけ、何も知らないな。その対馬って奴に逢ったことはない」
「…………」
「…………」
落胆と納得。やっぱりか、となごみは溜息をつく。
そんな彼女に太一は問いかける。士郎との交渉など忘れて、少女を愛でるために。
今の彼の思考は単純。結論はこうだ。
男よりも女の子のほうが好き。欲望に逆らわないのが、ヤングアダルト候補生の黒須太一だった。
そんな彼女に太一は問いかける。士郎との交渉など忘れて、少女を愛でるために。
今の彼の思考は単純。結論はこうだ。
男よりも女の子のほうが好き。欲望に逆らわないのが、ヤングアダルト候補生の黒須太一だった。
「聞くけど、その対馬って奴の仇を見つけたとして、殺すのか?」
「殺す」
「殺す」
返事は即答だった。
殺す、と告げたその瞳は憎悪で濁っている。
たった三文字の言葉を吐き出しただけでは飽き足らず、何度も何度もその言葉が零れ続ける。
殺す、と告げたその瞳は憎悪で濁っている。
たった三文字の言葉を吐き出しただけでは飽き足らず、何度も何度もその言葉が零れ続ける。
「殺す、殺す、殺す。無残に殺す、無様に殺す。センパイの苦しみを十倍にして返してやるんだ」
「ほうほう」
「私はセンパイのために生きる。センパイのために復讐する」
「うむ、正しい怒りだと思うのだよ」
「ほうほう」
「私はセンパイのために生きる。センパイのために復讐する」
「うむ、正しい怒りだと思うのだよ」
飄々とした態度で、太一はなごみの憎しみを肯定して見せた。
なるほど、復讐。とても人間らしい感情だ。太一自身ですら、その気持ちは形ばかりでも理解できる。
いいなー、と心中で思った。誰かのために怒れることが羨ましい、ような気がした。
なるほど、復讐。とても人間らしい感情だ。太一自身ですら、その気持ちは形ばかりでも理解できる。
いいなー、と心中で思った。誰かのために怒れることが羨ましい、ような気がした。
(んー、復讐、ね……)
視線を後ろに向けた。
そこには人殺しがいる。護りたい人が死んでいることにも気づかずに、殺し続けた男がいる。
面白いことになりそうな気がした。
死者の名前を告げ、殺したのは誰だと問いかけたときの士郎の狼狽……直感が『当たり』だと告げている。
そこには人殺しがいる。護りたい人が死んでいることにも気づかずに、殺し続けた男がいる。
面白いことになりそうな気がした。
死者の名前を告げ、殺したのは誰だと問いかけたときの士郎の狼狽……直感が『当たり』だと告げている。
むくむく、と。欲望が己の中で燃え上がっていくのが自覚できた。
教えてやりたい。目の前の怒り狂う少女に伝えたい。
心当たりならある、と。目の前の青年、衛宮士郎が仇であるという可能性を伝えたかった。
教えてやりたい。目の前の怒り狂う少女に伝えたい。
心当たりならある、と。目の前の青年、衛宮士郎が仇であるという可能性を伝えたかった。
(…………ふむ)
どうなるだろう。
可能性だけでも、それを信じて彼を殺すだろうか。
護りたいという行為の結果、最悪の結末で幕を閉じる青年の亡骸……見てみたい、と思う。
孤高な戦いを続けてきた青年が、無残に散らされていく姿は見てみたい。
可能性だけでも、それを信じて彼を殺すだろうか。
