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断片集 言峰綺礼

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断片集 言峰綺礼



 冷静に考えてみると、これは副業に該当するのだろうか。いやいや、社長の許可は得ているのだから気にするべくもない。
 普段はアイドル候補生のみんなが利用しているスタジオに入り、私はプロデューサーの指示のもと、ひたすらに音声収録に励む。
 プロデューサー……といっても、その肩書きは仮初のもので、私に指示を出している人の本業は、もっと清いものなのだろう。
 事務所近くの中華飯店で偶然お会いした、紳士的な方。
 私の“声”に関心を抱き、仕事の依頼を申し付けてくれた謎の方。
 スカウトなんて、まるでアイドルにでもなった気分……コンサートでのアナウンス経験が功を奏したみたい。

 ……な~んて。

 私ももう〈にじゅうちょめちょめ〉だし、みんなみたいに女の子の憧れを突き進むことはできないのよねぇ~。
 今はそれよりも、素敵な出会いが――ところでいま収録しているこの音声、いったいなにに使うのかしら?

「――余計な詮索は遠慮していただこう。私は君の“声”を買った。君は君の務めを果たせばそれでいい」

 素朴な質問は、素っ気ない態度で受け流された。
 けれどそれが妙に様になっていて、年齢に見合った風格があるというか、渋みが効いているというか、悪くないわね!
 私はこの“声”でこの人と知り合い、“声”を通しての関係しか育めない。
 そこにはなんの感慨もなく、だからこそ後腐れもないという寸法だ。

 ……でも、人として気になることは、やっぱりあるのだ。

 これを尋ねるのは、単なる好奇心。
 収録が終わった頃合にでも、訊いてみることにしよう。

「あなたはいったい何者ですか――?」

 と。
 彼は、私の質問に対してこう答えるのだ――。


 ・◆・◆・◆・


 昨日から変なおっさんに付きまとわれている。
 なんでも俺の“声”が欲しいとかで、学校や寮にまで押しかけてくる始末だ。
 本来なら警察に通報するべきなんだろうが、どうにも面倒くさい。
 大体“声”ってなんだ、“声”って。
 俺は運動神経には自信があっても、美声を誇ったことなんて一度もないぞ。

「――機会は一度。君はある一言を叫ぶだけで役目を終える。後の務めは、未来の君に与えられるものだ」

 風貌から推測。ひょっとしたらエセ宗教の押し売りかなんかなのかもしれない。
 絶対ヤバイだろこのおっさん。これ以上付きまとわれるくらいなら、いっそこの場でぶちのめしてやろうか。

 ……とはいえ、あいつの手前もある。いま暴力事件起こすのはまずいよな。

 話は簡単、俺がほんのちょっと大人になればいいだけだ。
 なにに使う気なのかは知らないが、用があるのは俺の“声”だけだ。一言叫ぶだけ。
 それが済んだらもう付きまとわない、という約束がどこまで信用できるかはわからないが、これで追っ払えるなら万々歳だ。

 ……なんだこりゃ。なんで俺がこんなアホみたいなこと叫ばにゃならないんだ。

 渡された台本を見て、俺は唖然とした表情を浮かべる。
 その顔のままおっさんと目を合わせるが、あっちもどうやらマジらしい。
 目的は訊くだけ無駄としても、それとは別に興味が湧いた。
 一介の高校生にすぎない俺に、こんなアホみたいなセリフを叫ばせようとしているこいつは、どういう種のアホなのか。

「おっさん。あんたいったい何者だ――?」

 と。
 おっさんは、俺の質問に対してこう答えるのだ――。


 ・◆・◆・◆・


 極めて近しく、極めて遠い。
 贋物にも似た類似品、もしくは粗悪品か。
 騙りを名乗るのであれば、まあ及第点はやれるか。

 ――それが、我が目の前の男に与えた評だ。

 男は神託にも等しき我の言葉を受け取るや否や、不愉快にも笑いを零しよった。
 人を愚弄し、嘲笑う様は――ふむ。確かに彼奴のそれと同種のものには違いあるまい。
 だが、我の目は誤魔化せん。如何に模倣が完璧であろうと、所詮は模倣。我の前では猿真似よ。
 貴様が彼奴と同じ名を名乗るのであれば、我の眼力を知らぬはずがあるまい?
 余興はそれぐらいにして、本性を表してはどうだ――――雑種。

「――本性もなにも、私が欲するのはおまえの“声”のみ。先ほどから願い出ている通り、それが唯一無二の真意だ」

 ふん、やはりわかっていないようだな。
“声”とて我が財の一部よ。なぜ貴様のような男にくれてやらねばならん。
 さて、程度が知れたな雑種よ。貴様ごときに我が御せると思えたのが運の尽き、神妙に…………なに?

 ――我の頭上に立つ邪神……彼の存在に触れてみたくはないか、だと?

 フッ……フハハハハハ! なにを言い出すかと思えば、貴様は我の知る彼奴よりも愉快な男であるようだな!
 しかし邪神とはまた、陳腐極まりない名を持ち出してきたものよ。それだけに興味も湧いたがな。
 同時に見極めてやろうではないか。貴様が我の知るあの男と同一の存在であるかどうか、その真偽のほどをな。
 まあ、貴様はおそらくはこう返すのであろうが……一応は一応だ。訊くだけ訊いてやろう。

「答えよ。貴様、いったい何者だ――?」

 と。
 彼奴め、この我に対して堂々こう答えよったわ――。


 ・◆・◆・◆・


“声”の収集家――舞台が整う以前、彼が務めた役割はそう称すのが相応しい。
 そのほとんどは、儀式の本筋には関係のない、いわば戯れのようなもの。
 しかしだからこそ、と男は下地作りに奔走したのだった。

 せっかくの機会、監査の任につくのであれば、自分なりの創意工夫を。
 男は立場こそ〈ゲスト〉の枠を飛び越えることはないが、その本能は制御の利くものでもなかった。

 戦場で自重しない者に、明日はない。そんな常識は銀幕の中でしかないのか。
 それとも、多くの者が戦場と捉えるその舞台は、男にとっての遊技場でしかないのか。

 誰にも知れない、誰にも理解できないからこそ、男は誰に対しても等しく、こう答えるのだった。


「神父――――言峰綺礼


 愛用の白い散蓮華が、懐より伸びる。



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