護りたいという行為の結果、最悪の結末で幕を閉じる青年の亡骸……見てみたい、と思う。
孤高な戦いを続けてきた青年が、無残に散らされていく姿は見てみたい。
男だろうが、女だろうが関係ない。フライドチキンの性別を気にするほど、繊細ではないのだ。
美しい花を見たら散らさずにはいられない。
その材料が目の前にある。冷静さを保てない女、彼女に耳元にそっと告げるのだ。『実は心当たりがある』と。
衛宮士郎は殺人犯であり、対馬レオを殺した可能性がある、と。
美しい花を見たら散らさずにはいられない。
その材料が目の前にある。冷静さを保てない女、彼女に耳元にそっと告げるのだ。『実は心当たりがある』と。
衛宮士郎は殺人犯であり、対馬レオを殺した可能性がある、と。
ああ、教えてやりたい。
とてもとても、教えてやりたいという心を。
とてもとても、教えてやりたいという心を。
「…………っ、まあ、言いたいことは分かったよ、うん」
強引に。
強引に欲望と一緒にを抑え込む。
ぎりぎり、と内側から侵食してくるような暗い思惑を自制心で押さえつけた。
強引に欲望と一緒にを抑え込む。
ぎりぎり、と内側から侵食してくるような暗い思惑を自制心で押さえつけた。
だめだ、それは普通じゃない。
だめだ、それは最初の目的と相反する。
だめだ、それはきっと、毒入りの甘い甘い蜜壷。手を出したらきっとのめり込むのだ。
だめだ、それは最初の目的と相反する。
だめだ、それはきっと、毒入りの甘い甘い蜜壷。手を出したらきっとのめり込むのだ。
地球の平和を守る。
職業は正義の味方。悪を挫き、弱きを助ける。
男なら一度は憧れたことがある願い。そうだ、普通の願いの具現がそこにある。
ならば『その行動』は正義にあらず。
告げ口、陰口、悪口はクラスの皆から嫌われちゃうぞ、と普段どおりの飄々さを取り戻すために頭を抑えた。
職業は正義の味方。悪を挫き、弱きを助ける。
男なら一度は憧れたことがある願い。そうだ、普通の願いの具現がそこにある。
ならば『その行動』は正義にあらず。
告げ口、陰口、悪口はクラスの皆から嫌われちゃうぞ、と普段どおりの飄々さを取り戻すために頭を抑えた。
「ですか。それじゃあ、さようなら」
えっ、と口元が言葉を吐き出す暇すらなかった。
小さな破裂音。空気が破裂した音には聞き覚えがあるような気がした。
続いて衝撃が太一を襲った。
激痛、眩暈が少年の思考を埋めていった。彼は身体の一部が崩していく感覚に身を任せた。
小さな破裂音。空気が破裂した音には聞き覚えがあるような気がした。
続いて衝撃が太一を襲った。
激痛、眩暈が少年の思考を埋めていった。彼は身体の一部が崩していく感覚に身を任せた。
◇ ◇ ◇ ◇
(……おお、なんだこりゃ)
熱した棒を突き刺されたような激痛。
目の前の女が撃った銃と、撃たれた右肩を呆然と眺めていた。
心中で若干の静寂。現実世界では一秒の刹那にすぎない世界で、太一はゆっくりと現実を認識していく。
目の前の女が撃った銃と、撃たれた右肩を呆然と眺めていた。
心中で若干の静寂。現実世界では一秒の刹那にすぎない世界で、太一はゆっくりと現実を認識していく。
(う、撃たれたのか。なんてことだ! ええい、立ち上がれヤングアダルト候補生!)
もう立ち上がっていた。最初から太一は地面に倒れてなどいない。
撃たれたと同時に後方へ跳躍。
民家の中へ避難するのは危険だと判断した。その前にもう一撃が今度こそ太一の心臓を貫くだろう。
幸いにもここは森林地帯。周囲は木々に囲まれている。十分に弾丸を凌ぐ遮蔽物はあるのだ。
撃たれたと同時に後方へ跳躍。
民家の中へ避難するのは危険だと判断した。その前にもう一撃が今度こそ太一の心臓を貫くだろう。
幸いにもここは森林地帯。周囲は木々に囲まれている。十分に弾丸を凌ぐ遮蔽物はあるのだ。
彼の直感が働いたのが幸いだった。
理由はない。ただも怪物的な直感が伝えたのだ。なごみが腕を動かすと同時に身を逸らす。
踊るようにバックステップ。さすがに弾丸を避けるような非常識な真似はできなかったが、本来なら心臓を射抜かれている。
理由はない。ただも怪物的な直感が伝えたのだ。なごみが腕を動かすと同時に身を逸らす。
踊るようにバックステップ。さすがに弾丸を避けるような非常識な真似はできなかったが、本来なら心臓を射抜かれている。
ちなみに衛宮士郎は別角度から銃が見えていたらしい。
なごみが動くと同時に退避、そのまま別の大木へと身を隠している。
なごみが動くと同時に退避、そのまま別の大木へと身を隠している。
(ち、ちくしょー! 気づいたなら早めに教えるべきだ、と俺は訴えてみる……痛っ……)
肩を撃たれた。弾丸は貫通して別の木に突き刺さっているのだろう。
当然ながら血が流れた。赤い、赤い、アカイ血液が流れる。
当然ながら血が流れた。赤い、赤い、アカイ血液が流れる。
(自分の血は平気)
ぺろり、と肩を抑えたときに右手に付着した己の血を舐める。
うむ、鉄分摂取はいいことだ、などと思ってから首を振る。
いやいや、自分の血を舐めても鉄分が取れるのか。それ以前に鉄分含む血液がどんどん流れてるような気が。
思考をトリップさせる太一の耳に、苛立った少女の舌打ちが聞こえてきた。
うむ、鉄分摂取はいいことだ、などと思ってから首を振る。
いやいや、自分の血を舐めても鉄分が取れるのか。それ以前に鉄分含む血液がどんどん流れてるような気が。
思考をトリップさせる太一の耳に、苛立った少女の舌打ちが聞こえてきた。
「ちっ、惜しい……うざいですね。とっとと死んでくれればいいのに」
「ちょっと待った。どうして俺が撃たれなきゃならんのだ。理由を要求する」
「復讐のためです。さっきから情報が集まらないので、面倒だから全員殺すことにしてます」
「……わーお」
「ちょっと待った。どうして俺が撃たれなきゃならんのだ。理由を要求する」
「復讐のためです。さっきから情報が集まらないので、面倒だから全員殺すことにしてます」
「……わーお」
なんてことだ、と太一は歯噛みする。
現代の若者はキレやすい、というがその通りだった。日本の未来は暗い。
情報が集まらない、仇が分からない、それなら全員殺せば仇を討てることになる……なんて、短絡的。
誰だ、こんな子を育てたのは。親の顔が見てみたい、などとツッコミを入れたかった。
現代の若者はキレやすい、というがその通りだった。日本の未来は暗い。
情報が集まらない、仇が分からない、それなら全員殺せば仇を討てることになる……なんて、短絡的。
誰だ、こんな子を育てたのは。親の顔が見てみたい、などとツッコミを入れたかった。
おお、これもゆとり教育の壁害だというのか。
※壁害→太一語。弊害の誤字。その害により、互いの心の壁を認識してしまうこと。もしくは壁にぶち当たること。
※壁害→太一語。弊害の誤字。その害により、互いの心の壁を認識してしまうこと。もしくは壁にぶち当たること。
さて、今後のことを考えなければならない。
襲撃してきた少女。銃を持っている。ちなみに自分も銃を持っている。おそろいだと少し嬉しい。
そして衛宮士郎。彼もまた、身を隠して様子を見ている。武装は刀らしい。
何故か弓らしきものも取り出しているようだが、そこは太一の知ったことではない。
襲撃してきた少女。銃を持っている。ちなみに自分も銃を持っている。おそろいだと少し嬉しい。
そして衛宮士郎。彼もまた、身を隠して様子を見ている。武装は刀らしい。
何故か弓らしきものも取り出しているようだが、そこは太一の知ったことではない。
(よし、考えるんだ。相手は銃を持っている。ラブ&ピースは通じない。うむ、悲しいことだ)
友情、努力、勝利は鉄則。
ピンチの後にはチャンスあり。ヒーローは遅れてやってくるものなのだ。
無理に殺し合うこともない。逆境は絆を深くするものだ。むしろ危機を好機に変えてしまえばいい。
ピンチの後にはチャンスあり。ヒーローは遅れてやってくるものなのだ。
無理に殺し合うこともない。逆境は絆を深くするものだ。むしろ危機を好機に変えてしまえばいい。
「よし、士郎。正義の味方、初の仕事だ」
「……は?」
「彼女を足止めするんだ。仲間を集って戻ってくるから」
「……は?」
「彼女を足止めするんだ。仲間を集って戻ってくるから」
硬直する士郎を尻目に、太一はその場を離脱。背中を見せて逃亡開始。
正義の味方を許容も引き受けもしていないのだが、そんなことはお構いなしだった。
背後からの銃弾を警戒し、木々に隠れながら逃亡。
大丈夫、敵前逃亡ではない。仲間を連れて戻ってくるフラグなのだ、と大真面目に語りながら黒須太一は姿を消した。
正義の味方を許容も引き受けもしていないのだが、そんなことはお構いなしだった。
背後からの銃弾を警戒し、木々に隠れながら逃亡。
大丈夫、敵前逃亡ではない。仲間を連れて戻ってくるフラグなのだ、と大真面目に語りながら黒須太一は姿を消した。
「……ちっ」
士郎は憎々しげに舌打ちする。
仲間を連れて戻ってくる、という言葉を信用するつもりはない。そもそも期待していない。
ただ、あの少女の乱入のおかげで桜の情報を聞き出せなかったのが恨めしい。
仲間を連れて戻ってくる、という言葉を信用するつもりはない。そもそも期待していない。
ただ、あの少女の乱入のおかげで桜の情報を聞き出せなかったのが恨めしい。
「……無様ですね、仲間に見捨てられましたか……くっ、くくく……」
「勘違いするな。あいつは仲間なんかじゃない」
「ああ、そうですか。それはそれは……ん? ああ、思い出しました。最初に逢ったときも森の中でしたね」
「勘違いするな。あいつは仲間なんかじゃない」
「ああ、そうですか。それはそれは……ん? ああ、思い出しました。最初に逢ったときも森の中でしたね」
銃を構えたまま、なごみは口元を歪めた。
そうだ、思い出した。あの赤毛の男と自分は出逢っていた。この殺し合いに放り込まれたときだ。
リセを襲ったとき、辞書を投げつけて邪魔をした男。
名前も知らないが、まさかここで再び逢えるとは思わなかった。くつくつ、となごみは嫌らしい笑みを零す。
そうだ、思い出した。あの赤毛の男と自分は出逢っていた。この殺し合いに放り込まれたときだ。
リセを襲ったとき、辞書を投げつけて邪魔をした男。
名前も知らないが、まさかここで再び逢えるとは思わなかった。くつくつ、となごみは嫌らしい笑みを零す。
「そうそう、リセはどんな死に様でした? せっかく助けたのに、死にましたよね。すごく滑稽です」
「…………」
「知らないんですか? 助けてそのまま放置していたとか? 外道ですね。こんな殺し合いなら、一緒にいないと」
「…………」
「知らないんですか? 助けてそのまま放置していたとか? 外道ですね。こんな殺し合いなら、一緒にいないと」
外道、その言葉だけは大いに頷ける。
その通りだ。衛宮士郎という名の『魔術師』は外道であり、鬼畜だ。そこに言い訳はない。
己の目的のために、手を自分と他者の血で染め上げるのが魔術師だ。
今、ここにいるのは正義の味方である魔術使いではない。目的のために手段を選ばない魔術師だ。
その通りだ。衛宮士郎という名の『魔術師』は外道であり、鬼畜だ。そこに言い訳はない。
己の目的のために、手を自分と他者の血で染め上げるのが魔術師だ。
今、ここにいるのは正義の味方である魔術使いではない。目的のために手段を選ばない魔術師だ。
「じゃあ、教えてやろうか。彼女の最期を、誰が殺したのかを」
「……ええ、興味はありますね。あの甘ったれた女が、どんな無様な姿で地面に這い蹲ったのか、すごく知りたいです」
「そうか、なら教えてやる」
「……ええ、興味はありますね。あの甘ったれた女が、どんな無様な姿で地面に這い蹲ったのか、すごく知りたいです」
「そうか、なら教えてやる」
故に護るべき者が揺らごうとも、確定していない以上、その道は変わらない。
桜を優勝させるために、全員を殺し尽くす。
殺し合いに乗っていようと、乗っていなかろうと関係ない。標的が桜以外の何者かである以上、抹殺対象だ。
気絶している間に体力は回復、魔力も安定。これなら、十分に戦える。
桜を優勝させるために、全員を殺し尽くす。
殺し合いに乗っていようと、乗っていなかろうと関係ない。標的が桜以外の何者かである以上、抹殺対象だ。
気絶している間に体力は回復、魔力も安定。これなら、十分に戦える。
「リセを殺した奴の名前は衛宮士郎……俺のことだ」
「は……?」
「は……?」
言葉は相手の思考を一瞬だけ、奪う。
その意味を解するまでに数秒。それだけあれば、衛宮士郎には十分すぎる。
矢を番える。量産された刀は無限の矢。魔導書は鈍く輝き、士郎の武装を用意する。
第一射、放たれた魔弾はなごみを貫くために疾走した。
その意味を解するまでに数秒。それだけあれば、衛宮士郎には十分すぎる。
矢を番える。量産された刀は無限の矢。魔導書は鈍く輝き、士郎の武装を用意する。
第一射、放たれた魔弾はなごみを貫くために疾走した。
衛宮士郎は弓道の天才だ。
生涯において外したことは一度だけ。外そうと思って外したことが一度のみ。
当てると決めたなら当てる。標的が動かない的ならば百発百中。逃すことはただの一度とて有り得ない。
生涯において外したことは一度だけ。外そうと思って外したことが一度のみ。
当てると決めたなら当てる。標的が動かない的ならば百発百中。逃すことはただの一度とて有り得ない。
「えっ……ぐうううっ!?」
なごみの運動神経は良い。
身体能力の高い生徒が多数いる竜鳴館の中でも、上位に入るほどの身体能力がある。
鉄乙女や霧夜エリカのような規格外は別にして、一般人というランクから見れば良い動きができる。
それが功を奏したのか、かろうじて魔弾を避けることに成功した。
身体能力の高い生徒が多数いる竜鳴館の中でも、上位に入るほどの身体能力がある。
鉄乙女や霧夜エリカのような規格外は別にして、一般人というランクから見れば良い動きができる。
それが功を奏したのか、かろうじて魔弾を避けることに成功した。
地に這い蹲った緊急避難、もう一秒でも躊躇すれば刀は心臓を貫いていたかも知れない。
どすり、となごみの背後の大木に刀が突き刺さった。
刀は大木を貫通したまま停止。硬い木の皮ですら太刀打ちできないのであれば、人の皮膚での是非など語るまでもない。
どすり、となごみの背後の大木に刀が突き刺さった。
刀は大木を貫通したまま停止。硬い木の皮ですら太刀打ちできないのであれば、人の皮膚での是非など語るまでもない。
「はっ、ぐ……!」
なごみには一瞬、現実が認識できなかった。
リセを殺したのが目の前の男ということもそうだし、その非常識な一撃もまた同様の理由と成り得る。
まるで鉄乙女や橘平蔵のような出鱈目な一撃。
それでも愛しいセンパイの仇を討つためには、全員を殺し尽くさなければならない。目の前の男も同様なのだ。
リセを殺したのが目の前の男ということもそうだし、その非常識な一撃もまた同様の理由と成り得る。
まるで鉄乙女や橘平蔵のような出鱈目な一撃。
それでも愛しいセンパイの仇を討つためには、全員を殺し尽くさなければならない。目の前の男も同様なのだ。
銃を構える。士郎の心臓を撃ち抜くために。
倒れたままの体勢で士郎へと狙いを定めようとするが、突如としてその行動は中断させられた。
倒れたままの体勢で士郎へと狙いを定めようとするが、突如としてその行動は中断させられた。
「―――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」
轟音がなごみの背後から。
破裂した刀は内包された奇跡の数を爆発力に変えて少女を蹂躙する。
侵食するアーチャーの腕が、士郎に戦いの情報を刻み込む。
所詮、量産型の刀程度の幻想では投影魔術のような威力は望めないが、それでも十分な破壊力だ。
破裂した刀は内包された奇跡の数を爆発力に変えて少女を蹂躙する。
侵食するアーチャーの腕が、士郎に戦いの情報を刻み込む。
所詮、量産型の刀程度の幻想では投影魔術のような威力は望めないが、それでも十分な破壊力だ。
なごみは別人の襲撃の可能性を考えて、背後を振り向いてしまう。
そこには真ん中から吹っ飛ばされた大木だったものが存在するだけだった。
たった一度の爆発は易々と大自然の住人を爆死させ、ぱちぱちと焔が歓喜の舞踊を演じていた。
そこには真ん中から吹っ飛ばされた大木だったものが存在するだけだった。
たった一度の爆発は易々と大自然の住人を爆死させ、ぱちぱちと焔が歓喜の舞踊を演じていた。
「ひとつ、教えてくれるか?」
「――――――!?」
「――――――!?」
目の前の光景を処理するために五秒。
それだけの隙を士郎が見逃すはずはなかった。
なごみの背中に刀が突きつけられている。指の筋一本でも動かせば斬ると青年は無言で告げていた。
それだけの隙を士郎が見逃すはずはなかった。
なごみの背中に刀が突きつけられている。指の筋一本でも動かせば斬ると青年は無言で告げていた。
「聞きたいことがある」
これにて王手(チェックメイト)。
逆転の一手など有り得ない。完膚なきまでに椰子なごみは敗北していた。
逆転の一手など有り得ない。完膚なきまでに椰子なごみは敗北していた。
◇ ◇ ◇ ◇
「聞きたい、こと……?」
なごみは端正な顔を憎悪に歪ませながら、極力冷静になろうと勤めた。
現状は最悪だ。どうにかしなければ、自分はこのまま殺されてしまうことは理解できていた。
それはダメだ、絶対に許させない。
センパイの仇を討つ、という崇高にして正しき憎悪を成就しなければ死んでも死に切れない。
現状は最悪だ。どうにかしなければ、自分はこのまま殺されてしまうことは理解できていた。
それはダメだ、絶対に許させない。
センパイの仇を討つ、という崇高にして正しき憎悪を成就しなければ死んでも死に切れない。
だから考える、現状では全く見つからない逆転の一手を。
時間を稼ぎ、情報を手に入れ、外部からの介入や士郎自身の動揺などを探らなければならない。
失敗は死、無念の最期。それだけは許さない。絶対に許さない。
時間を稼ぎ、情報を手に入れ、外部からの介入や士郎自身の動揺などを探らなければならない。
失敗は死、無念の最期。それだけは許さない。絶対に許さない。
「ああ。第一回放送は聞いてるな? 対馬ってやつの名前だけしか覚えてない、なんて言うなよ?」
「……センパイ以外にあまり興味ありませんでしたが、一応覚えてます」
「……センパイ以外にあまり興味ありませんでしたが、一応覚えてます」
実は名前はそれほど覚えていないが、それでも虚勢を張って知っている振りをしなければならない。
レオ以外で覚えているのは、リセルシア・チェザリーニ。その他にも一応数人だ。
士郎は一度だけ息を呑んだ。聞くのが怖かった。それでも、聞かなければならないことも知っていた。
早鐘のように鳴る心臓を抑えて、ゆっくりと彼は語りかけた。
レオ以外で覚えているのは、リセルシア・チェザリーニ。その他にも一応数人だ。
士郎は一度だけ息を呑んだ。聞くのが怖かった。それでも、聞かなければならないことも知っていた。
早鐘のように鳴る心臓を抑えて、ゆっくりと彼は語りかけた。
「その中に、間桐桜って名前はあったか?」
希望と不安の織り交ざった問いかけ。
なごみは首をかしげたあと、ようやく納得した。
こんなことを殺す前に問いかけてくる以上、つまり彼は第一回放送を聞き逃したことになるのだろう。
そして、いずれ突きつけられるだろう残酷な回答はすぐそこに。
なごみは首をかしげたあと、ようやく納得した。
こんなことを殺す前に問いかけてくる以上、つまり彼は第一回放送を聞き逃したことになるのだろう。
そして、いずれ突きつけられるだろう残酷な回答はすぐそこに。
「ああ、ありましたね。覚えてますよ、間桐桜。一回目の放送で呼ばれてたような気がします」
――――――ピシリ。
その一言は、簡単に告げられた大切な人の死は。
どうしようもなく、衛宮士郎の心を崩壊させた。彼の理想や願いや希望を奪うには十分すぎる一言だった。
桜が死んだ。間桐桜が殺された。
自分が必死に戦っている間に、とっくの昔に護りたかった少女は何処かで屍を晒していたのだ。
どうしようもなく、衛宮士郎の心を崩壊させた。彼の理想や願いや希望を奪うには十分すぎる一言だった。
桜が死んだ。間桐桜が殺された。
自分が必死に戦っている間に、とっくの昔に護りたかった少女は何処かで屍を晒していたのだ。
「……あ……」
ぐらり、と士郎の目の前の光景が歪んだ。
眩暈がして、吐き気がして、頭痛がして、思考がグチャグチャに掻き混ぜられて何もできない。
なごみが恐る恐ると背後を見て、崩壊した青年の姿を瞳に納めて驚愕した。
その一言だけで、まるで十年も年を取ってしまったかのような寂れた雰囲気。動くなごみにも反応はない。
眩暈がして、吐き気がして、頭痛がして、思考がグチャグチャに掻き混ぜられて何もできない。
なごみが恐る恐ると背後を見て、崩壊した青年の姿を瞳に納めて驚愕した。
その一言だけで、まるで十年も年を取ってしまったかのような寂れた雰囲気。動くなごみにも反応はない。
ああ、知っている。この絶望を自分は知っている。
例えば藤林杏のように大切な人の死を告げられたときのように。例えば自分のように対馬レオの死を告げられたときのように。
彼にとっての間桐桜が大事な人であったことが理解できた。
例えば藤林杏のように大切な人の死を告げられたときのように。例えば自分のように対馬レオの死を告げられたときのように。
彼にとっての間桐桜が大事な人であったことが理解できた。
「……あ、ぎ……あっ……」
苦しむように奇声をあげながら、士郎は一歩だけ後ろに下がる。
生死の境にいたなごみの思考はクリーンだった。今までの情報が自然に纏め上げられていく。
衛宮士郎はリセを殺したらしい。そして大切な人がいたらしい。
そこから考えられる可能性に行き着くのは難しくなかった。何故なら、なごみは知っている。同じ回答に辿り着いたのだから。
生死の境にいたなごみの思考はクリーンだった。今までの情報が自然に纏め上げられていく。
衛宮士郎はリセを殺したらしい。そして大切な人がいたらしい。
そこから考えられる可能性に行き着くのは難しくなかった。何故なら、なごみは知っている。同じ回答に辿り着いたのだから。
大切な人のために全員を皆殺しにしようと考えた。
そして目の前の男は第一回放送後、護りたい人の死を知らないままに人を殺し続けたのだ。
そして目の前の男は第一回放送後、護りたい人の死を知らないままに人を殺し続けたのだ。
「ふっ……あ、あはは、は。つまり、なんですか。大事な人が死んだことも知らないで、殺し続けてたんですか?」
「うっ、ぐ……」
「もう死んでるのに、うわ言のように桜、桜、とか言いながら? もう死んでるのに、必ず助けてやるからな、って……?」
「うっ、ぐ……」
「もう死んでるのに、うわ言のように桜、桜、とか言いながら? もう死んでるのに、必ず助けてやるからな、って……?」
笑いが抑えられなかった。
なんて滑稽すぎる。そんな奴にリセは無残に殺されたのだ。
最高だ、最高の結末だ。あの生意気な口で自分の決意を否定した女は、何の意味もなく死んでいったのだ。
この男の妄念のために、この男の無意味な執念のために。
なんて滑稽すぎる。そんな奴にリセは無残に殺されたのだ。
最高だ、最高の結末だ。あの生意気な口で自分の決意を否定した女は、何の意味もなく死んでいったのだ。
この男の妄念のために、この男の無意味な執念のために。
「くっ、くくく。莫迦ですね、本当に莫迦なやつ! ええ、ちゃんと教えてやります。間桐桜は死にました!」
莫迦な男を嘲笑い続ける。
彼は力なく弓を下ろしたまま、俯いている。
もう、どうでもいいという意思表示。試しに銃を構えてみるが、警戒すらしていなかった。
呆然と魂が抜けたかのような人形がそこにいた。
彼は力なく弓を下ろしたまま、俯いている。
もう、どうでもいいという意思表示。試しに銃を構えてみるが、警戒すらしていなかった。
呆然と魂が抜けたかのような人形がそこにいた。
「無駄です、無意味でした、残念でした。うわ、キモいですね。くっ、くくく……」
一通りの侮辱、一通りの罵倒をこなす。
快楽に近いものがあった。人の大切なものを踏みにじるという快楽がそこにあった。
かつて邪魔をした赤毛の男への復讐。それがこんな形で実るとは思わなかったが、最高の幕引きだった。
快楽に近いものがあった。人の大切なものを踏みにじるという快楽がそこにあった。
かつて邪魔をした赤毛の男への復讐。それがこんな形で実るとは思わなかったが、最高の幕引きだった。
一人目の復讐、リセの死を踏みにじることは完了した。
二人目の復讐、邪魔をした赤毛の男の心を心行くまで嬲り尽くしてやった。
三人目の復讐、対馬レオを殺した犯人をこれ以上ないほど無残に殺すという目的はまだ達成していない。
二人目の復讐、邪魔をした赤毛の男の心を心行くまで嬲り尽くしてやった。
三人目の復讐、対馬レオを殺した犯人をこれ以上ないほど無残に殺すという目的はまだ達成していない。
「でも、実はまだ可能性があるんですよ?」
その復讐を達成するには、全員を殺さなければならない。
だが椰子なごみでは力不足は否めない。この島には鉄乙女や橘平蔵、もしくは目の前の青年のような強者がいる。
ならばどうすればいいか。この殺し合いの舞台で、多くの人が命を落としてくれるにはどうすればいいか。
扇動すればいい。こうして救われないまま、人形のように呆然となるものに救いを与えればいい。
だが椰子なごみでは力不足は否めない。この島には鉄乙女や橘平蔵、もしくは目の前の青年のような強者がいる。
ならばどうすればいいか。この殺し合いの舞台で、多くの人が命を落としてくれるにはどうすればいいか。
扇動すればいい。こうして救われないまま、人形のように呆然となるものに救いを与えればいい。
皮肉にもその思考は、己が莫迦にした桂言葉たちの考えだった。
その違いは目的。救いではなく、己の利権と都合のために。かつて藤林杏を唆したように。
その違いは目的。救いではなく、己の利権と都合のために。かつて藤林杏を唆したように。
「又聞きですけどね、主催者たちは死者蘇生の力を持っているそうです。本人曰く、蘇った人もいるんだとか」
衛宮士郎は強い、それは認める。
だから効率よく、周囲の人間を殺しまわってくれればそれでいい。
士郎からの反応はない。一度だけ、びくりと震えただけだ。まあ、それで十分だろうと思う。
だから効率よく、周囲の人間を殺しまわってくれればそれでいい。
士郎からの反応はない。一度だけ、びくりと震えただけだ。まあ、それで十分だろうと思う。
「最後の一人になったら、桜って人を生き返らせることができるかも知れませんね」
そんな言葉を投げかけて、なごみは去る。
鵜呑みにしてくれれば有難いが、最初の標的に自分がされるのはごめんだった。
扇動は己の身の安全の確保を最優先に。レオの仇を討つために。
鵜呑みにしてくれれば有難いが、最初の標的に自分がされるのはごめんだった。
扇動は己の身の安全の確保を最優先に。レオの仇を討つために。
「それじゃ、さよなら。せいぜい桜さんのために頑張ってくださいよ」
残されたのは一人の青年。
彼は己の心の中に閉じこもりながら、与えられた情報を静かに咀嚼していった。
彼は己の心の中に閉じこもりながら、与えられた情報を静かに咀嚼していった。
158:キャル・ディヴェンス | 投下順 | 159:観測者の愉悦 |
158:キャル・ディヴェンス | 時系列順 | |
146:崩壊/純化 | 衛宮士郎 | |
146:崩壊/純化 | 黒須太一 | |
148:sola (後編) | 藤乃静留 | |
148:sola (後編) | 椰子なごみ | |
148:sola (後編) | 来ヶ谷唯湖 |